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<15>遠吠え。そして、選抜組の内情

【Day 16】


 翌日からゴブリン討伐に戻る予定だったが、心理的負担を考え、少し早い可能性はあるものの、一つ先のエリアに向かうことにした。


 出没モンスターについての情報は得られておらず、一番隊だけで一戦して撤退し、その様子を見て後の方策を考えることで、プレイヤー側とは整合を済ませている。


 戦闘特化ということもあり、一ノ瀬さんと久我が入った初期一番隊で出立する。昨日ののどかな道行きとはだいぶ違う空気に、自然と皆の顔つきも引き締まる。


 この日から、調達した新装備を使用している。剣士は、金属をうろこ状に配置したスケールアーマーに板金製の胸甲を組み合わせ、頭と手足は革の防具を配している。片手剣も、やや長めなものに持ち替え、これまでの剣は斥候や探索者にお下がりとして渡される形となった。盾は、ひとまず革製のものをそのまま使っている。


 騎士である高梨風音は、金属製の簡易兜に、手足と胸に板金製の防具を配し、上から黒い服を羽織っている。刀は、そのままである。


 後衛の面々は、それぞれ多少の入れ替えがあった形で、前衛のお下がりを活用している場合も多い。体格面で、うまく転用できない場合も見受けられたが。


 装備変更による歩きにくさは、半日もすれば気にならなくなるだろう。初陣の頃に比べれば、だいぶ順応性は高まってきている。


 少し進んでいくと、遠吠えらしき声が聞こえてきた。


「狼よね」


「狼だろうな。まさか野犬ではないだろうし」


 顔を見合わせたぼくらは、相手が野生動物ということで、火を使った攻撃を仕掛けてみることにする。


「火属性は、黒魔術士の火球と火矢くらいかな?」


「胡桃谷が、火属性付与を修得している」


「じゃあ、まず高梨に、状況を見て久我にも」


 あっさりと作戦が固まった頃には、前方から狼が駆け寄ってきていた。遠くから見ると、犬が走ってきているようで、可愛らしくすら映るのだが、近づくとなかなかの大きさである。


「火球!」


 一之瀬さんの叫ぶような詠唱で、先頭の狼に向かって飛んだ火の玉が命中する。そのとき、ぼくの脳内に新たな認識が浮かんだ。探索者としての、弱点把握スキルが発動したようだ。


「効果的な攻撃属性は火系で、弱点は首だそうだ」


 その時には、炎に包まれた刀を手にした風音が先行し、一体を仕留めていた。残る二体のうち、一体が女性騎士に、一体が久我とぼくの方へと突進する。


 一之瀬さんからの援護もありつつ、久我と共同でどうにか狼を仕留めたときには、もう一体も地に倒れており、戦闘は終了した。


 獲得経験値は、ゴブリン相手よりも倍以上となっていた。これなら、苦闘するだけの意義もありそうだ。




 いったん帰還して、火系攻撃、火系魔法を使える人員を確認する。黒魔術士の火球に、射手と斥候の火矢、神官の火属性付与あたりが有効となる。


 ゴブリンよりは戦いやすそうだ、という説明で、やや消極的な面々の協力も確保できた。これまでの通常の編成から、琴浪と安曇の両斥候を入れ替えた布陣で、全員での出撃となる。


 再出撃しての最初の一戦では、一番隊が前面に立って、先ほどと同様に攻撃する。火球が先行する狼の鼻面に命中した時、琴浪がなにかを考える表情になった。そして、準備していた火矢を放つ。狼の様子を確かめて、声を上げる。


