第六話 「鍛錬」
※二〇二一年、三月二十四日に改稿しました。また主人公の名前はシルヴァへと変更しております。
標高二千メート越えの山頂。そこに広がる開けた高地にて、俺は鍛練をしていた。鍛練の内容は四歳の頃から家でしたいたものだが、標高が高いことによって酸素が薄いためにかなりキツいものとなっていたが。
それらをこなし終えると持ってきた脱水対策の為に水袋に入れた特製ドリンクにて水分を摂る。これは高所では地上ほどの口渇感が無いので、意識的に多く飲むように意識もしている。
「ふぅ~‥‥。さて、じゃあ次をするか」
水分を摂った事で体が程よく冷めると、俺はその場で座禅を組んで眼を閉じる。座禅をする目的は魔力操作の訓練ともう一つ、想像する最強の自分との戦いだった。
「「‥‥‥‥」」
相対する仮想敵は、今現在の自分よりはるかに強い自分と全く同じ剣と構えのまま向き合う。
「‥‥シッ!」
俺は現状で出せる最速の突きを繰り出すも、影には体を逸らすだけで回避されるが、それは織り込み済みでそのまま右へ剣を切り払うが相手は動くことなく剣で受け止められる。
「っ!?」
背筋に走る悪寒と同時に体を後ろに逸らすと目の前を刃が通り過ぎ、そのまま後ろに下がると怒涛の突きと斬撃が襲う。
(くそっ、一撃が重いのに、早すぎて反撃の隙が無い…っ!?)
一撃一撃が重く、下手に踏ん張ればそこからさらに押し込まれる。故に足を止めずに下がりながら攻撃を逸らす。
俺は咄嗟に剣を引き戻し、腹の部分に左手を添えた瞬間、影の剣が俺の剣へと衝突。まるで巨大な岩を支えているかのような重さが、両腕から体を支える足へと圧し掛かる。
(重すぎだろ!?)
相手はただ剣を振るっているだけで、魔法すら使っていない。だというのに理不尽なまでにその一撃は気を抜けば必殺と成り得る威力を秘めていた。
そして、それによって受け止める手と衝撃を逃がすために動かす足へと疲労が蓄積していく。
(これ以上は…っ!)
次に攻撃には耐えれない。そう判断した俺は反撃に移ろうとしたが、その僅かな隙を突かれ影が繰り出された突きによって頭を吹き飛ばされ、殺された。
「……くそっ」
幾ら圧倒的な強者である影(自分)で、勝つのは途轍もなく困難な相手だとしても負けるというのは当然悔しいもので。
だが、一つ間違えれば死という状況に、想像であったとしても緊張していたようで額に限らず、背中にも冷たい汗をかいてしまっていたが、気にせずそのまま地面へ横になる。
「仮想的、強く設定しすぎたかな…」
自分がしたこととはいえ、思わず過去の自分に対して愚痴りながらも。同時に成長も感じていた。何せ、始めた当初は開始一秒も経たずに斬り殺されて。
余りの理不尽すぎる強さにその日は何度も挑戦したが、結果は全て瞬殺されて。それ以降はムキになってもいい事は無いと一日に一戦、本気で挑むことに決めて。
そこから繰り返していくと徐々に成果が出始めて、現在は三十秒も持てば良くて。油断すれば今でも一瞬で殺されるので相変わらずだった。
「‥‥強く、ならないとな」
この世界は、俺が知っている平和な日本ではなく、多少平和ではあるが盗賊や魔物が当たり前のように存在する世界で。そんな世界で生きるために俺は強くなる。自分の為でもあり、同時に護りたいと思った何かを守れるように。
「っと、もうそろそろ昼か」
空を見ると太陽が中天へと差し掛かろうとしている所で。それを見たせいか、ぐぅと小さく腹が鳴くのが聞こえると同時に鍛錬で消費したエネルギーを補給したいという体が空腹を訴え始めた。
「よし、帰るか」
お腹が減った状態で体を動かしても良い事は無いので。そう決めて体を起こして服に就いた土と埃を軽く落とすと片手に水袋を入れた麻袋を。手の届く所に置いていた剣は背中に背負うと、俺は山を下りるために走り出す。
当たり前だが、山には大小さまざまな岩や石がある。そして木が生えていない山頂付近の足回りは最悪で。だが慣れた今では難なく踏破出来るようになっているので。
(今日は、アレを使うか)
使わなくても昼には間に合うが、これもいい魔法と魔力操作の練習になる。そう決めて、俺はある無属性魔法を発動させるとその速度を急激に上がるが、気にすることなくそのまま石と岩ばかりの悪路を走る。
(やっぱり、無駄な消費を抑えることが出来ればかなり使い勝手がいいな)
発動させた無属性魔法に分類される『身体強化魔法』の一つ。全身に魔力を循環させ身体能力を強化する『全身強化』の効果は文字通り身体強化だが。発動させると全身の名前の通り、肉体全てを強化することが出来る。
だが、全身を強化するという事はそれだけ魔力を消耗する。故に効率が悪いとあまり目を向けられず、代わりに強化の度合いは『全身強化』と比べて低いが、魔力の消耗が少なく『肉体強化』を使う人間が大多数だった。
