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<12>共感、ゴブリン、そして提案

 夕食は意外と無難に過ぎたが、食後に音海さんから話があると持ちかけられた。配膳の人の片付けを手伝った後に、席に戻る。


「男子もそうかも知れませんが、女子の方にもだいぶ不安や不満が出てきてしまっているようです」


 神社の娘である彼女は、だからというわけでもないのだろうが、女子のまとめ役的な立場を務めることが多いようだ。その点が、女王蜂的な立場だった早乙女さんには目障りだったのかもしれない。


「うん。ゴブリンとの戦いが恐ろしげな上に、ぼくの怪我によって命の危険があることを目の当たりにしてしまったので、無理もないとも思う」


「それがわかっているのなら、対応をお願いしたいと思うのですが」


「だけど、不満や不安を解消できる妙案が思いつかないんだよ。プレイヤーの姫君には、週一程度の休養日を、せめて支援隊だけでも設定してほしいと要請したんだけど、一蹴されちゃって」


 音海さんにそう告げると、首を傾げられてしまった。長く美しい黒髪が揺れる。


「春見野くん、解決策は大事ですけど、それだけというのはよくないですよ」


 とても意外なことを言われた、といった風情なのだけれど、意図がまったく汲み取れない。


「解決策以外に、なにがあるのかな?」


 ちらっと吐息を漏らして、音海さんが見つめてくる。


「だれもが論理的な思考をするわけではないのですよ。不安は聞いて、共感してあげるのがよいのです」


「共感……ですと?」


「つらいと言われたら、つらいんだねと、きついと言われたらきついんだねと、悲しいと言われたら悲しいんだねと」


「オウム返しにするってこと?」


「ほんとにそのままじゃダメですよ。一人ずつ相手の思いを聞いて、受け止めて、どういうことか確認しながら、話を聞くのです」


「だけど……、個別面談というのは、ぼくの立場を超えた話になってしまうし」


「どうしてです?」


「ぼくは別に皆の上司なわけではないもの。行きがかり上、プレイヤーとの折衝役を務めているだけで」


 今度は、はっきりと溜め息をつかれた。


「春見野くん」


「はい?」


「あなたは、私たちの生殺与奪の権を握るプレイヤーとの交渉役で、仲介役です」


「でも、それはだれもやらないから……」


「はい、とてもありがたいと感じています。私には、とても務まりませんから。でも、だれもやらないからだとしても、あなたは踏み出したのです」


「はい」


「あなたは、私たちのリーダーで、責任者です。あなたの肩に、私たちの命がかかっています」


「はい……」


 改めて言葉にされると、胸に重い。


「とても感謝していますし、尊敬しています。重荷を背負わせて、申し訳ないとも思っています。ただ、春見野くんも踏み出したからには、自覚と責任を持つべきだと思うのです」


 ぐうの音も出ない。


「先ほどから、ひどいことを言っていますよね。私もできることをするつもりです。個別面談をするのなら、同席させてください」


「ありがとう。助かります」


 音海さんとここまで深い話をしたのは初めてだった。


「愛ちゃん、どうかしたのかい?」


 食堂の入り口から顔を出したのは、進藤さんだった。短髪で細身の彼女は、音海さんを心配してやってきたようだ。


「いえ、春見野さんとちょっとお話をしていたのです。美優さんも、ちょっとお話しませんか?」


「え? ボクが?」


 一人称がボクである彼女は、少し迷った様子だったが、結局はやってきて腰を下ろした。


「うーん、でも、特にないというか……、いや、まったくない、というわけではないんだけれど」


 そんな切り出しから、進藤さんはまとまらないながらもいろいろと話してくれた。


 いきなり異世界に送られたことへの不安。戦いを強要されることの理不尽さ。戦闘の恐怖。人型モンスターとの戦いについて感じる嫌悪感。そして、それらをあっさり受け入れているようにも見える、ぼくを含めた中心人物たちへの不信、といったところだった。音海さんは、混ぜ返すでもなく相槌や質問を挟みながら聞いていっているので、それに倣う。



 一通り聞いた上で、ぼくは現状の説明を試みた。


 ぼく自身もこの事態に戸惑っているし、とても怖い。だけれど、どうも本当に逃げ場がなく、死の危険がある状態のようなので、無理やりにでもやるしかないと考えていること。


 戦闘をできるだけ安全にしたいけれど、まだその方策が固められていないこと。


 特に支援隊は、できれば戦闘から外すか、せめて安全なところだけの参加とできるように、プレイヤーと交渉中だけど、うまくいっていないこと。


 いろいろ不安も困難もあるのだけれど、自分たちが不安そうにしていては、他の人たちに悪影響があるだろうと考えて虚勢を張っている面があること。




「そうだったんだ。ボクには、ほんとにキミが何を考えているのかわからなかったよ。死にかけて帰ってきたのに、そのままプレイヤーとの会議に出て、ボクらに対して謝罪するんだもん。ちょっとは怖がってくれたら、もうちょっと安心できたのに」


