<65>酒と殉死と虫かごと謀事
ダンジョン平定の打ち上げは、酒場で行われた。飲酒は推奨しないが、そこは自己判断でと考えている。
シャルラミア陣営のほとんどが参加しているが、星野は吟遊詩人のマシルをモデルにした絵を描くのに夢中のようだ。マスターもすっかり許容しているらしい。
そして、進藤さんはマシルと仲良くなり、お互いの歌を教え合っている。
風音の周囲は女性陣が固めており、なかなか近づくことはむずかしい。たまに視線が飛んでくるので、なんだか安らげない状態でもある。
モリアも参加していて、安曇や秋月、琴浪、楠木さん、稲垣らと囲む形になっている。いろいろと聞いてみるのだが、軽やかにいなされている感じが強い。けれど、特に琴浪はめげずに質問を投げ続けている。
「王都の情勢はどうなんでしょう。エストバルを支持する勢力が圧倒的な優勢なので、シャルラミア姫が勝つと国が乱れる原因になる、と脅されています」
「陛下の意志もあるから、なんとも言えないわね」
愚直さにほだされたのか、ややまともな答えになったのはいい機会かも。ぼくは、気になっていた疑問をぶつけてみた。
「後継者争いに敗れた方は、キャラクターまで含めた眷属ごと属滅される、なんてことはないかな?」
「それは……、そこまでは考えなくていいんじゃないかしら。こちらに関しては、シャルラミア姫の母君が許さないでしょう」
「それはよかった。……姫様のためにもぼくらのためにも」
心からの安堵が、表情に出ていたのだろう。白魔道士が不思議そうに覗き込んでくる。
「殉死させられることを恐れていたの?」
「心ならずも、多くの同輩の命を預かる形になっているからね。それに、こちらが勝てば……」
「エストバル陣営の冒険者たちが処断されることまで危惧していたってこと? それは、なんとも人がよい。……あ、ルイナという女子のため?」
「うん。それが一番大きいな。……ただ、彼女がいなくても、元は同じ学園で学んでいた者たちだから」
「様々なことに気を回すその在りようが、いつかあなたの首を絞めるかもよ」
周囲にいた面々がうんうんと頷く。いや、同意されても。
「考えるべきは、本当に大事なものについてなんじゃ……というのは、余計なお世話ね。歳を取ると、若者になにか言いたくなるってやつかしら」
「心します」
「歳を取ったってことは否定してくれないのね」
「モリアさんは、美しく年齢を重ねておいでですよ」
安曇の言葉に、にまっと笑うその表情は、確かに美しかった。はぐらかされない話題が続いたので、もうちょっと押してみることにする。
「支援勢力についてもだけど、それより何より、シャルラミア姫は王位を目指したいのかな」
「疑念を感じているの?」
「王国内の力関係がどうなのかはわからないけど、権力争いに適性があるかどうかは疑問かなあ。一方で、治世に専念できるのなら、とてもよい領主になりそう」
「姫はなんと?」
「目前の課題に対して最善を尽くすまで、と」
「あなたは、それを本意ではないと考えたの?」
「覚悟が固まっていたら、そのような限定はつけない気がして」
「誰もがあなたのように、回りくどい考え方をするわけではないのよ」
首を振りながらのモリアの言葉に、稲垣が重ねる。
「わたしも、春見野の考えすぎだと思う。最善を尽くすことで開ける未来もある」
それはそうかも。姫君にその気があるのなら、手足となることはやぶさかではない。
モリアが風音のところに向かい、配置は大幅に入れ替わった。安曇が話しておきたいことがあるというので、カウンターに向かう。
報告内容は、早乙女さんの動向についてだった。
エストバル陣営で募集していた冒険者の世話役は、実際のところとして、愛人含みの意味も含まれていたという。その気がある男子被召喚者が、好みの女性を選んでいたのが、先日のバーベキューでの交流だったそうだ。うーむ。
そして、女子向けには純粋な世話役をつけよう、という話になっていたらしい。
発案したのは、エストバル王子の後見役として陣営を取り仕切っているザムルースで、戦闘で高揚した男子の勢いを発散させる手法として、一概に否定はできないだろう。
ただ、そこで世話役の配置を仕切ると言い出したのが早乙女さんで、固まっていたはずの配置を覆したのだという。
単なる世話役を希望していた男子や女子に対して愛人志望の少女を配置したり、愛人を得られると思っていた男子には、世話役だけという約束でやってきた少女をあてがったり、はたまた好みとは違う配置にしたりして、どうなるかを観察し始めたのだそうだ。
その上で、動きがあれば配置転換をかけるとなると、悪趣味なことこの上ない。
げんなりしたぼくに、安曇が笑いかける。
「籠の中の虫をつついているような感覚なのかもしれませんね」
「いやあ、同じ所属でなくてほんとによかった」
苦笑して頷いたところで、頼りになる密偵役がやや表情を改めた。
「ただ、戦闘を重ねる特異な状況下では、そういった方向の問題が起こる可能性はゼロではありません。うちの陣営で同様の対処をするのは現実的ではないと思いますが……」
「だれか、暴発しそうな人はいるだろうか」
「今のところは。……ただ、だれもが三角関係の主役になれるわけではありませんのでね」
語弊のある言葉を残して、安曇は報告を打ち切った。
周囲を見回すと、カウンターで一ノ瀬さんが一人で頬杖をついているのが見えた。そういえば、このところあまり話せていない。
