ププロローグ
……おい待ておかしい。
一体ここはどこだ?辺りは一面白い靄に包まれている。
確かに魔王の首元に目掛けて留めの一撃を放った筈なのに、今や踏ん付けていた魔王の姿どころか、瘴気の饐えた臭いや魔族が好む趣味の悪い装飾満載な玉座の間も見えない。
荷物持ちに引き連れて来た下僕も、金と力に吸い寄せられて出来た三人の嫁も、俺を睨み付けながら「今最もイケてる最終回は相討ちだそうですよ勇者様、ご健闘を。」等とほざいた馬鹿な王女さえも居ない。因みにこの馬鹿王女は見た目は悪くない上娶れば王になると言うオマケ付きなので、魔王を倒す事を条件に結婚の約束を取り付けている実質四人目の嫁だ。
その全てが無い。残されたのは身に付けていた鎧と剣だけだった。
「クソッ!どうなっているんだ!誰か…誰か居ないのか!!」
妙な胸騒ぎが湧いて堪らず声を張り上げる。
最初は白昼夢かと考えたが、流石に闘いの中で居眠りする程間抜けでは無い。だとすれば誰かが俺を隔離する為に作り出した空間に間違い無いのだ。
…大丈夫、俺は勇者なのだからこんな小細工で不意を突こうとしている小物なんて、相手にもならない。
そう心の中で言い聞かせても不安は拭えなかった。と言うのも、この空間から全く悪意を感じ取れなかったからだ。
それどころかまるで母親に抱き締められた時の様な…暖かくてほっとしてしまう空間。だからこそ落ち着かない、相手の意図が分からない…!
額から滑った感触の汗がじわりと噴き出す。正気を保つ為に全身の神経を集中させれば、喉は見る見る内に渇いていき引き攣った痛みが走った。
この場に呑まれてやるものか。気を引き締める為に剣の柄を握り締めると、不意に靄が揺れる。
──……やはり敵が居たッ!
先手を打たせるか!強く地面を踏み付けて勢い良く蜷局巻く靄の渦に飛び込むと、その先には少女が立っていた。
地面に触れて仕舞いそうな程長く、艶やかな銀髪をふわふわと宙に舞わせて。凛とした面持で真っ直ぐ姿勢を正し、俺を待ち受けていた。
神秘的な空気を纏い静かに俺の瞳を見据える彼女を前に思わず立ち止まって仕舞う。
美しさに見惚れた訳でも無く、女性に手をあげる事を躊躇した訳でも無く…
なんか変な眼鏡着けてる。
そんなどうでも良い感想を抱いて仕舞った戸惑いで、研ぎ澄ませた心の剣はぽっきりと折れて仕舞った。