第二十二話 「嵐の前触れ」
2021年5月23日に大幅な改稿、加筆、修正を行いました。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。
少々恥ずかしくも、二人の気持ちを聞けるという嬉しい事がありながら、俺たちはルヴィを連れてそのまま農業区画、居住区、冒険者ギルド支部が存在する行政区画に戻ってきた後、商業区画のある場所にむかっており、やがて一つの店の前に到着した。
「ここですか? さっきまでのお店と違って、随分とボロボロですけど…」
どうやら、ルヴィもこの建物を見た俺とエルと同様の感想を抱いたようで、本当にここなんですか? と表情が物語っていた。
「まあ、外だけを見ればそう思うだろうけど、取り敢えず中に入ってみようか?」
「‥行こう?」
「‥‥分かりました」
俺とエルの言葉にいかにも渋々と言った感じのルヴィが続き、扉を開け、俺、エル、ルヴィの順で建物の中へと入り、振り向くと。
「‥‥‥えっ?…えっ!?」
外と中の差の前に、ルヴィは思わずといった感じでそのまま外に出て確認し、中に入る。また外に出るという事を二度ほど繰り返し、その様子を俺とエルは微笑ましく見ていると。
奥の方から駆け足で近づいてくる足音が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ!【ヘーパイストス】へようこそ!‥‥って、あれ?貴方は…」
「ああ、すみません。イシュラさん。お邪魔してます」
「いえいえ、こんな店にお客はあんまり来ないですから。それと、敬語、ですか?」
「あ…お、お邪魔してます、イシュラ」
「はい、よろしい」
今の俺よりも年上という事に加え、仕事の癖でつい、さん付けをして呼んでしまったが。それに気づいたイシュラに即座に指摘されて、言い直すとイシュラは笑みを浮かべ、それを見て俺は昨日、店を出るときに年上とはいえ年が近いので敬語はやめてくださいと言われたのを、今更ながら思い出したのだった。
「こんにちは、イシュラ」
「ええ、エルさんもいらっしゃいです。ところで、さっきから出入りしているその子は誰なんですか?」
「ああ、そうだった。ルヴィ」
「‥‥あ、はい!」
未だに中と外との差に少しばかり放心していたルヴィの名前を呼ぶとルヴィはそのまま俺とエルの間へと来た。
「一応、紹介しておこうと思って。ほら、自己紹介を」
「えっと‥‥」
どっちですか? ルヴィの視線がそう訊ねてきたが、俺の言葉は決まっていた。
「本当の事を言っていいぞ」
「分かりました!」
ルヴィはイシュラへと向き直り、一方のイシュラは意味が分からず不思議そうな表情を浮かべている中、ルヴィが口を開いた。
「始めまして! 火龍のルヴィです!」
「え、あ、えっと。鍛冶師の、イシュラです‥‥」
ルヴィの言葉に意味が理解できず、それでもどうにか言葉を返しながらイシュラが視線でどういう事か教えて!? と訴えてきた。ので、俺は補足も兼ねて教えることにした。
「今の自己紹介もあったけど、この子。ルヴィは本物の火龍で、エルの魔法で人型になってるんだ」
「‥‥‥‥ちょっと待って。‥‥‥どおいうこと?」
「端的にいえば、イシュラの前に居るこの子は、魔法で人の形になっている本物の火龍だって事」
「‥‥あ~、火龍ね。火龍火龍‥‥え、火龍!?」
頭がようやく理解を受け付けたのか。その内容にイシュラの表情は驚愕に染まりながらも、嘘じゃないのか。視線はそうも言っていたが。
その後、イシュラの目の前でゲンドゥたちにしたのと同じことをルヴィにしてもらい、どうにか信じてもらえた。
「まさか、人の形になった火龍に会うなんて、思ってもみなかったわ‥‥」
「ああ、ちなみにエルも龍だから。それと、この秘密を知っているのは、イシュラを含めて三人だけだから」
「‥‥ちょっと待って。今さらりとトンデモナイことを言わなかった?」
「エルも龍で、このことを知っているのがイシュラを含めて三人ってことか?」
「……聞き間違いじゃなかったのね‥‥」
