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<9>ポーランド女子はウサギ肉がお好き

【Day 8】


 できるだけ眠りたかったのに、翌日は朝早くから訪問者がやってきた。それも、時間差で何人も。


 パーティ編成について、誰と一緒がいい、誰とは離してほしい、という要望が男女問わず個別に寄せられてきたのである。


 当初は、昨日の第一パーティと第二パーティを基本にするつもりだったのだが、くり返し変更を余儀なくされる。ただ、変更が重なると、初期の要望が取りこぼされることになりかねない。


 記憶力が頼りの綱渡りのパズル。正直なところ、パズルはあまり得意ではない。


 途中で秋月が心配して来てくれたので、要望漏れについての検証はだいぶ楽になったが、戦力面も考える必要がある。


 それにしても、日頃の観察で学級内の人間関係はある程度把握できた気になっていたが、マイナス面は教室ではさほど出てこないものなのだろうか。


 これが、先のエリアに進んで、効かない攻撃などが生じて組み替えが必要になったらどうなるんだ、というのはありつつ、ひとまず六人パーティに支援三人パーティを二セット組み上げることに成功した。


 息を吐いて、寝台に倒れこむ。


「秋月には、同じパーティになりたくないほど苦手なクラスメートはいる?」


 椅子に腰かけた白魔術士は、あっさりと首を振った。


「いや、いない。警戒すべき相手は、むしろ同じパーティの方がいいしな。……もっとも、逆に僕を苦手に感じる相手は多いようだが」


 そうだった。普通に考えれば、秋月はこちらではなく、選抜組としてエストバル側にいるべき人間だった。彼の怜悧さはぼくにとっては好ましい特質だが、対抗しようとする者には苛立たしさの原因かもしれない。


 ただ、慰める筋合いもない。気付かなかったことにして話を続ける。


「しかし、たった三ヶ月の学生生活で、こんなにも避けたい相手が出てきているわけだよね。十八人中、五人か。……ここで濃密な時間を過ごしたら、宿敵が生まれてしまわないのだろうか」


「ま、先のことはそのとき考えよう」


 立ち上がって伸びをしたところで、また扉の鈴が鳴った。


「まだ、いたか……。あとはもう、だいじょぶかと思ったんだが」


「せっかく出撃の合意が得られたからには、要望は聞いてあげたいからなあ」


 扉を開くと、現れたのは稲垣さんだった。室内に秋月がいるのを見つけて、明らかに目を輝かせている。


 それはもういいとして、これ以上組み替えるのはむずかしい。


「えーと、どんな要望だろう?」


「あ、違うの、違うの。希望を出した人が多かったみたいだから、わたしはどこでも平気、というのを伝えに来たの」


「助かるよ。……稲垣さんは、戦場に出ることへの抵抗はどう?」


「戦闘なんて、まったくしたくないわよ。ただ、まあ、状況は理解しているわ」


 はっきりしていて助かる。もう一度秋月とぼくとを眺めてにんまりすると、我が陣営唯一の射手は部屋から出て行った。




 この日は、お弁当を持って目いっぱい活動する案も出ていたが、いきなりやり過ぎるのは危険だろうという判断から、昼ご飯は戻って食べ、短時間の昼寝をしてから再出撃することにした。


 ミイアさんには、優雅ですね、と冷たい口調で言われたが、まずは継続することが大切である。たぶん。


 紆余曲折を経てのパーティ構成は、次のようなものになった。呼称は一番隊、二番隊と改めている。


一番隊

 前衛:高梨(騎士)、西川(剣士)、春見野(探索者)

 後衛:胡桃谷(神官)、安曇(斥候)、秋月(白魔術士)


三番隊

 支援:音海(巫覡)、芦原(踊り子)、服部(黒魔術士)



二番隊

 前衛:久我(剣士)、有馬(剣士)、源(剣士)

 後衛:琴浪(斥候)、一之瀬(黒魔術士)、進藤(白魔術士)


四番隊

 支援:稲垣(射手)、星野(黒魔術士)、山本(神官)


 一番隊・三番隊が先行し、問題がなければ二番隊・四番隊が続く、というのが基本方針となる。二日目になって、雰囲気に少し余裕が出てきているようでもある。


 うさぎモンスターは、城のすぐ近くでは出現しなかったが、昨日の午後に進出したあたりにも再び現れた。絶対数が決まっているのか、夜のうちに押し戻されるのか。そこの検証は余裕ができたらやるとしよう。


 特に誰かに経験値を集めることもなく、自然体で攻略を進めていく。まあ、そうなると一番隊では自然と高梨風音が多く経験値を獲得していく形になる。


 支援隊が三人パーティとなることで、本隊の半分のパーティ経験値を分けあって、一人あたりでは本隊並みの獲得ができるのでは、というのが抱いていた淡い期待だった。しかし、さすがにそうはいかず、本隊の一人平均の半分が人数分入る、という計算式になるようだった。


