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<16>微笑ましい詰問と新たな展開

【Day 17】


 狼エリアの攻略を進め、夕方の日次報告会に向かう。開催場所は、引き続きシャルラミア姫の執務室である。


「ゴブリン相手に充分なレベル上げができていないせいか、狼エリアの攻略はこれまでに比べてやや手間取ってはいるものの、大過なく進められています。明日も、もう一日狼エリアを攻めようと考えています」


「怪我がやや多いようですが」


「はい、火を使った攻撃で怯ませ、その隙に前衛が攻撃する手法を取っているのですが、二番隊がやや連携がうまく行かず、ちょっと怪我が多くなりました。そちらについては、前衛のレベルが上がったこともあり、午後からは力押しで行くようにしたところ、負傷する場面は減少しています」


「一番隊には有効な手法だったのですか?」


「はい、琴浪のタイミング指示が有効で、助けられています」


「コトナミ……? ああ、マサトですね。……ムツキ、あなたたちの文化では、個人名より家族名を重視するのですか?」


「親しい存在は個人名で、公式には家族名を、という場合が多いです」


「あなたも、えーと……、ハルミノと呼んだ方がよいですか?」


 なんとなくこそばゆい。


「いえ、呼びやすいようにお願いします。……ところで、一点ご相談があるのですが」


「なんでしょう。休暇は、しばらくなしですよ」


 ミイアさんの口調が、少しやわらいだように感じられる。バーベキュー効果だろうか。明後日にコボルトキングを打倒して、次の日にバーベキューを勝ち取ろうという計画は、まだ秘匿しておいた方がよさそうだ。


「いえ、そうではなくて。実は、エストバルさまの方の待機組十二名についてなのですが、待機が長期にわたっていて、不満が募っている者が出ているようです」


「そうですか」


 シャルラミア姫の口調は、変わらず冷ややかだ。競争相手の陣営のことだから、なおさらなのかもしれない。


「こちらへの移籍希望も出ているようなのですが、交換するとかも含めて、無理な話でしょうか?」


「無理な話です」


 言下に否定されてしまう。


「では、エストバルさまに、残る十二人も育てておいた方がいいと助言したりですとかは……」


「競争相手に助言など、とんでもありません」


「ですよね。……えーと、それでは、その人たちの暇な時間を活用する形で、商店で仕入れた材料を使って、領民の子どもたち向けのおやつを作るとかは、いかがでしょう」


「子どもたちにおやつが出せるのはよいことですが、どういう思惑があるのです?」


 上位者からの射竦めるような視線に晒されるというのは、どうにも慣れないものである。背筋がぞわぞわするような、嫌な感覚が生じる。


「待機組は、金銭を得る手段がまったくないので、手間賃程度でもよろこばれるかなー、なんて」


 ミイアさんがあからさまなため息をつく。


「そのようなことを考えるのは、あちらの攻略ペースに追いついてからにしてほしいですね」


「面目ありません」


 続いて、水色の髪の姫君も口を開く。


「材料費と手間賃の詳細、それに試作品がないと話になりせんね。特に重要なのは、試作品です。商店にある菓子と似たようなものなら、あまり意味もないでしょう」


「あ、その点はご心配なく。おいしいものが準備できると思います」


 我らが料理部の実力は、なかなかのものであるようだし、芦原さんもお菓子作りが好きらしいから、だいじょぶだろう。こちらの世界のお菓子は、素朴で甘みの強いものが多い。


「厨房をお借りすることはできますか?」


「手すきの時間でしたら、かまわないでしょう」


「では、毒見は私が致しますので、でき上がりましたら……」


 侍女の言葉を遮る形で、シャルラミア姫の一段と冷ややかな声が響いた。


「ミイア、バーベキューという宴で出た、アイスという甘味は絶品だったそうですね」


「ええ、それはもう……。ひ、姫様、どうしてそれを……?」


「毒見以上の量を食べたはずですのに、どうして持ち帰らなかったのですか?」


「い、いえ、それはその……、冷たくて溶けてしまうものでしたし、それに、姫様のお口に合うようなものでは……」


「それは、わたくしが判断すべき事項です。違いますか?」


「はい、それはそうなんですけれど」


 姫君の冷酷な口調がミイアさんを追い詰めるのを目の当たりにするのは、始めてのこととなる。笑いを噛み殺すのに苦労してしまう。と、冷ややかな目つきがこちらに向いた。


「ムツキ、あなたもです。バーベキューを許可したわたくしに、どのような料理が供されるか、確認の機会を設けないというのは、怠慢だと思いませんか」


 招待したわけだし、それは八つ当たり気味だと思ったが、口には出せない。冷ややかな口調と表情とはいつも通りなのだが、追及している対象が甘味や料理についてだと、急に微笑ましく感じられるのはなぜだろう。


