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家族との別れ、再び――

 おかんむりのミリア母さん、

「あんたが付いていながらこんな遅くなるなんてどういうことよ」

 とローニン父さんを責める。


 ローニン父さんは、

「俺が付いているから遅くなるんだろうが。おまえは俺になにを期待している」

 と言い返した。


「…………」


 ぐうの音もでないミリア母さん。ヴァンダル父さんは「一本有りじゃな」と哄笑を漏らすと配膳を始めた。その後、僕たちは山の恵みに感謝を捧げながら夕食をとる。


 僕とローニン父さんはまるでなにごともなかったかのように振る舞う。


 先ほどのような話、食卓でするものではなかった。ましてや久しぶりの里帰りで喜んでいる家族の前でするような話ではない。


 父さんも母さんも山の動物たちも僕の帰還を心の底から喜び、それを形にしてくれたのだ。それを無碍にすることは神々の子失格なような気がした。


 なので僕は辛気くさい表情にならないように留意し、気落ちしていることを悟らせないように言葉を選び続けた。敏感なルナマリアも気が付いていないようだから、それは成功しているのだろう。勝手にそう結論ずけると、僕はもうひとつの懸念を口にした。


 皆がメインディッシュを食べ終え、デザートに取りかかろうという瞬間、僕は懐から砕けたミスリルの残骸を取り出す。


 それはローニン父さんから貰ったミスリルの短剣だった。先日、激闘の末に粉々になってしまった相棒のなれの果てだった。


 ミスリルの残骸を見たローニンは無精髭をさすりながら言った。


「おいおい、こいつはひでえな。巨竜とでも戦ったのか」


「似たようなものかも。二四将のひとりマルムークと戦った」


「古代の悪魔か。なるほどね」


「それとこの山の麓でベルセル・ブルの大型種とも」


「ベルセル・ブルの大型種ですって!?」


 がたりと席を立つミリア。大きな胸が揺れる。


「超危険な魔物じゃない。しかも今年はベルセル・ブルの当たり年。とんでもないのと出くわしたんじゃ」


 森で散々戦った強敵を思い出す。たしかに通常個体よりも何倍も大きいのがいた。もしかしたら過去最高の大型種だったかもしれない。ヴァンダル父さんの書斎にある魔物図鑑の記録を更新したいところだが、この場で言うと母さんが取り乱すので言わない。


 ――言わなくても取り乱すが。


 ミリア母さんはぎゅっと僕を抱きしめると、その豊満な胸で窒息させてくる。ぷはぁ、と息継ぎするとミスリルの残骸をヴァンダル父さんに渡す。


「この山に戻ってきたのはこの短剣を直して貰うためなんだ。マルムークとの戦闘で壊れかけたのだけど、ベルセル・ブルとの戦闘で完全に壊れてしまったんだ」

 治る、かな……? 申し訳なさげに差し出すが、受け取ったヴァンダル父さんの反応を見ると、あまりかんばしくなかった。


「ふうむ」と眉をしかめながら受け取ると、一応、魔力を送り、構造分析をし、片眼鏡を取り出し、精査する。


 しばし調べると、ヴァンダル父さんはあっけなく言った。

「無理じゃな」

 と。


「やっぱりそうか」


 僕は食い下がらない。ヴァンダル父さんは冶金学にも精通した魔術の神様だった。そのような人物が調べた上で駄目だというのならば、世界一の刀鍛冶に頼んでも駄目だろう。


「正確に言えば秘薬を使い精製し直せばもう一度短剣を作り出せるだろうが、その場合は相当強度が落ちる。それはもはやミスリルではない。おまえの足を引っ張るポンコツでしかない」


「…………」 


 それでも大丈夫! と胸を張れないのが痛いところだ。これからの旅、ゾディアック教団との戦闘は避けられないだろうし、それにまたベルセル・ブルのような強力な魔物とも対峙するだろう。そのとき貧弱な装備では自分はともかく、ルナマリアを守ることはできない。


 そう考えれば感傷によってミスリルを再利用する道はないように思われた。


 今度こそ心の中で長年共に戦った相棒に別れを告げる。ヴァンダル父さんに供養してくれるようにお願いをする。快くそれを引き受けてくれたヴァンダル父さんはミスリルをしまい込むと、こう言った。


