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<48>元傅役の提案


【Day 41】


 楠木さんには、彼女の目指すバーベキューを実現したい意向があったものの、さすがに間に合わないという話となった。


 ただ、時期はともかく、一度は楠木さんプロデュースのバーベキューを実施しようという方向性となり、料理部の面々を中心に検討を進めてもらうことになった。オルリアも、それに参加してみてもらおうか。


 この日は朝食を早く済ませて、音海さんの豊作祈念の舞についていくことにしている。希望者を募ったところ、執行部勢を中心にかなりの人数が同行することになった。


 朝の光の中、軽装での野歩きは解放感があって心地よい。


「食糧確保は重要だろうけど、課税はどんな感じなんだろうな。というか、作物は何なのか」


 秋月の問い掛けに応じたのは、安曇だった。


「主力作物は小麦で、税率は四割だそうですよ。それが王国内で一般的らしいです」


「副食物や野菜は作っていないのかな?」


「自家消費向け程度みたいです」


「そういえば、連作障害という言葉が通じなかったから、輪作という概念がないかも。……ただ、姫様が知らなかっただけかもしれないけれど」


「確かに農地の細かな話までは、ご存じないのかもしれません」


 そんな事を話しているうちに、集落が見えてきた。入り口近くでは、ミイアさんとジルド、それに何度か顔を合わせた集落の長の姿も見える。


 ミイアさんから謝辞が述べられ、巫女の正装に身を包んだ音海さんが連れられていく。補助役は、進藤さんと芦原さんが買って出てくれた。


 見送っていたジルドが気さくに話しかけてくる。


「なかなかの大勢だな。ムツキは来るだろうと思っていたが」


「いい機会なので、集落の暮らしぶりを知りたがってるんだ。教えてあげてもらえるかな?」


「いいとも。案内役は、何人必要だい?」


 希望を取ると、四組に分かれるとのことだったので、四人に案内してもらうことになった。


 一組目は、秋月と琴浪、楠木さんに久我。二組目は、芦原さんと進藤さん、服部さんに胡桃谷。三組目は、柊さんとアリナ、西川に風音とオルリア。四組目は、那須と毛利さん、一色さん、それに山本となる。


 各組が何を調べるかまでは聞かなかったが、三組目は確実に食事関連の調査だと思われる。


 ぼく自身は、ジルドと一緒に豊作祈願を見守ることにする。


「今年は無理かと思っていたんで、助かるわ」


「どこでもやるものなの?」


「昔からそうだったから、そういうものかと思ってたんだが、よその出身の住民に聞いたら、やってないって話だった。うちの集落では、近所に巫女の婆さまが住んでおられたが、いないところもあるんだろうな」


「この集落は、いくつかの城の出身者がいるってことなんだよね?」


「ケイからも質問されたんだが、いくつの城があるかはわからん。すまんな。……俺らにとって城は住んでる土地の中心にあるもので、いくつもあるとは思ってなかったんだ。交流も少ないので、集落の名を言われても、近所かどうかわからんし」


 ケイとは、安曇のことである。今も案内役なしで情報収集を進めているようだ。


 お互いの情報を交換しつつ、祈願を行う場に向かう。集落単位ではなく、エリアごとに行うのが通例だという。城からもっとも近い集落で、城を背にした外縁部で行うのだそうだ。