 午前中は、二隊で並ぶ形で出ていたが、特に危機もなく、一番隊の主力はおおむねレベル2に、二番隊からもレベルアップする者が出始めたので、午後からは別方向を目指すことにする。


 うさぎモンスターの死体は、琴浪が商店で売却できたという話だったので、無理のない範囲で持ち帰ることにする。ごくごく安い値段だが、無いよりはいいという判断である。




 城に戻り、戦利品ということになるうさぎモンスターの死体を運んでいると、アリナが柊さんと一緒に通りかかった。


「あら、うさぎ肉ですか、おいしそう」


 金髪の少女が、にこやかに話しかけてくる。ポーランドからの留学生であるアリナは、肉食文化圏の出身である。ぼくらが水族館の魚を見て、おいしそうと思うような感覚なのかもしれない。


「うさぎ肉、食べたことあるのかい?」


「ええ、ポーランドでは普通に食べるのです」


 その言葉に柊さんが反応し、料理部つながりで高梨にも話が振られる。どんな料理法なのか、たのしそうに話し始めたのはアリナと柊さんの二人で、戦ってきたばかりのぼくらは、やや同調しづらいものがあった。


 ふと気づいて、柊さんがあたりを見回す。収まりの悪そうな波打つ黒髪が揺れる。


「あなたたちは、全員で出陣してるのね」


「ええ。そちらはどうしているの? 相変わらず六人だけ?」


「そうみたい」


 高梨の反問への答えは、他人事のような口ぶりだった。なにか、含むところがあるのだろうか。


 疲れているだろうところに邪魔をしたと詫びた二人が離脱し、ぼくらは再び四階の商店を目指した。


 うさぎモンスター肉の売却は、あっさりと成立した。戦利品を売ったお金は、共有財産とする予定だったけれど、今日のところは皆で配分することにする。


 小銭を手に商店の中に入ると、お菓子を探す者もいれば、武器売り場に直行する者もいる。のどかだ。




 シャルラミア姫への日次報告会の時刻が迫り、商店から始まりの間へと向かう。入室すると、すぐに上方に画面が開いた。今日もミイアさんは姫の隣に位置している。


「では、報告します。全体を二分する形での攻略は順調に推移しました。午前中は並行する形を取りましたが、午後は別方向を目指してみました。離れ過ぎずに効率よく進められる形を模索中です。明日の午前中は、一番隊、二番隊は次のエリアに進み、互いに支援する形を試してみたいと思っています。三番隊、四番隊は、午前中は待機をしてもらおうと思っていますが……」


「次のエリアに進むのなら、かまいません。午後はどうする予定ですか?」


「特段の危険がなければ、支援隊にも同行してもらおうと思っています。そちらについては、昼食時にミイアさんにお知らせします」


 言葉を切ると、しばし沈黙が流れた。先を促されているのだろうと判断して、言葉を続ける。


「討伐したうさぎモンスターの死体の一部は、肉として商店に売却しました。得たお金は、皆で分配しました」


「そうですか」


 特にコメントはないようだ。


「それと、エストバル陣営の情報が集めづらくなっています。シャルラミア姫の方で得られるようでしたら、ぜひ展開をお願いします」


「承知しました」


「では、明日もよろしくお願いいたします」


 引き続き冷ややかな表情の二人が、画面ごと消失した。




 夕食を終えて、領民の人たちがいる大広間に入ると、一之瀬さんと進藤さんが子どもたちにお菓子を配っていた。商店でお菓子の棚に向かったのは把握していたが、自分たちのおやつではなかったらしい。ちょっと尊敬してしまう。そして、七瀬の姿もあり、相変わらず子どもたちに人気のようだった。


