<45>午睡時の来訪者
その戦いを長引かせ、エストバル陣営を先に行かせたぼくらは、城へと引き返した。
偵察編成なので、そもそも長居するつもりはなかったのに加え、同じエリアで競い合うのはやはり効率的ではない。
平定に向かうか、次のエリアに進むかを相談した結果、次に進んでみようということになった。ワイヴァーンの次は、第十二エリア。最後のフィールドエリアということになる。
帰還して、ミイアさんに了承を取り、準備を進める。今度もまた、偵察編成ということになる。
同じ顔ぶれで向かった第十二エリアで遭遇したのは、一つ目の人型モンスター、サイクロプスだった。
腕力は強く、動きもなかなかに敏捷だが、それでも風音、一色さん、西川の前衛に支援があれば、おおむね問題なさそうだ。
あっさり判明した苦手属性は風で、うさぎモンスター平定時に入手した狩人の弓が有効となる。これらは、斥候の二人が使い続けている。
数度の戦闘を経ると、一色さんのレベルがかなりの勢いで上昇した。ワイヴァーンでの戦闘も含め、レベル5だったのが11まで来ている。
何か変化があるかと聞いてみたところ、動き自体に変わっている感覚はないけれど、相手へのダメージが大きくなっているように思える、とのことだった。
これまでは、レベルが急に上昇した人はいなかったので、貴重な証言としてよいだろう。この情報を踏まえると、レベルによる追加ダメージのようなものが設定されていると考えてよさそうだ。
先日の模擬戦で、レベル20のぼくは、その時点でレベル5だった一色さんに敵わなかった。実戦だったら、レベルによる追加ダメージがあったのかも……、いや、そもそも当たらなさそうだから、あまり意味がないか。
「それなら、転職するよりもひとつの基本職系統のレベルを上げた方が効果的なのかしら」
考え込む風音は、転職する気があったのだろうか? 吟遊詩人や踊り子、巫覡も似合いそうだ。そして、神官というのも……。
「聞いてる?」
不審そうな表情で黒髪の騎士殿が聞いてくる。しまった、ちょっと意識が飛んでいた。
「もちろん。……えーと、レベル上げの効率についてだよね」
「まあ、そうだけど。……追加ダメージが大きいようなら、複数職種をこなすよりも効率的なのかな、と思ってね」
応じたのは、琴浪だった。
「それは、最終段階での敵の強さや、対人戦があるかどうかで話が変わってくるので、なんとも言えないですね」
「最終段階……。このエリアのラスボスってことじゃないよね」
「終りがあるかどうかもわからないけど。それに、追加実装とか……、ってどこまでゲームなのかがわからないもんな」
「少なくともこの城の平定戦に従事しているうちは、主力組は転職しない方が無難だろうね。……風音は、なにか転職してみたい職種はあるの?」
「まったく能力に影響がないのなら、どれかの魔法が使えれば便利なんだけど。……そんな都合のいい話はないわよね」
「バランス上、考えづらいです。魔法戦士は、戦闘に特化した戦士よりも、攻撃力の最大到達点は低くなるでしょう」
そこで、久我から声がかかった。
「おーい、話し込むのもいいけど、そろそろ昼だぞ。戻らないか」
ぼくらはいつの間にか立ち止まって、話に集中してしまっていたようだ。確かに、サイクロプスエリアの偵察は充分だろう。
「ごめん。そうしよう」
城への帰り道は、午後からの出陣方針についての相談に充てられた。
昼食を終えると、短時間の午睡を取るのが習慣になっている。この世界に来た当初、思いつき的に試してみたのだが、すっかり定着している。
自室に戻り、寝台に入ろうとすると、扉を叩く音が聞こえた。
「どうぞ」
扉が開くと、入ってきたのは柊さんとアリナだった。二人とも、午前は待機組となっていた。
二人にいつもの明るさがなく、柊さんは波打つ収まりの悪そうな黒髪の先を手でいじっている。よくない話だろうか。
「少し歩きながら話そうか?」
「いえ、差し支えなければここで」
正直なところ、女子が自室にいるという状態には多少の差し障りがあるが、この場合は許容せざるを得ないだろう。
「うん。なにかあった?」
アリナが少しためらいながら話してくれたところによると、那須が叱責されたことを耳にした毛利さんが、執行部批判を繰り広げたのだという。
那須と毛利さんは、元世界では正副のクラス委員という間柄だった。その頃の関係性はあまり把握できていないが、エストバル陣営にいた頃にも、毛利さんは那須が軽んじられていると抗議を繰り返していたらしい。
「ただ、その叱責というのがどういう流れで起きたのかがわからないので、なんとも反応のしようがなくてね」
