第九話 「俺の花嫁らしい」
二〇二一年、三月三十日に大幅な改稿しました。
あれから更に幾分かの時間が経ち、白の少女に色々と尋ねて、消化して俺はようやく落ち着きを取り戻した。そこでふと、ある当たり前の事を聞くのを忘れていた事に気が付いた。
「そう言えば、自己紹介がまだだったな。俺の名前はシルヴァだ。君の名前は?」
「‥‥なまえ?」
「そう、名前」
俺の質問に白の少女は僅かに首を傾げながら、なまえと小さく反芻した後。
「なまえ、無い」
簡潔に、そう答え。予想していなかった答えに俺は僅かに戸惑った。
「え‥‥無い?」
「なまえ、無い。私は「永遠の星龍」 それが、私の名」
それが当たり前というかのように、そう淡々と言った少女を俺は無性に放っておけなくなった。そして、名前が無いのなら。今この場で考えればいいだけの事だった。
「そうか。なら、まずは名前を考えようか」
「…誰の?」
不思議そうに、少女は首を傾げて。その様子に小さく笑みを浮かべながら俺は答える。
「君のだよ」
「‥‥‥私?」
「ああ」
「‥‥どうして?」
「どうしてって‥‥」
名前など必要ない。そう思っている事間違いなしの少女に対して、俺はとても簡単な答えを出す。
「名前が無いと、君の事を呼べないだろ?」
「…そういうもの?」
「そういうもの」
少女の様子がおかしくて小さく笑いながらも俺が断言すると、白の少女は少し考えるように眼を閉じた後、再び眼を開く。
「じゃあ、お願い」
「ああ、任された。と言っても、俺もそこまで名前を考えるのは得意じゃないからな。だから期待しすぎないでくれよ?」
そう前置きをして、さっそく俺は少女の名前を考え始める。
(さて‥‥。どんな名前がいいだろうか‥‥?)
正直、名前を考えるというのはかなり難しい。請け負った後に思うのもなんだが、今後もその名前を使うと考えればそれは一生ものという事。下手に変な名前を付けるというのも俺としても嫌すぎる。故に、必死に目の前の少女の姿を思い浮かべながら名前を考えていると、安直だが悪くない。そんな名前が浮かんだ。
「エル…。エルって名前はどうかな?」
「‥‥エル?」
「ああ、君の名。「永遠の星龍」からとってエル。どうかな?」
「エル‥‥私の‥‥名前‥‥エル」
少女は何度も確かめるよう、俯いて胸に手を当てながら自身に刻むように小さく、俺が考えた名前を繰り返す。
「どうだ?」
「‥‥うん、覚えた。私の名前は、エル。シルヴァ、貴方が私に付けてくれた、大切な名前」
その時、白の少女、エルはその名前を自分の大切な物のように胸に両手を当てながら、無表情から本当に僅かだったが嬉しそうに笑みを浮かべて、その笑みを見た瞬間。俺の心臓が跳び跳ねた、ような気がした。
それを、誤魔化すように俺は少女に改めえ尋ねる。
「そ、そう言えば!さっきエルが言った花嫁って、言葉通りの意味なのか?」
「うん。私は、シルヴァと生涯を共にする花嫁」
躊躇いも迷いもなく、エルは頷き。俺は先程の高鳴りを誤魔化すために更に気になっていたことを尋ねる。
「なあ、花嫁の事だけどそれは、スサノヲが決めたのか、それともエルが決めたのか?」
そう、契約などによって花嫁になるという話であれば、それは呪いのようだと俺は思っていた。もちろん、政略結婚なども嫌いだが、その利点を理解しながらも俺はそれが嫌いだった。故に尋ねた。その俺の問いに対して。
「花嫁の事を提案したのは、スサノヲ。けれどその花嫁の話を決めて受け入れたのは私」
エルはそう答えた。そんなエルに俺は疑問をぶつける。
「どうしてだ?助けてくれた恩人とはいえ、その子供をお前は知らないし、そいつが良い奴とは限らなかったはずだ」
人は、全てが善人というわけではない。善人も入れば悪人も、そして善人が悪人となりその逆もまた知っている。
故に俺はすぐには、人を信用しない。裏を返せば裏切られるのが怖いということで。
だからこそ、エルはなぜそこまで信じれたのか、それが分からない俺はエルの答えを待つ。
「私を助けてくれた彼の子供なら、悪い人じゃない。私はそう信じた」
エルからの答え。それはまるで子供のように単純で、しかし純粋にして最も力強い答えだった。だが、俺はその答えが信じられなかった。
「本気か?例え助けてくれた人とはいえ、その子供が善人になるとは限らなかったんだぞ?」
人の汚い部分を知っている。だからこそ出た言葉だったが。
「でも、私の眼の前に居る貴方は、良い人」
「いや、そうかもしれないが…」
エルの純粋に言葉に、俺はそれ以上、何も言い返せなかった。そんな俺をエルは不思議そうに尋ねる。
「シルヴァは、人を信じないの?」
「俺だって人を信じる。けど、俺が本当に心の底から信用できるのは、家族だけだ」
周りの人間は、裏切る。けど、家族は裏切らない。それがいつの間にか俺の中に出来上がった考えで。実際、前世で心から信頼出来たのは勤め先の人達と一部の友人を除けばほぼ皆無だった。
