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<17>領民の少年少女

【Day 18】


 朝一でミイアさんに打診したところ、シャルラミア姫から呼び出しが来た。事情を話すと試してみようということになり、すぐに二人を呼び出す。


 統治者限定区域の、しかも城主の執務室に呼ばれたリックルとサーニャは、さすがに緊張しているようだった。


「では、こちらの状況票のくぼみに、血か唾液かを触れさせてください」


 戸惑った二人に見つめられ、説明を加える。


「指を舐めて、そのくぼみに押し当てればだいじょぶだよ。個人を特定して、状態を把握してくれる便利な道具だから」


 安心したように二人が応じる。リックルは濃茶のぼさぼさ髪の目端が利きそうな少年で、サーニャの方は明るい茶色のふわふわ髪の、くりっとした目が特徴的な女の子である。


 手渡された二人の状況票を、ミイアさんが机の装置に押し当てている。あれ触ってみたいな、などと思っていると、姫君が冷ややかな声で問い掛けを投げてきた。


「ムツキ、登録できたとしたら、どのような配置を想定しているのですか」


「はい、三番隊に編入して、支援に参加してもらうつもりです。様子を見て、四番隊に入ってもらう場面もあるかも、とも考えています。その形でしたら、ほかの者の経験値に影響はありませんので。お金は、人数で配分となるので、少し変わってきますが」


 能力以前に、レベル1からのスタートだと思われるので、現時点では戦力としての期待はしていない。効いてくるとしても、しばらく先の話となるだろう。


「出ました。出撃指示に基本職領民としての追加が可能となります。行けそうです。三番隊の後衛でよろしいのですね」


 ミイアさんの言葉に、二人が顔を輝かせる。さて、皆にどうやって紹介するかは、悩ましいところとなる。




 朝食の席で、領民の知り合いからの推挙を姫君に伝達したら、ゴーサインが出た、という形で二人の少年少女が戦列に加わることを説明した。


「こちらがリックル、こちらがサーニャ。基本職は領民という形で、物理攻撃専門となるので、弓か投石器かを使う形を想定してます。とりあえず午前は、三番隊に入ってもらうつもりなんだけど、いいかな?」


「はい、歓迎します」


 音海さんが立ち上がって笑いかける。


「その様子を見て、午後以降には四番隊に入ってほしくなるかも。それについては、また相談させてもらえれば。では、二人から一言もらえるかな」


「は、はい。ジャクル村出身のリックルっす。ルイナさんに憧れて冒険者になりたいと思いました。がんばるっす」


「サーニャと申します。みなさま、お見知りおきを。ユウトさまの善行に心を打たれて、少しでもお役に立てたらと志願しました。どうぞよろしくお願いいたします」


 名指しされた胡桃谷が、周囲からの視線を浴びて頬を赤らめている。


 目指す方向性としては対象的な感じもあるが、憧れの存在を持ち、やる気を胸に抱いている点では共通しているのだろう。


 お試し的な取り組みのつもりではあるが、いい結果に結びついてほしいものである。




 敏捷性と器用さが高めのリックルにはクロスボウを、知力と知恵が高めのサーニャには、投石器を装備してもらう。


 将来的に領民という立場からクラスチェンジできるのだとしたら、リックルは斥候か射手が、サーニャは魔術系のなにかが向いていそうだ。


 狼エリアも三日目となり、だいぶ安定した攻略ができるようになってきた。午後には逆に、踏破率七割を突破しないように気を付けることが必要になりそうだ。


 領民の子どもたちの参加は、安全面では問題なく進んだものの、経験値が同じ支援隊のメンバーと比べて三分の一しか得られないようだ。そうなると、代替要員とするにはだいぶ時間がかかることになる。


 ただ、いきなり強い相手と戦っているため、得られる絶対値自体は大きくなっており、ぼくらの初日に比べれば効率的な育成ができている形となった。


 お金の方は、他のメンバーと同様の計算式で加算されている。年若なこともあって、金銭感覚はあまりないようだが、農作物の販売収入が基本の領民暮らしよりは、手っ取り早い稼ぎとなっているのだろう。情報が広まれば、多くの希望者が現れるかもしれない。そのあたりの考え方は、姫君及びジルドと相談しておいたほうがよさそうだった。


