<60>新たな取り組みと援軍と
【Day 49】
この日は、全フィールドエリアの平定を記念した、打ち上げ的なバーベキューとなった。
城内の大広間から最後の領民の人たちが移動を開始しており、既に入植済みの人たちからの入れ替えも手配が済んだ。これで、このルランスミリア城に移り住んできたすべての人の住処が確定したことになる。
音海さん、進藤さんを中心にした神楽舞組は、この日の早朝に、残る三エリアの豊作祈願を済ませてくれたそうだ。
当然というべきか、今回はエストバル陣営の姿はなく、あちらはダンジョンに向かったらしい。こちらは、明日からの突入となりそうだ。
会場に入ると、いつもよりも早い時間にいい匂いが漂い始めている。この日は楠木さんプロデュースによる、整備されたバーベキューを試してみることになっており、一通りの調理を事前に試しているためだ。
最初に料理を味わうのは、各エリアから選抜された給仕役の人たちで、提供するのは城の給仕と楠木さん、アリナ、柊さんといった面々となる。
まず、料理の味を知ってもらい、提供方式を把握してもらって、本番では給仕として活動してもらう、という算段のようだ。
それにしても、前菜から野外とは思えない整った献立で、なんともおいしそうである。
野外でもおもてなし料理として成立させ、さらに対話を楽しんでもらうという方向性のようだが、確かにこれはいいものかもしれない。
のんびり見て歩いていると、ミイアさんが見慣れない二人を連れているのを見かけた。城の関係者だろうか。
この城には、特にシャルラミア陣営には大人にあたる年代の人がほとんどいないこともあって、めずらしく感じられた。
宴が始まり、一通りの食事が供されたところで、服部さんとジルドがプロデュースする一連の演物が開始された。
そう、服部さんにはこちらも手がけてもらっているのだった。産院の準備ともろに重なったわけで、申し訳ないことをしてしまった。
まずは、前回のバーベキューで人気を博した演劇での踊りが、芦原さんと熟練した演者によって展開される。勇壮な踊りもあれば、恋心を伝えるための踊りなども披露され、どよめきが生じていた。
進藤さんの独唱に、服部さんやサーニャが参加する曲など、冒険者組による歌も何曲か披露され、こちらも感嘆の声が上がっていた。
幕間には有馬と源による寸劇も披露され、元世界の古典的なネタをアレンジした感じで、笑いを集めることに成功していた。二人のうれしそうな表情が、また尊いものに感じられた。
仕上げは、音海さんによる神楽舞だった。今回は、芦原さんとオルリアを従えての舞で、先ほどの演劇に出てくるものとはまた違った、荘厳さの漂うものとなっていた。
舞の最後には、舞台に浮き上がっていた七色の光の粒が、幾本もの光の束になって各地へと飛んでいった。その数は十二で、各フィールドエリアに届いたようだ。舞い終えた音海さんは、達成感をまとわせたいい表情をしていた。
エリア平定記念バーベキューの総仕上げは、こうして順調に進んでいた。そして、宴を締める頃合いとなったとき、舞台に登場したのはシャルラミア姫だった。領民からどよめきと歓声が上がる。
「被召喚者たちの働きによって、このルランスミリア城の平地の平定は果たされました。以後は、安心して耕作に励んでください。エリアの平定を祝して実施してきた、このバーベキューは、今後は毎月最初の旬の最終日に開催したいと考えています」
大きな歓声が上がり、姫君が手を振った。続いて、ミイアさんが進み出る。
「各集落の長には伝達しておりますが、被召喚者の人々の協力を得て、城に産院を開設します。併せて、緊急性の高い大怪我の治療も行いますので、必要のある者は利用してください。費用はかかりません」
こちらの告知は、どよめきで迎えられた。
城に戻ると、産院が開設されていた。場合によっては、前日から受け入れる構えだったらしいが、ちょうどお産がなかったようで、最初の妊婦は夕方に運ばれてくる予定だという。
そして、城の外では久我と芦原さん、一色さん、琴浪らによる投げ槍の試し投げが行われた。以前のものより長い槍を使用しているが、軌道はやはりいまいち安定しないようである。
ただ、慣れの問題もあるだろうからと、練習を続けてもらうことにして、日次報告会へと向かう。
姫君の執務室に赴くと、見知らぬ二人が立っていた。いや、先ほどバーベキュー会場で見かけた二人かもしれない。
「紹介します。母が送り込んできた援軍になります。女性白魔道士のモリアと、男性弓騎士のダルスです」
二人は、黙って会釈を投げてきた。
「この二人は離すことなく、また支援として投入してほしいという話です。……扱いづらければ、無理に参加させる必要はありません」
「貴重な白魔道士の方の参加は大歓迎です。弓騎士という職種は存じませんが、知らないということは上級職なのだと思いますし」
