<5>放置されたぼくらと、水色の髪の令嬢との対話
【Day 5】
それから二日が経過したが、ぼくら十八人に特に進展はなかった。引き続き待機し、領民と同じ食事を摂り、有志での情報収集が続いた。
エストバル指揮下の反町たちの方は、初日の六人が引き続き出撃し、うさぎモンスターが出没するエリアから、次のコボルトのいるエリアに進んだそうだ。うさぎのエリアは、平定と呼ばれる状態には至っていない。
また、反町と早乙女さんが選んだ十八人のうち、十二人は引き続き待機状態となっていた。
あちらの十八人については、この地の服が支給されていて、制服姿が減ってきている。こちらサイドは、服の支給だけでなく、資金の供給もないので、全員が制服姿となっている。水の使用に制限がなく、湿度が低いのでまだましだけれども。
この世界に来てから五日目に当たるその日の夕食後、ぼくらは全員での集会を開くことになった。
集会の目的は、得られた情報の展開と、この世界についての認識合わせとなっている。だれかが主導するというよりは、宙ぶらりんの状態がきつくなってきている人が多いようなので、せめて少し話しておこう、という流れで開催が決まったのだった。
まず、ファンタジーRPGと異世界転移ラノベについて、ある程度分かるかどうかと問うてみたところ、ちょうど九人ずつに分かれた。意外とわかる人が多い感じだろうか。
よく知らない九人に、いきなり専門用語を交えて話しても混乱するだけなので、まずは簡単なレクチャーをすることになった。その役目は、久我が引き受けてくれた。
残る八名でなるべく分析をしてみて、その結果をかみ砕いて説明しよう、ということで話がまとまる。
ぼく以外でファンタジーRPG、異世界ラノベについてある程度把握しているのは、女子では高梨風音に、稲垣さん、音海さん、男子は安曇、琴浪、西川、秋月という顔触れだった。
秋月は、元々はほとんど知らなかったようだが、この数日でかなり把握度が上がった状態となっている。その意味では、胡桃谷にも充分に情報を展開してきたのだが、元世界で知らなかったから基本を把握したいと、説明会に向かっていた。
「司会は、秋月に頼めるかな? 整理がうまそうだし」
「ああ、かまわない。……まずは、この世界をどう認識するかについてかな。ちょっと広すぎるかもしれないが」
応じたのは、稲垣さんだった。
「そうね、よくある仮想体験型のゲーム世界に入り込む、というのとは少し違いそうかな」
「確かに。小バエやねずみといった、ゲームに関係なさそうな生き物もいるし、領民の人たちはNPCではなく実在の存在のようだし、ほぼ現実の世界に見える」
頷いたぼくの言葉に、秋月が続ける。
「それに加えて、暦や時間なども考えると、地球であるようにも見える。星の感じからしても、万年単位での未来、ということはなさそうだ。さすがに、過去は考えづらいよな」
「城自体は古びているけど、トイレとかシャワーとか、過去というのは無理がありそうね」
高梨も、静かな口調で話に参加する。
「ただ、人間の脳は、いろいろな物を補完してしまう機能があるとも聞く。脳に直接メッセージが響くような世界だと考えれば、違和感を持つなといった指示も可能かもしれない」
秋月の指摘はもっともだ。頷いた安曇が、降参といった風情で手を上げる。
「そう考えてしまうと、何でもありですね。夢に近いものを共同で見せられている可能性もあれば、コンピュータ上のデータとして意識を持っている状態かもしれない。結論が出ないのなら、保留でよいのでは?」
「……ねえ、とても怖ろしい話をしてると思うんだけど、どうして平然としていられるの?」
音海さんが周囲を見回して、誰にともなく問い掛けを投げる。どうやら、SF方面には明るくないらしい。
「平然としているわけじゃなくて……、そもそも、学校にいたはずなのに、気づいたらお城にいてモンスター退治に駆り出されるなんて状況は、とんでもなさ過ぎて呆然とするしかないという認識だよ。ただ、物語としてならこういった事態に触れているので、分類するくらいはできる、というくらいかな」
