<13>初のエリア平定と穏やかな野歩き
【Day 14】
ゴブリンとの戦闘を経験してしまうと、うさぎモンスターとの戦いはだいぶ手軽なものに感じられた。話は弾んではいないが、どことなく昨日までよりも明るい雰囲気となっているようだ。
朝のうちは、無人ならぬ無兎の踏破済みエリアを突っ切っていく形となり、のどかな行軍となる。
押し戻されたエリアで、ノーマルタイプのうさぎモンスターを駆逐し、七割を超えたあたりから出没するやや動きの速いタイプとの戦闘に入る。
うさぎだからなのか、最初のエリアだからなのか、魔法や特殊攻撃を使う個体もおらず、昼前には八割近い踏破率となった。
お弁当を出して昼食にするが、そこでも隊列を崩せないことが判明し、苦笑する形となる。夜営する場面が出たら、いろいろと考えなくてはならないのかもしれない。あるいは、夜営は別なのだろうか。
昼食後も順調に進み、九十パーセントを過ぎるところで、ボスの出番となった。このエリアの最終目的地は、岩場に設定されているようだ。
ボス戦については、剣士ギルドから事前に情報があり、四パーティ参加可能となる、いわゆるレイドバトルで、支援も最大四まで行けるらしい。
今回は、敵方の攻撃の強度、分布などがわからないこともあり、手堅く一番隊、二番隊の二パーティに、三人ずつの支援を付ける形としている。一番隊、二番隊が並んで一緒に戦うのは、支援を除けば初めてとなる。
うさぎモンスターキングは、大きくて力が強いうさぎモンスター、といったところで、素早いタイプを五匹ほど引き連れていた。
ボス戦での各パーティを跨ぐ形となる声出しは、小柄だがよく通る声を持つ胡桃谷にお願いしている。手振りで開始の合図をする。
「では、それぞれ連携しつつ、自然体でいきましょう。攻撃魔法も支援魔法も、魔力が尽きない程度にたっぷりめでお願いします。一番隊から入ります」
女性騎士が先頭に立ち、初めてのボス戦が始まった。後方から、魔法が次々と飛んでくるのは、なかなかの壮観である。
矢や投石も、どういう理屈か味方に当たることはこれまでなかった。わざとだとどうなるのかな、などと考えていると、目の前に素早いうさぎモンスターが一体突撃してきた。引き付けて、鼻先に小回りの斬撃を叩きこむ。背後から、水撃と火矢の両魔法が飛来して、目前の敵は絶命した。ちょっといい匂いが漂っている。
最前線の支援に回ろうと前進すると、既にうさキングと女性騎士の一騎打ちが始まっていた。その向こうでは、久我が最後の素早いうさぎを仕留めたようだ。
攻撃を繰り出すたびに、風音の刀が痛撃を負わせていく。その様子に、後衛からの攻撃魔法の飛来は止まり、支援魔法が黒髪を束ねた剣士に重ねがけされていく。そのたびに、風音の姿がさまざまな色合いに淡く光り、神々しさが感じられた。
とどめの一撃がうさキングの首筋に叩き込まれ、第一エリアの平定は完了した。
どうと倒れた瞬間に、上空に向けて青い色の付いた煙のようなものがするすると上がり、花のように咲いた。花火のように音がするわけではないが、なんとも美しい。
「睦月、弓矢が現れたわ」
うさぎモンスターの王の死体の向こうに回っていた高梨が、ぼくを呼ぶ。
「胡桃谷、皆に休憩と、状況票の確認に行く旨の連絡を頼むね」
「うん、わかったよ」
状況票では履歴がわかるため、その確認をしに久我が回ることになっている。
秋月を手招きして、うさキングの向こうへ。そこには、銃把のような構造物を持つ弓矢が二つ置かれていた。ボス討伐報酬のドロップアイテムといったところだろうか。
手に取って状況票を見てみると、狩人の弓という、クロスボウ系統の弓になるようだ。風属性とあるので、属性攻撃ができるのだろう。
稲垣さんを呼んで見てもらうと、クロスボウや弩は専門外だけれど使いやすそうね、と言いながら、斥候二人に回すようにとのことだった。わたしじゃいまいち当たらないからと、悪びれず笑っている。さすがは、自称へっぽこ弓道部である。
そして、弓については命中率をざっくりと集計しておいた方がよいかもしれない。そこへ、久我がのしのしと歩いてきた。
「集計終わったぞ。経験値は、主戦の第一班と第二班は功績値で差は出ているが、パーティの合計値は一緒。支援の第三班と第四班は、功績値のでこぼこはあるけど、パーティ合計は一班、二班の半分だな。人数が半分だからか、支援だからかはよくわからん」
「支援が六人で入っていれば、全員が通常参加と同じ程度の経験値が得られてたかもしれないわけか。レイドってのは、そういうもんなのかな?」
「わからんが、全参加者の功績を基に計算した方が適切な気はするがな」
まあ、それだと、大半の経験値がボスを仕留めた一撃を放ったキャラに入ってしまう、ということになるのかもしれない。