「ダンジョンの情報もあるそうです。まず、そちらを聞き取ってください。翌日の方針は、それからにしましょう。明朝の整合でもかまいません」
日時報告会は、こうしてあっさりと終了した。
退出すると、白魔道士のモリアが話しかけてきた。
「あなたがムツキね。被召喚者を束ねているにしては、線が細いなあ。ま、なんにしてもよろしくね」
「こちらこそ。ダルスさんも、どうぞよろしく」
弓騎士の方は、黙礼したのみだった。
「そいつは、ほとんど声を発しないから気にしないで。でも、腕は確かだから」
「弓騎士というのは、何かの上位職なのですか?」
「射手が騎士に転職するか、その逆かの状態でしばらく育つと、だったかな。……ねえ、ホントに転職情報を知りたい? ダンジョン情報より先に?」
覗き込んでくる彼女の瞳には、悪戯っぽい光が閃いている。
「あ、いやいや、まずはダンジョンの話からお願いします」
つい、いろいろと聞いてしまいたくなりそうだが、優先順位を考えなくてはいけない。自重せねば。
夕食前に、興味がある人に集まってもらって、白魔道士モリアによるダンジョン攻略レクチャーが行われた。
基本的に一本道での攻略となるフィールドエリアと異なり、後方からの遭遇戦もあるそうだ。そのため、総人数にもよるけれど、前衛と後衛に戦闘特化パーティを配置して、間に支援・回復パーティを挟むのが基本となってくる。
現れるモンスターは様々だけれど、ダンジョンごとにだいたいの系統が決まっているそうだ。そして、四つのダンジョンにはそれぞれボスがいて、すべてのボスを倒せば城全体のクリアということになる。
フィールド同様に踏破率は設定されているが、ボスが出現するのはダンジョンごとに異なる固定の場所になるという。そのため、踏破率が低くても、たどり着きさえすればボス戦となる。
また、いったん踏破した場所についても、モンスターは出現するが、頻度はだいぶ下がるということらしい。そのため、何日もかけての攻略でも問題ないそうだ。どうしてもの場合は、夜営しながらの攻略もありだという。
最後のダンジョンボスを倒せば、城の平定の完了となる。そこまでが、両陣営の競い合いの対象となるようだ。
いろいろと情報を得たいところだが、まずはダンジョン攻略を優先することを徹底した。余裕が出てくれば、この世界についてもレクチャーしてほしいものである。
現状の構成員は、被召喚者二十四名と、領民出身が三名、エリアボス出身が二名。それに応援の二人を加えて三十一人ということになる。
山本、星野、一ノ瀬さん、服部さん、稲垣の五名が待機希望なので、基本は二十六人ということになるだろう。
それを踏まえた人員配置は、琴浪、那須、ぼくの三人を司令部として設定し、前方戦闘、前方支援、司令部、後方支援、後方戦闘の五パーティ編成とした。
支援の両パーティは、前方後方にかかわらず相性を踏まえて参戦を判断する。観察者の二人の配置としては、楠木さんが前方で弱点把握を、後方で不明の敵が現れた場合は、司令部が支援として入って、ぼくが弱点把握をする整理を行った。
レクチャーを終えて一息ついていると、安曇がやってきた。また、なにか深刻な事態だろうか。
「アリナさんが、城の外で絵を描いていたところ、帰ってきたエストバル陣営に絡まれたそうです」
「瑠衣奈たち、ダンジョンから無事に帰ってきたか……。それで、絡まれるというのは?」
「絵を描いていたのを、からかわれたとか。槍投げの練習とは逆側だったようで、久我くんたちは気づかなかったそうです。産院の窓から胡桃谷くんが目撃して、救出したらしいですよ。アリナさんは、かつて柳生くんだったかに言い寄られていたと聞きますので、気をつけた方がよいでしょう」
以前には雑用を押し付けられていた、という話もあったようだ。優しい人柄で、ちょっと押しが弱いところもあるようなので、付け込まれる隙は見せない方がいいだろう。
「なら、描いている間はぼくが……」
「春見野くん。現状であなたの時間がどれだけ貴重なのかは自覚してください。正直、訓練場に行っている場合ではないと思うのです」
「いや、でも、戦闘は重要……」
聞いていない感じで、安曇が周囲を見回す。招き寄せられたのは久我だった。
事情を説明して、マズールや西川に護衛についてもらう感じでどうかと聞いてみる。すると、久我本人が引き受けてくれることになった。槍の練習のついでもあるし、都合はつきそう、とのことだった。
アリナの安全対策の話を済ませると、応援の白魔道士の女性とシャリーが話しているところに向かう。ゾンビ二体を従わせた金髪の少女は、少しうなだれているようだ。
「……城をゾンビがうろついていたら、攻撃する人がいてもおかしくないわ。たとえば、よそから訪れて、事情を知らなかったりすれば。それはイヤでしょう?」
「うん」