あまりの情報に、イシュラはもはや考えることを放棄したと言わんばかりにそのまま体を後ろにあったテーブルへと預ける。
「それで、どうして私にそんなトンデモナイ事を教えたの? 私を取り込むため?」
「いや、ちょっと違うな」
「じゃあ、どうして?」
イシュラは疑いの眼を向けてくるが、別に俺はイシュラを取り込むためにまだ秘密にすべき情報を教えた訳ではなかった。
「正直、まだ仲間が少ないから仲間を増やしたという部分は否定しないが、それ以上にイシュラなら、信頼できると思ったからな。あと、ここは客が来ないから言いやすかったのもある」
「悪かったですね。お客が来ない店で…」
最後に正直なことを言うと、イシュラは膨れっ面をした後、その表情には疑いの色はなくなっていた。
「はぁ、まあ。聞いちゃったものは仕方がないから。黙っていてあげる。けど、それだと私だけ不公平な気がするんだよねぇ~?」
「…はあ、仕方がないな」
イシュラの言いたいことが分かっていた俺は、苦笑いを浮かべながら背負っていた【天叢雲剣】を下ろし、僅かに鞘から刀身を抜くと、イシュラへと手渡すと。
「はあぁぁぁ、やっぱり何度見てもいい剣‥‥」
その表情は一気にだらしなくなり、例えるならおじさんがかわいい子に鼻を伸ばしているかのような表情で、女の子が見せては駄目な表情だな。と内心で思いながら、俺は頼もうと思っていた事を切り出した。
「それで、イシュラ。一つ仕事の依頼をしたいんだ」
「えへへへ‥‥なに?」
余りの切り替えの速さに、俺だけではなくエルたちも驚きの表情を浮かべる中、俺はどうにか頭を切り替える。
「実はな‥‥‥」
イシュラに近付き、耳元である物の製作を依頼する。
「なるほど。剣じゃないのは気に食わないけど、面白そうね」
「だろ? それと、多分これはかなりの技術が必要だと思うが」
「大丈夫よ。今から取り掛かれば明日には出来るはずよ」
「それじゃあ、頼む」
「ええ。任せなさい!」
ドンッと自分の胸を叩くイシュラに、頼もしさを感じつつ、それからイシュラが剣を堪能するのを待って、俺たちは【ヘーパイストス】を出た。
表通りに戻り、再び商業区画を散策していると、日が傾き始めたのでそのまま家に帰ろうと西門へと向かおうと思ってい歩いていると、エルがすぐ近くに寄ってきた。
(シン、気づいてる?)
(ああ、視られているな)
表通りに戻ってきた辺りから、何者かは不明だが視線を感じており、そしてその視線は視ている事を隠そうという意思は全くないながらも、どこに居るかを悟らせないほどに気配を隠していた。
(…一体何が目的?)
(分からない。だから、まずは聞いてみることにしよう!)
首元を掻く仕草をしつつ、俺は中指と親指を鳴らすと突然の強風が辺りを襲い、突然の風に周りの人たちは突然の突風に驚き、足を止める人が数人いたが、直ぐに歩き始める。
そんな人波の中に屋根から背の長物に布袋を被せて背負い、軽装の鎧を身に着け、炎のように朱い眼、髪は後ろで結び前へと垂らした美女と呼べる女性が地面へと降り立つが、不思議なことにその事に気づいた人は、俺たち以外はいなかった。いや、気配に気づかせていないのだ。
(これは、また‥‥)
見ただけで分かった。目の前に降り立った女は、強い。直近でいえば謎の黒衣のローブの男もだが、目の前の女はそれも圧倒という程までに、絶対的な強者の雰囲気を纏っていた。
「‥‥‥ふふっ」
「‥‥ッ!?」
微かに笑った、それだけのことで全身の産毛が総立ちし、敵意もないのに思わず街中だという事を忘れて剣に手が伸びかけたが、どうにか堪えるなか、エルは見たこともないほどに険しい表情を浮かべ、ルヴィ足を震わせながらも、自分の力で立っているなか、朱い髪を靡かせながら女はそのまま近づき。すぐ横で足を止めた。
(明日、この町に災厄が訪れる。それをどうするか、楽しみさせてもらうわね?)
(お前は、何者だ?)
間近に感じる、圧に負けぬように爪が食い込むほどに拳を握りしめ、女に尋ねる。
(ふふふっ、それは退けた時に教えてあげるわ。それじゃあね。にゃはははっ!)