「次回は善処します。領民の子ども向け菓子の試作品も、早急に手配します」


 さりげなく次回開催への布石が打てたところで、本日の報告会は終了となった。




 居室に戻ろうとするところで、食堂に向かう音海さんの姿を見つけた。艷やかな長い黒髪が、軽やかに揺れている。やがてこちらに気づいて、穏やかな笑みを浮かべる。


「春見野くん、いま報告会からの戻りですか。毎日ありがとうございます」


 笑顔に変わる前の、やや沈んだような表情が脳裏に残った。


「移籍について、シャルラミア姫に聞いてみたけど、現実的ではないという考えみたいだった。領民の子ら向けのお菓子については、試作品と可能量、単価を示せば、前向きに検討してもらえそうかな。厨房も、手すきの時間帯なら借りられそうだよ」


「早速、話してみてくれたのですね。ありがとうございます。伝えておきます。……単価は、どう考えましょう」


「ひとまず、原価でだいじょぶです。手間賃については、相談して幅を設定して、プレイヤーの反応を見ながら決めていこうかと」


「はい。その計算は、おそらく楠木さんが関わることになるでしょう。時間が取れれば、一度直接話してみてほしいのですが」


「なら、一度打ち合わせをした方がよいかな? 主旨をもう一度はっきり話しておいた方がいい気がするし」


「わかりました。調整しておきます。……こちらからは、芦原さんにお願いしようかな」


 朗らかさがいつもよりも少し控えめなようにも思えた。疲れ気味だったりするのだろうか。みんなでだいぶ頼りっぱなしだしなあ。


「ところで、音海さんは体調とか、あるいはなにか気になることとか、だいじょぶですか?」


「ええ、前衛に立つ皆さんに比べたら、体力的には楽ですし。春見野くんも、体調には気をつけてくださいね。治癒魔法で総て解決、とはいかないのですから。……そうそう、待機組の人たち、訓練場で身体を動かすことはすぐに始めてみるつもりみたいですよ。私自身は、訓練場は最初の頃に覗きに行ったきりなんですけど」


 音海さんが訓練場で得物を振るっている姿は、あまり想像しづらい。毎日野歩きしているのだから、運動量は充分過ぎるほどだろう。


「すぐに運動を開始ですか。行動が早いなあ」


「籠の鳥状態で、つらかったのかもしれないですね」


 そこに、芦原さんが通りかかった。栗色の髪が、燈火の灯りに映えている。立ち止まると、にこりと笑いかけてきた。かわいらしい人である。


「春見野くん、お菓子作り計画が進んだら教えてくださいね」


「あ、その件でご相談が。実はあちらサイドと打ち合わせをですね……」


 音海さんに説明させる流れになってしまった。二人が揃ったところで話すべきだったが、今は甘えるしかなさそうだ。


 二人に一礼して、食堂に向かって歩き出そうとすると、後方から接近した琴浪が声をかけてきた。エリア間の移動制限についての話は、夕食時間に食い込んだところで、ひとまずの落着となった。




 夕食後、久我と秋月を誘って訓練場に出向く。そこには、ものすごく久しぶりに思える、巻き毛のクラス委員長の那須となぎなた遣いの一色さんの姿があった。アリナと柊さんもいるが、こちらは何度か顔を合わせている。


「春見野さん、今回はいろいろとありがとうございます」


 アリナが笑顔で駆け寄ってくる。ポーランドからの女子留学生のふんわりとした金髪が、燈火からの控えめな明かりで色合いを変える。続いてやってくる柊さんは、料理部所属で収まりの悪そうな波打つ黒髪が特徴的な、落ち着きのある人物である。


