第二十話 「牙をむくもの」
間が空いてすみませんでした。
あの後、エルに魔力で服を作ってもらい、どうにかまともに見ることが出来るようになり、取り敢えず俺たちは坑道を出て、町に戻ることにした。
「着いたぞ。ここが人が住む町 シュルトだ」
「うわ~! 凄いです! こんなにも沢山の人間がいるなんて!」
「いや、人間って言わないで、人って言おうか?」
出発時と同じく、北の門から町に入ると、火龍の子供はまるで幼い子供のように辺りをキョロキョロとみており、それはまさに子供だった。
(いや、実際子供か…体以外は)
危うく、坑道で見た精神以上に成長していた彼女の裸を再び思い出しかけ、頭を振ることで振り払いつつ、下手に眼を離すと、うろうろしそうな彼女の手を握り、俺達は冒険者ギルドへと向かう事にした。
「へぇ~、色々な建物があるんですね~」
「ああ、ここは第一区画と第二区画の間の通りだからな。右手側は武器を作っているから金属音が、反対の左手側は時々動物の声が聞こえると思うぞ?」
「そうなんですね!」
そんなことを話しつつ、俺たちは目的の場所。冒険者ギルドへと到着し、ドアを潜り中へと入るとそのまま、受付へと進むが、俺たちの姿を見た冒険者たちは、怪訝な表情を浮かべた。
「おい、あれって確か、領主の息子だったよな?」
「ああ、あの白髪の女の子も一緒だ、間違いねぇはずだ」
「…けど、さっきはあの赤い髪の子はいなかったよな?」
「ああ、あの子供と一緒ってことは、どこかしらの、貴族の子供なのか?」
何やら、そんな話声を拾ってしまったが、俺は聞かないふりをして、そのままカウンターへと。
「あのすみません。ゲンドゥさんをお願いできますか?」
「え、あ、は、はいっ! 少々お待ちください!」
ゲンドゥさんの名前を出すと、受付の方がものすごい速さで奥へと消えてしまい、その事から、ゲンドゥさんがおそらく事前に話を通していた事が伺えた。
そして、受付の人が奥に消えて、およそ二十秒ほどして、ゲンドゥさんが姿を現した。
「報告を聞いて、まさかと思ったが…もう帰ってきたのか」
「ええ、取り敢えず、その話をするために、お部屋に行ってもいいでしょうか?」
「ああ、それは別に構わないが…ところで、その少女は?」
「ああ、彼女も一緒でお願いします。その方がいいと思いますので」
「うむ? まあ、構わんが…。 取り敢えず部屋に行こうか」
「はい、お願いします」
こうして、本日二度目のゲンドゥさん(ギルドマスター)の部屋へとお邪魔することになり、ゲンドゥさんが部屋の扉を開ける、芳醇で、僅かな渋みを感じさせる香りが漂っていた。
「どうぞ、皆さん。ちょうど飲み頃ですよ」
「ミランダ君、君は相変わらず、準備がいいねぇ」
「そうでもしないと、貴方は仕事をしませんからね」
「いやはや」
部屋に入った俺たちはゲンドゥさんの反対の椅子へとそれぞれ腰を下ろすと、ミランダさんが、それぞれの前にお茶を、テーブルにはお茶菓子を置くと、そのままゲンドゥさんの後ろへと控えた。
「さて、折角のお茶だ。話の前に、一息つこうか?」
「そうですね」
ゲンドゥさんの言葉に、俺は頷き。それぞれお茶を口に含んだ時。
「ぶふぅ~~!!??」
ゲンドゥさんの上に虹が出来た。
「げほっげほっ! ミ、ミランダ君!? どうして私のお茶がこんなに苦いんだね!?」
「ああ、それは、先ほど、お仕事をサボろうとされていた事への罰です。もちろん、全部飲めなければ、分かっていますよね?」
「くうぅ。優しかったミランダ君は、一体何処に‥?」
そんな事がありながらも、俺たちはミランダさんが淹れてくれたお茶をしばらく楽しみ、一息つくことが出来た。ちなみに、ゲンドゥさんは一杯目を綺麗に飲み切り、二杯目では、ミランダさんがちゃんと淹れてくれたお茶を飲んで、安堵の息を吐いていたりする。
「ふぅ~、ご馳走様でした。ミランダさん、美味しかったです」
「ええ、それは良かったです」
「また飲みたい」
「はい! とても美味しかったです。人間はこんな美味しいのを、飲んでいるんですね~!」
「…人間でも?」
初めてお茶を飲むであろう彼女も、嬉しさのあまりなのか、先ほど注意したことを口にしてしまい、ミランダさんが不思議そうな表情で見てきたので、ここが切り出しだと、俺は口を開いた。
「ゲンドゥさん。この話をする前に一つ、尋ねたいことがあります」
「…なんだね?」
「彼女。ミランダさんは、ゲンドゥさんが絶対の信頼を以て信じれている人ですか?」
