第五十話 「四変六陣」
時間がかかりました‥‥申し訳ない。
今度こそ、エル達が入ってくる、いや待ち構えている事は無く、湯船にゆっくり浸かる事が出来き、風呂場に置いている魔力式冷蔵庫から冷やしたバリナとミルカ(ミカンの様な味と形の柑橘系の果物)を絞った果実ジュースをグッと呷った。
「‥‥‥プハッ、く~、やっぱり風呂上がりの冷たい飲み物は格別だな!」
そう言いながら俺は再びコップに口を付け一息にジュースを飲み干すと、体を拭き、寝巻の服を着るとそのまま自分の部屋へと足を向けた。部屋に戻るのは特に理由はないが、しいていうなれば、血を失った影響が完全に解消されたわけではなく、未だに頭の一部がぼーっとしていたのを自覚していたので、明日の戦いの事もあるので早めに寝ようと思っただけの事だった。
そして階段を上り、自分の部屋の前に立った時、部屋の中に気配を感じた。その人物は颯天のベットに座っているようだった。
(いったい誰だ?)
俺は思わず部屋の中に居る人物について考えを巡らせた。エルとルヴィ、イシュラに関してはまだリビングの方で何やら騒いでいるので除外する。そして残るのはリリィとレティスだが、リリィに関しては恐らく部屋でもう眠ってしまっていると考えると、残るはレティスだけなのだが、
(でも、レティスが俺の部屋に入る理由が‥…あるか)
思い当たるのは、先程のお風呂場での出来事だ。俺に迷惑を掛けたと部屋の中で待っているという事も無くはない事だった。だが部屋にいるのがレティスだとして、気になるのはレティスが既に部屋の中にいる事だった。影の中を移動できるレティスからすれば、俺が部屋に戻ってきたタイミングで姿を現せばいいので、何故部屋の中で、それもベットで待機している意味が分からなかった。まあ、入って見れば分かるか
そう思い俺はドアノブに手を当てると、ドアを開き見えたのは、ネグリジェを身に纏ったレティスの姿だった。
「戻ってきたんですね」
レティスはごく普通に話しかけてきたが、俺にとってはそれどころでは無かった。
ベットの上で待っていたレティスは普段はサイドテールにしている髪を下ろしており、成長した胸元は開いており所々にレースやフリルが施され視線を集めさせる。また膝上程までしか丈が無く生地が薄い故に白い肌を否応が無く視線を吸い寄せる。俗にベビードールと言われる生地が薄いネグリジェ故に、透けていて下に着けているショーツが見えてしまっていた。
「な、何て、服を、てかそれ以前にどうして俺の部屋に!?」
「これは、普段の私の寝る時の服装」
「そ、そうですか。じゃなくて!」
レティスの説明を聞きながらも俺は精いっぱいレティスの胸元やら足を見ない様に視線を逸らしていたが、ベットがきしむ音がし、レティスが俺へと近づいてきて、十センチ程の距離まで詰められた。
「どうして視線を逸らすの?」
「どうしてって、お前がそんなネグリジェを着ているからだろうが!?」
「私の普段着に問題は無い」
いや、そのネグリジェが寝間着なのかと俺は思わず内心でズレたツッコミを入れていたが、しかしそれで状況が変わることはない。言うなれば、今の俺は、八方塞がりだった。
(どうする、どうすればいい!?)