「火系統の攻撃を仕掛けると、すべての狼たちが数秒怯むようです。前衛に接近したタイミングを狙って火矢を放つので、そのつもりで構えてください」


 琴浪の大声を初めて聞いた。普段のおどおどした感じが消失して、頼もしさが際立つ。


「行きます、三、二、一、はいっ」


 二体が接近したところで、琴浪の火矢が飛んでくる。外れたのだが、確かに狼たちはいったん動きを止め、わずかに後ずさりしているように見える。


 機を逃さずに前衛が斬撃を放ち、二体が仕留められた。


「魔法、行くわよ。火球!」


 またも叫ぶような詠唱で火の玉が飛び、怯んだ最後の一体は風音の燃え上がる刀によって屠られた。


 琴浪メソッドを二番隊にも展開し、多少の怪我はありつつも、討伐を進めていく。昼食のための一時帰投の道中で状況票を確認すると、なかなかの成果となっている。


「これなら、ゴブリン相手よりはいろいろな意味でよさそうだな」


「うん、バーベキュー効果もあるだろうけど、みんなちょっと気分が変わったようだしね」


 うれしそうに胡桃谷が周りを見回す。神官として山本との交流もあり、周囲に気を遣うタイプでもある彼には、一昨日までの状況はきついものだったに違いない。


「怪我が多くなると、治癒職はたいへんだろうけど、頼むね」


「うん、任せて」


 胸を手でとんと叩くさまは可愛らしい。執行部組の面々とも、一度個別面談をした方がよいのかもしれない。


 ただ、それ以前に、対話がまるで足りていない存在が一人いる。


「ねえ、将人」


「な、なんでしょう、睦月さん?」


 だから、なんでさん付けなんだろう。


「ちょっと待って、どうしてそこは互いに名前呼びなの?」


 胡桃谷が、ちょっと険のある声で割って入ってくる。


「え、本人からリクエストがあったから」


「じゃあ、ぼくも優斗で」


「了解。よろしくな、優斗」


「うん、睦月」


 なんだか微笑ましいやり取りを繰り広げてしまった。所在無げな琴浪に目線を戻す。


「で、将人。君は戦闘に興味があると言っていたし、くわしいみたいだけど、どこで戦闘に触れていたんだい?」


「はい、えーと、ゲームでです」


「多人数参加型のRPGとか?」


「そうです。家でずっとやっていたので」


 不登校だったのは、いわゆるネトゲ廃人だったからということか。


「その観点から、この世界はどうだい? 楽しめているかと、在りようとしてどうか、という話だけど」


「楽しめてはいると思います。もともと、分析するのが好きだったから。複雑な条件を解いていくのは、やりがいがあります。世界の在りようとしては……、不完全過ぎて、戸惑っています」


「不完全というと?」


「実体験RPGだとしても、あまりにも戦闘が現実そのまま過ぎるので。戦闘訓練だというならまだしも、ここまでの技術力がある世界で、肉弾戦が必要だとも思えないし。キャラクター側もそうだけれど、プレイヤーにとってゲーム性が低すぎます。なにか別のものとして考えた方がよいのかもしれません」


「別の、というと、何か考えつくのかい?」


 秋月が静かな口調で問い掛ける。


「いや、ぼくはゲームしか知らないので……」


「いずれにしても、気づいたことがあったら何でも教えてほしい。ゲームについては、たしなみ程度以上に知っている人がいないんだ。頼りにしているから」


「はい」


 目を伏せながらも、だいぶ受け答えが明瞭になってきた気がする。一番隊に来てもらって、正解だったようだ。


 そんなことを考えていると、城門が近づいてきた。




 午後の出撃と日次報告会とは無難に過ぎた。夕食も落ちついた雰囲気になってきたようだった。


 夜の時間は、琴浪に入ってもらって戦術検討会でもしてみようかと思いついたところで、音海さんから、芦原さん同席で時間を取ってくれないかとの申し入れがあった。できれば中心メンバーも、という話だったので、久我、秋月、胡桃谷に同席してもらうことにする。安曇は自由に動ける方が都合がよいようだし、高梨については修練の邪魔になるかもということで、声はかけなかった。


「緊急というわけでもないのだけれど、早めに耳に入れておいた方がよいかと思って」


 音海さんがそう前置きして話してくれたのは、エストバル陣営の待機組についてだった。バーベキューの話を聞いて、また準備の手伝いのお礼としていくらかの料理とアイスとが渡されたことで、エストバル側の放置されている十二人の一部の不満が表面化したらしい。


 エースチームが活躍しているのはわかるのだけれど、待機が長くなるにつれて、だんだん邪魔者扱いされるようになってきたそうだ。


 それに、エースの六人は稼いだお金の一部を使えるらしく、服やお菓子などを買うのはよいとしても、見せびらかされてしまうのは、確かにきついだろう。待機組は、戦場に出ないからにはお金も得られておらず、買い物もできないということになる。


 また、こちらのシャルラミア陣営で、全員が制限付きとはいえお金を使えているようなのも、眩しく映ってしまっているようだ。バーベキュー向けの料理や甘味作りについても、食材を買う元手がなくて料理もできない身には、うらやましい取り組みのようだ。


