父親との旅
「しかし、ローニン様はなぜ、武術大会に出られる気になったのですか? ウィル様の成長を見守りたいタイプに思っていましたが」
「まあ、それはなんだ、その気まぐれよ」
ローニンはぽりぽりと頬を掻くが、僕はその理由を知っていた。あのあと父さんは僕と山を下りる理由を語ってくれたのだ。
「おそらくだが、アーカムの武術大会にはヒフネが現れる。俺の息子を殺すために」
なぜ父さんがその情報を知り得たかは知らないが、ヒフネの件、自分で片を付けようという意思は明確に感じられた。
どう片を付けるのだろうか?
ヒフネを武術大会で返り討ちにするのだろうか。
あるいは武術大会の最中にわざと討たれることによって敵を討たせてやる、という可能性もある。前者はともかく、後者はあまり素敵な未来図ではなかった。
(……もしもそうだとしたら、僕は全力でそれを止めないと)
僕はいまだに父さんが悪意を持ってヒフネの師父トウシロウさんを殺したと思っていなかった。なにかやむにやまれぬ事情があったに違いないと思っていたのだが、いくら問いただしても詳細を語ってくれることはない。
これはもはやヒフネと対峙するときにしか聞き出せないだろう。そう思っていたが、アーカムに行けばその機会も早くに訪れるはずであった。なので旅路を急ぐが、順調にいかないのが僕の旅の基本だった。道中、オーガの群れに出くわす。
「ゴブリンでもコボルトでもなくオーガか、よりによって」
落胆する僕だが、父さんは豪毅なものだった。
「雑魚を相手にするよりはよいじゃないか。ヴァンダルに貰ったトネリコの木の剣の試運転だ」
「その口調じゃ父さんは助けてくれんないんだね」
「甘ったれるな。俺が本気を出したら瞬殺だろう」
「そうだけど可愛い息子がピンチになってしまうかもよ」
「それこそ有り得ないな。そんな柔な鍛え方していない」
「たしかにそうだけどさ」
やれやれ、とトネリコの剣を抜く。ルナマリアは加勢してくれるというが断る。
「武術大会ではヒフネさんと当たるかもしれない。それに未知との強敵とも。勝負感を養っておきたい」
「さすがはウィル様です」
一歩引き、ショートソードを収める。しかし少しだけ心配なようでローニン父さんに耳打ちする。
「ウィル様の剣の腕はいささかも心配しておりませんが、あの木の棒で大丈夫なのでしょうか?」
「さすがの嬢ちゃんも心配か。だが安心しろ。あの木の棒は業物だ」
「ただの木の棒にしか見えません」
「ただの木の棒じゃないさ。テーブル・マウンテンの奥に生える霊樹だ。樹齢数百年の古木だ」
「まあ、すごい」
「実際に凄いさ。ヴァンダルのやつも過保護だからな。最高の武器を用意したはず」
「木剣ですが、魔力が込めやすいのですよね?」
「そうだ。あの木剣はウィルの魔力を何倍にも増幅してくれる。魔術師としても一流のウィルにとっては最適の武器だ」
ローニンがそう宣言すると、僕の木剣が光り出す。青白く輝き出す。
「嬢ちゃん、木剣のオーラが蒼いだろう。あれもトネリコの特徴だ」
「すべからく蒼になるのですか?」
「そうじゃない。持ち主の特性によって変わる。蒼や碧は聖なるオーラだ。悪しきものは赤や紫になる」
「なるほど、だからウィル様は真っ青なんですね」
僕も知らなかったので感心してしまうが、そのような暇はなかった。オーガの群れが襲いかかってきたのだ。向こうも僕との戦闘は避けられないと思っているのだろう、計ったかのように僕に集中してくる。
お手製の棍棒や石器の斧の攻撃が振り下ろされるが、僕はそれを冷静にかわすと、木剣の斬撃を繰り出す。
――『衝』。
一撃で吹き飛ぶオーガ。『衝』属性を付与した一撃は気持ちいいくらいに決まった。
「すげえ一撃だな、我が息子ながら」
「さすがはウィル様です」
「しかし『斬』を使わないのは頂けないな。オーガは生命力が高いから『衝』じゃちと不利だぞ」
そんなことは承知していたが、オーガとはいえ命、むやみやたらに奪いたくなかった。
僕が甘ちゃんだからだが、そのような性格に育てたうちの首謀者はローニン父さんだったし、その性格でここまでやってこれたのだ。容易に変えるつもりはなかった。
というわけで体術をまみえながら攻撃を加えていくが、オーガの数はみるみる減っていく。暴力性の塊の生き物だが、だからこそ暴力に弱い一面があった。自分よりも遙かに強い生き物には逆らわないようにDNAが組み込まれているのだろう。蜘蛛の子を散らすように退散していく。
「明日からスパイダー・オーガを名乗るがいいさ」
ローニン父さんはそう吐き捨てると僕のほうに振り向く。僕の髪の毛をくしゃくしゃにしながら言った。
「よくやった。さすがは俺の子だ。まあ、何匹かぶった斬ったほうがいいと思ったが」
「それは次の機会に」
「次も同じように処理するくせに。しかし、まあオーガ相手ならば手心を加えられるが、武術大会ではそうはいかねえぞ。名うての剣士が集まる」
「分かっている。僕も剣神の息子だよ。不殺を気取って遅れを取ることはない」
「じゃあ場合によっては参加者も斬るんだな?」
念を押すように聞くローニン。
納得はしたようだが、信じてはいないようだ。僕が人を斬れるとは思っていないようである。しかしその考えは正しい。実はまだ僕は人を斬り殺したことがない。今までその必要に迫られなかったということもあるが、それ以上に神々の優しさを受け継いでしまっているからだ。しかし、今まではそれで通用したが、今後もそれを貫けるかは自信がない。
先日手合わせしたトウシロウさんの弟子ヒフネ。対峙したのは僅かだが、その実力は想像以上だ。不殺を貫いた上に勝てる保証のない相手だった。そんな相手が本気でこちらの命を狙ってくるのだから、僕にも相応の覚悟がなければ負けてしまうだろう。
そうなれば僕は死ぬことになるのだが……。
ふとルナマリアの横顔が目に入るが、彼女は心配そうにこちらを覗き込んでいた。
(……いけない)
彼女を心配させてしまった。男はいかなるときも女性を心配させてはいけないのだ。神々にそう習った僕は笑顔を作ると歩みを進めた。
父さんは僕のことを意味ありげに見つめている。もしかしたら父さんは甘ちゃんな僕を助けるために今回の旅に同伴したのかもしれない。そう思った。