そういうことなら、と音海さんが頷く。そんな中、琴浪はどこか上の空のようにも見えた。
「安曇の言う通り、世界認識を深く考えすぎても仕方ないかもしれない。では、僕らの立場についてはどうだろう」
司会役である秋月の進行は、とても安定していて好感が持てる。やや沈黙が流れた後に、ぼくが口を開いた。
「仮に抹消するということなら、不要な者を選べという指示になるんじゃないかな? 二分しろ、というような表現もあったし」
「きっちり半分に分ける必要がある、と言ってたな。基準は好きにしろ。有能であるに越したことはないが、という文言もあった。確かに、半分を抹消しようという話ではないようにも聞こえるな」
「選ぶ人の心理的負担を考えたのかも。……いや、そういう柄じゃなさそうか。エストバルって言ったっけ? あまりそそられないキャラだけど」
別見解を自ら取り下げた稲垣さんは、こんなときでも自らの趣味を忘れないようだ。話を元に戻さなくては。
「すごい髪色だったよね。二分したとして、別チームを組むとかかな?」
「バックアップかもしれないな。もっとも、あちらは選んだ中からも待機組が出ているみたいだけど」
「いずれにしても、どこかで出番が来るかも、とは考えておいた方がよいでしょう。あちらの方々への説明は、ちょっと工夫がいりそうですが」
安曇が、ファンタジーRPG&異世界転移説明会の様子を見ながら首を傾げる。説明している久我は、やや苦戦しているようだ。
「そろそろみんなで話した方がいいかもしれないですね。ただ、先ほどの世界認識のあたりは、馴染みのない人には通じづらいかもしれません」
と、音海さん。頷いた秋月がひとまず締めて、説明会の方へと向かう。
「風音ちゃんは、ラノベとか詳しいの? そういう風には見えなかったけど」
稲垣さんがとても不思議そう。確かに、風音の普段の様子から、そういう気配は感じ取れない。
「母が好んでいて、その影響でね。決して、異世界転移に備えて剣術を修めていたわけではないのだけど」
慌てた様子はちょっと微笑ましい。……などと思っていると、ぎろっと睨まれた。くわばらくわばら。
説明会で出ていたのは、原因は何か、なぜ自分たちなのか、戻れるのかなど、もっともだけれど、答えられない疑問ばかりだった。わからないことばかりなので、いったん飲み込んで善後策を考えるしかなさそう、という発想は、幾人かには受け容れがたいもののようだった。
先程の討議をだいぶマイルド風味にした説明の後で、司会の秋月が更なる情報収集への協力を求める。判断材料は多い方がよい。
そして、現段階の意識を聞きたいと話を向けた。強く出陣を求められた場合に、どう考えるか。選択肢は三つ。
好んでか、仕方なくかはともかく出撃を許容するか。
できれば、出撃したくないか。
絶対に戦いたくないか。
最後の選択肢である、絶対に戦いたくないを選んだのは、服部さんと、山本、星野。
二番目の選択肢の、できれば出撃したくないを選んだのは、音海さん、芦原さん、進藤さん、稲垣さんに、胡桃谷。
最初の選択肢の、出撃許容を選んだのは、女子では高梨と、一之瀬さん、男子では、秋月、久我、安曇、琴浪、西川、有馬、源とぼく。
意外だったのは、一之瀬さんと琴浪の出撃許容だろうか。想像していたよりも、許容組が多い。
「出撃するかどうか、ぼくらが決められるとは限らないけれど、事前に考えておいてもらった方がよいと思ってます。ちなみにこの世界では、死んでしまったとしても、教会や白魔術ギルドで蘇生できるらしい。ただ、お金がかかる上に、七日間という制限があるようです。七日目の夜半には塵となり、生き返ることはできなくなるそうでした。それは、把握しておいてもらった方がよいでしょう」
あまり前面に出て話す気はなかったのだけれど、いつの間にか口を開いてしまっていた。口調がつい固くなる。締めは秋月にお願いすることにした。