「‥‥ああ。ミランダ君は、私の全てにおいて信頼して託せる相手だよ」
俺の雰囲気が真面目なものに変わったことに気づいたゲンドゥさんは、僅かに硬くなった、しかし、全幅の信頼を寄せていると分かる声音で答えた。
「分かりました。ですが、今からお話しすることは、決して誰にも話さないことをお願いしたいです」
「今から話すことは、それ程のモノなのか?」
「はい」
「…分かった。ミランダ君も、いいかな?」
「はい。ギルドマスターにお任せします」
「…では、お二人を信じて、お話ししましょう。依頼を受けて向かった、坑道で何があったかを」
夜の暗闇の中。シュトルの町より南方のある森を、一人の男が歩いていた。
「ふっ、まさか、あの御方から授けられた短剣のみならず、片手を持っていかれるとはな」
森を歩く黒ローブを身に着けた男は、処置をし、血こそ止まってはいるが、肘から先が無くなった右腕へと眼を向ける。
「あの齢にして、あれほどの腕を持つとは。世界とは広いものだ」
そういう男の声には、怒りなどの感情はなく。あるのはあの年であれほどの実力を持つ少年に対しての純粋な感嘆だった。しかし、その表情は直ぐに鋭い顔へと変わった。
「ふむ、人の独り言を盗み聞くとは、趣味がいいとは言えないな。カルアス?」
「にゃはははっ! 独り言を呟く方が悪いんだよ!オーウルフ君!」
黒ローブの男、オーウルフにそう言いつつ木から飛び降りてきたのは、軽装の鎧を身に着け、炎のように朱い眼、髪は後ろで結び前へと垂らした美女と呼べる女性だが、そんな彼女よりそして何より存在感を放っていたのは、その手に握られた赤く、何処か禍々しさを内包した朱槍だった。
「何故、貴様が居る。というのは愚問か」
「にゃふふふっ、物わかりのいい子はお姉さん、好きだよ? でもできればもう少し怖がってくれても良かったのに。それにしても…盛大にやられたねぇ」
カルアスと呼ばれた女性の眼は、オーウルフの右腕に向いていた。
「ねぇ、一体誰にやられたの? 「永遠なる星龍」じゃないんでしょ?」
「ああ、凄まじい剣士が居た」
「あらあら、【龍裁者】に選ばれた中で、一番の新参者だとしてもオーウルフ君の腕を斬り飛ばすなんて、一体何者なのかしら?」
「さて、分かりかねるな」
「そう、それじゃあ、この後の事も、分かっているはずよね?」
そう言いつつ、カルアスは無言で槍を構える。その槍の切先が狙い定めるは、オーウルフの心臓がある場所。その一点のみだった。
「もちろん、知っている。あのお方が授けられた武器を失ったのだ。覚悟はできている」
「そう。なら死になさい‥‥っと本当は言うんだろうけど、今回は、少し違うの」
そう言いつつ、カルアスは構えていた槍を背負いなおすと、腰のポーチから、液体が入った小瓶を取り出した。
「それは?」
「あの御方から預かったもの。もし武器を失くしているのであれば、私の目の前で飲ませろ。そう言っていたわ。もし飲まなければ、殺せ。ともね?」
「なるほど。であるなら、飲むしかないだろう」
「アンタなら、そう言うだろうと思ったよ」
オーウルフに瓶を投げ付け、オーウルフは左腕で難なくそれをキャッチする。
「そいつを飲めば、アンタは人として終わり、【災厄】となる。いいのかい?」
「なに、俺自身、負けたままというのは、気に食わんだけさ」
「そうかい。あ~あ。後始末をする身になってもらいたいね?」
カルアスが愚痴る間に、オーウルフは瓶の中の液体を一息に飲み干す。
その変化は、直ぐに起きた。
「ぐあっ、あ、あああああ、ああああアアアァァァッッッッ!!!!」
まるで、全身を内から抉られるような激痛にオーウルフの上げる声が、徐々に人が発するもので無くなっていくと同時に、その肉体にも変化があった。
ローブによって隠されていたオーウルフの筋肉質の体が盛り上がり、ローブを突き破り現れたのは倍以上に膨れ、緑へと変色した肌。そして両腕、足も肥大化し、わき腹から生えた
手も手足と同様に肥大化し、やがてそれは足へと変わる。
「オオオオォォォォォォッッ!!!!!」
頭は九つに別れ、それぞれ爬虫類のトカゲのように変化していき、その瞳も金色で縦に割れ、そして腕と足に限らず、全身が硬い鱗に覆われていき、その鱗からは毒があそこに現れたのは…九つの頭を持った龍だった。
「GYAAAAAAAAAAAッ!!!!」
かつて、オーウルフだったものは、まるで世界を呪うかのような声を上げた。