柊さんは、やや辟易しているような印象である。調和を好みそうな彼女には、苦手な事態なのかもしれない。
ひとつ息をついたぼくは、叱責……、というか、注意を促した経緯を説明する。もちろん、久我の剣幕についても隠すつもりはない。
「那須も反省している様子だった。……本人から、状況を説明してもらうのがいいかな」
「ううん。逆効果だと思う。本人に公式見解に沿った説明をするよう強制するなんて汚い、という話になりかねないから」
「そういう事例があった、ということかな?」
「そうね。あれはもう、なんというか崇拝に近い感じがする」
なんだか、こじれていそうな口振りである。
「それで、那須の敵を排除しようとしているってことか」
「そうなの。それもちょっとね……」
戸惑った表情の柊さんには、あまり人のことを悪く言いたくない、というのがあるのだろうか。とてもよいことだけれど。
「その話は、楠木さんも聞いていたんだよね。見解の表明はあったかな?」
「うん。春見野がきつく言ったのなら、そうすべき理由があったんでしょう、だってよ。信頼されているわね」
「それはどうかな。……ってゆーか、さっきの説明通り、きつかったのは久我であって、ぼくじゃないんだけど」
「えーと、口調を除けば、きついことを言っているのは春見野さんの方だと思いますけど?」
アリナは、ちょっと困惑した様子である。その言葉に困惑したのは、ぼくの方だった。
「え……? そうかな。すごく理性的に話したつもりだったんだけど」
「きつさにもいろいろあるからね。まあ、状況は理解したわ。目撃してないことを一方的にまくしたてられるのは、気分が悪いのでね」
「気が晴れたのなら、なにより。……でも、ぼくが嘘言を吐くかもしれないのに、直接聞きに来てくれる二人には感謝しているよ」
金髪の少女が、にこりと笑う。
「春見野さんが嘘を付くのなら、きっと理由があるんだと思います」
その言いように、ぼくはちょっと危険なものを感じた。
「もしかして、スケルトンとの戦いの中で、変に信頼感を持ってもらったのかもしれないけど、あの状況ならだれでも同じようにしたと思う。……ぼくは自分がそこまで信頼に値する人間なのかどうか、自信がないんだ。二人とも、自分のためになる選択をしてほしい」
「はい。だれを信頼するかは重要です。わたしは、あなたを信頼する自分を信じます」
うーむ。意図が伝わらなかっただろうか。
ぼくの表情を見たのか、柊さんがにたりと笑う。
「盲信するなってことよね。アリナはだいじょぶよ。だからこそ、こうして事情を聞きに来ているわけだし。聞きに来ない楠木さんは、別の意味で問題ないと思う。……貴重な午睡時間をつぶして悪かったわね」
「いいや、午後からは強敵相手なのに無理を言っちゃったけど、頼みます」
「ええ。意図は理解しているわ。だいじょぶよ」
手を振って、二人は部屋を出ていった。窓からは、穏やかな夏空が見える。これから一眠りする時間は……、無さそうだ。
風音や琴浪から見ても、レベルアップの前後で一色さんが与えたダメージが明らかに違っているというので、午後からは新加入メンバーの促成栽培を図ることにした。
具体的には、絶対的エースである風音と、一色さん、楠木さん、那須、アリナ、柊さんを主戦にして、魔法中心の支援隊を組んでサイクロプス戦を重ねよう、という計画である。支援隊メンバーは、久我、春見野、胡桃谷、秋月、進藤さん、琴浪という顔触れとした。
このほかに、後方支援隊的に継続支援魔法を習得している面々に、出陣直後に魔法をかけてもらおう、ということになった。音海さんや芦原さんを中心としたそのパーティは、そこで城に戻って、自由に過ごしてもらう形である。
昼食後にその方針を伝達した際、不満を表明したのは毛利さんだった。サイクロプス相手でもこなせそうな編成を、という考え方で今回の人選は行われている。けれど、結果として新加入の六人のうち、彼女だけが外れた形になったので、反発が生じるのは無理もなかったのかもしれない。
入れ替えるとなると、琴浪あたりだろうか、でも、その後の戦術検討もあるし……と相談していたところ、本人からは支援に前衛三人は不要だろうから、ぼくと替わらせてほしい、との申し出があった。
ワイヴァーンエリアでの朝一の戦闘で、支援パーティが前面に出るはめになってさえいなければ、その希望は通っていたかもしれない。そして、要望の表明と言うには、少しきつすぎる口調でもあった。
いずれにしても、風音や久我、秋月あたりが否定的な見解を示し、毛利さんが反発する中で、事態を収拾してくれたのは那須による自分が替わろうかという申し出だった。