「情報収集は続けるので、定期的に集まりたいと思っている。興味がある人は毎日でいいとして、全体では必席ではないにしても、一日おきでどうだろう?」
異議は出ず、その場はお開きとなった。間もなく、配膳の女性が食器の片付けにやって来た。ぼくだけでなく、高梨、胡桃谷、音海さん、進藤さんあたりが手伝いに立つ。
そんな様子を、見慣れない鮮やかな紅い髪の女性が眺めていた。
【Day 6】
翌日、朝の時間帯の下層階の様子を見て三階に戻ろうとすると、階段の上方から金属音が響き、エースパーティが降りて来た。
装備の変化を観察しながら、脇に退いて通過を待とうとすると、先頭右にいた早乙女さんが声をかけてきた。
「暇そうでいいわね」
「お忙しそうで」
無視もどうかと思って反応すると、立ち止まって睨みつけてくる。出撃前にいたぶる相手を探していたのだろうか。その加虐性は、ぜひモンスター相手に発揮してもらいたい。
「アンタたちの分まで戦ってるんだから、感謝してほしいわね」
「心からの感謝を、エースチームのみなさんに。……一つ聞いてもいいかな。先のエリアに進んでいると聞いたけど、最初のエリアの平定はしないのかい?」
「はぁ?」
苛立たしげな早乙女さんに代わって、答えたのは藤ヶ谷だった。
「必要ない。上位エリアの方が経験値も報酬も高い」
酷薄さの漂う表情に、バカにしたような口調がよく似合っている。朗らかさの仮面が剥がれかかっているあたり、この六人も苦労しているのかもしれない。
頷いて見せると、早乙女さんが不機嫌そうに歩み出す。斥候を務める短髪の少女は、目を伏せたままだ。領民と触れ合っている彼女、七瀬瑠衣奈が平定の必要性を理解していないはずがない。まったく意思疎通ができていないのだろうか。
出撃する彼らを見送って、また階段を昇り始める。ぼくの気分は、すっかり暗くなってしまっていた。
朝食後、ぐてっと食堂のテーブルに突っ伏して小声で呟く。
「うーん、プレイヤーをやらせてくれないかな。そうしたら、もうちょっとうまくやれそうなのに」
離れた場所に座っていた琴浪が、ぴくっと動いたようだった。
「よいかもしれないですね」
応じた声は琴浪ではなく、近くにいたポーランド人の少女のものだった。
「春見野くんのアドバイスのおかげで、柊さん、一色さん、楠木さんに仲良くしてもらえています。七瀬さんとは、まだ話せていないのですが。……的確な助言ができる春見野くんはプレイヤーに向いているかもしれません」
アリナの涼やかな声は、よく通る性質がある。それを聞き咎めたのは、女子主流派グループの一員、伊集院さんだった。
「ちょっと、反町くんや千夏ちゃんががんばってるのに、なにもできない人が偉そうにするのは、失礼じゃない」
「本当に。無為に暮らしているくせに、生意気よ」
加藤さんも同調してきた。
「いや、キャラとしてでなく、プレイヤーとして……」
「バカみたい。立場がわかってないんじゃないかしら」
間に立たされる形になったアリナが困ってしまっている。気にしないでと呟いて、ぼくはまた机に突っ伏した。
まだ文句を言っている女子二人だったが、気にせずに横に目を向ける。すると、また紅い髪の女性が扉付近に立っていた。
昼食後、ひさびさに登場した茶色の髪の青年から、全員での移動を指示された。そういえば、彼の名前を聞いていない。
誘導された先は、この世界で意識を取り戻したときにいた、上部が半球状のドームになった広間である。常時鍵がかかっていたため、まだ施設名が確認できていなかった。ぼくはさほど気にならなかったが、コンプリート欲求が強めな久我はだいぶ気にしていた。
「始まりの間、だとさ」
そ、それはまた、ド定番な。そう応じようとしたとき、脳内にメッセージが流れた。
「ルミリオム王国の城主、シャルラミアのキャラクターとして登録されました。詳細は、状況票などで確認してください」
周囲とこめかみのあたりを指差し、お互いの受信を確認する。程なく、部屋の上方に画面が開いた。現れたのは、水色の髪の女性だった。ぼくらと同じくらいの年頃だろうか。
