第四十話 「吸血姫の力の一端」
ふう、最後の辺りが‥…忘れた‥…
イシュラの説得もあり、どうにかレティスを家に招くことになった俺は現在イシュラとレティスと一緒に家へ向かう道中だった。そして、その道すがら話題に上がるのはやはりと言うべきか、ハーフでありながら吸血鬼の王、いや女王であると自分で言ったレティスの話題だった。
「へぇ~、それで、レティスはどうやって王様になったの?」
「私に流れる血の半分は人間なのですが、残りの半分は吸血鬼の始祖の直系の血で、その結果、直系であり国王でも在った父がハーフである私に王位を渡して私は玉座に着きました。元々私の父は吸血鬼でありながらハーフを他の種族への偏見がなく、毛嫌いせず、それ故に平和に祖父である始祖も私の事を大切に育ててくれました。ですが‥‥」
何となく表情が暗くなったレティスにイシュラは何となく空気を察したのか咄嗟に話題を変えた。
「あ、そう言えば、シルバー。貴方はここ最近何をしていたの?」
「うん?ああここ最近か‥‥う~ん、といっても普通に山に登ってエルたちと鍛錬をして、昼からは基本だらだらするか、日の当たるところで本を読んだり昼寝をしたり、もしくはギルドに行って魔物を倒してお金を貯めたりとかして、夜は料理を作ったり、あ、お菓子を作ったりはしているが‥‥」
「貴方、多趣味ね…というか、貴族であるあなたが自分で料理なんてするのね」
「俺を何だと思っているんだ、料理と洗濯物だって自分でするぞ?」
何処か傷ついた風に装って言った俺を見てイシュラはアハハと軽やかに笑い、それにつられてレティスも微かにだが頬を上げて笑っていた。
「うん、やっぱりレティスは笑っている方が似合っていると思うわ」
「え、私、笑ってました?」
そう言いつつ自分の頬を触るレティスを俺は微笑ましく見ながらも、彼女が見せた先ほどの暗い表情の原因について気になっていた。どうやら先ほどの雰囲気からして、ハーフである彼女が王になった後に何かがあり、その結果彼女は影の仕事である裏家業の暗殺者になったのだろうが流石に今その原因を聞くという選択肢は俺の中には無かった。それは恐らくイシュラも同じだろう。
(とりあえずは、家に着いてからだな‥‥)
取りあえずは家に着いてからにしようとこの問題は棚に上げる事にした。その時だった。風の中に感じた事のある気配を俺は捉えた。
(どうやら、今日は鹿肉を使った料理になりそうだな)
「あ、あれって…」
俺が内心でそう思っていると道の傍にある林から姿を現したのは鹿だった。それもタダの鹿ではない。体調は通常の鹿の凡そ二倍で、更に額にはまるで血のように真っ赤な真紅の一本角を持つ鹿が姿を現した。その鹿の魔物の名前を「紅角鹿」森の王者がタイラントベアだとするのならば、平地の中でトップに位置する魔物の一体が紅角鹿だった。その性格はどう猛で、特に繁殖期の雄と雌は気が立っており自分のテリトリーに入った者は、その角を以て容赦なく殺す。そしてこれはあまり関係がないが、紅角鹿の角は生まれた時はユニコーンの如くに純白なのだが、成長するごとにその角は伸びていき赤みも帯びていく。そして成体となった時、その角は真紅となるのだ。
そして、命の危険はかなりあるが、紅角鹿の肉はかなりの美味で有名で、王都の料理店でも高級肉として出されるほどであった。
「さて、それじゃあ手早く倒すか」
「あの‥‥いいでしょうか?」
そう言って俺は腰に差していた「ジュワユーズ」を抜こうとした時、俺の前にレティスが声を掛けてきた。
「どうしたんだ?」
「あの、出来れば私にやらせてもらえませんか?」
「え、だけど」
「いいじゃない。せっかくレティスがそう言っているんだから。ね?」
「お願いします」
「…分かった」
イシュラからの援護と、何より真剣な表情で見てきたレティスに俺は大丈夫かなという一抹の不安を押し殺し、まあ暗殺者をやっていたのだから大丈夫だろう思いレティスに任せることにした。それに、内心ではレティスの実力を視てみたいという思いが俺の中にあったのだ。
そして俺が後ろに下がり、俺と入れ替わるようにレティスは紅角鹿と相対した。そして、紅角鹿は鼻息を荒くしながら、後ろ足で地面を蹴っていた。だかレティスの顔に焦りは無く自然体で立っていた。