 リックルとサーニャには、まずは三番隊として一番隊の支援に参加してもらっている。三番隊は、巫覡の音海さん、踊り子の芦原さん、黒魔術士の服部さんという顔触れで、新米冒険者へのケアという意味では不安はない。


 そして、音海さんはバドミントン部に所属していたこともあり、投石の腕はなかなかなので、その方面でいろいろと助言もしてあげてくれているようだ。一方で、魔法を使う様子を目の当たりにさせることで、特にサーニャを焦らせてしまっている面はありそうだ。


 何にせよ、音海さんに任せておけば安心……なのだが、この面でも負担がかかってしまうのは気がかりなところとなる。


 一番隊と三番隊はほぼ重なっての道行きとなるので、新米冒険者たちの質問への対応などで話が弾む形となった。この感じならば、午後は四番隊に組み入れて二番隊の支援に回ってもらうと、あちらの雰囲気を変える効果もあるかもしれない。久我と進藤さんと安曇あたりが、しっかりとケアしてくれるだろう。そして、一ノ瀬さんも意外と世話好きな面がありそうだ。


 狼との戦いはなかなか油断ができないが、リックルとサーニャに火を使った攻撃をしてもらっていることで、だいぶ危険は減ってきた。この調子で攻略を進められれば、明日はコボルトエリアの平定に向かうことができそうだ。




 夕方の日次報告会のために、布袋を手にシャルラミア姫の執務室へと向かう。ミイアさんが交渉してくれて、今日からは案内なしでも六階に上がれるようになった。そうなると探検してみたい気持ちも湧くのだが、見咎められると姫君に迷惑がかかりそうなので自重している。


 待ち構えていた紅髪の侍女に招き入れられる形で、執務室へ入る。


「こちらが、領民の子ども向けのお菓子の試作品です。ぼくら向けの道中の間食の試作品と兼用でして、費用や対応可能個数については、もう少々お時間をいただければ」


 ミイアさんに手渡すと、姫君の冷ややかな視線が布袋に突き刺さる。


「結局、昼過ぎの空き時間に厨房をお借りする形になったと聞いています。果物風味のクッキーになります」


 手軽に作れそうなもの、ということでの選択らしい。お菓子作りというのは、ぼくなどからするとどれも魔法めいたものに映るのだが、その中にも難度があるようだ。


「ただ、大量に作るとなると、だいぶ話が違ってくるようです。人手もかかる上に、手順の整備も必要だとか。また、オーブンをお借りできると、作れるものの幅が拡がる、とのことでした。詳細はまた」


「では、戦闘の報告を」


 姫の視線は布袋に刺さったままだが、まだ理性が上回っているようだ。この調子なら、今日の交渉もうまくいくかもしれない。


「狼相手には、リックルとサーニャの火属性の支援攻撃が手数として有効で、彼らが入った隊は、より安定して攻略を進めることができました。ただ、経験値は、ぼくらと比べて三分の一しか獲得できないようです」


「そのような制限があるのですか。領民からの参加者は、人数を増やした方がよいと思いますか?」


「悩ましいところです。モンスター討伐で得られる金銭は、おそらく領民の人たちにしては多額ですよね?」


「はい。継続すれば、彼らの親世代よりずっと多くの収入になるでしょう」


「この話が広まれば、領内のバランスを崩しかねません。戦力としての有効性は、いずれ基本職を獲得できるかどうかで話が変わってきそうですので、まずは最小限に留めておくのがよいかもしれません。二人を紹介してくれたジルドにも、意見は聞いてみたいと思いますが」


「基本職を得られたら、有効な戦力となりそうですか?」


「仮にその後も経験値が三分の一ということなら、微妙です。最前線に立ち続けるのはむずかしいでしょう。ですが、育成した先に他の働き口があるのなら、話は変わってきます」


「別の働き口とは?」


「神官や白魔術士であれば、治療院のようなものを集落に配置できるかもしれませんし、踊り子や吟遊詩人も需要がありそうかと。あるいは、他の城で、自分のレベルに合ったエリアを攻略する、といったことも可能でしょう。ただ……」