 眺めていると、顔見知りとなったジルドが声をかけてきた。


「よう、うさぎを狩ってきてくれたんだってな。食事に肉が出てうれしかったよ。その調子で、平定も頼むわ」


「がんばります。……ぼくらは商店に売ったんですが、夕食に出たんですか?」


「ああ、城主様が買い上げて、出して下さったんだろうな」


「城主様というと?」


「この城は、エストバルさまとシャルラミアさまのお二人が城主という、ちょっと変な形だな。今回の買い上げは、シャルラミアさまだと聞いたぞ」


「お二人はどういう関係なのですか?」


「ご兄妹、ってことになるんだろうな。もっとも、シャルラミアさまは、第二夫人の娘だから、後継者候補ではないものとばかり思っていたが、競い合いになるとはな」


「どちらを応援しておられますか?」


「うーん、それをおおっぴらに口に出すのは避けた方がいいだろうな。ま、うさぎ肉はうまかった」


 控えめな支持表明というところだろうか。


 そこで、広間の入り口から胡桃谷が登場した。心細げに周囲を見回していた小柄な神官は、ぼくを見つけて安堵の笑みを浮かべた。ジルドにあいさつをして、その場を去る。


「春見野くん。領民の人たちに病気の人がいるかってわかるかな? いるなら、治癒の魔法をかけようかと思って」


「マジックポイントに余力があるのかい?」


「出撃時に使いきれなかった魔力と、夜までに回復する分があるので」


 話していると、背後に短髪の少女、七瀬瑠衣奈が立った。斥候が板についたのか、まったく気配が感じられなかった。


「治癒魔法、何回かけられるの?」


「今は二回かな」


「こっちに」


 胡桃谷を引っ張っていくところを見ると、病人を把握していたらしい。足を捻挫した少女と、体調を崩した妊婦さんの二人が、七瀬によって選定された本日の治癒対象だった。


 本人や家族から感謝の言葉を並べられた胡桃谷は、面映ゆげな表情を浮かべていた。




 連れ立って三階に戻りながら、胡桃谷に魔法の修得について聞いてみる。


「どういう流れになるんだっけ。レベルアップ時に覚える、という形でいいのかな?」


「そう。ただ、その後に所属ギルドのギルドマスターの指導で瞑想しないと、使えるようにはならないんだけど」


 話していると、秋月がやってきた。ギルド帰りだという。話していた内容を説明すると、我が意を得たりと頷いた。


「ちょうど、魔法について少し話しておきたかったんだ。時間が取れそうなら、今からいいか」


 秋月に問われて、同意する。魔法のことは任せてしまいたいという想いもあるけれど、全体方針とも絡む部分が大きい面もある。


 久我にも声をかけようとしたのだが、部屋にはいなかった。訓練場にでも行っているのなら、邪魔するのもよくないか。三人で食堂の一角に陣取り、秋月と胡桃谷が得ている情報をまとめてみる。


 レベルアップの際に魔法を覚えることがあり、使えるようになるためには、ギルマスのもとで瞑想をする必要がある。この瞑想については、先々は自分で行えるようになり、野外で行軍の休憩中にも修得が可能となるそうだ。


 ギルドでは、魔法がもう少しで覚えられるという場合には、料金を支払うことで速修も可能になるという。そして、魔法は使い続けると熟練度が上がって、魔法レベルが上昇する仕組みとなっているという。


「さらに、魔法ごとに属性が設定されていて、それについても熟練度がある、という話をさっきギルドで聞いてきた。彼らは、相手のレベルによってレクチャーする内容が変わるみたいだな。そうなると、覚えたての魔法を使うよりも基本魔法を繰り返した方がよいかもしれない」


「治癒、攻撃、状態値上昇などに特化する形で育成するのもあり、ってことか」


「神官と白魔術士はやっぱり治癒優先だよね?」


「うん、それでいいと思う。……城に戻ってから魔法を使っても、熟練スキルは上がるのかな?」


「どうだろうな。キャラクターに対してのみ、といった限定はあるかもしれない。今のところはそんなに怪我をしなさそうだから、余力の範囲で試してみてもいいだろう」


「そういった話を、他の魔法職のみんなにも展開していきたいと思うのだけど」


 秋月に話を向けてみると、あっさりと頷いてくれた


「そうだな。強制ではないにしても、黒魔術士も含めて情報共有をしたほうがいいだろう。夕食前の、報告会の裏あたりがいいかな」


「憩いのひとときだろうけど、夕食後や朝食前よりはよさそうだよね」


「ああ、今後の生存率にも関わってくるだろうし。……黒魔術の方はよくわからないので、相談しながら進めさせてもらう形でいいか?」


「うん。……でも、この機会に、秋月に全体の指導者になってもらってもよいと思うのだけど」


 突飛なことを言ったつもりもないのだけれど、胡桃谷に目を見張られてしまう。


「いや、春見野が適任だと思うぞ。じゃあ、魔法についての方針は、毎日の城への帰り道にすり合わせする形にするか」


 提案はあっさりと流される形となってしまったようだ。タイミングを間違えたか。


「そうだね。一ノ瀬さんにも入ってもらうのがいいかな」


 ぼくらの陣容では、黒魔術方面が手薄となってしまっている。踊り子をやってもらっている芦原さんか、巫女の音海さんのどちらかに、黒魔術士になってもらっていた方がよかったかも、とも思う。一方で、攻撃を担当させてしまっていたら、二人の協力度合いが低くなっていたかもと考えると、なにが正解だったか確信は持てない状態となっている。


 考えていると、胡桃谷が心配げな表情で覗き込んでくる。


「春見野くん、ちょっと深刻な表情になっちゃってるよ。すべてを万全にするのは無理なんだから、考え込み過ぎないで」


「うん、ありがとう」


 言葉一つで心を軽くできるこの人物には、元から神官として、治癒者としての素養があったのかもしれない。体力面から剣士になるよう頼まなくて本当によかったと思う。


「あと、明日から朝食前に伝達事項を話そうと思うんだ」


「朝礼か。確かに、定例化しておいた方がいいかもな」


「そこで、ちょっとお願いがあるんだけど……」


 一瞬で、二人が身構えたのがわかった。



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