「では、行きます」
誰に言うでもなくレティスはそう言うと自身の左手首を口の前に持ってくると、勢いよく噛みちぎった。そして、手首から大量の血が溢れだす。
「ちょっと、何やってるのっ!?」
「大丈夫だ。まずは見て居ろ」
それを見てイシュラは取り乱したが、一方のその意味が分かっている俺は取り乱すことなくレティスに向かって行こうとするイシュラを大丈夫だと諫め、留めると一応落ち着きを取り戻したイシュラだったが念の為にと俺がイシュラが行けないように手を握る。すると一気にイシュラは大人しくなった。そしてその表情は心なしか赤かった。だが今の俺の興味は寧ろ噛み切った手首から流れ出て来る血の方に興味が向いていた。何せ、手首から流れ出た血は物理法則に沿って地面に落ちて血の染みを作る事無く、レティスの周囲を水滴のようになって漂っていた。そしてその血からはかなり強い魔力が感じられた。
(なるほど、要するにあれはレティスの血に宿る魔力によって浮いているという事だろうな)
吸血鬼は元々魔法を得意としている者と、そうではない者が存在していた。そして、魔法を得意とするのは純血種が多く、稀に魔法を扱えるハーフもいたが、しかし吸血鬼のハーフの多くは他の種族の血の関係もあるのか魔力は純血を超える程の膨大であったが、逆に魔力が多いせいで精密な魔力操作が出来ず魔法が扱えないというチグハグが生まれてしまった。
だがそこでハーフたちは諦めなかった。もちろん身体強化魔法などの魔法は問題なく扱えはしたが、どうしてもそれは近接で、遠距離からの攻撃は出来なかった。故に純血には劣るが、十分異常なほどの回復能力を持つハーフたちが考え、導き出したのが今レティスが扱っている、彼らにとって魔法に代わる術。自らの血に宿る魔力を解放し、それを意のままに操るその術の名前をハーフたちはこう呼んだ。
【血解術】と。
「【血解術】・珠」
そして、今レティスが行っているのがその「血解術」であった。最初はレティスの周りに散った状態で浮かんでいるだけだった小さな真紅の血の玉達は、集まり今やサッカーボールほどの大きさになっていた。人間であればあれだけの血が流れれば死ぬ可能性があり、人より強靭な獣人であっても恐らく貧血によって動けないであろう程の血の珠がレティスの隣に浮遊していた。そして「血解術」を知らなかったイシュラは驚いてその光景を見ていた。
「なんなの、あれ…」
「【血解術】。魔法が使えない吸血鬼のハーフたちが作り出した彼らにしか扱えない魔法に代わる新たな術ってところかな。」
そもそも手首の血管を噛みちぎるのは相当に危険な行為だ。何せ異常なまでの回復力が無ければ傷が塞がる事もないのだから。と言っても不可能ではない。だがもし人が【血解術】をやるのであれば相応の死への覚悟が必要とする代物だ。
「【血解術】想起」
レティスの隣に浮いていた血が瞬く間にその姿を変えていった。そしてやがて現れたのは刀身は全て真紅で構成され、握り、柄は黒く、血で創られたとは思えない何処か神々しくも禍々しい一降りの両刃の剣であった。分かりやすいので言えば、アーサー王が持っていたエ◯スカ◯バーに似ていた。
「血魔の呪王剣」
レティスはその剣の柄を握ると空気を切り払い、その切っ先を紅角鹿へと向けた。
「すまないが、お前のその命、私が貰い受ける。」
レティスの挑発という名の宣言が聞こえたのか、紅角鹿は何度か頭を振ると深紅の角が怪しく光を受けて反射し、足に力を込める仕草をする。そして、少しの間レティスと紅角鹿は両者ともに微動だにしなかった。次に動くときは両者の決着が着く時だと言っているかのようだった。
(これは‥‥)
最初に動いたほうが不利か、俺がそう思った。何故先に動いた方が不利だと感じたのか、それは最初に動くと相手はその動きを見た後に攻撃に入る事の出来て結果的に後から動いたほうが先手を取る後の先の状態になるのではないかと予想したからだった。しかしレティスはそれを知っていての選択だったのか腰を落とした状態から全身に「ボディエンチャント」を施し、紅角鹿へと駆けていく。
(何か手があるのか?)