「なにか、危惧でもあるのですか?」


「犯罪者的な素養のある人物を育成してしまうと、手のつけられない存在になりかねません。領民の人たちには、とても抵抗できないでしょう」


「それは、被召喚者にしても同じことでしょう。いずれにせよ、プレイヤーとして拘束が可能ですから、心配はないのではありませんか?」


「シャルラミア姫のもとでなら、まったく心配はありません。ですが、エストバル様が同様の手法を取ったら……」


「かつて、城主の放任をいいことに、暴虐の限りを尽くしたキャラクターがいたと聞きます。そのことですね?」


 同意していいものかどうか迷って沈黙していると、姫の口許から小さな吐息がこぼれた。


「探索者とはよく言ったものですが、その能力は、モンスターの攻略に使ってください」


「はい、わきまえます。……一方で、人物が確かで、傑出した能力値を持った領民がいるようなら、育成しておくのもよろしいかと」


「検討しておきます。明日は、どうするつもりですか?」


「狼との戦闘もこなせるようになりましたので、コボルトエリアの平定に向かいたいと思います」


「そうですね。待機している領民が、第一エリアが開放されたことで、だいぶ気が急いているようです。お願いします」


「それで、明日一日で平定できた場合なのですが……」


「バーベキューですね。かまいません。ただし、先日の指示を忘れぬように」


 食事と甘味の話だろう。布袋を通り抜けて漂うバターの香りは、効果的だったのかもしれない。


「はい、心します。せっかくなので、第二エリアに配置される領民の方も招くというのはいかがでしょう? 代表者だけでもよいかとも思いますが」


「良い考えです。その方向で検討します」


「姫様、よろしいのですか? 前回の休養日から、日が浅いですが」


「どちらにしても、第二エリアへの領民配置で忙殺されますから、かまわないでしょう。……明日の布陣は、どのようにするのですか。前回の平定戦で、経験値の検証をしていたと記憶していますが」


「はい、今回は高梨風音を単独で一パーティとして、残る被召喚者の十七人を三隊に分ける四パーティ構成にしようかと。ドロップアイテムの数が参加パーティ数に依存する可能性があることを踏まえて、また、参加パーティの間では経験値が一定と思われるので、単独でも充分に戦えそうな騎士に一人パーティを試してもらい、数値を見たいと考えています。ただ、支援に回る希望が出るようなら、そこは検討しようとも。新人の二人は、一人ずつ支援に回ってもらうつもりです。」


「お任せします。支援に回りたいと考える者は、多そうですか?」


「新米冒険者の加入が、どう影響するか次第でして、予測がつきません。支援に回る者が出れば、支援方面の経験値の検証も進むので今回は容認をお願いできれば」


「承知しました。……以上でしょうか。領民の子どもたちへの菓子配布について、話を進めるかどうかは追って連絡します」


 相変わらず冷ややかな表情だが、シャルラミア姫の視線は再び菓子の入った布袋に注がれている。城主として領地経営をしながらも、同じ年頃の少女なのだと実感した時間だった。




 夕食時に、見習い冒険者の得たお金の使い道は城主裁定待ちという話を伝えた。必要なものがあれば予備費からということにしたが、実際にはぼくの懐から出すことになるだろう。


 新人二人の席は、第一班が中心に座っているテーブルの端の、進藤さんと芦原さんの隣に固まったようだ。


 夕食後は、酒場でジルドとの約束が入っている。今日は、胡桃谷と久我、それに秋月に同席してもらう形となった。


 店に入ると、今日も山本と星野が奥の方に陣取っていた。そして、別卓には藤ヶ谷と八雲の姿がある。


 ジルドの方は、昨日と同じ席にいたが、こちらの人数を見てテーブル席へ移動する。


「どうだった、あの二人は」


「シャルラミア姫の裁可も得られて、今日は狼エリアの討伐に参加してもらいました。危険はなかったと思います」


「おう、それはよかった。で、モノになりそうか?」


「基本職……、剣士や魔法使いには現時点でなれないのに加え、獲得経験値が被召喚者に比べて少ないことが判明しました。すぐに最前線に立つのはむずかしいですが、支援としてなら充分に役立つ場面はありそうです。ただ……」


