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<8>初陣の補習と採点

「初日の出撃、おつかれさまでした。午後は、有志でもう少し検証を進めておきたいと思うので、それ以外の人はゆっくり休んでください」


 昼食の冒頭でそう述べると、ホッとした空気が流れた。有志とは、高梨、久我、秋月、胡桃谷と安曇にぼく、という形となる。第一パーティから一ノ瀬さんが外れて、安曇が入った形となっている。


 この六人にも初出撃による疲れはあるわけだが、毎度帰還しながらの三戦だけで一日を終えると、ミイアさんとその背後のシャルラミア嬢が収まらない危惧がある。それに、もう少し検証を進めたいのも確かだった。


 昼食を終えると、ミイアさんに出撃メンバーを伝える。目的地を定めずに時間で帰還する形にしたいと相談してみると、遊撃モードというものがあるそうで、それにしてもらう。


 


「ああ、なんか気楽でいいな」


 六人での出撃に、思わず本音が漏れる。ややゆるやかな髪をバンダナで束ねた安曇が苦笑する。


「そのセリフは、聞かなかったことにしておきますよ。まあ、確かに、気を使いながらの道行きは疲れますね」


「油断は禁物よ」


 高梨の助言に、感謝しながら頷く。


 出撃の目的は、経験を積みつつ、魔法の感覚を掴むことにある。午前の出撃で進藤さんが詠唱していたように、日本語で唱える形となる。


 神官である胡桃谷が初期魔法として修得しているのは、各能力値が上昇し、ヒットポイントが少しだけ回復する「祝福」と、風属性の攻撃魔法「空気刃」、治癒魔法としての「治癒」に、敵味方の防御値を増減させる「防御増減」の四種となっている。


 一方の秋月が白魔術士として会得しているのは、攻撃魔法で水属性と風属性の「凍風」と、治癒魔法の「回復」に、進藤さんが唱えていた「回避増減」の三種となる。


 かつて、早乙女さんの切られた髪が戻らなかったのが神官の「治癒」で、白魔術ギルドでの「回復」では元通りとなったそうなので、神官の治癒魔法は治療効果が、白魔術の治癒魔法は状態そのものが回復する効果があると思われる。


 今日のところは、わざと怪我をする必要もないので、二人には攻撃魔法に集中してもらうことにした。うさぎモンスター相手なら、前衛だけでもさほどの危険性はなさそうだ。


「来たよ」


 胡桃谷の声が響いて、また戦闘が始まった。




 その日は、夕方までうさぎモンスターの討伐を重ねた。うさぎに似ていると言っても、凶悪そうな中型の獣なので、あまり弱い者いじめをしている感覚はない。とはいえ、実際には侵略者であるのは間違いない。


 今回は遊撃モードでの出撃なので、目的地への到達や帰還命令がなくても城に戻ることができる。ミイアさんには、よきタイミングで切り上げる予定だと伝えてある。


 死体の持ち帰りについては、午前に持ち帰った琴浪がどのように処置できたかが不明だったため、ひとまず控えることにした。


 経験値は、やはりどうしても手練れの女性騎士に集中する形となり、まずは高梨がレベルアップを果たした。レベル2への必要経験値は千となっていて、これはうさぎモンスター相手で平均的な貢献度であれば、二十回程度戦闘に参加すれば、ということになる。


 一方で、一人でパーティを構成して同じ数のモンスターを倒せば、一気に経験値を溜めることができそうだ。それについては、いつか試してみるとしよう。




 城に戻ると、ミイアさんが待ち構えていた。


「夕食前に、シャルラミアさまが報告を望まれています。始まりの間で行います」


「はい、承知しました。……あの、得たお金は、自由に使ってよいのでしょうか?」


「基本的には、装備の購入資金に充ててもらうのがよいと思います。獲得したお金は、半分が全体向けの資金としてシャルラミアさまの管理に入り、残る半分が戦闘に参加したキャラクターに配分される形となります」


「では、ぼくのお金の一部で、皆の夕食を少し豪華にしてもらえませんか」


「かまいませんが……」


 不思議そうな真紅の髪の侍女が、状況票での支払い方法を教えてくれる。どちらかが金額を指操作で指定し、受け渡しモードにした状況票を接触させることで、金銭のやり取りが可能になるそうだ。


「よろしくお願いします。皆のやる気を確保するには、節目の食事が大切だと思うので」


「善処します。報告に遅れないようにしてください」


 去っていくミイアさんを見送っていると、秋月が寄ってきた。別に一人で出さなくても、との言葉に首を振る。


「意に沿わぬ出撃になっちゃった人が出たのは、ぼくの調整力不足だからね。せめてこれくらいは」


「まあ、そういうことなら、楽しみにしておくよ」


「あ、夕食の件、他のみんなには伏せておいてね。事前に知っていて、期待はずれということになると困るから」


 皆が頷いたのを確認して、ぼくは三階に向けて歩き出した。




 始まりの間の天井付近に浮かぶ画面に、シャルラミア嬢が映し出された。今日は、ミイアさんが画面の中にいて、こちらにはぼく一人となっている。


 誰かに同席してもらうことも考えたが、どんどん数が増えていきそうなので、ひとまずは単独参加という形にさせてもらっている。


「報告項目にご指定はありますか?」


「必要と思う内容をお願いします。不足があれば、こちらから聞きます」


 言葉自体はきついものではないのだが、表情と口調の冷ややかさが際立っている。悪意を向けられているわけでもなさそうなのが、やや不思議なところとなる。


「承知しました。報告の後に、お時間があるようでしたら、幾つか質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「答えられることばかりではありませんが、かまいません」