「あなたは、その人を恨みに思うでしょう。復讐しようと思うかもしれない。そうなったとき、あなたとその人との間で対応に苦慮することになるのは、ムツキなのよ。ムツキが苦しむのは、見たくないんじゃない?」
「うん。……わかった」
振り向いたシャリーが、パパゾンビとママゾンビに愛情のこもった笑みを向ける。ゾンビたちが頷いたように見えた。こわばった無表情の顔のはずなのに、微笑んでいるようにも見える。
金髪の少女が口の中で何かをつぶやいている。数秒ののち、ゾンビを光が包み、気がついたときにはシャリーの手に二つの石らしきものが載っていた。
「これは……?」
「うん、パパとママ。しばらくこうして休んでいてもらうの」
平気そうな顔をしているシャリーだが、その瞳は潤んでいるようにも見える。腰を落として頭を撫でると、彼女は首にすがりついてきた。
夕食後に姫君に方針を伝えたぼくは、訓練場へと向かった。今日も風音の姿はない。
そして、瑠衣奈に待たれていたようだ。
「風音とは話せた?」
「いや、今日もダメだった」
はっきりと避けられており、無理に話すのもむずかしい。
「そうなの……。ねえ、ダンジョンに進んでお互いに大変そうだし、いったんこの特訓は休止にしない? 風音がいない状態だと、ね」
「うん、わかった」
こうして、ぼくは瑠衣奈にも見放されてしまった。
肩を落として出口へ向かうと、背中方向から声がかかった。
「あ、ひとつ気になっていたんだけど、槍投げの練習をしているでしょう?」
「うん、遠隔攻撃の多様性確保を考えていてね」
「投槍器を使ってみたらどうかしら」
「投槍器って?」
説明してくれたところによると、7の字のような形をした木製の器具で、槍の根元のあたりに引っ掛けて、その器具を持って投げるのだという。テコの原理を使うということか。
「飛距離がだいぶ伸びるというから、おそらく勢いもつくんだと思う。大型のモンスター相手なら、有効かも。作ってみて試すといいんじゃないかな」
「ありがとう」
瑠衣奈は、穏やかな表情で見送ってくれる。どうやら、全面的に見捨てられたわけではないようだった。
階段を降りる足取りは、我ながらとぼとぼと表現するのが似合いそうなものだった。産院の様子でも見に行くとしようか。
一階に到着して練兵場の控室に向かうと、話し声が聞こえていた。覗いてみると、胡桃谷、サーニャ、進藤さん、服部さんの姿があった。
そして、妊婦さんと産婆さん、それに妊婦さんの夫だと思われる、心配顔の男性の姿もあった。ただ、産婆さんと言っても、三十代の女性である。助産師さん的存在だが、どう呼ぶべきか。資格はないだろうから、助産婦さんでよいだろうか。
部屋の入口近くには荷車があり、その荷台には座布団が敷き詰められていた。おそらく、これで妊婦さんを運んできたのだろう。馬車の入手を考えるべきだろうか。値段にもよるけれども。
荷台の座り心地を確かめていると、背後から明るい声が聞こえてきた。
「この産院は、だれが発案したの?」
白魔道士のモリアは、当初の印象通りに気さくな人物であるようだ。
「元々は、領民の人たちが待機していた大広間で、胡桃谷という神官が魔術の修行も兼ねて治療をしていたのが始まりでした。その流れで、特に出産時の不測の事態対応で集落を回っていたら、戦闘直後に睡眠不足で倒れちゃいまして」
「それを、あなたは心得不足だと思う?」
「はい。目指すことは尊いけれど、それだけに相談してほしかったですね。順番で対応するなり、やりようはあったのに」
「それで、倒れてからどうなったの?」
「姫君に相談したら、なぜ報告しないのだと激怒されました」
「あのこ……、こう言っちゃなんだけど、あの怖いようだけど無表情な姫様が?」
「はい、それはもう。分派活動が起きたときがおとなしく思えるほどに。……それが昨日の話で、姫様主導で整備することになり、全集落に触れが回って本日開設、というのがここまでの流れです」
白魔道士が目を見開く。
「たった一日で?」
「最初は、その日のうちに仮開設しそうな勢いだったのが、たまたま妊婦さんがいなかったらしくて。……まあ、無茶振りが多いですけど、筋は通っていることが比較的多いので、できるだけ努力しようと思います」
「そう……。わたしも参加するわ」
モリアが、どこか誇らしそうに宣言する。
「いえ、本国からの応援にそんなことをしてもらうわけには」
「そう? 本人がいいって言ってるんだから、いいんじゃないの?」
「人手は多い方が助かります。お願いします。……ところで、」
「なに?」
「領民の妊婦さんの出産時に神官や白魔術士が対応するって、他の城ではある話ですか?」
「ありえないわね。領民向けというのも、無償の施術についても」
あっさりと断言されてしまう。やはり、そういうものなのか。
自室に戻る途中で久我の部屋に寄ると、瑠衣奈から聞いた投槍器の話を伝えた。友人の目が輝くのを、久々に目にすることができた。