「そうですね。少し平然とし過ぎた態度に見えました」


 音海さんにも重ねられて、恥ずかしくなる。


「いや、みんなを怖がらせて悪かったな、という想いが先に立ってしまっただけで……」


 それを聞いた進藤さんは、ようやく得心がいったようだった。


「聞いてみないと、何を考えているかはわからないものだね。話せてよかった。どうしても無理なことは出てくると思うけど、できる範囲で協力させてもらうよ」


 去っていく細身の後ろ姿を見送って、ぼくは小声で隣に座る女性に打ち明けた。


「音海さん、ぼくはあなたを心から尊敬します。まとまらない話を聞き続けるのは、ものすごく疲れました」


 一瞥を投げて、音海さんは小さな笑みを漏らす。


「そういうことを口にしなければ、リーダーの振る舞いとして合格点でしたのに。でも、及第点は差し上げます。ただ、進藤さんの抱えていた不安は、ごく軽い方ですよ」


 油断したところへの最後の一撃は、かなり強烈だった。これでごく軽いのなら、重い場合にはどんな対話になるのだろうか。


 礼を言って、居室へ戻ろうと食堂を出ると、そこに秋月が歩いてきた。


「なあ、やっぱりぼくには荷が重いようだし、リーダー役を代わってくれないかな。知力もカリスマ性も対人交渉力も、すべての面で秋月の方が上だと思うし」


 ちょっと小首を傾げた白魔術士は、少し表情を改めて口を開いた。


「ファンタジーRPGや異世界転移は専門外、というのを差し引いても、君は補佐するに足る、尊敬に値するリーダーだよ。僕が言うのも何だが、君はよくやっていると思う」


「買い被りだと思うけれども。だれか、代わってくれないだろうか」


「この苦境で手を出す物好きはいないだろう。……万一、君になにかあったら、安曇に立ってもらうのがいいだろうけどな」


 意外な評価を聞くことができた。だけど、確かに安曇は頼りになる。


 ぼくは、安曇が先刻話題に出していた、不安を煽っているとされる人物の名を口にしてみる。


「山本とかは?」


「安定して万全になったら、よろこんで引き継いでくれるんじゃないか。それでもうまく行くかどうかは、別の話として」


 まあ、そうだよね。信頼できる相手だったら、とっくに譲っている。


 溜め息を廊下に落としたぼくは、手を振って部屋へと向かう。


「疲れているようだから、早く休んだ方がいいぞ」


 温かい言葉はうれしいのだけれど。半身をねじって、先ほどの会合について報告しておくことにする。


「そういえば、音海さんから、不安を抱えている人たちへの個別面談実施という宿題が出てね」


「それはいいな。一度みんなとじっくり話してみるのは、大切なことかもしれない」


 それはその通りなんだけど、やっぱり秋月の方が適任だと思う。もう一度手を上げて、ぼくは居室へと戻っていった。




【Day 13】


 ゴブリンエリアを早く抜けるには、ゴブリンを数多く倒すしかない。朝食でそう宣言して、ぼくらはゴブリン討伐二日目に突入した。


 不安と不信を抱えた人たちがいるだけでなく、それを不満に思う者もいるようで、ぎすぎすした感じが加速しているように思える。我関せずの立場を貫いているのは、琴浪と源・有馬のコンビくらいだろうか。久我が苛立っているようなのが、ぼくには意外だった。昼食前に機会を見つけて、話しかけてみる。


「二番隊の方はどうだい? 任せてしまって、申し訳ないんだけれど」


「本隊の方は、進藤さんが昨日よりはだいぶ表情が明るくなって、まあ落ち着いているんだけど、支援隊の方がな」


 二番隊の支援役である四番隊は、稲垣さん、星野、山本という三人構成である。稲垣さんは、我が道を行く感じだろうけれども。


「そろそろうさぎエリアの平定をして、それを交渉材料に息抜きを勝ち取ろうかと思うんだけど」


「不満組のためにか?」


「うん、そうなんだよ」


「もう切り捨てを考えてもいいんじゃないか。このままでは、やる気のある人間にも悪影響が出る」


 最も近いと思っていた友人が、ここまで先鋭な考えを持っているとは思わなかった。そういえば、しばらくじっくり話せていなかった。反省。


「昨日の夕食後、音海さんに助言をもらって、たまたま居合わせた進藤さんと話してみたんだ。ぼくらが平然としているいるように見えて、自分とのあまりの違いに不安だったらしい」


「平然って、そんなわけないじゃないか。日常的に殺し合いをする環境なんだから」


「ホントだよな。でも、それが伝わっていなかったんだ。すべてについて、話せば分かる、なんてことは思ってないけれど、話せばわかってくれる人までも排除しちゃうのはもったいない気がするんだ」


