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<6>非選抜組十八人の布陣固まる

 始まりの間に現れ、ミイアと名乗ったのは、食堂でぼくらを観察していた紅髪の少女だった。稲垣さんのような赤みがかった髪ではなく、真紅の髪色となっている。


 プレイヤーであるシャルラミアの侍女だと名乗った彼女は、まっすぐにぼくを見据えてくる。


「シャルラミア様が同意されたので、説明をした上で、基本職選定についての意見を受けます。ですが、本来はプレイヤーが決めるべき事項です。編成や出撃についても同様に、プレイヤーが定めて、従わなければ獄に送ることになります。それはご理解ください」


 強い口調でのきつい言葉に、周囲の空気が冷えたように感じられる。ただ、ここでぶつかる必要はないだろう。


「この城の付近にいるモンスターを討伐するにあたって、プレイヤーであるシャルラミア様と、キャラクターであるぼくらの利害は一致しているはずです。最善と思われるやりかたを提案させていただければと思っています」


「南食堂を整えました。長くなりかねませんから、そちらで説明します」


 踵を返すと、ちらりとこちらに目線を向けて歩き出す。遅れぬようについていくと、皆がやれやれという形で続いてきた。




 説明は、中央に座るミイアさんを囲む形で聞くことになった。圧迫感を和らげるため、女子の音海さん、芦原さんといったあたりに近くに座ってもらう。もっとも、紅髪の侍女に臆する様子は見られなかったが。


 基本職と、パーティ編成、陣立てなどについて、冷ややかな口調ながら整理された説明が展開される。基本職は調査していた通りの十二種類で、それぞれに上級職が用意されているそうだ。


 出撃は、一パーティ限定といった制限はなく、管理できる範囲でいくつでも同時出撃が可能だそうだ。出撃の際には、出撃エリアと目的地が指定され、キャラクターはその範囲で行動する形になるという。全滅の危機に陥った場合も目的地に向かうことが強制されるので、その場合にはプレイヤーが状況を把握して、撤退指示を出す必要が出てくる。出撃中のパーティの状況は、各種数値や状態の変動という形で、城のプレイヤーが確認できる、というのだが、どういう仕組みになっているのだろうか?


 基本職は、近接戦闘特化型が剣士、騎士、槍術士で、魔法支援特化が黒魔道士と白魔道士、中間的な役割が神官ということになるようだ。射手は弓矢を使うために支援中心となり、斥候については、基本は支援職だが、能力次第で前衛も務まるという。


 巫覡と踊り子、吟遊詩人、探索者はやや特殊な役割で、よほどの適役でもいなければ、配置する必要はないかもしれない、というのがミイアさんの見解だった。巫覡とは、神や精霊と通じることのできる存在で、女性の巫と男性の覡を併せた概念が巫覡となるそうだ。神官とは、別系統になるのだろう。


 十八人となると、六人構成で最大三パーティだが、支援攻撃という概念があるそうで、二パーティで支援を厚めに、という方がよいかもしれない。特に、戦場に出るのに消極的な面々に、前線に立ってもらうのはきついだろう。




 各キャラクターの能力値は、ミイアさんの手元にある状況票よりも少し大きな道具で確認できるとのことだった。


「体力に優れていないぼくらとしては、治癒系に手厚く配置するべきだろうね。とりあえず、戦闘に参加してもいいという人の中で、治癒職に向きそうな人を割り振っていくのがいいかな。……そんな感じでよろしいでしょうか?」


 行きがかり上、ミイアさんとの交渉窓口は、ぼくが務める形となっている。


「能力値からすれば、知力特化のトモヒロ・アキヅキが白魔術士に、知力と体術が共に高めのユウト・クルミタニが神官に向いていそうです」


「どちらも、適任そうですね。二人とも、どうだろうか」


 秋月はすんなりと同意してくれたが、胡桃谷は強い拒否反応を示した。


「春見野くんも、ボクには攻撃は無理だと思うのかい? 運動が得意そうな人が少ない、この中でさえも」


 美形に睨みつけられると、迫力がありすぎて少し怖い。戦闘参加には消極的だったはずなのに、と首を傾げたところで、彼のテニスでのプレースタイルについての噂を思い出した。