 頷いたぼくは、今日の出撃についての報告を始めた。


 まずは、出撃したという実績を作るために、全員に出てもらったこと。


 十人程度を重点的に育成する方式も考えられるが、エストバルの指示により選ばれた半分の残り、という成り立ちの集団であることから、さらに外すのは避けた方がよいのではないかと考えていること。


 ただ、戦いを忌避する人もいるので、そこを見極めながら進めていきたいこと。


 同じモンスターの集団と戦うに際して、支援攻撃を行うと、支援分の経験値は別立てとなること。そのため、常時支援を出しておけば、さほど危険なく、効率的に経験値を獲得できること。


 午後に出撃した六人は、覚悟を固めてやってくれそうなこと。


 そのあたりで、話を止めてみる。


「明日以降の方針は、どうするつもりですか?」


「方針に関わることを、いくつか質問させていただいてよろしいでしょうか?」


 ミイアさんが、質問は後だろうと言いたげな表情を見せたが、青髪の令嬢は気にせずに続きを促した。


「エストバル……さま? とは、競っているという認識でよいのでしょうか」


「そう考えていただいてかまいません」


「競争の勝利条件について、お聞かせいただけますか?」


「エリア平定ごとにポイントが設定されていて、最後のエリアを平定すれば、他を圧倒するだけのポイントが得られます。ただ、必ずしもポイント数で勝敗が決まるわけでもなく、時間制限も特にありません」


「そうですか。……でしたら、全員をレベルアップさせつつ、各エリアを平定していくことを推奨します。領民の皆さんに、早く安心して農地に働きに出てもらえるように」


 憤然と口を開いたのは、ミイアさんだった。


「それでは、どうやっても追いつけないではありませんか。競争かと確認したばかりでしょう」


「エストバル……様の採用しておられる方式は、良い選択だと思いますが、確実性に欠ける面があります。相手方のように最大のリスクを取って最大の成果を目指すのか、リスクを低めにとどめて、中程度の成果を得るのか。相手と同じ能力のキャラを与えられた勝負ではないので、確実性を取るのをおすすめします」


 シャルラミア嬢が、小首を傾げて先を促す。


「今日のテストで、支援攻撃を併用すれば、現時点で能力的に劣るメンバーでも、効率的にレベルを上げられることがわかりました。支援なら、見ているだけでOKです。目を瞑っていてもレベルが上がります。そうやって、まんべんなく育成していければ、逆転の目も出てくるかもしれません」


「育成は、具体的にはどのようにしていくつもりですか」


「まずは、六人パーティと三人支援の九人の二班を組織し、第一エリアの攻略を進めます。少し経験を積ませたら、攻撃力の高い六人、仮に一番隊と呼びますが、そちらを第二エリアに進め、他は第一エリアの攻略を続けます。そして、経験値の差がどの程度かを勘案しつつ、第二エリアでの支援攻撃や、一番隊、二番隊に育成要員を混ぜることで、獲得経験値の最大化を図ります。また、大広間で待機されている領民のみなさんのためにも、できるだけ早くの第一エリア平定を目指したいと思っていますが……、ボス的な敵が現れるのですよね?」


「はい、そのようです。ただ、少なくとも序盤は、二つ上のエリアである程度戦えるようなら、一パーティでも討伐できるだろうと聞いています」


「でしたら、第三エリアで二番隊まで育てた頃に、全パーティでの討伐を目指したいと思います」


 きつい表情のミイアさんが口を挟む。


「口で言うだけなら、簡単です」


「はい、おっしゃるとおりです。それでも、できるだけ簡単に実行するために、計画を立てる必要があると考えています。状況を見て適宜修整していき、その過程もおしらせします。……ということでよろしいでしょうか?」


「方針自体は承知しました。明日以降も、夕食前に報告をお願いします」


「承知しました。何点か、質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「ええ、かまいません」


「まず、みなさまはなんとお呼びしたらよろしいでしょうか。シャルラミア様は、姫とお呼びすべきですか? あるいは姫殿下でしょうか。ミイア様は、様づけでよろしいでしょうか。それと、相手方のプレイヤーはエストバル様と呼ぶべきですか?」


