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<7>初陣の相手は、凶悪うさぎモンスター

【Day 7】


 衛士が門を通してくれて、初めて城の外に出ることができた。転移などではなく、徒歩で進む形となる。空は高く青く、浮かぶ雲も現実世界であるように見える。


 最初の出撃は、交渉の末に一パーティにとどめてもらった。前衛は騎士の高梨風音、剣士の久我、探索者のぼく。後衛に白魔術士の秋月、神官の胡桃谷、黒魔術士の一之瀬さんの六人である。女性も二人いるのだが、最も可愛らしく映るのが男子の胡桃谷の神官姿というのはどういうことだろうか。


 朝の草原を歩くこと自体は気分がいいが、やはり緊張が六人を包んでいる。そして、装備と背嚢を身に着けての野歩きは、かなり重量感の漂うものとなっていた。


「ねえ、戦闘ってどんな感じになるのかな?」


 胡桃谷が心細そうな声を出す。テニスのジュニアツアーで活躍した、将来性の高いアスリートのはずなのだが、それとこれとでは話が違うということか。


「あの六人がこなしたのだから、そうひどいものではないでしょう。落ちついて対応すれば問題ないと思うわ」


「ありがとう、高梨さん」


 微笑ましい交流が済まされたところで、少し先の草むらに動く影が現れた。遭遇戦にあたっても、特に効果音が鳴るわけでもなく、なし崩し的に戦闘が始まるようだ。ぼくは、隣を歩く女性騎士に声を掛ける。


「風音、悪いけど頼めるかい」


「ええ、かまわないわ」


 経験値の配分を見るため、最初の戦闘は誰か一人にこなしてもらいたい、という話から、まずは剣術に秀でた高梨が対応することになった。ぼくや久我が担当してもよいのだけれど、なにぶん不慣れなため、討ち漏らす可能性が高い。


 草原の向こうから接近してきたのは、凶悪そうなうさぎ型モンスター。数は三体のようだ。


 両手刀を構えた高梨の立ち姿は美しい。前触れなく前進して、迎撃を図る。できれば、彼女には早めに兜を確保したいところである。


 まっすぐに突っ込んできて跳躍したうさぎ型モンスターの首のあたりに、躊躇のない小回りな斬撃が叩き込まれる。嫌な音がして、血飛沫が飛んだ。どこまでも現実感溢れる仕様となっているらしい。


 風音の両手刀が残る二体のうさぎもどきに吸い込まれ、戦闘は終了となった。


「済まない、風音。ここまでリアルな戦闘なら、君だけにやらせるべきではなかった」


 刀を振って刀身の血を飛ばしながら、女性剣士が首を振る。


「覚悟はしているわ。対人戦闘となればやや抵抗はあるけど、状況次第ね。それより、ホントに全員を戦場に投入するなら、慣れていない人をケアしてあげてね。そういう方面は得意じゃないから」


 そうでもない気もするが、ここは素直に頷いておくことにする。


 そのとき、心の底から「帰らなくては」という想いが湧き上がってきた。これが帰還命令ということか。




 帰路に就きながら、各自に状況票を確認してもらう。経験値は、高梨だけ飛び抜けて高く八十ポイントで、他の五人は二十ポイントずつ。戦闘勝利によるポイントが等分で、功績ポイントが別立てということだろうか。お金は銅貨三枚ずつ。こちらは完全等分となっている。


 早乙女さんの話には出ていたものの、獲得するお金がキャッシュレスだったのは意外だった。本当に死体漁りはしなくてよいということなのだろうか。あるいはこれは討伐報酬で、戦利品は別立てということか。