 攻撃的なプレーが得意でなく、拾いまくる胡桃谷の戦法は、性格的な弱さの影響だとする論評が、数多く世に出たらしい。人格攻撃に近い内容や、家庭環境を否定する風潮に嫌気が差して、ツアー参加をしなくなり、高校の部活に逃げ込んだのだという。


 それもあって、近隣の強豪中学のテニス部のキャプテンで主戦でもあった反町とは、関係性が微妙だというのだ。信頼性の低いゴシップの類かと捉えていたのだが、今の反応を見るとあながち的外れな噂でもなかったのかもしれない。


 ここは重要な局面なのかもしれない。そう感じたぼくは、言葉を選びながら胡桃谷に正対する。


「ミイアさんに話した通り、ぼくらの陣容では、守りがなによりも重要になる。治癒も含めた魔法に専念する白魔術士には、体術を得意とせず知力の高い秋月が適任だと思う。一方で、治癒魔法を操り、いざとなれば前衛で防御役ともなる神官には、君がもっとも適していると思う。決して軽んじているわけでないのは、わかってほしい」


 ジュニアテニス界で美形プレイヤーとして注目を集めていたという少年の瞳が、みるみる涙で濡れていく。なにかまずいことを言っただろうか?


 助けを求めて周囲を見ると、稲垣さんがニヤニヤしているのが目に入った。その面では、明らかな失敗だったと思えてきた。


「わかった。がんばってみるよ」


 にこっと笑った顔は、たしかに騒がれておかしくないものだった。気を取り直して、前衛方面に話を向ける。


「えーと、戦闘に参加してもよいと言ってくれた中で、前衛職候補としては、ぼく、春見野睦月に、久我隆史、有馬一翔、源良明、西川大和、安曇圭に、高梨風音あたりになります」


「カザネ・タカナシの能力が高いですね。騎士が向いていそうです。その他は、剣士か槍術士となりますが……、ケイ・アズミは、器用さが高いので、マサト・コトナミとともに斥候が向いていそうです」


「安曇、琴浪。二人とも、斥候はどうかな?」


「仰せのままに」


 にこやかに応じる安曇と対象的に、琴浪はぎこちない頷きでの応諾となっていた。


「特殊職としては、スキルからすると、アイ・オトミが巫覡に、ナナエ・アシハラが踊り子にそれぞれ向いていそうですね。この二つの特殊職は、支援の面で有用だと聞きます」


 音海さんは巫女さん経験者で、芦原さんはチアリーディングの選手だそうだから、日本での経験が反映されているということだろうか。


「音海さん、芦原さん、どうだろうか」


「あの、できれば戦場には出たくないのですけど……」


 ミイアさんにじろりと睨みつけられた芦原さんがびくっとする。


「出撃するかどうかの話は先送りして、まずは基本職の設定までしてしまいたいと思うのだけど、どうかな? こちらの意見を聞くことまでは譲歩してもらったので、その線はできれば崩したくないという事情があって。支援が中心となるらしい踊り子なら、仮に戦場に出るとしても、危険性は小さいと思うのだけど」