風呂に入ったせいだろう、石鹸に使われている柑橘系の爽やかな香りがレティスから仄かに香る。そして、その香りは俺の理性という名の鎖を腐食、脆くさせていく。このままではまずいと俺は話をすることにした。まず気になったのは、どうしてレティスがこの部屋に居たのかという事だった。
「そう言えば、どうしてレティスが俺の部屋にいるんだ?」
「あれ、エルから聞いていないの?」
「どういうことだ?」
レティスの口からエルの名前が出てきた事に俺は驚きながらも、その内容について尋ねる。
「どうして、エルの名前が出て来るんだ?」
「だって、あなたの部屋にいる様にって、言われたので」
「‥…取り敢えず、俺のでいいから何か羽織って来てくれ」
「分かった」
エルの名前が出てきた以上の驚きの内容に俺は思わずレティスを見てしまったが、その時、レティスの二つの柔らかそうな膨らみが視界に入ってしまったが、理性を振り絞り視線を引き剥がしたのだった。
そして上にワイシャツに似た服を羽織ったレティスはベットに、俺は椅子へと腰掛けると、何故俺の部屋に居たのかを尋ねて見る事にした。
「ところで、さっきエルの名前が出ていたけど、レティスは、何か知っているのか?」
「いえ、私が知っているのは、出来るだけ薄くて肌が出ている寝間着を着てシンの部屋で待っていてと言われただけです」
レティスの顔に嘘を言っているような様子もない。という事は本当にそれだけしか言われていないのだろう。しかし俺が気になったのは、エルはどうしてレティスに肌面積の多いネグリジェ姿で俺の部屋で待つように言っていたのかだ。恐らくレティスがこの部屋に来たのはリビングで一緒にアイスを食べた後だろうが、しかしエルから何の説明が無かったわけが分からなかった。
「それは、【四変六陣】を構築しやすくするため」
「うおっ!」
いきなりエルの声が聞こえたと思えば、エルがいつの間にやら俺の膝の上に座っていた。先ほどまで一切の気配と足音も無かった。それなのにいきなり現れた事に俺は驚くしかなかったが、一方のレティスが驚いている様子は無かった。
「ごく普通に入って来ましたよ?」
「ん」
「マジか‥‥」
エルが入って来たことには、どうやら俺だけが気が付いていなかったようだった。だが、エルがこの部屋に来たのであれば、何故レティスを部屋に居る様に言ったのか、その理由を聞くことが出来る。だがその前に
気になったのは、エルが言った言葉だった。
「エル、【四変六陣】ってなんだ?」
「【四変六陣】は、儀式魔法と呼ばれる特殊な魔法の一つ。そして今から使う儀式魔法の名前が【四変六陣】。火・水・地・風の四大属性、そして、陰と陽を以て互いのバランスを保つ為の魔法」
「‥‥もっとわかりやすく」
「簡単に言えば、レティスの中に流れ、体を蝕んでいる龍の血の力を制御する、レティスを助けるための魔法って事」
一回で分からなかった俺へと、もう一度分かりやすい説明をしてくれた。そのお陰で理解する事が出来た。
そもそも俺が知っている儀式魔法とは、構築にも手間が掛かり、場合によっては構築するだけで一年を要するものまであると、しかしその効果は絶大で古代魔法にも分類される超強力な魔法だった。
「それじゃあ、ここでその【四変六陣】ってやつをやる為に?」
「そう」
「レティスの格好もそれに関係しているのか?」
俺の問いにレティスは頷いた。しかし、その前に儀式魔法を使う上で気になる事が俺にはあった。それは儀式魔法をするのに必要な設計図に値する魔法陣の構築をしているかどうかだった。
「なあ、エル。因みに魔法陣の構築の方は?」
「大丈夫。魔法陣の構築は、シンの部屋を起点に構築済み」
「いつの間に」
「シンが午後の鍛錬に行った時。そして、これが魔法陣の縮小したもの」
あの時か、と俺は納得していていると、エルが部屋の中心で魔力を流すと、その場に小さな魔法陣が浮かびる。その魔法陣には四つの光があり、その中心にはまる二つの勾玉がピッタリ合わさったように白と黒が分かれていた。恐らくこれがこの場所を起点に展開されている魔法陣なのだろう。
「この魔法陣の四方にはそれぞれ。北が木、東が水、南が火、西が土、の属性を司っている。そして、中心の二つ、黒が龍の力である陰、そしてもう一つの白が陽の、龍殺しの力を現している」
エルの説明の通り、確かに魔法陣の四方にはそれぞれ違う魔法属性が宿っていた。そしてその中心には確かに円があり、まるでピッタリ合わさる白と黒の二つの勾玉の様にそれぞれ光を放っていた。