「まあ、それはその通りだな。……なら、俺もちょっと何人かと話してみるか」


「助かるよ」


「ただ、女子は任せるぞ」


「ええ……」


 おそらく、ぼくは絶望の表情をしたのだろう。久我がゲラゲラと笑いだした。


「でも、息抜きの具体策がないんだ。なにかあるかな?」


「平定したら、第一エリアには出られるようになるんだよな。毎日野歩きをしてるのにピクニックでもないだろうから、バーベキューなんてどうだ? ウサギ肉もあるし」


 それは確かに、手軽で楽しそうだ。


「なるほど。提案してみるよ!」


「おお。このところ、お前がふさぎ込んでるみたいで、ちょっと心配してたんだ。話せてよかったよ」


 それはまったく同感だった。




 城に戻ると、せめてと戦利品で得られたお金を配分する。ただ、うれしがる雰囲気はだいぶ減衰していた。


 そんな様子を眺めながら、日次報告会のために、シャルラミア姫の執務室へと向かう。ミイアさんに案内されて廊下を歩いていると、前方から緑髪の人物、もうひとりの城主のエストバル様がやってきた。先導役に倣って、通路の端で頭を垂れる。


「被召喚者がなぜここにいる」


 足を止めての言葉に、ミイアさんがぼくに対するよりも大幅に優雅さとていねいさを増量して応じた。


「シャルラミア様の執務室へとお連れするところです」


「ふん、血は争えぬか」


 ミイアさんの身体からかすかな怒気が発せられたようにも思えたが、気のせいだろうか。


 やり過ごすと、紅髪の侍女は気を取り直したといった様子で先導を再開させた。




「そういうわけで、明日は第一エリアの平定に向かう形で、いかがでしょう?」


「ええ、よいと思います。ミイア、踏破率の状況を教えてください」


「はい。……四割半ばというところですね」


 確か六割近くまで行っていたはずだ。数日でけっこう戻るもののようだ。


「一日で終えるよう努めます。昼食を、お弁当にしてもらうことは可能でしょうか?」


「はい、手配します」


 ミイアさんが、即座に応じてくれる。


「平定を成し遂げられたらなのですが、翌日に休暇をいただけないでしょうか。バーベキューという、野外で肉などを調理して食べる催しでもできればと思っておりまして」


「とんでもありません」


 提案は、紅髪の侍女によって即座に否定された。言い募るより前に、シャルラミア姫が口を開いた。


「その、ばーべきゅーとやらは、どういった目的ですか?」


「戦いに倦んでいる者がいるので、気分転換をしてリフレッシュを図りたいと考えています。できれば、何人かと個別に面談もしたいと思っています。……一日を充てるのが無理なようでしたら、一番隊は午前か午後に出撃でもかまいません」


 力説してみると、冷ややかな顔の姫君が頷いた。


「それには及びません。明日中に第一エリアを平定できたら、翌日は休養としましょう」


「姫様、よろしいのですか?」


「ええ。平定となれば、領民の移動も必要ですし」


 気が変わらないうちに、話をまとめておこう。


「ありがとうございます。明日は、しっかり励みます。……ミイアさんも、シャルラミア姫殿下もよかったらご一緒しませんか」


「姫が参加なんてとんでもない! ……ただ、私は同行します。お目付け役は必要ですし、屋外のグリル作りは意外とむずかしいですし」


 声が少し高揚しているようなのは、気のせいだろうか。まあ、何にしても、話がまとまってよかった。




 夕食前に、明日はうさぎモンスターエリアの平定を目指すこと、昼食は戻らず弁当にすること、無事に明日中に完了したら、翌日にバーベキューをやる許可をもらったことを伝達する。賛成の表情も多く見られるが、いまいち反応が薄いのは、やはり不満が溜まっているからだろうか。領民の人たちが広間から出られるようになると説明しても、響いていないようである。


 ただ、食事が始まると、雰囲気は少し良くなったようだ。もっとも、主流派と不平派でざっくりテーブルが分かれてしまっている感もあるので、そのためもあるかもしれないが。


 夕食後には、また音海さんと話す形になった。


「エリアを変えるのも、バーベキューというのも、いい案だと思いますよ」


 この人に褒めてもらえると、素直にうれしい。


「個人面談は、そのときでもいいかもしれないですね。女子については、稲垣さんは必要なさそうだから、芦原さん、服部さん、一ノ瀬さんということになりますね」


「高梨は?」


 名前が出なかったのが純粋に疑問で聞いてみたのだが、じろりと一瞥をいただくことになった。


「別の意味で、一度じっくりと話し合ったほうがいいと思いますけど、今回の意味合いでは必要ないでしょう」


 ううむ。


「男子については、安曇くんから話を聞いていますか?」


「うん、久我も手伝ってくれるそうなので、秋月、胡桃谷にも頼んで手分けしようかと」


「よいかもしれませんね」


 個人面談はゴブリン討伐よりも気が重いが、重要な任務なのは間違いない。音海さんに任せたいという希望が口から出かかったが、どうにか自重に成功した。



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