そう言うと女は、何事もなかったかのように歩き始め。やがてその姿と気配は人並みに紛れるように消えた。
(くそ、何なんだ、あれは…)
今まで感じたことがない、仮想敵として戦っている最強の自分を優に超えるほどの強者と出会うとは。
「やっぱり、世界は広いな」
思わず、声に出しながら、疲れたのでもう一泊して帰ることにし、昨日泊まった宿へと向かった。
宿の人に確認を取ると、幸い一人部屋と二人部屋の二つが空いていたのでそのまま部屋を取り、眠りに就いた翌日の早朝。
普段通りの日が昇る時間に意識が覚醒しつつある時だった。
(湯たんぽみたいに温かいなぁ‥‥あれ、俺。昨日何か上に乗っけて寝たか…?)
意識の覚醒が進んでいくと、夜は特に何も載せて眠っていない事を思い出した。
(じゃあ、この重みと温かさは一体‥‥)
上に載っている何かを落さないように、ゆっくりと目を開けるとそこには、大きさは猫ほどで、ルビーをより濃くした、紅蓮色の鱗の龍が丸まって眠っていた。
「あれ、どうしてルヴィがここに居るんだ…?」
ルヴィはエルと一緒に二人部屋で寝たはずで、更に部屋の鍵も閉めており、本来はここに居るはずがないが、しかし現実は、ルヴィは俺の上に静かに眠っていた。
「もしかして‥‥」
まだ完全覚醒していない頭に、あり得そうなことが浮かんだ時、部屋のドアがノックされた。
「ごめん、シルヴァ。ルヴィ、来てる?」
「ああ、少し待ってくれ」
一旦ルヴィを起こさないように静かに抱き抱え、ベッドから出ると再び、ゆっくりとベッドに戻し俺は閉めていた鍵を開けてドアを開くと、そこにはいつもの白い和服を身に着けたエルが立っていた。
「おはよう、エル」
「おはよう、シルヴァ。入ってもいい?」
「ああ」
ドアを大きく開け、エルが部屋に入った後、ドアを閉めて振り返ると、エルはベッドに腰かけ、膝の上にルヴィを乗せ、少し不満げな表情を浮かべながらも、優しく撫でていた。
「…抜け駆けは、ダメ」
それが聞こえたのか、羽がピクリと動いたかと思うと、ルヴィを大きな欠伸を一つし、そのままぐっと体を伸ばした後。
「キュウ?」
まるで、あれ、どうしてエル姉さまがここに? といった感じでルヴィは可愛らしく首を傾げた後、まだ眠たかったのか、そのままエルの膝の上で眠ってしまった。
「寝ちゃったか。それじゃあ、エル。ルヴィを頼む」
「うん、いってらっしゃい」
そして、町の外でいつも通りの鍛錬を終え、部屋に戻る際に僅かに町全体に緊張感があるのを感じつつ部屋のドアを開けると。
「あ」
人化したばかりなのか、全裸のルヴィが立っており、急いで部屋に入り片手でドアを閉め、もう片方の手で目元を覆う。
「お帰り、シルヴァ」
「あ、お帰りなさい!」
「あ、ああ。ただいま。あの…早く服を着てください」
人化したルヴィは、当然というべきか裸で、エルに急いで魔力で服を編んでもらうといった事が起きながらも、それ以外は平和で、俺たちは朝食をとるために食堂へと向かい、朝食を食べている時だった。
(‥‥何なんだ、この感覚?)
昨日の見られていた時とは違う、まるで冷気を体に当てられているかのような、そんな感覚を起きた時から感じており、それは時間が過ぎるごとに強くなっているように感じた。
「シルヴァ、どうしたの?」
「早く食べないと、冷めちゃいますよ?」
「あ、ああ」
俺の目の前では、既に二人前を平らげ、三皿目に突入していた。
(俺も、食べるか)
せっかくの朝ご飯を冷ますのは勿体ないので、取り敢えず気のせいだと思い込むことで朝食を食べ終え、準備を整え、朝日が昇り始めた頃に宿を出たのだが。
「なんだか、昨日と違います?」
「ああ、活気がない、というか、なんか、物々しい雰囲気って感じだな」
冒険者ギルドへと向かう最中も、その感覚がなくなることはなく、そして何より朝から感じていた冷気が強くなっている気がして、それはまるで刻一刻と時が近づいている。
そう教えているかのように俺は感じていた。