「お邪魔していいかな?」
「どうぞ」
こちらを見ないまま、許諾の言葉だけが届いた。
「姫君との交流が、充分にできていなくてすまないね。軽んじているわけじゃないのだけれど、ばたばたしてしまっていて」
「いいのよ。あれは、貴方を非難するための、ただのお題目だから」
返事と一緒に、お酒の臭いが漂ってきた。
「飲んでるのかい?」
「いけない?」
日本の法律がここで適用されるかと言われたら、話は終わりである。一ノ瀬さんなら、健康上の悪影響については把握しているだろう。
沈黙していると、さらに言葉が重ねられた。
「貴方がひとりで報告しようが、姫様と全員で討議しようが、手続きなんてほんとはどうでもいいのよ。大切なのは、実質。私がしていたのは、手続き論だけの空疎で些末な難癖」
飲んでいるだけでなく、酔っているのだろうか。
「いや、実質はもちろんだけど、手続きも大事だと思う」
一ノ瀬さんの口許に、笑みが浮かんだ。
「私は、この世界にどうしても実感が持てないのよ。ゲームや小説に馴染んでこなかったせいか、前衛で血飛沫を浴びていないからか。共感できないし、達成感もないし、この世界でやりたいことなんて、想像もつかない。……帰りたい」
表情が歪み、杯が急角度で傾けられた。
「帰すと約束することは、ぼくにはむずかしい。もし、この世界でやりたいことが見つかるようなら、できるだけの協力をさせてもらうよ。……元世界では、将来は何をしたかったの?」
「世の不正を糺したかった。でも、ゲーム世界じゃね」
「人がすることだから、正すべきことはあると思う。でも、王制で実行するのは、覚悟がいるかもしれないな」
「こんなところで、青い夢を語ることになるとは思わなかった。……ただ、私のことより、まずは自分の問題を解決しなさい」
「ごもっとも」
杯が呷られ、手振りでおかわりの注文が行われた。マスターが、やや心配そうな視線を向けてきたが、頷いてみせると用意してくれるようだ。
「周りが、みんなやる気になっているのに、どうしてこいつは、って思っているんでしょ?」
一ノ瀬さんが絡むように問うてくる。
「いや。むしろ、なんでみんながこんなに行動力があるのか、よくわからないんだ。前向き過ぎて、ちょっと怖さすらある」
「命の危険がある環境で、活性化しているのかもしれないわね。……それと、私たちの代についてのうわさは知ってる?」
「うわさ?」
はて。
「うちの高校で、理事長が生徒を集めているのは知ってるわよね」
「うん。なんか、奨学生を自ら勧誘しに行ってたとか」
クラス内にも、わりと遠方からの進学者がいたはずだ。
「眼力に優れているらしく、それが進学実績や著名人の輩出に結びつき、学校の実績となっている。それはまあいいんだけど、今年は例年よりもだいぶ激しかったらしくてね」
かなり強引な勧誘が行われたらしい、というのが一ノ瀬さんの説明だった。
「それと、一学期の期末の結果は見た?」
「うん、秋月がトップだったよね」
「上位十位の中に、うちのクラスからは、秋月、藤ヶ谷、八雲、那須、楠木さん、胡桃谷が。あとの四人は隣のA組だったの。それが、二十位まで行っても、二組での独占は変わらなかった」
ほうほう。そんなこともあるもんなんだ。
「A組、B組の平均点と、他の四組のそれとは凄まじいまでの開きがあったらしいわ。前年までは、そんなことはなかったそうよ」
「よく調べてたんだね」
「教師の中にも、その状況を疑問視する人が多かったみたいで。ねえ、A組とB組と聞いて、なにか思いつかない?」
「……適性診断スキャンの、テスト運用対象?」
「対象クラスについて、知ってたのね」
「みくりん……、A組の御厨が、なにか怪しさを感じているとかで、調べてたみたいでね」
御厨とは、情報文化部で一緒だった友人で、ここにいてくれたら頼もしいだろう人物である。
「なるほどね。適性診断なんて生易しいものではなさそうだけど、どうやら理事長が誘致に関わったようなの。そして、その対象となる組に、自身で強引に集めてきた優秀と思われる生徒たちを配置した」
「確かに、ちょっと優秀な人が集まり過ぎている気はするな。ぼくが入っているのは、謎だけれど」
「貴方には、別の役割があったのかもね。……一連の動きに、どんな思惑があるのか、想像はつくかしら?」
「適性診断スキャンで、学校の優秀さを知らしめるため、とか? あるいは、他になにかあるのか。……その件を、ジャーナリストとして、扱いたかったのかい?」
「対象の一人としてなら、深く取材できていたと思うの。でも……」
この世界に来たことで、その夢は途絶させられたということなのだろう。
でも、ここにいるぼくらが、スキャンデータから再構成された存在だとしたら、実際の一ノ瀬さんは、その取材を成し遂げたかもしれない。そう思うのだが、失意のこの人物にとって、慰めになる考えではなさそうだ。
「聞かせてくれてありがとう。その取材結果が、弾劾記事になったのか、称賛する記事になっていたのかは、とても興味深いけれど、ひとまず中断するしかなさそうだね。……新しい目標ができたら、手助けさせてもらうよ」
返ってきたのは、生返事だけだった。ぼくはマスターに一ノ瀬さんのためのチェイサーを頼み、その場を離れた。
入れ替わるように、音海さんがカウンターへ向かった。ほんとに頼りになる人である。