俺がレティスは何か考えがあるのかと思っていると紅角鹿の方もレティスに少し遅れて動き始めた。
現在の勢いはレティスの方が有利だが、魔物である紅角鹿の方は平地の王者の一体と目されるだけあって、地球のチーターのように急激に魔力を放出しながら加速した。そのスピードは三歩目にはレティスに並び、四歩目にはレティスを追い抜いた。
そして紅角鹿はレティスを追い抜く速さとなりまるで猪のように突進していくがレティスの表情に焦りは無く、レティス、紅角鹿は互いに距離を詰めて行く。互いの距離が詰まって行く。
「影杭」
紅角鹿に向けて無数の杭が出現し、紅角鹿はその場に縫い留められた。
「あれは…影‥か?」
この世界の吸血鬼にも影は持たない。日の光に当たると灰になるというのは吸血鬼たちの弱点では有名な話でそれ故に彼らは一生日に当たることは出来ない。強大な力を持つ種族に明確な弱点が存在するという事はままあるという事だ。最強と名高いドラゴンは龍殺しによる攻撃で致命傷を負いやすいという事など弱点が顕著だ。
だがこの世界の吸血鬼は逆に影を持たぬからこそ、相手のまたは建物の影に入り込めたり操作できる力を持っていると噂程度で知ってはいたが
(まさか、本当に影を操る事が出来るとはな。それにしても影を操るか)
紅角鹿を縛っているのは陽によって作られた紅角鹿自身の黒い影、影はどうやっても決して切り離せるものではなく、それは陽の元にある万物が背負った宿命でもあった。そして紅角鹿は必死にその影を引きちぎろうと暴れるが、影は切れる事は無く、寧ろ先ほど以上に絡まり続けていく。
そして自らの身を束縛していく。
「我が影に命ず、貫け「刺穿影槍」
レティスの命を受けた影は槍へと変化し、紅角鹿のある一点目掛けて四方からその場所、紅角鹿の心臓へと刺し貫いた。紅角鹿はビクンビクンと何度かその体を震わせたが、やがてその肉体は地面へと横たえた。
「ふう‥…倒せました」
「ああ、だけど少し甘いかな」
「え‥‥?」
レティスを覆い隠す程の影、それを作り出したのはレティスが心臓を貫き死んだはずの紅角鹿だった。
驚きのあまり硬直しているレティスに赤い角で刺し殺そうと体勢を整えており、縛っていた影も先程解除したので縛るものは無い。俺は二の句を告げず、「風陣の天廻」手元に取り出したリボルバーの引き金を引いた。ドパンッ!と空気を裂きながら弾丸はその表面に刻まれた魔法陣が発光し、鋼鉄の弾丸からその姿を金色の鳥へと姿を変える。
「鳳凰金炎弾」
そして、金色の鳥と化した弾丸は紅角鹿の角を寸分たがわずに中ほどから打ち砕いた。そして角を打ち砕かれた紅角鹿は今度こそその身を地面に横たえ、二度と起き上がる事は無かった。
「紅角鹿には心臓以外にも潰さないといけない場所があるんだ」
そう言いながら俺は倒した紅角鹿へと近づき、打ち砕いた角の破片を手に取る。
「一つは心臓。まあ生き物である以上避けては通れない弱点だな。そして二つ目が角だ」
「「角?」」
イシュラとレティスは互いに良く分からなかったのだろう、不思議そうに俺が手に取った角の破片を見た。
「ああ、分かりにくいだろうがな。そしてそれが紅角鹿が平地でと云われるゆえんでもある。何せコイツは心臓を二つ持っているんだからな」
それ故に危険であり強いと言われているのだ。手負いの獣の力は。
「まあ、教えていなかった俺が悪いんだが。まあ取り敢えずは解体するか」
俺は話を切り上げると、殺した紅角鹿に手を合わせる。その後俺はナイフで解体作業を始めた。
そして、十分後解体を終えた俺は紅角鹿の肉を「風陣の天廻」に収納した。
「よし、まあ、早く帰ろうか」
「あ、はい」
「なんか、貴方って会うごとにたくましくなっているわね」
レティスは驚きながら、イシュラはたくましいわねと笑いながら俺達は家へと再び歩き始めた。
ふう、どうにか、また書けた。次はまあ、家の話を書いて行けたらと思います。
次は二週間以内で思いつけば出せると思います。
レティスのメイド姿‥…見てみたい‥‥
内容がおかしい所があればご報告していただけますと嬉しいです。




