天使の仕事
眼下には、戦場の傷跡が色濃く残っていた。
天使は美しい白銀の羽をはばたかせながら、その有様を見下ろしていた。
ここは人間の都市で、魔族による襲撃を受けて、冒険者たちの奮闘のかいもなく滅ぼされたのだ。
魔族とはコウモリのような羽を持ち、様々な動物の顔をしていて、人間には敵対的な存在だった。
天使は都市の上空を飛び、人間、魔族両方の死体を眺めていると、まだ一人、息も絶え絶えだが生きている者をその目に捉えた。どうやら人間のようだ。
羽をひろげて高度を下げ、近くで見ると、その者は小瓶を大事そうに持っていた。
その者は、血まみれの剣士だった。破壊され廃墟のようになった建物によりかかっている。
剣士は気配を察したのか力を振り絞って顔を上げ、天使に気づき、ついにお迎えが来たかと口の中で呟いた。
天使は、その者に声をかけた。
「その小瓶はそんなに大事なものなのか」
「万能薬だ。どんな病や傷にも効く」
剣士は喋ると咳き込み、口から血を吐いた。
天使は不思議に思う。なぜ小瓶を自分に使わないのかと。
その疑問に答えるように剣士が頼み事をする。
「できるなら、この小瓶を病気の娘に届けてやってくれないか」
「自分の命よりも、家族とはいえ他人の命が大事なのか?」
「ああ。お前たち天上界の者にはわからないだろうが」
剣士がまた咳き込む。もう長くはないだろう。
「我々天使は、地上に干渉しない。だから届けることはできない。しかし助言はできる。それを飲んで生きて帰ることが家族のためではないか? 生きていれば、娘を救う方法も見つかるかもしれない」
剣士は少し俯いて考えた。やがて小瓶の蓋を力ない手で開け、震える手で中の薬を飲みほした。
剣士の傷がみるみる癒えていく。
「ああ、これで家に帰れる。それに、これを手に入れてから娘のためにとずっと思っていたから、自分に使うことなど今まで考えもつかなかった。いや、考えないようにしていたのかもな」
剣士はそう言いながらも少しの後悔をしながら、ふらつく足で起き上がると、故郷の家族の元へ向かって歩いて行った。
天使はその後ろ姿を見送っていた。
そもそも天使がここに来たのは死者の魂を天界に送るためなのだ。
一人、瀕死の人間を生きさせてしまったことは自分に今回与えられた仕事とは正反対のことだ。
でもなぜか、これで良かったのだと天使は感じていた。