「シルヴァは、怖がりなんだね」
「俺が…怖がり?」
エルのその言葉は、するりと俺の耳に届き、心に響きエルを見るとエルは優しい口調で話し始める。
「誰も助けてくれなかった、そんな自分を信じれない。そんな自分が周りからの信頼に答えられるわけない。私には、そう見えた」
「‥‥‥」
エルの純粋な眼と言葉に、俺は何も言えなかった。何せ、エルから言われたことは今まで見ないようにしていた価値観の根底に根差したもので、その根底にあるのは小学から中学の間にあった様々ないじめで、同世代の子達と教師は一切助けてくれず。それを助けてくれたのは、家族と俺の友人だけだった。
そこで、幼いながら考えてふと思った。周りが助けてくれないのは、俺を信頼していないからなのだと。
『周りから信頼されない自分なんて、信じる価値がない』
そう思う事で、俺は自分を奮い立たせて色々な事を頑張るようにもなった。そのお陰で良い事もあったが、その反動として家族と友人と他数人だけしか信頼することが出来なくなり、自分を信じる事が出来なくなった。それを見抜かれた事に俺は驚くしか出来なかった。
「それなら、どうする? こんな自分を信じれないような男に、愛想がなくなっただろ?」
「‥‥‥(ふるふる)」
開き直り自虐気味に言った俺の言葉に、エルは首を横に振った。
「スサノヲの目的は私にとって、どうでもいい。けど、あの時スサノヲの提案を受け入れた私は間違ってなかった。それに、私は貴方の強さと優しさを持っている事が分かる。だから、私は貴方が心から私を拒絶しない限り、ずっと傍にいる」
「‥‥‥勝手にしてくれ」
照れることなくそう言ったエルからの純粋な瞳と言葉による宣言に対して、気恥ずかしさを感じた俺はぶっきらぼうに顔を逸らしながらそう言い、
「うん、勝手にする」
エルは、また無表情でそう言ったのだった。
それから顔の熱が収まり、俺はエルに気になっていたある事を尋ねる。
「…そういえば。エルは、これからどうするんだ?」
「私はシルヴァと一緒に居る」
「いや、そうじゃなくて。俺は一旦家に戻ろうと思うけど、ご飯とかその辺りはどうするつもりなんだ?」
つい先ほど勝手にしろと言ったが。そもそも彼女、エルを凡そ十年の間も知らなかったとはいえ待たせて、更に一緒に居ると言われた身としては、エルがこの後をどうするのかを聞いておかなければ困る事になる。そんな思いから尋ねると。
「ついていく」
「‥‥ですよね」
エルが俺の家に来るのは予想出来ていた。なら、その移動手段をどうするかだが。それを尋ねると。
「これでいく」
と、次の瞬間エルの全身が光に包まれるとその光と共に変化していき。やがて光が収まった先に居たのはこの場に姿を現した陽の光を浴びて輝く神秘的な白い龍で。
『これで行く』
「‥‥念話か?」
『念話』とはいわば対象との間に魔力を介した回線、いわば無線機のような物で。魔力を持っていれば自身の声を伝えることのできるのが無属性魔法「念話」だった。
『そう。この姿だと上手く話せないから』
「なるほどな‥‥。にしても、どうしたもんか」
エルが家に来るのは、まあいい。けどエルが龍化したまま家に向かえば間違いなく混乱する。なら。
「エル。取り敢えずそのまま飛んでついてくるのは良いんだが、雲の上を飛んでくれ。それと、そのまま行くと皆がびっくりするから、家の近くにちょっとした森があるから。そこで俺が「火球」を空に打ち上げるから、そこで【変身】を使って人型に戻ってほしいんだが、大丈夫か?」
『大丈夫』
「よし、じゃあ少し待ってくれ」
エルにそう断りを入れた後、軽く体を解すと俺は『全身強化』で普段は強化しない頭と眼を含めて強化し、その強化の度合いも引き上げ、準備を整える。
「行くぞ」
『分かった』
掛け声と同時に俺は風の如く下山を開始し、直後、背後に強烈な風圧を感じながら俺を足を止めることなく走りながら、上を見ると普通に見ては気が付かないほどの高さを飛翔するドラゴン(エル)の姿を確認でき、その後はひたすら走りやがて目的の森に入ると空に手を向け『火球』を放つ。すると、人へと変化したエルが背中に龍の翼を羽ばたかせながら、ふわりと着地した。
「これでいい?」
「…ああ。というか、人型でも翼を出せたんだな」
「?」
今更のような事を思わず口にしながら、それを聞いたエルは不思議そうに首を傾げながらも翼を収納しており。
(というか、それならわざわざ龍に戻らなくても良かったんじゃないのか?)
と思わずそんな事を思いながらも、無事に再合流した俺はエルを伴って家へと帰宅したのだった。
ふう、明日は仕事が早いので今日はこれで最後の投稿となります。
次は…明日に一本投稿できたらと思います。
どうしても修正、加筆すると時間がかかってしまいます。出来る限り早く投稿できるように頑張ります。
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