「久我、戦闘はどう感じた?」


「思ったより生々しそうだな。異世界のゲーム世界だと割り切れないと、特に前衛は対応がむずかしいかもしれん」


「久我自身としてはどうだい?」


「逃げる場所もなさそうだ。やるしかないだろう」


 頼もしい。後方の三人にも確認する。


「まあ、治癒と攻撃魔術なら僕は対応できそうだ。一之瀬さんはどうだい?」


「試してみないことには、なんともね。ただ、前衛で斬り結ぶのよりはだいぶ苦痛は少ないと思う」


 気遣わしげに、高梨の方を見やる。ゲーム的な感覚を持ち合わせていなければ、かなりきつい行為に映るだろう。


「ボクは、がんばってみるよ。治癒や攻撃魔法はまったく問題ないし、攻撃もある程度できるようにならなきゃね」


 胡桃谷が健気にガッツポーズを作る。この六人は、ひとまず試していけそうだ。


 話している間に、城門の前に到着する。帰還しなくては、という使命感は変わらず胸の中に漂っていた。




 残留していた皆に状況を説明して、今度はもう一パーティにも出撃してもらう。今回は、支援攻撃というものを試し、実際の感覚や経験値などの配分を見るのが目的となる。出撃タイミングは、こちらからミイアさんに連絡する流れにしてもらっている。


 支援攻撃なので第二パーティは支援職で固めてもよいのかもしれないが、意図せず遭遇戦が発生した場合が怖いので、念のため前衛は剣士を揃えた。


 源、有馬の水泳部コンビに、大柄な西川大和の剣士三人が前衛で、斥候の安曇と琴浪、射手の稲垣さんが後衛となる。最初のパーティ六人と合わせて、ここまでの十二名が現時点での戦闘参加OK組となっている。


 こちらのパーティでは、男子の中に稲垣さんが一人だけという形になるが、本人は趣味的にありがたい、とよろこんでいた。耐性がない男子もいるので、心の中で楽しんでもらうようにと言い含める。


 うさぎ型モンスター三匹に遭遇した第一パーティは、ぼくを含めた前衛三人で防御に徹し、第二パーティに支援攻撃を試みてもらう。


 具体的には、稲垣さんに弓で攻撃してもらいながら、源・有馬コンビに剣による攻撃を試みてもらう。だが、源・有馬の二人は、遭遇戦中の第一パーティの後衛三人のラインを越えられず、立ち往生する形となる。


 支援攻撃では、近接攻撃は禁止ということになるのだろうか。敵の攻撃も受けないということなら、支援隊は最低限の前衛を付ければよいのかもしれない。


 稲垣さんは、弓術部といっても名手の那須のように熟練しているわけではなく、しかも動くモンスター相手では勝手も違うのだろう。手振りによる合図で、安曇、琴浪の斥候両名にも弓を使ってもらう。安曇の攻撃で最後のうさぎ型モンスターが倒れた。


 後方からの矢が味方に当たるのかどうかも気になるところだったが、今回は友軍への誤射は発生しなかった。




 防御に徹した第一パーティは、六人揃って三十ポイントずつで、総計百八十ポイントは変わらない。第二パーティは、前衛と的中のなかった琴浪の四人が十ポイント、安曇と稲垣さんは二十五ポイントずつで、総計で九十ポイントとなった。


 推察すると、遭遇戦として主に対応したパーティの経験値は、貢献度にかかわらずそのままで、支援したパーティにはその半分が入る、ということになるようだ。


 支援が入っても元のパーティの経験値が変わらないのなら、形だけでも支援すれば、追加で経験値が得られることになる。


 一方のお金は、銅貨十八枚が第一パーティの十二枚と第二パーティの六枚に分かれて、各メンバーで等分されている。こちらは獲得総額は変わらない、ということになるようだ。


 状況票の確認をしている間に、琴浪が凶悪な顔をしたうさぎモンスターたちの死体を漁っている。金目のものはなかったようだが、試しに一羽持って帰ることにしたようだ。布で包んで背嚢に放り込み、様子を眺めている。


 そのとき、帰還命令が届いたようで、またも胸中に帰還せねばという思いが湧き出てきた。




 今度は三パーティ同時出撃を試してみることにした。残る六人は、戦闘参加消極派ということになる。


 女子組としては、巫覡の音海さん、踊り子の芦原さん、白魔術士の進藤さん、黒魔術士の服部さんの四人で、各基本職の定番衣装に身を包んでおり、それぞれ可愛らしい。男子は神官の山本、黒魔術士の星野で、こちらも待機している。


 秋月、胡桃谷と稲垣さんにも参加してもらい、戦闘の状況を話してみる。支援攻撃という形で入ってもらえば、実際の戦闘は別のパーティが行うので、無理に攻撃をする必要もなく、よそを見ていても問題なく、極端な話、目を瞑っていてもいい、というのが説明内容となる。