「ただ?」


「得られる金額が大きいので、この話が広まると、大人も含めて希望者が殺到してしまうのではないかと危惧しています。姫君ともその件は共有して、今の二人が経験を積み、基本職が得られるかどうかを見極めながら、今後の増員は考えようかという話になりそうです」


「確かに、あんたたちに守ってもらいながらの手伝いで大金が稼げるなら、やりたがるやつは出てくるだろうな。そうか、もう一人紹介しようかと思っていたんだが、あきらめるかな」


「人物が善良で、ずば抜けた特徴があれば、話は通せるかもしれません。どんな人物ですか?」


「ああ、力自慢だけど、気の優しいやつでな。あんたらと同じくらいの年頃だな。マズールというんだが」


「将来の剣士候補なら、育成してみようという話になる可能性が高いですね」


 数日後の夜に連れてきてもらうことになった。そのあとは、雑談的に情報交換を進めていく。


 こちらからは、早ければ明日、コボルトエリアの平定ができそうで、そのあとにまたバーベキューが開催されるかもしれないこと。エストバル陣営は引き続き先行しているが、平定には興味がなさそうなこと、といった差し障りのなさそうな話までにしておく。ジルドからは、集落での暮らし向きや、貨幣について教えてもらった。


 この地で流通している貨幣は、ぼくらがモンスター討伐で得ているお金の他に、穀物や生活必需品の取引に使う、地元通貨的なものが存在しているという。商店で交換してもらうことができるそうだが、今日リックルとサーニャが得た分配金は、当分遊んで暮らせる額となるらしい。


 そのあたりを肝心なところはぼかしながら聞き出すのは、秋月と安曇に任せた方が安心なので、ぼくは吟遊詩人の歌声をたのしみながら要所のみ聞く形とさせてもらう。なかなかくつろげる時間で、日参したくなる気持ちもわからないでもなかった。


 レモネードを飲み干したところで、安曇が店内に入ってきた。


「こちらでしたか。お、ジルドさんも。ご機嫌ですね」


「おう、若者たちの前途が開けるほど、めでたいこともないからな。それより、大将になんか急用なんじゃないのか?」


 大将、ではないのだけれど。軍隊式に考えるのなら、立場的には准尉くらいだろうか。いや、軍曹あたりか。そんな想いは、安曇の表情がいつになく真剣だと気づいて吹き飛んだ。思わず、姿勢を正す。


「複数の人物から、狼エリアの次の第五エリアは、スケルトンが出現するとの情報が得られました。アリナさんが早乙女さんから、那須くんが八雲くんから、それぞれ聞いたそうです。あちらはやや苦労した、という話も入っています」


「スケルトンというと、要するに骸骨のあれだよね。となると、アンデッドか。ターンアンデッドみたいな魔法は、神官の領分かな?」


 小柄な神官に目線を向けると、即座に答えが返ってきた。


「神官と白魔術士に、それぞれ退魔と滅魔というのがあるよ。秋月くんと、進藤さん、山本くんとボク、四人が修得済みだね」


「なら、ひとつのパーティに四人投入すれば、割りと簡単に攻略できたりするかな? コボルト平定より前に試してみて、うまく行けば楽にコボルトキングが討伐できるかも」


「だけど、報告会で明日の予定は固めたんじゃないのか?」


 久我の疑問はもっともだが、安全性を高めるための取り組みなら、当日でも変更が許容される可能性は高そうだ。


「提案してみる価値は高そうだ。琴浪が捕まれば、意見が聞きたいな。あと、ミイアさんに今夜のうちに話を通せるといいんだけれど」


「ミイアさんなら、この時間なら厨房で捕まるかもしれません。ただ、丸一日切り替える形ですか? それとも、朝に試してみて、その様子で決める形となりそうですか?」


「後者だね」


「では、ミイアさんの捕捉を試みます。少しここにいてください」


 安曇が足早に去っていく。


「忙しそうだな。そろそろ帰るとするよ。第二エリアの平定時期は、流動的ってことだな」


「はい、すみません。また! あ、今日の勘定はこちらで」


 手を振ったジルドは、会計を済ませて帰っていった。



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