「……わかりました」


「私も、巫覡でかまいません」


 音海さんも承諾してくれて、特殊職はひとまず固まった。他では、稲垣さんが弓術部ということで、射手になってもらう。


 そして、前衛以外の職種を、ミイアさんからの能力値をもとにした推奨職種を参考に、本人の意向を踏まえて決定していく。


 前衛系の中では、ぼくの能力値は剣士になるには微妙なものだったが、こうして交渉役に立っていると、支援職に回るのはあまり得策ではない。


 こうして、基本職の割り振り案が固まった。




 騎士は、高梨。


 剣士は、久我、有馬、源、西川、ぼく。


 斥候は、琴浪、安曇。


 射手は、稲垣さん。


 白魔術士は、秋月と進藤さん。


 神官は、胡桃谷と山本。


 黒魔術士は、星野、服部さん、一ノ瀬さん。


 そして、巫覡が音海さん、踊り子が芦原さん。



 以上で十八人というのが、シャルラミア嬢に提案するリストとなった。




 割り振りリストを受け取ったシャルラミア様から、ぼくを単独で指名した呼び出しがあった。別に代表者というわけではないのだけれど、仕方なく始まりの間へと向かう。


 教室より広い部屋に一人は正直寂しい。と思っていたら、ミイアさんも入ってきて、斜め後方に立つ。間もなく画面が開き、空中に薄青髪の女性の上半身が現れた。


「おおむね不満はありません。ただ、一点だけ。ムツキ、あなたに剣士が適任とは思えません。能力値での適性に加え、観察スキルをすでに持っていて、また事前に色々嗅ぎ回っていたことを考慮に入れ、探索者はいかがですか」


 シャルラミア嬢の表情は、変わらぬ冷たいものとなっている。探索者となることも、事前の選択肢の一つに入っていた。


「はい、承知しました」


「代わりの剣士を選定しますか?」


「いえ、このままでお願いします」


 前衛を務めるのには、変わりはない。これで不在の基本職は、吟遊詩人と槍術士のみとなった。


「十八人の取りまとめ、期待しています」


 あっさりと、画面は消えた。


「ミイアさん、差し支えなければ教えてほしいのですが、エストバルという人物とは、競争する形になるのですか? 勝つ必要はあるのでしょうか」


「知らせる必要があると、シャルラミア様が判断されたら、知らせます。実績もなく出しゃばるのはお控えください」


「でしゃばっているつもりはなく、自信がないので、情報を得ることで有利に進めたいのです」


 そのとき、脳内にまたシステムメッセージが響いた。


「基本職が、探索者に設定されました。今後の能力値変更やスキル習得などは、ギルドや状況票などで確認してください」


 探索者の概要が頭に浮かんだ。モンスターの弱点や、地形の構造などを見通せることがあるのが、この基本職の特徴らしい。最初から知っていたような不思議な感覚だった。


 


 晩御飯として運ばれてきたのは、パンとトマト風味のシチューだった。昼食までの代わり映えのしない食事とは異なる献立になると、夕食の時間にはだいぶ穏やかな空気が流れた。それに加えて、間借りしているような状態から、自分たち向けの食堂が確保できたことも大きいかもしれない。また、服についても一人二着ずつ支給された。


 夕食後には、装備を買い整えることになった。初期装備は、パーティ費用で買い揃えるのが基本となるようだ。それ以降は、個人の財布で買うこともあれば、パーティの予算で整えるのもありだという。


 ミイアさんからは、十八人分の初期費用で、有力な六人分をまず揃えれば、そこそこに強力な装備が得られるとの提案があったが、現状ではそれはしづらい。


 装備の話だけでなく、効率だけを考えれば、まずエースチームを作って集中して育成する、というのはまったく間違ったことではない。並行出撃ができるとのことなので、できるだけいい装備を用意してエースチームに与え、資金が貯まってからそれをお下がりとして二番手組に流用する、といったやり方が考えられる。


 ただ、先々を考えれば、全員に最初に出撃を経験してもらい、できるだけ多くのメンバーを育成していきたい。六人の組み合わせだけでは、討伐相手との相性で手詰まりとなる危険性もある。


 エストバル陣営も、今からでもエースチーム以外の育成をすればよいと思うのだが、面倒がっているのだろうか。あちらで活動していない十二人には、こちらならそれこそエース級の人材が多い。




 初心者向け定番装備というものがあるそうで、選ぶのはさほどむずかしくなかった。ただ、装備はコマンド一つで装着できる、というわけではなく、並んでいる商品からサイズの合うものを見つけて、自力で装着する形となっていた。そのため、お下がり的な使い回しは、鎧についてはむずかしさもありそうだ。


 剣士には革の鎧と革の盾に片手剣を、支援職にも革の鎧に最低限の武器を。唯一手厚くしたのは、恐らく最大の攻撃力を誇ることになるだろう、女性騎士の高梨風音で、一段上の両手刀と鎖帷子を配置した。


 装備方面についても、ゲームと言うにはだいぶ現実に寄り過ぎた状態に思える。もしかすると、体感系を売りにしているものなのだろうか。いずれにしても、もうちょっとゲーム要素が強いと助かるのだけれど。



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