「このミスリルを再利用しないのはとてもいい決断だと思うが、しかし代わりに新しい武器を用意しないといけないの」


 ヴァンダル父さんは長い白髭を持て余すと、考察を始める。最初、「物置にあるトネリコの木で木剣を作ろうか」と言ったが、それはミリア母さんによって否決される。


「ウィルに今さら木剣なんて持たせても意味ないでしょう。男子たるもの、もっと攻撃力を重視しないと」


 正論だったのでヴァンダル父さんは黙るが、ミリア母さんがその後、わけの分からない提案をするとさすがに拒否をするが。


「やっぱ、男子たるものフレイルでしょう。打撃撲殺武器で無双してこその神々の子」


 それはない、と両父さんとルナマリア。しょぼんとするミリアだが、突っかかることは忘れない。


「てゆうか、じゃあ、なんかアイデアあんの? ミスリルの短剣よりも強くて、フレイルよりも破壊力がないと私は認めないわよ」


 その無理難題に答えたのはやはりヴァンダル父さんだった。髭を持て余していた彼だが、妙案が浮かんだようだ。


「そういえばこのテーブル・マウンテンから西に行った場所にアーカムという都市があるのは知っているか」


「私が知っているわけないでしょ」


 偉そうに胸を張るミリア母さん。代わりに答えたのはルナマリアだった。


「知っています。この山にやってくる前に一度立ち寄りました。――たしかそのとき、祭りの準備をしていたような」


 は!? という表情を浮かべる地母神の巫女ルナマリア。


「そうでした。たしかアーカムの街では三年に一度の武術大会が開かれるのでした」


「ぶじゅつたいかい……?」


 平仮名になるミリア母さん。なにそれ? である。


「その名の通りの催し物です。アーカム伯爵が国中から選りすぐりの戦士を集め、互いを競わせるのです」


「まあ、野蛮。これだから下界の男どもは」


「同感ですが、その大会の優勝者には毎回、豪華な刀剣類が与えられるそうです」


「あ、つまりその大会に出場して、立派な剣をゲットしようって腹づもり」


「そうじゃ」


 とは魔術の神ヴァンダル。


「たしか今年の景品はダマスカス鋼で作られた剣のはず」


「ほお、ダマスカス鋼の剣か。そりゃ、ミスリルにも見劣りしない逸品だな」


 ローニン父さんは感嘆する。


「そういうことじゃ。ウィルの手足は伸び、立派な武人となった。短剣から剣に持ち替えるいい機会やもしれない」


「たしかに。最強を目指すならば剣一択だ」


 剣の神様のお墨付きが出た。どうやら僕はそろそろ短剣から卒業する時期らしい。


「短剣で超近接戦闘を極めさせてから剣に移行させるつもりだった。つまり善い頃合いってことだ。俺はアーカムに行くことを勧めるぜ」


「わしもじゃ」


「私もー」


 となるがローニンはその後、意外な提案をしてくる。


「さて、そうと決まったら善は急げだ。今回は俺が一緒に供をさせて貰おうかな」


 その提案にミリアは眉をしかめる。女神らしからぬメンチを切る。


「はああああああああぁ? なにそれ、なにナチュラルにウィルに付いていこうとしてるわけ? この剣術馬鹿は」


「うっせー、年増女神。前回はおまえがウィルの供をしただろう」


 その言葉を聞くとミリアは慌てだし、「な、なんでもないわよ。てゆうか、ばらすな、馬鹿」とローニン父さんを睨み付ける。


 きょとんとする僕、おかしげに僕たちの様子を確認するルナマリア。


 その後、ミリア母さんとローニン父さんはいくつかやり合うが、最終的にはローニン父さんが勝利をした。アーカム伯領で行われる武術大会は剣客のほうが優勝できる確率が高いからだ。治癒の女神である自分が出るよりも高確率で優勝できるという理論には太刀打ちできなかった。


「……って、父さんが出るの?」


「ああん? 不服か?」


「まさか、その逆だよ。父さんが出るなら優勝は間違いなしだ。でも、チート過ぎない? 人間の大会に神様が出るなんて」


「安心しろ、神域の外の俺はただの剣客だ。神威は使えない」


「神威がなくたって無敵のような……」


と言うが下界に降りることには反対しなかった。ローニン父さんが付いてくると宣言したからには覆せるとは思えなかったからだ。父さんと下界に行くのは楽しみであった。


「分かった。じゃあ、明日になったら一緒にアーカムに向かおう」


「さすが俺の息子話が分かるじゃないか」


 にやりと日本酒に口を付けるローニン父さん。話はまとまり掛けたがやはりミリア母さん文句を入れてくる。


「まてまて、一億歩譲ってこの剣術馬鹿が同行するのはいいとして明日というの半納得いかないわ」


「だな、せっかく久しぶりに戻ってきたのだから、もう少し骨休めをしていけい」


 魔術の神ヴァンダルも援護をする。僕はルナマリアに視線をやるが、彼女はこくりとうなずく。


「そうだね。まだ武術大会まで間があるようだから、もう数日は山にいようか」


「そうこなくちゃ。じゃあ、大会の開催日ぎりぎりまでパーリィナイトよ」


 治癒の女神ミリアは腕まくりをすると料理の腕を振るう旨を宣言する。ルナマリアは慌てて「私もお手伝いしますわ」


 と言った。ミリア母さんの料理の腕が心配でしかたないようだ。僕としてはミリア母さんの愛情たっぷりドングリパイが好きなのだが、たしかにルナマリアが助力したほうが美味しい物ができそうだったのでルナマリアにすべてを任せることにした。


 その後数週間、かつてのように過ごす。


 朝、ローニン父さんと剣の稽古をし、汗を流す。昼、午後、ヴァンダル父さんから魔術の講義を受ける。夜には皆で集めた薪でお風呂を沸かして入る。母さんが一緒に入るといって聞かないが、ルナマリアの手前、それは恥ずかしいし、それに彼女だけひとりで入るのも寂しかろうと男女別々で入ることにする。