 仕方なく待機しておしゃべりをしていると、早乙女さんあたりから、楽でいいわねという主旨のことをさまざまな表現で言われることになる。同情的なのは八雲くらいで、七瀬瑠衣奈については、関知せずという態度だそうだ。


 食事も、当初ぼくらが食べていた領民食に比べればよいものだが、六人とは差がついているし、こちら側の献立も漏れ聞こえて、その差を実感してしまうらしい。


 さらにはエースチームの中に、立場として優位にあることを利用して女子に色目を使う者もいるとか。まあ、恋愛は自由だし、エースパーティに所属する早乙女と七瀬の女子両名は、柳生や藤ヶ谷、八雲は相手にしないだろうから、アプローチすること自体は無理からぬところもある。このたぐいの話は、嫌悪感を持たれたらおしまいだけれど。


 そういえば、こちら側での恋愛事情はどうなっているのだろうか? 折を見て、安曇に確認してみるとしよう。


 柊さんやアリナによれば、彼女ら以外にも何人かから移籍希望が出ているそうだ。その中には、戦闘参加を許容する者もいるという。


「どう思いますか?」


 音海さんがぼくを見つめて、問いを投げてきた。


「どう……と言われても、もう二週間近く缶詰だから、領民の人たちと同様につらいだろうとは思うよ。ただ、この件については、ぼくらでどうこうできる話ではないのも確かで」


「それは承知しています。プレイヤーの姫君に、伝えてみてもらうことはできますか?」


「できるけど、期待はしないでもらえると」


 単なる移籍では、先方にメリットが皆無だし、トレードというのも経緯を考えればむずかしそうだ。


「ほかに、なにか助言はないでしょうか」


 見回すと、胡桃谷が手を挙げた。


「戦闘に参加するつもりがあるのなら、訓練場を利用するのはよいと思うな。七瀬さんも使っているから、共用なんだろうし、料金もかからないし」


「そうだな。経験値は得られないにしても、スキルは習得できるかもしれないし、体を動かすのが好きなタイプもいそうだからな」


「それに、お金をいくらか融通するにしても、名目があった方がいいよね。訓練場で練習パートナーになったら、一回あたりいくら、とか」


「あとは、料理のお手伝いをお願いするのもいいかもしれないですね。商店で買うお菓子は高いので、材料を買って作りたいのですけど、夜もいろいろとやることがあるので」


 芦原さんの言葉に、ぼくは頷いた。


「いいですね。ついでに、領民の子どもたちへのおやつを、とかいう話にできれば、シャルラミア姫から資金が出るかもしれません」


 ぼくの言葉に、音海さんが思案顔で首を傾げる。


「ただ、あまり出歩かないようにと言われているようなので、頻繁に行き来するのは差し障りがありそうですね。空き部屋のどれかを料理向けにするか、食堂で作業してもらうのもよいかもしれません。仕上げのところだけでも、厨房が借りられるかどうかも気になるところです」


「では、とりあえず、道場での訓練の話と、ぼくらの道中のおやつ作り外注の話は進めて、あとは各自で案を考えてみるようにしましょうか。おやつの材料選定と場所の話は、お二人にお願いしてよいかな? 額によっては、プール金から出せるかも。あるいは、有志から募る形でもいいし。……厨房の利用は、プレイヤー側に聞いてみようか?」


「はい、お願いします。また相談させてください」


 ある意味では深刻な話なのかもしれないが、こちら側での問題でなくてまだよかった。女性陣二人が食堂を出ると、ぼくは周囲を見回して問い掛けを投げた。


「さて、この後は予定あるかな? 琴浪がつかまるようなら、戦術について相談したいなと思っていたんだけれど」


「あ、ボクはちょっと用事が……」


 そそくさと胡桃谷が立ち上がり、部屋を出ていく。


「領民の人たちへの治療かな?」


「それなら、そう言いそうだけど、まあ、いろいろあるんじゃないかな」


「確かに。朝から夕方までモンスター討伐で、夜は夜でいろいろあるからな。気が付かないうちに、ブラック組織にならないようにしないと」


 久我の懸念はもっともだ。


「そうだよなあ。検討会的なものは、自由参加にしないとダメか。じゃあ、今日のところは解散で」


「睦月も、休めるときに少し休めよ」


「うん、ありがとー」


 久我の心配そうな視線を、笑みを浮かべて受け止める。助言を踏まえて、今晩のところは領民の人たちのいる広間と、ギルドとに寄るくらいにしておこう。 



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