「ただ、余裕があれば、攻撃ではなくても、支援は試してみてほしいのだけれど」


 そう話していたところで、食堂の扉が開かれた。入ってきたのは、ミイアさんだった。


「どうしてまじめに戦わないのですか。緒戦は一人だけで戦い、次には支援側だけで戦うなどと」


 プレイヤーにはそこまでわかるのか。経験値だけから判断しているのか、戦闘の様子がチェックできるのかは知りたいところだが、その確認はまたの機会にしておこう。


「いろいろな状況で、どのようになるのかを試しているところです。最適解を探して、それに沿って進めたいと思うのですが」


「迂遠なことをしている間に、どんどん差が開いてしまいます。善処を求めます。……次は三パーティ出撃と聞いていましたが、なぜ連絡が来ないのです?」


「出陣の合意がまだ取れていないので、もう少々お待ちを」


「出撃するかどうかは、プレイヤーの判断です。キャラクターに合意など必要は……」


「ミイア様、初陣なのです。どうか、曲げてご寛恕を」


「急ぎなさい」


 睨みつけて帰っていく。ぼくは、第三パーティの面々を振り返った。


「でも、それでも行きたくないなら、シャルラミアさんに頼んで、外してもらうように言ってみるよ。どうだろうか?」


 口を開いたのは音海さんだった。


「私は行きましょう。みなさんは、いかがですか」


 残る女性陣が頷いて、山本が渋々という風情で立ち上がる。星野もそれに続いて、全員出撃の陣容が固まった。


 もっとも、この六人でパーティを組ませるわけにはいかない。音海さん、芦原さんには第一パーティに入ってもらって、代わりに秋月とぼくとが第三パーティに入る。


 第二パーティが前面に立って遭遇戦を行い、第三パーティが支援に入り、さらに第一パーティが二重支援に入る、というのが今回の出撃の計画となる。これが実現できれば、事実上戦うのは一パーティのみで、ほかは支援に入る形にして、半分ずつの経験値は得られることになる。


 第三パーティの陣形は、前衛に秋月、ぼくと進藤さんが立ち、後衛に服部さん、山本、星野が並ぶ形となった。男性陣二人から前衛を募ったのだが、煮え切らないために進藤さんが立候補してくれた状態である。短髪で小柄なために少年めいた雰囲気もある彼女は、意外と侠気のあるタイプなのだろうか。頼りすぎないようにしたいものである。


「気は進まなかったけど、外に出ること自体は気分がいいな」


 進藤さんの言葉に、後列から服部さんが応じる。


「そうね。早乙女さんたちの方の待機組十二人も、そういう意味ではきつそうよね」


 領民の人たちと同様に、女性陣も閉じこもる形となっていたのは負担だったようだ。


「どこか一エリアを平定できれば、自由にそこに出られるようになるらしいよ」


 へえ、と応じられたけれど、実感はないようだ。まあ、平定がどれくれいの難事業なのかは、現時点では見当もつかないのだけれど。


「お、うさぎモンスターが現れたな」


 秋月が、草原の少し先を指し示す。進藤さんが背伸びしてそちらを見やる。


「うわ、凶悪そう。あれはもう、うさぎじゃないよね」


「確かに」


 目つきの凶悪さが、討伐に対する心的負担を小さくしているのは間違いなさそうだ。そのあたりは、考えられているということなのだろう。


 第二パーティが戦闘に入り、手筈通り第三パーティであるぼくらが支援に入る。具体的には、ぼくが投石機で石礫を投げて、支援の形は完了となる。合図をして、第一パーティに支援に入ってもらうことにする。


「えーと、支援するには……。招く・回避・増加、で、対象者指定は……、西川くん?」


 疑問形で聞かれて、頷いてみたけれど、それでよかったのだろうか。探索者は魔法が使えないので、呪文については把握できていない。


 日本語での飾り気のない呪文は、やや盛り上がりに欠けるものの、英語の呪文も英語を母国語にする人たちにとってはそんなものなのかもしれない。


 第一パーティは、うまく支援に入れなかったようだ。支援は一パーティのみ、という制限があるのだろうか。


 主戦となった第二パーティでは、剣士三人がそれぞれ活躍する形で、うさぎモンスターを撃退した。


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