 応じたのは、ミイアさんだった。


「シャルラミア様は、姫か様を付けてお呼びください。エストバル様は、様付けが無難でしょう。私は……」


「ミイアさんでよいのではないですか?」


「はい、それで」


「承知しました。それと、獲得しているお金の使い道ですが、いかがしましょうか。ぼくの今日の分は、一部を夕食に回してもらうようにお願いしてしまいましたが」


「好きに使って構いません」


「姫様、装備を買ったり、スキルを獲得したりする資金に回したほうがよろしいのではないでしょうか」


「それも含めて、好きにして構いません。各自にどう伝えるかはお任せします」


「では、基本的には装備やスキルに使うようにと指示しておきます。戦利品についてはいかがでしょうか」


「商店で換金が可能だと聞いています。そちらは、それこそ好きにしてかまいません」


「そろそろよろしいですか?」


 時刻を気にしたのか、ミイアさんが質問の打ち切りを通告した。


 冷ややかな二人との対話はとても疲れるが、論理的なのは助かる。その点、エストバル相手はつらいだろう。いや、彼は報告なんか求めないか。




「ちょっといいかしら」


 始まりの間から食堂へと直行すると、音海さんが声をかけてきた。夕食前に、話しておきたいことがあるそうだ。


「今日の感じでよいのなら、ひとまず出撃にご一緒しようと思います」


 静かな声音だが、決意が感じられる。


「私も、どこまで役に立てるかわからないですけど……」


 芦原さんは自信なさげ。特殊職の二人は、先々で大化けする可能性がありそうなので、参加しておいてもらえるととても助かる。


「ボクも、ひとまずは出てみるよ。支援なら負担も少なそうだし。ただ、今後のモンスターの感じによっては、確約はできないけど」


 進藤さんも続く。そう、白魔術士の彼女は一人称がボクなのだった。それはそれとして、白魔術士が手厚くなると、とてもよろこばしい。


「もちろん、それでかまわないよ。助かります」


「みんなが行くなら、わたしも行くわ。主体性がなくて、申し訳ないけど」


 服部さんが、微笑みながら表明する。


「いや、いいんだよ。きついことを求められているんだから」


「出るとなったら、さすがに前衛は無理だけど、支援でなくてもかまわないわ」


 覚悟を固めてしまえば、もともと豪快な雰囲気を漂わせる人物なだけに、頼りになりそうだ。そして、視線を残る男性陣の山本と星野に向ける。


「君たちはどうするの? ここまで迷ったわたしが聞くのもなんだけど、あとは山本くんと星野くんだけよね」


「行くよ。行けばいいんだろ」


 投げやりな山本の隣で、星野が小さく頷いた。これで、当面の全員出撃が固まる事になった。


 と、運ばれてきた食事に歓声が上がる。牛肉を揚げたものがメインとなっているようで、なかなか豪華でおいしそう。ミイアさん、冷ややかな感じだったけれど、がんばってくれたのだろうか。


「あ、これは、プレイヤーの人たちに、初陣の晩だからということで、少し豪華にしてもらった献立になります。なので、いつも同じようにはできないので、そこはよろしくです」


 少し落胆の声も上がったようだが、ひとまず雰囲気は良化してくれたようだ。


「あ、状況票のお金については、装備やスキル取得に使ってほしい、とのことでした。それと、もうひとつ。食堂が分かれたことで、エストバル陣営の情報が得られなくなってしまっているので、もしあちらの人と会う機会があったら、怪しまれない程度に情報を集めてもらえると助かります。……あ、すみません、食べてください」


 お預け状態にしてしまったようだ。初陣を済ませた我が陣営の晩餐は、いつもよりにぎやかに始められた。




 情報を得るためには、共通エリアをうろつく必要がある。トイレやシャワールームも分かれたので、別フロアの施設くらいしか、自然に行き合う場所はないということになる。ぼくは、訓練場へと足を向けてみた。


 扉を開けると、鋭い金属音が奏でられている。そこにいたのは、高梨風音と七瀬、……七瀬瑠衣奈で、文字通りのつばぜり合いが繰り広げられていた。これはもう、訓練というレベルでは無いようにも思える。元気だな、おい。


 眺めていると、高梨に見咎められた。


「見世物じゃないんだけど、何か用?」


 口調は冷淡だが、姫君とその侍従で慣れてしまったのか、さほどきつくは感じられない。


「前衛をやることになったので、剣の手習いをしておこうかと思って。稽古をつけてもらえると助かるんだけどな」


 何の気なしの言葉だったのだが、女子同士の対戦が中断され、交互に手解き、というか手合わせをしてもらえることになった。正直、こてんぱんである。


 昼間の戦闘がいかに楽だったか、強く実感させられるまでにしごかれて、すごすごと訓練場から逃亡する。擦過傷や打ち身がそこかしこにあり、治癒魔法をかけてもらいたいほどだが、そういうわけにもいかない。


 自室に向かおうと階段へと向かうと、上がってきた安曇と遭遇した。ぼくの怪我を見て、目を丸くする。


「おやおや、さてはお二人にしごかれましたか。お熱い三角関係、おつかれさまです。うらやましい限りです」


「そう思うなら、代わってよ」


「ご冗談を」


 澄んだ瞳から繰り出される、見透かしたような視線は、たまにすごく苦痛である。


 部屋に戻って寝台に倒れこむ。初陣に始まり、シャルラミア・ミイア連合との対峙、高梨・七瀬連合との立ち合いと、激しい一日だった。目を瞑ると、あっさりと睡魔が訪れた。



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