「それと、スキルが何人かについていた。肉料理と跳躍だそうだ。うさぎだからかな」
「うさぎだからなんだろうな」
こうして、第一エリアの平定は成し遂げられた。
帰り道、何が変わったわけでもないはずなのに、風景がとても穏やかに見える。斥候の両名には一応警戒してもらっているが、隊列を崩して歩けるのがとても新鮮である。習慣で、隊列のままに歩いてしまっている人もいるようだけれど。
遭遇戦のない道のりというものは、ホントにいいものだ。そこかしこで自然と会話が弾んでいるようで、とてもよろこばしい。
そんなとき、どうしても周囲を見回してしまうのが、観察癖持ちのさがというものだ。特に注目するのは、不満が強いように思える一ノ瀬さんと山本ということになる。
一ノ瀬さんは、服部さんや芦原さんと楽しそう。一方の山本は星野と何事か話しているようだ。話題が見つけられないまま、声をかけようか迷っていると、音海さんと胡桃谷が相次いで近寄って行ってくれた。この二人は、本当に神として崇拝したい。そういえば、神官と巫女さんだ。
西川の一人は心配ないだろうが、斥候として警戒してもらいながらも、琴浪のことはちょっと気がかりだ。所属クラブは書道部で、事実上の幽霊部員を集めた部活動だったはずだ。
彼が不登校になった理由は、把握できていない。たまたま出て来た時に巻き込まれたのなら、とても不本意な話なのだろう。
キョロキョロとしているところに近づき、声を掛ける。
「琴浪くん」
とっさに逃げ道を探したようだが、諦めた風情である。
「あの……、くんづけはやめてください」
「じゃあ、琴浪?」
「できれば、下の名前で」
「じゃあ、将人。ぼくは睦月で。……そろそろ警戒は解いてもよさそうだね」
話を向けると、ふんわりとした髪でほぼ隠れていた目に輝きが閃いた。
「平定によって、戦闘体制は解けたのでしょうか。この状態で攻撃魔法は使えるのでしょうか。もっと言えば、城内で攻撃魔法は使えるのでしょうか。ぼくは魔法が使えないので、検証できないのです」
いきなり流暢な口調となる。確かに、治癒魔法は胡桃谷が領民の人たちにかけていたが、攻撃魔法は試していない。
「なるほど、それは気になるね」
近くにいた秋月に声を掛け、攻撃魔法を放ってほしいとリクエストする。
実験だと察したのだろう。あっさりと空き地へ向けて空気刃を放つと、地面がえぐられた。
琴浪は、スキル熟練はどうなのか、などとぶつぶつ言っている。
「少なくとも、使えるのは間違いないようだね。……ねえ、将人。この世界をどう思う?」
「さあ、興味がないので……。あ、その、戦闘についてしか」
戦闘には興味があるのか。そういえば、この人物の趣味などはまったく把握できていない。観察しようにも、ほとんど学校にいなかったので、無理もない話なのだけれど。
「なら、ぼくらの戦いぶりをどう思う?」
「非効率です」
「だよね……」
がっくり肩を落とす。
「あ、いや、ゲームだったらです。むつき……さんは、人間を率いるなんていう難事業をこなし、できるだけ皆に疎外感を抱かせず、士気を保つようにがんばっていると思います」
難事業と言われると、集団をまとめるなどという、まったく不向きなことをやっているわけで、確かにそう感じられる。エストバル陣営にいる反町や那須なんかには、軽いことなのかもしれないが。
「ありがとう。でも、なんでさん付け?」
「す、すいません」
そして、なぜに敬語なんだろうか。
「話せてよかった。また色々意見を聞かせてほしいけど、いいかな?」
「はい……」
饒舌だったのは束の間で、また目を伏せて離れて行った。
すると間もなく、安曇が近づいてきた。
「琴浪くんは、戦闘中もいろいろと試しているようですよ。わざと怪我をして、治癒魔法をかけてもらってるそうで」
「なんのために?」
「どんな感じかを試したいようです。それで、特に進藤さんから気味悪がられているとか」
「感じって、なんだろう?」
「白魔術で、どこまで巻き戻るのかを試しているようです。手にメモを書いておいて、どの段階のメモが復元されるか、ですとか」
「それはまた、徹底しているね」
「治癒者のレベルが上ったら、腕を切り落としたり、わざと死んだりしてどうなるかを試しそうで、ちょっと怖いですね。それ以外では、他のメンバーの魔法詠唱から効果が出るまでの時間を計ったり、ですとか」
「ねえ、安曇……」
「ええ、こちらから提案しようと思っていました。ぼくは二番隊に回って、士気や人間関係の確認あたりを担当するとします。彼の実験は、一番隊でやった方が効果的です」
「助かるよ」
「いえいえ、かまいません」
近づいて来たときと同様に、安曇はすーっと遠ざかっていった。
少し先にルランスミリア城が見えてきて、穏やかな野歩きは間もなく終わりを告げようとしていた。