「移籍の話はなかなかむずかしそうなんだよ。力不足で申し訳ない」


「いいえ、骨折りをありがとう。お菓子作りの話も、聞きました。アリナと、あとはもしかすると美桜乃ちゃんとで対応することになるかも」


 柊さんの表情も、いつぞやよりも明るい。できそうなことがあるのは、大きいのだろう。美桜乃ちゃんというのは、水泳部に所属する楠木さんのことだ。音海さんの推測は正しかったようだ。


「もしも領民の子どもたちの分もとなると、けっこうな量になっちゃいそうなんだけど……」


「できることがあるのは、うれしいことです」


 アリナが胸を張る。小柄で華奢な彼女だが、姿勢がいいのであまりそれを感じさせない。


「その場合は、できるだけ手間賃を得られるように、姫君と交渉してみるよ」


「そちらでは、プレイヤーと交渉する関係にあるのか……」


 那須が困惑した表情で声をかけてくる。内情をどこまで明かすかという話はあるが、秘密主義が過ぎるのもよくないだろう。


「通る提案は十に一つもないけどね。今回は、可能性あるかも」


「春見野くん、訓練場の話を教えてくれてありがとう。わたしたち、この場所の存在も知らなかったの」


 肩のあたりで揃えた髪が印象的な一色さんは、なぎなたの達人だという。自由に身体を動かせなかった二週間あまりは、さぞきつかったことだろう。


「ここなら、好きに運動できるよね。キャラクターが身体を鍛えておくのは、プレイヤーにとっても歓迎のはずだし」


「タクロという指示役からは、あまり出歩かないようにと言われていたのだけれど、さすがに部屋と食堂だけでは息苦しくて」


 助かったわ、と呟く一色さんは、だいぶ参っているようにも見えた。


 タクロというのは、初日に色々と案内してくれた茶の髪の青年で、こちらでのミイアさん的な存在らしい。


 備え付けの模造武具の中から、なぎなた遣いの一色さんは、せめて近いものということで槍を、弓の名手の那須はもちろん弓を選ぶ。アリナと柊さんは、軽い運動をすることにしたようだ。


 そこにやってきたのは、高梨だった。軽装だが、日本刀に近い形の愛用の両手刀を携えている。めずらしい四人には目もくれず、集中している様子である。


「風音ちゃんが持ってるの……、真剣よね」


「うん、いつものことなんだ」


 そう答えた時、七瀬……、七瀬瑠衣奈が入ってきた。こちらも、腰に短刀を装着している。


 女性騎士に歩み寄ると、すっと両者の刀が抜かれ、自然な動きで立ち合いが始まった


 稽古とは思えないつばぜり合いは、いつ見ても美しい。思わず、皆で眺めてしまう。


 十合ほど打ち合ったところで、瑠衣奈が左後方に跳躍して間合いを取る。両断する勢いの斬撃が虚空を切り裂き、両者が睨み合う。


「立ち合い中に悪いんだけど、手合わせをお願いできないかな。そんな動きを見せられちゃうと、じっとしてはいられないわ」


 一色さんが模造槍を持って、名乗りを上げる。でも、せめて得物に慣れてからの方がいいんじゃないかな、と思ったところで、女性騎士の視線がこちらに向けられた。


「悪いんだけど、これから稽古をつけなきゃいけないのがいるから。自分から手解きを求めたくせに、なかなか顔を出さない不埒者でね」


 風音に見据えられて、背中に悪寒が走る。


「いや、稽古をお願いしたのは、あの日だけのつもりだったんだけど……」


「死にかけるのは、修練が足りないから」


 ぼそっと呟いて、瑠衣奈が近づいてくる。そうですか、死にかけたこと、ご存知でしたか。


 両隣に立つ久我と秋月に助けを求める視線を送るが、あきらめろという風情で首を振られてしまう。藁をもつかむつもりでアリナを見るが、状況を把握しきれていない様子である。