試しに俺も交互に『全身強化』と『肉体強化』使ってみると、確かに魔力の消耗具合から『肉体強化』を選ぶのが多いのも納得できた。
だが、『全身強化』を何度か使っていると魔力の消耗が激しいのは、強化された肉体に目と脳が追いつく様に無意識の内に強化していたからではないか。と俺は気が付いた。
そして、それに気が付いて以降。俺は『全身強化』を使う時は意図的に目と頭に魔力を回さずに使い、それに慣れる練習を積んだ。その結果、予想以上の収穫がありながら俺は『全身強化』を使いこなせるようになった。
(けど、やっぱり普段は使わないほうが良さそうだな)
使えると知られれば対策されるが、知られなければ切り札となる。がそれ以上に『全身強化』を使っても得することがそこまでない事だった。
(うん。やっぱり普段使いは無しで)
己の力を驕った結果死ぬのは勘弁。故に改めて普段使いはしないと決めながら走っていると。ここから凡そ一メイル(一キロ)ほど先の所に一匹の魔物が居た。
(岩獅子王か)
岩獅子王。それは高い山や岩肌の多い場所に生息するその辺りの王のような存在で。その体は名前の通り獅子だが、その皮膚の色は辺りの岩と同色で迷彩色として機能し、更に微細な岩に覆われている事によって硬く、背中には水晶を背負っているのが特徴の魔物だ。
主食は岩や石、そして動物と。まさに王の名がつくに相応しい存在で。そしてそんな岩獅子王と覇を競う、もう一体の魔物が居るのだが、長くなるので割愛する。
(さて、どうしたものか…)
正直、岩獅子王を倒すことは出来る。が下手に倒すと山の生態系に影響が出る可能性もあるので、今は相手にするつもりはない。だが岩獅子王は自らに支配領域に入ってきた敵をしつこく追いかけてくると、下手をすれば山を下りてくることもあると有名で。今の状況では最も面倒くさい魔物だった。
(‥‥気絶させるか)
そう決めると魔力量を増やし『全身強化』の強化段階を二段引き上げた状態で、一歩。それだけで一メイル先の岩獅子王の真横を通り過ぎる。その際に殺さない程度に強化した拳を腹に叩き込み。
「GYAUUU!!??」
突然の腹への重い一撃に岩獅子王は驚きと同時に襲った痛みのあまり白目を剥き、その体は痙攣を繰り返すが死んではおらず。
「悪いな」
背後で倒れた音を聞きながら謝るも足を止めずに俺はそのまま下山した。当然というべきか、岩獅子王が追い掛けて来ることは、無かった。
「ここからは、普通に走るか」
山から下りると同時に『全身強化』を解除し、その後は素の肉体だけで走り続けて。
太陽が中天に差し掛かる前に家へと到着すると、そのまま家に入らずにまずは中庭でストレッチをして全身の筋肉を解し終える。
「よし、っと」
山に登っての鍛錬をし、昼には家に戻る。この一連の流れを四年前の、ある程度には体が出来上がりつつあった六歳の頃から始め今日も続けている。その成果は確かに体に現れていた。
「あっ。そういえば、母さんに呼ばれてたんだった」
今朝。いつも通りのように山へ行こうとした時だった。
「くぅ‥‥くぅ‥‥」
部屋の扉を開けると、そこにはこの屋敷のメイドの一人にして、この世界に転生した俺に初めて「魔法」を見せてくれた女性であるノウェルさんが、器用にも部屋の前で立った状態で寝ていた。
「あの‥‥ノウェルさん?」
扉を開けるとそこには立ったまま寝ているメイドであるノウェルさんが居る。目の前にあるそんな状況に対して俺の頭の認識が追い付かず困惑していると、眠りが浅かったのかノウェルさんは顔を上げる。
「‥‥はっ!? いけないいけない。危うく寝ちゃう所でした…ってシルヴァ君!? 一体何時からそこに!?」
「ええっと、ついさっきです…」
正直、思いっきり寝てましたよとは言いたいが、それを言わぬが花という気がしたので立ったまま寝ていたという事は黙っておくことにして、なぜ彼女が俺の部屋の前に居たのかが気になった。
生まれてからもう十年間も一緒に暮らしている、と言うよりも赤ん坊の時から見ていたので一月も掛からずにノウェルさんは朝に弱いという事は分かった。故に不思議だった。そんなノウェルさんが朝早く寝ながらも俺の部屋の前で待っていた理由が。
「それより、自分の部屋の前に居てどうしたんですか? 朝に弱いからいつもはまだ寝てますよね?」
「あ。そうでした! 実は昨夜に奥様からシルヴァ君にお話があるとの事で。今日のお昼を食べた後に執務室に来てほしいとの事です」
「母さんが?」
その内容はなんだろうと思いノウェルさんを見るも、ノウェルさんは首を横に振った。
「すみません。お話の内容は私にも聞かされていません」
「…そうですか。分かりました、覚えておきます」
というようなやり取りがあって軽い昨日の残り物を軽く食べた後に家を出発したのを今更のように思い出した。
(それにしても、ノウェルさんにも言えない母さんの話って、一体何だろう?)