ぼくらからすると、那須は遠隔攻撃方面で現時点でも戦力になっている上、レベルアップによって支援パーティからの主力級の攻撃力発揮を期待しているので、替わられても困るのだが、その話が出た途端、毛利さんはちょっと恥ずかしそうに引き下がった。次のときには、ぜひ参加させてほしい、とコメントを残して。
午睡時点でのアリナと柊さんの話からして、配置の発表直前に執行部による那須叱責を厳しく批判していたわけで、その流れで外されたと思ったのかもしれない。
確定した出撃メンバーの十二人以外は、毛利さんを含めて午後いっぱい休みという形になる。今日の促成出撃で新規加入の面々のうち、特に前衛の一色さん、楠木さんと、弓使いの那須を戦力化して、明日以降の二班体制につなげたかったのだが、やや不穏な流れになってしまっただろうか。
もっとも、出撃してしまえば、緊張感と解放感とが混ざった穏やかな空気が流れる。戦闘自体は、一色さんが槍で牽制を兼ねて攻撃しつつ、風音が襲いかかり、楠木さんも続くという戦法で、さほどの被害なくこなすことができた。
那須の射撃も有効で、主に楠木さんが対峙する敵を削ってもらう。
また、戦闘の隙を縫って、戦術についての検討も進めていった。
「商店には、投げるのに向きそうな槍は扱っていなかったよ。安い手槍を使うのがいいかも」
やや堅くなっていた琴浪の口調が、また少しくだけてきたようだ。
「投げナイフや、ダーツみたいな投げ矢はどうだった?」
「まだ見られてないや。後で確認しておくよ。ただ、後方から仕掛けるなら、槍が有効そうだけど」
「あれは、一色さんの技量があってこそなのかも」
「たまたまよ。当てようとして投げたのは確かだけれど、狙ったのなんて初めてだったし」
前を歩いていた一色さんが、振り返って否定する。まあ、槍投げと言えば距離を競うものだものね。
「でも、一回しか投げられない槍は、あまり有効とは思えないわ」
楠木さんも加わってくる。それを聞いた琴浪が少し意外そうに応じる。
「毎回は無理でも、厳しいときに後方から支援する形ならば、使いようはあると思うけどな」
「後方からの支援自体は否定しないけど、それなら繰り返し使える弩とかを強化した方が効率的じゃない?」
「平常時はそうなんだけど、格上相手の戦闘とか、少しでも攻撃力を稼ぎたいときはあるわけだし」
「少ない機会のために別武器を訓練するより、操作性のいい武器を熟練していった方がよいでしょう」
楠木さんの口調が冷静なこともあり、険悪な言い合いのようにも聞こえてしまう。おそらく、本人たちはそれほどでもないのだろうけど。
「ひとまず槍を準備して、何人かで試してみる形でどうだろう。それと、支援についてもそうだけど、主戦の前衛陣は、遠隔武器を使う場面が少ないだろうから、投げ槍を携えておくのもありかな、とも。遭遇時の先制攻撃にも使えるし」
折衷的なぼくの言葉は、どちらにとっても不満足だったようだ。
「それなら、よけいに操作性のよい武器の方が……」
「槍なら共用できるから、荷車にでも用意しておけば……」
いや、同時に言われても。
「ほら、前方にサイクロプス。三体よ」
風音が声をかけて、ようやく話は中断された。どちらの言い分も間違っているわけではないと思うのだが。
帰還時には、新加入の五人のレベルが上昇しただけでなく、秋月、琴浪、進藤さんの三人が、転職可能なレベル20に到達した。
三人には、帰城後すぐにギルドで選択肢を調べてもらった。
白魔術士である秋月の上位職は、「白魔道士」と「錬金術士」の二択となっており、白魔道士を選ぶことになりそうだ。
斥候の琴浪は、改めて探索者への転職を辞退し、上位職である「密偵」、「暗殺士」、「忍者」の中から、忍者を選びたいとの表明があった。
進藤さんは、吟遊詩人への転職も視野に、アリナの様子も見ながら保留、という形となるだろう。
一方のジョブについては、琴浪が軍師ジョブを取得し、翌日から検証に入ろうという話で固まった。
その日の報告会では、それらの基本職とジョブについての転職及び取得方針を説明し、了承を得た。また、促成栽培計画について報告し、翌日は二班体制でサイクロプスエリア攻略を続けるのを基本方針とする。一方で、もしもエストバル陣営がやってきたら、熊エリアの平定に切り替えることに決めておく。
今日は、反町たちによるはじめてのエリア平定が行われた。けれど、エストバル様が関心を示さない中、姫君が領民配置を担当する形となるようだ。少し早めのお開きとなった。