「わたくしは、シャルラミア。あなた方のプレイヤーです。これより基本職を割り振ります。食堂を整え、食事を用意させ、居室も準備しますので、休んでいてください」
澄んだ声が、冷ややかな口調をより強く感じさせた。エストバルの傲慢かつ軽薄な様子とはだいぶ違う。
周囲を見回して、だれも反応しないようなので口を開く。
「差し支えなければ、基本職について教えていただけませんか」
「こちらで能力値を見て判断し、決定します」
「性格から来る適性などもあるかと思います。やる気にも繋がりますので、ぜひ事前に情報を開示いただき、意見を述べさせてもらえませんか。どうかご検討を」
「やる気……ですか。あなた方は、生き延びるために戦うしかありません。活躍すれば、栄誉と充分な報酬が得られます。それで充分でしょう。盤上の駒に、過度の情報は必要ないのではありませんか?」
なんと冷淡な口調だろうか。寡黙な七瀬瑠衣奈の冷ややかに思えていた対応が、うららかな陽だまりのように感じられる。ただ、ここで退くわけにはいかない。
「これから行われるのは、あなたのために用意された手慰みの遊戯ですか。それとも、なにか達成目標のある取り組みですか?」
明確に睨みつけられる。冷ややかさに鋭さが足されると、かなりの圧力となる。
「後者です。最大の成果を得る必要があります」
「それでしたら、駒であるぼくらも、最大の成果を得るためにどうすればよいかを考え、行動したほうがよいのではないでしょうか。しかも、今回呼ばれた者たちのうち、腕の立つ人材のほとんどは、二分されたもう一方に割り振られています。こちらは、お世辞にも有力な者は多くありません。慎重な役割分担、人員配置が必要かと思います」
きつい目線が突き刺さる。長い時間が経過したように思えたが、実際には数秒だったようだ。
「……一理あることを認めます。明朝、最初の出撃を予定していますから、夕食後には基本職の割り振りを済ませたいです。今は十五時ですから、あと三時間で決めてください」
「承知しました。基本職と能力値の詳細、スキルの概要、パーティ編成の仕組み、エリアへのパーティの同時投入の可否、敵の情報とエリアの平定について、将来的な基本職の変更や転職が可能かどうか、転職があるなら狙うべき上位職の有無、基本職以外の副職業のようなものの有無、……そして最終目的を教えていただけると助かります」
「最終目的とは?」
「魔王を倒すとか、世界を制覇するとか、敵国に勝利するとか、なにかあるのではないですか? ぼくたちは、どのような世界にいるのかを理解していません」
「魔王を滅ぼす正義の勇者、などという大層な存在ではありませんのでご安心を。あなたたちに求めるのは、この城市の周辺に巣食う魔物たちを討伐し、勢力圏を拡大することです」
「それが最終目的ですか? 勢力圏を広げて、この地の方々が安定した生活を送れるようになれば、ぼくらは帰れるのでしょうか」
「何事も成し遂げていない段階で、先走る必要はないでしょう。では、細かい点については、わたくしの補佐役の侍女から説明させます」
「もう一つだけ。同じ人間と戦うことはありえますか?」
最後まで言い終わる前に画面が消える。質問が届かなかったのか、届いていて意図的に打ち切ったのかどうかは判然としなかった。
流れた沈黙を破って口を開いたのは、音海さんだった。
「春見野くん、今の言い方だと、全員が戦闘に参加することを許容するように取られてしまいそうですが」
「こちらの意思が入らない状態で基本職を決められると、戦いたくない人が、能力値だけを見て、支援職ではなく前衛職に入れられ、出撃を強要される危険があると考えたんだ。それは、だれにとっても不幸な話になりかねないので。そして、どんな形にせよ、交渉の余地を残すことは重要だと思って……」
「そうですね。それは、確かに……」
音海さんは、周囲を見回す仕草をして、ちいさく息を吐いた。