どうやら知らない間に準備は完了していたようだった。そしてここまで準備満タンであれば、止めるという選択肢はないし、俺はただエルを信じるだけだ。
「それで、俺はどうすればいいんだ?」
信頼を込めた視線をエルに向けると、エルはやや恥ずかし気に視線を逸らした。それは出会った当初には無く、最近になって見る事が多くなったエルの新しい表情だった。しかし次にこちらを向いた時には真面目な表情に戻っていた。
「取り敢えず、陣の維持に関しては私がする。けど、中心の陰と陽の部分を構築は出来ても、干渉はできない」
「それは、どういう事だ?」
「今回、陣を構築したのは私。それはつまりそれだけで私は手一杯。陣を維持する上で中心である陰と陽に意識を回す余裕がない」
「つまり、陣という多すぎる荷物を一人で持っているから、手が空いていないって事か?」
「そう言う事」
我ながらこの例えはどうなのかとも思ったが、エルも分かったくれたようなので、取り敢えず良しとする。だが今の質問で気になる事があった。
「じゃあ、一体中心の陰と陽の構築は誰がやるんだ‥‥‥まさか」
「そう、レティスとシンの二人を中心に陰と陽は構築されている。だから二人がいるこの部屋を起点に魔法陣を構築した」
何故、レティスが俺の部屋に居たのか、そしてレティスはエルから言われて部屋に居たという意味がようやく理解できた。つまりエルがレティスを俺の部屋に居る様に言ったのは魔法陣を、いや陰と陽を構築する為だったのだ。
「つまり、今この部屋が既に陰と陽の魔法陣の中という事、ですか?」
確かめるためのレティスの問いにエルは頷く。
「そう、そして私がここに居る事が出来るのは、四つの属性を司り、魔法陣を維持しているから。そしてこの空間は今、外部と遮断されていて時間の流れも違う。ここで一時間を過ごしたとして、外では一分程しか経ってない」
「外部との遮断に時間もか」
外部との遮断は、あり得るとしても、時間の流れも違う、それはまるで精〇と〇の部屋の様な状態だと素直に驚いたのだった。しかし
「という事は、今からここでレティスの治療をするのか?」
「そう、と言ってもやるのはシンだけどね」
「え、俺ッ!?」
てっきり、俺は精々手を貸す程度とばかりに思っていたのに俺がするという事に対して驚きは人一倍だった。しかしそんな俺にエルは言葉を続けた。
「大丈夫、シンがやるのはレティスの中にシンの陽の力を流し込むだけだから」
「そうか。でも、俺やり方を知らないぞ?」
「やり方は私が教えるから大丈夫」
エルの次の言葉を聞いて俺は取り敢えず安心する事が出来た。しかし気になるのはどうやって、そもそも用の力をどのようにしてレティスに流し込むのかすら分からなかった俺はエルの次の言葉を待った。
「シンは、レティスの体に手を当てて、意識を集中して陰の力が強い場所を見つけて流すだけでいいから」
「ふぁっ!?」
思わず変な声が出たが、エルの言葉の内容に対しては妥当だと俺は思った。そして何故レティスが薄いネグリジェを身に纏っているのかが、繋がった気がした。
(つまり、レティスの体を直ではないとはいえ、俺に触れという事か!?)
エルは何とも思っていないのか、それともレティスと何かしらの話は出来ているのか、レティスの方を見ると顔を赤くしてはいるが拒否はしなかった。
「あの、…よろしくお願いします」
そして、恥ずかしがりながらもお願いしてきたレティスのお願いに断るわけには行かなくなった。
「わかった。全力で俺の出来る限りの事をやる。だから、任せろ」
内心でどうしてこうなったと思いながらも、俺は、レティスを助ける為に気持ちと意識を切り替えるのだった。
次の話は、レティスの治療回か、戦いの直前辺りを書けたらと思っています。
次回は二週間程で投稿できればと思っているのですが、もう一つの方と並行で書いているので遅れる可能性もあります。申し訳ない。ですがそれでも楽しんで、また待っていただけると嬉しいです。おかしな箇所、誤字脱字等、また疑問等があれば報告していただけると出来る限りの早めの返事を書くようにします。長くなりました。それでは、また次話で。
9月15日現在、仕事や、もう一つの作品に手が離せない状況になっており、最悪の場合は今月に投稿する事が難しい可能性があります。楽しみにしていただいている方々、本当に申し訳ありません。ですがどうか今月中に最低でも一つは投稿できるようにします。本当に申し訳ございません。




