剣聖カミイズミ
数十年ほど前、まだ人間だったローニン父さん。
自分の強さに疑念をいだきつつも、自分よりも強い男と出会えないでいる葛藤に苦しんでいた。そんな若かりし日の父さんであったが、その天狗のような鼻もへし折られる日がくる。
ローニン父さんはミッドニアの西にあるとある小国に、剣聖と呼ばれる人物がいることを知る。当時の父さんはその剣聖の実力を確かめるべく、カミイズミがいる山へ向かうが、そこで衝撃的な体験をする。
生まれて初めて自分よりも強い男に出会ったのだ。
その男は傍から見ると貧相な老人にしか過ぎなかった。
みすぼらしい綿の服に土で汚れた両頬、剣よりも鍬や鋤が似合う出で立ちであったし、事実、ローニンがみたときも鍬を片手に農作業をしていた。
とても剣聖とあだ名される老人だとは思えなかったが、彼の住むあばら家にはたしかに『カミイズミ流』と書かれていた。
ローニンは訝しげに老人を見るが、見た目に騙されてはいけない、と彼に勝負を申し出る。
畑仕事が一段落し、握り飯を頬張っている老人に挑戦を挑む。
「貴殿が剣聖カミイズミか」
「いかにも」
「貧相な爺だが、その実力はこの国一と聞いた」
「それは語弊があるな」
老人は照れくさそうに頭をかく。
「なんだ。やはり見た目通りなのか。おまえのような老いぼれがこの国で一番なわけがないものな」
「その通り。ワシの実力はこの世界で一番じゃ」
「……なんだと」
あまりにもな大言壮語に眉をしかめるローニン。
「ジジイ、言うじゃないか。俺は年寄りには優しいから、看板を貰い受けるだけで勘弁してやろうと思っていたが」
「なんじゃ。おまえは道場破りか」
「そんな大層なものじゃない。ただ自分よりも強い男を探しているに過ぎない」
「なるほど、ただ強さのみを探求してここまでやってきたか」
「そうだ。俺はもっと強くなりたい」
「ならばワシの弟子にしてやろうか。ちょうど、薪割りに若いのがほしかった」
「俺が薪割りだと? 舐めるなよ、クソジジイ」
「年寄りには優しいんじゃなかったのか」
「人によりけりだ。大言壮語を吐くジジイは嫌いだ」
「ワシもおぬしに好かれようだなどとは思わない。しかし、この世界はまだまだ広いことを教えねばな。それが剣の道を極めようとした先達としての努めだて」
カミイズミ老人はそう言うと、あばら家の奥から短剣を持ってくる。いや、短剣とも呼べないような貧弱なナイフを持ってくる。
「まさか、そんな果物ナイフで俺とやろうっていうんじゃないだろうな」
「そのまさかじゃが」
その言葉に苛立つローニン。しかしカミイズミ老人は気にした様子もなく、果物ナイフを構える。
「剣の道を極めればこのようなナイフとて聖剣に負けない剣となる。ましてやおぬしとワシくらい実力が離れていればこれくらいのハンデがなければ」
「……糞ジジイ」
ローニンは腰の刀に手をやる。
「むき出しの怒りじゃな。自分の感情を制御できないものに自分の剣を制御できようか。――まあ、今のおぬしになにを言っても無駄じゃろう」
カミイズミ老人はそう言うと「抜け」とローニンに剣を抜かせた。すでに敬老精神など消し飛んでいたローニンは腰から刀を抜くと、カミイズミに斬りかかった。
無論、殺意を込めた一撃ではないが、腕を斬り落とすくらいの一撃を見舞ったつもりだった。老人も剣士ならばそれくらいの覚悟があるだろうという前提の一撃だったが、そのように甘い一撃が『剣聖』に通るはずもなかった。
カミイズミ老人は流水のような動作でローニンの斬撃を交わすと、風と一体化したようななめらかな挙動でローニンの首元に果物ナイフを突き付けた。
あまりにも自然体な動きにローニンは瞬きする間もなかった。
(ば、馬鹿な。なんて動きだ。鷹よりも鋭い目を持っている俺が反応することもできなかっただと……)
あまりもなことにしばし呆然となるが、すぐに老人と自分の実力差に気がつくとローニンは即座に土下座をした。地に頭をこすりつけると、自然と漏れ出た言葉を体外に吐き出す。
「どうか、私めを貴方様の弟子にしてください」
自分よりも強い男であるカミイズミ老人。その強さにも惹かれたが、どこまでも深い人間性にも感化されたのだ。
剣を教わるのならばこの人がいい。いや、この人でなくてはならない。そんな運命を感じたのである。
カミイズミ老人もローニンの才能を認めた。この傲慢な青年はどこまでも伸びる。後年、天命を感じたとも言ったカミイズミ老人。
こうしてカミイズミ老人は『二人目』の弟子を取った。