 細縄で区切られた一角が、舞台代わりに仕立てられていた。ゆっくりと歩いてくる音海さんの表情は、とても穏やかなものだった。


 鈴や榊はなく、素手での舞となるようだ。音楽もなく、一礼した音海さんが動き始める。


 ぼくの知る奉納舞とは違うようだが、流れるような所作で、舞が重ねられていく。見惚れていると、安曇が近くに来ていた。


「トロルとの死闘の際には鬼気迫る迫力でしたが、今日のもまた美しいです」


「ぼくが死んでいたときの話だよね?」


「ええ。その時と同じでしたら、このあとに……」


 音海さんの周囲に金色の光がきらめいている。神々しいその情景に、いつの間にか集った領民が引き込まれている。


「これは、婆様よりも……」


 ジルドの声には、おどろきの響きがある。そして、舞う巫女を取り巻く光が渦になり、金色の細い光が空へと向かって伸びていく。周囲からは、祈りの声が聞こえてきた。


 天に届いた光が、細かな光の粒になって、辺り一帯に降り注いだ。なんとも幻想的な光景である。


 空に向かって祈りを捧げた音海さんが。動きを止める。こちらを向いて一礼すると、周囲から感嘆の息が漏れた。拍手をしてよい雰囲気ではない。


 と、ぼくらのいる方に目線を向けた巫女さんが、ちょっと照れくさそうな笑みを浮かべた。神々しい存在が、ようやく音海さんに戻ってくれたようだった。




 調査に時間がかかっているようなので、城には戻らず、そのままバーベキューへとなだれ込むことにした。


 今回より、宴の会場に休憩所的な用途の小屋がいくつか設置されており、そのひとつを借りられることになっている。


 音海さんや安曇と話していると、外からどよめきのような声が聞こえてくる。


「来たよ。パパとママも」


 明るい声とともに、シャリーが駆け込んでくる。その隣には稲垣の姿があり、ゾンビも二体やってきた。少し騒がしかったのは、領民の人たちがゾンビの姿を目撃したためだろう。


「準備は進んでるみたいよ。それと、エストバル陣営もまもなく到着すると思う」


 初参加となるわけだが、どんな反応を示すだろうか。


 


 ミイアさんと一緒に、エストバル陣営の面々を迎える。あちらの先頭に立っているのは、タクロのほかにもうひとり、ずんぐりとした成人男性の姿があった。後ろで縛られた濃茶の髪は、がっしりとした体型に似合っている。


「タクロ殿の隣はどなたでしょう?」


 小声での問いに、笑顔のミイアさんがささやきで応じてくれた。


「ザムルース殿です。先日到着したばかりのエストバル様の後見人的存在で、かつては傅役だったとのことです」


 傅役と言っても、ぼくらが考えるようなおもりをしていたわけではないのだろう。赤子時代のエストバル様を、眼の前にいる人物が若き日にあやしていた姿を想像してしまうと、ちょっとほほえましい。


 そんな事を考えているうちにあいさつが済まされて、ミイアさんが城側の二人を小屋へと連れて行く。反町を先頭にした十二人は、タクロと侍女の人の案内で用意された場所へと向かう。ぼくらの定位置とは、調理場を挟んだ反対側となり、距離的には近いがやや接触しづらい位置関係となっている。もちろん、話したければ歩み寄ればよいのだが。




 供される料理は、いつもと変わらず肉と野菜の焼き物に、汁物が添えられる形となっている。


 楠木さんは、この形式に不満足のようだが、いったいどういう内容を理想にしているんだろうか。


 反町たちエストバル陣営はおおむね固まっていて、あまり会話が弾んでいるようすもない。早乙女さんが見るからに不機嫌そうなのは、不参加を宣言していたのに、連れてこられる羽目になったためだろうか。


 こちら側は、小屋と屋外とに分かれる形となる。屋外組の話題の多くは音海さんの神楽舞についてとなった。


 やや疲れた様子ではあるが、トロル戦の後のように寝込むような状態ではないそうだ。先程の舞は、音海神社に伝わるものではなく、この地で受け継がれているものだという。


 そして、その舞は、巫覡の現ギルマスからではなく、音海さんが看取った老巫女さんから教わったものだという。どうやら、ジルドのいう婆さまのことであるらしい。


 上位職では高度な特殊能力が発揮できるのか、という話の中から、舞姫となった芦原さんの習得中の能力に話が及ぶ。踊りを披露してもらえる日が来るのだろうか。


 そんな流れの中で、芦原さんが問いを投げてきた。


「ところで、投げ槍を本格的に導入しようという話があるんですよね? 一色さんが活躍されたとか」


 胡桃谷から話を聞いたとのことで、興味を抱いたらしい。


「投げ槍であれば、支援でも役に立てるかもと思うのです」


 意欲を見せながらも、物言いはあくまでも控えめである。そこに、楠木さんが異議を唱えた。


「一度きりしか投げられない槍より、弓矢や弩の方が効率的だと思うわ。……投げ槍は前回の試行では、方向も定まらなかったし」


「そうなのですか? でも、槍のよさもあると思うのですけれど」


 投げ槍の実用化計画を主導している琴浪は、唇を噛んで沈黙している。


 買って出てくれたので任せていたのだけれど、元々が運動の得意なタイプではないだけに、無理があったのかもしれない。そして、この件でやる気が削がれてしまうのは、うまい話ではない。