母さんからの話が何なのかを考えながら、体を水で濡らしてタオルで拭き、うがい、手洗いをして新しい服に着替えて中に入りそのまま食堂へ向かうとそこには既に母さんが座っていた。
「おかえりなさい、シン。早かったわね」
「うん。鍛錬をしてたらお腹が空いちゃって、少し早く帰ってきたよ」
母さんと他愛のない話をしつつ、席へと着くとサラダとメイン、パンとスープが入った器が俺と母さんの前だけなくそれ以外の椅子の前にも場所にも置かれていく。
今日の昼食は、家を出る前にお願いした鳥胸肉をサッと茹で、表面をカリッ香ばしく焼き上げ、香辛料で味を調えた肉料理、そして屋敷内の野菜畑で収穫した新鮮な野菜で作られたスープにサラダと、焼き立てのパンだった。
そして、俺は肉だが母さんのお昼は魚のようで、魚は近くの湖で捕れた新鮮な魚で下処理をした後、身の部分に塩で軽く下味をつけ、フライパンで軽く焼いた後、野菜を盛り付け、メイド特製のドレッシングをかけた料理で、カルパッチョを思わせる料理だった。
そして、その料理は俺と母さん以外の席の前にもそれぞれ料理が置かれると、その席にメイド達も席に着く。
「ではいただきましょうか」
「「「「「いただきます!!!」」」」」
そして始まる、話に花を咲かせながらの昼食。
今日が仕事のメイド達は給仕を担当し、休日のメイド達は母さんと俺と一緒のテーブルでテーブルマナーを守りながら楽し気に食事を摂る。その際、そこには主従関係は無くごく自然な食事風景で。
勿論、初めて食堂で食べ始めてこの光景を視たのは三歳の時で。メイド達の話から母さんがしている事、従者の立場である者達と主である貴族が同じテーブルで食べる事を許すなど本来はあり得ない事だという事だが。けど母さん曰く。
「ご飯は一人より二人。二人よりも皆で食べたほうが美味しいでしょ?」
との事で。そこに関しては、貴族とかは分からないながら、皆で食卓を囲む価値観があった俺としてはそこまで衝撃的ではなかったが。
普通、従者と呼ばれる者達は小説で見るような主人である貴族が、食事を終えた後に残ったものを調理などしてご飯として食べるのが多いようで。そこである日に聞いてみたことがあった。
「母さん。母さんはどうしてメイドの人たちとテーブルを一緒に食べるの?」
「そうね‥‥。私にとってこの屋敷で働いている人たちは私に、いいえ。私とあなたにとっての家族だからかな?」
そう語る母さんはメイド達を本当に自分の家族であるかのように優しく接している。もちろん、怒るべき所は怒るが。大切にしている一番の証拠がこれだった。
そしてつい最近分かった事があった。俺が生まれた家であるシュトゥルム家だが爵位は伯爵で、爵位を授かったのはどうやら昔、先祖がこの国の国王を助けて、国王が感謝の意を込めて伯爵位と領地を授けたらしい。
そして、詳しいことは分からないが、母さんは現国王夫妻と母さんは手紙のやり取りをするほどに仲が良いとのことだ。
(我が母親ながら、一体どんな人脈なんだろうな…)
そんな風に、母さんの不思議な人脈に内心で首を傾げながらも美味しく昼食を食べ進め、その楽しい時間は終わり食後のお茶を飲んで一息つき終えた時だった。
「シン、後で執務室に来て」
「…分かった」
俺はそう答えると母さんは小さく笑いそのまま食堂から出ていき。俺はカップに残っていたお茶を飲み終えると、母さんの執務室へ行くために立ち上がった。
ふう、思いのほか手間取ってしまった。
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何とか今日中に何とか修正、加筆したモノをあと一話投稿出来るように頑張ります…