 お風呂から上がると夕食を食べて、皆で星を見る。ミリア母さんは流れ星に願いを託し、ローニン父さんは自分の宿星を探し、ヴァンダル父さんは星々の含蓄を語る。僕とルナマリアはその光景を楽しげに見つめる。


「仲の良い神々ですね」


「そうだね、普段は喧嘩ばかりしているけど」


「喧嘩するほど仲がいいといいます」


「だね。昔、灰色の猫と赤茶のネズミが出てくる物語を読んだら、『仲良く喧嘩しなさい』って書いてあった。あんな感じだと思う」


「トーマスとゼリーですね」


「そうそう。あ、ルナマリアも読んだことあるの?」


「いえ、私は目が見えませんから。大司祭のフローラ様が麓の子供たちに読み聞かせていたのです」


「へえ、大司祭様がねえ……」


 言葉尻が小さくなったのはルナマリアがつぶやいた名前に聞き覚えがあったからだ。


「大司祭フローラ……あ、思い出した」


「ご存じなのですか?」


「うん、バルカ村のババ様がその名前を口にしたんだ」


「まあ」


 驚くルナマリア。


「たしか大昔、バルカ村に通りがかって、緑熱病に苦しんでいたジンガさんを救ってくれたって」


「なるほど、それはあり得そうです。フローラ様は若き頃に世界中を旅し、救世の道を探っていたそうですから」


「修行の旅をしていたんだね」


「そうです。その治癒魔法と薬学の知識を使って多くの人々を救ったそうです」


「徳が高そうだ」


「はい。地母神教団一の徳を持っています」


「すごい。いつか会って色々と教わりたいな」


「ですね。フローラ様もウィル様に会いたがっています」


「ほんと?」


「もちろんです。そもそも私が地母神の教団を旅立ったのはウィル様を連れて帰るため、是非、一緒に帰ってフローラ様と面会してください」


「分かった。――といいたいところだけど、まずは武術大会に出ないと」


「そうでした。もちろん、まずはそちらを優先させましょう。アーカムの武術大会に出場する――」


 ルナマリアの言葉を遮るようにローニンがずいっとやってくる。


「違うぜ。武術大会で優勝する、が俺たちの目的だ」


 僕は軽く苦笑いしながらルナマリアを見つめる。


「そういうことみたい。僕か父さんが優勝しないと収まらなそうだ」


「それならば心配することはありませんわ。必ずウィル様が優勝されましょう」


「ほう、分かってるじゃねえか、盲目の巫女様は」


 ローニンはにやりと笑うと僕とルナマリアの肩を叩いた。


「さあて、そろそろ出立するか。ぎりぎりまで山に留まっていたら遅刻しちまうかもしれない」


 ローニン父さんらしからぬ言葉だが、たしかにその通りなので、翌日、出立する。ミリア母さんは「あんたは共できるからいいわよね」と皮肉を漏らすが、あまり滞在を強いて大会に遅刻させるのも悪いと思っているのだろう。最後は涙ながらに見送ってくれた。


「いいウィルちゃん、生水には気をつけるのよ。ルナマリアの色香に騙されるんじゃないわよ。あと毎日歯を磨いて、うがいと手洗いを徹底して――」


「分かっているよ、母さん。僕はもう子供じゃないんだよ」


「なにを言っているの。この前まで私と一緒に寝ていたウィル坊やじゃない」


 母さんが無理矢理にベッドに入ってきていただけなような……。と言いたいところだが、ここは反論よりも抱擁が必要だと知っていた僕は母さんを抱きしめる。

 イメージとは違いとても華奢な母親を抱きしめる。今にも折れそうなほど繊細だった。


(……母さんってこんな小さかったのか)


 いや、僕が大きくなったのか。改めて自分の身体を見れば手足は伸びていた。いつの間にか狼のシュルツよりも背が伸びていた。


(……年老いた老母を置き、旅に出る。帰れば母の白髪増える)


 昔読んだ詩集に書かれていた詩である。そのときはぴんとこなかった詩であるが、今ならばその詩の意味と良さが実感できる。心の中だけで感慨にひたると、母親の肩を離す。


「さて、母さん、またさよならだ。でも、またすぐに会えるから」


「ほんと?」


「本当だよ」


「ほんとにほんと? 何月何日、何時何分何秒に帰ってくる?」


「それは約束できないけど、そう遠くない日に」


「……分かったわ。それまで我慢する。でも、本当に身体に気をつけなさいよ」


「分かっているさ。じゃあ」


 最後にもう一度だけ名残惜しげに手を振ると、ヴァンダル父さんや山の動物たちにも手を振った。


「またね、みんな」


 もちろん、山の動物たちは人間の言葉を話せない。だけど彼らの表情や仕草からも名残惜しさと愛情が溢れていた。父さんと母さんのように僕を見送ってくれた。


 僕は後ろ髪を引かれながら山を下りた。

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