「楠木さんは、先日の投げ槍を試したのがうまくいかなかった理由は、どう分析するかな」


 意見が対立していても、彼女が思考を捻じ曲げることはないと考え、聞いてみた。


「そうね……。おそらく、短い槍を使ったのがよくなかったんだと思う。琴浪君としては、携帯性、利便性を考えたのかもしれないけど」


「こないだ手槍を投げていたのが、その話だったのですね。確かに、ある程度の長さがないと、安定しないかもしれません」


 芦原さんは、槍投げに詳しかったりするのだろうか。運動能力は高そうだし、絡んでもらえるといいかもしれない。


「楠木さん。弓矢の方が効率的な場面はあると思うんだけど、槍の方が効果的な場面は、考えられないかな?」


「総じて考えれば、弓矢や弩の方がいいと思う。でも、的の大きい相手であれば、有効な場合もあるかも」


 淡々とした口調で、楠木さんが応じてくれる。


「琴浪は、そのあたりどうだろう?」


「投擲武器を槍に限定するつもりはないよ。ただ、特に大型モンスターが出ることを想定すると、備えておいて損はないと思う」


 琴浪はちょっと希望を感じている様子だった。微笑ましい。


 相談の結果、琴浪に加えて、芦原さん、一色さん、久我に参加してもらう形で検討を進めていくことになった。




 ミイアさんは、エストバル様の側近たちと話し込んでいる様子で、姿がずっと見えない。少し心配していると、茶の髪の侍女が呼びに来た。交渉に同席してほしいとのことだった。


 エストバル陣営の面々に提供されている小屋に入る。にこりと笑ったザムルースは、年の頃三十代後半といったところだろうか。人なつっこさが前面に出つつも、どこか陰もありそうなあたり、藤ヶ谷と少し印象が似ているかもしれない。


 先方の申し入れ内容を簡単にまとめると、競い合いなのは確かだが、正面からぶつかるのは好ましくないのではないか、といった内容だった。


 ミイアさんを見やると、疲れた表情で頷いてくる。おそらく、任せてくれるということなのだろう。


「ご指摘の通り、同じエリアで攻略を進めるのは、お互いにとって得はなさそうです。そちらは、次はどこへ進まれますか? 選択肢は、トロル平定か、ワイヴァーンか、サイクロプスかになると思います。好きなところを選んでくれれば、別のところで活動しましょう。……シャルラミア姫の裁可が得られれば、ですが」


「問題ないと思います」


 ミイアさんが言葉を重ねてくれる。こちらがプレイヤーとキャラクターとで相談しながら進めているというのは、あまり明かさない方がよかっただろうか。もっとも、ぼくが呼ばれたからには、完全に秘匿できるはずもないが。


「話が早いな。それなら、我々はトロル平定へ向かうとしよう」


 両陣営にとってのトロルは、単純な力関係では測れない意味合いがある。ザムルースからすれば、全滅したエリアを平定して、その印象を払拭しようという意図があるのかもしれない。


「では、そちらの平定が済むまで、トロルエリアには立ち入らないようにしましょう」


 こちらは、ワイヴァーンの奥地に向かうことになるだろう。ただ、明言する必要もない。


 頷いた総髪の人物は、ぼくの目を覗き込むように見つめてくる。


「どうだ。もう一歩進めて、共闘しないか?」


「共闘……ですか。競い合いなのに」


 にやりとザムルースが笑う。隣に座るタクロの沈黙は、どういう状態なのだろうか。


「ああ。本番はダンジョンの四エリアが解放されてからだ。その前のボス戦限定での共闘ということになる。主戦パーティの比率は三対一でいい。ドロップアイテムは、もちろんその配分でかまわない」


「別の城主に属するパーティでも、一つの戦闘に同時参加できるのですか?」


「ああ、もちろんだ。王国としての出兵である以上、どの城主所属でも、もちろん陛下の直属でも共に戦える」


 やはりそうなのか。いいことを聞いた。そして、国王直属と城主所属では何らかの違いがありそうにも聞こえる。


「その平定エリアのポイントは、どう扱われるのですか?」


 意外そうな顔をされたのは、平定ポイントについて把握していた点についてだろうか。


「共同で平定した、ということになるだろうな」


 狙いはその辺りだろうか。あるいは、ドロップアイテムを一つずつでも確保したいのか。意図がわからない上に、権限的にも即決はできない。


「シャルラミア姫の判断を仰ぐ必要があります」


「もちろんだ。方針が固まったら、知らせてくれ」


 満足げな笑みを、ザムルースは浮かべた。



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