 と、そこに安曇がやってきた。重い空気を気にせずに、まっすぐにこちらに歩み寄る。


「春見野くん。領民の顔見知り、ジルドから面会要請が入っているのですが」


 そこまで口にして、わざとらしく周りを見回す。


「おや、また三角関係発動中ですか?」


「まあ、そういうことなのですか?」


 とアリナが目を丸くする。


「いや、そういうことじゃなくてね。でも、面会要請があるのなら、すぐに行かなくては。きっと重要なことだよね」


「はい、かなり。酒場にいるそうです」


「酒場……って、そういやあったな。領民の人たちが使ってるのかな?」


「酒を飲まなくても、行くのはありですよ。実際、こちら側からも何人かは行っています。十五歳での飲酒と言っても、ここに日本の法律は適用されませんし」


 酒場に行くとは、考えたこともなかった。じゃあ、と言い置いて、ぼくはそそくさと訓練場を後にした。ただ、日を見つけて、稽古を受けに来ないと収まらないだろう。翌日の負担が軽そうな日を探さなくては……。




 ファンタジーRPGの酒場というので、どんちゃん騒ぎの似合う雑然とした店構えを想像したのだが、実際は燈火を間接照明式に配置したおしゃれな雰囲気だった。そして、店内には吟遊詩人なのだろう、女性の歌声が響いている。


 奥の方には、星野と山本の姿があった。夜はもちろん自由時間だし、私生活に干渉することもない。酒を飲んでいるとしたら……。まあ、そこは考えないことにしよう。


 その二人とは離れて、エストバル陣営のエースチームの知性派、黒魔術士の藤ヶ谷と神官の八雲の姿もある。


 逆方向に目を向けると、カウンターの端でジルドが手を振っていた。


「やあ、呼び出して悪かったな」


「いえいえ、この酒場は初めて入りましたが、領民の人も利用できるのですね」


「城の中だと、入れる区域はだいぶ限られているけどな。何を飲む?」


 陰になっている部分に燈火が配置されているようで、ほの明るいカウンターを見回すが、メニューらしきものは見当たらない。素軽い挙動で店員さんが近づいてくる。


「えーと、なんだろう。ノンアルコールでなにか……、レモネードとかはありますか?」


「ございます。少々お待ちください」


 ノンアルコールもあるのなら、たまに顔を出すのもよいかもしれない。そんなことを考えていると、本題が切り出された。


「何人か若い冒険者志願がいてな。領民出身の冒険者は伝承では存在するんだが、現実の話かどうかはわからん。ただ、見どころはあるので、使ってやってみてはくれないか、と思ってな」


「シャルラミアさまのキャラクターになる、ということですか?」


「ああ、冒険者をそう呼ぶんだったな。そうだ」


「姫は、表情はともかくとして寛容な方ですが、それでもキャラクターに戦場に出るよう強制できる立場です。有為な子どもたちをそのような身分に置いてもよいのですか?」


「領民だって、命令一つで住み慣れた土地からの移住を強制されるんだ。変わらんさ」


「でも、命の危険があります。ぼくも、一度死にかけましたし」


「覚悟の上さ。……気が進まないなら、無理にとは言わないが」


「いえ、確認させてもらっただけです。どんな人たちですか?」


「ひとりは、リックルという名の男だな。十四歳だったか。こちらは、体力もそこそこあるが、動きが素早くて手先が器用でな。もう一人は、サーニャという女の子だ。リックルのひとつ下だったと思う。頭の回る娘で、どちらも幼い頃から目立つ存在だった。役に立つんじゃないかと思う」


「わかりました。シャルラミアさまに相談してみます。承諾が得られたら、いつから戦闘に参加できますか?」


 ジルドがニヤッと笑った。


「実は、連れてきている。今日は、広間で寝させるつもりだ」


 押しかけ冒険者。そんな言葉が頭をよぎったが、まあ、話が早いのはよいことなのだろう。


 一段落したところで、レモネードが運ばれてきた。酸味が疲れた体に心地よい。


「今晩のうちに、少し話せますか? もう寝てしまっているでしょうか」


「こちらから連絡するまで起きているように言ってある。すぐ行くか?」


「いえ、できれば、何人かと顔合わせをしておきたいです。どこで話しましょう。ここにしますか?」


「ああ、そうしよう」


 そうして、捕まった秋月、安曇、音海さんを連れて、二人と面談をすることになった。緊張しているにしても、どちらも朗らかで頭が回るようなので、姫の承諾さえ得られれば、加入してもらうことで話がまとまった。


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