第十五話 「依頼」
二〇二一年、4月22日にタイトルを含め色々と改稿しました。内容変更などのご迷惑をおかけしていますが、それでも、少しでも楽しんでもらえると幸いです。
「いや、それにしても、本当に息子とその婚約者の二人でここまで来て、更にその道中で山賊を捕まえるなんて。流石リリフィアの息子というべきかな?」
「え、あ、いえ。来る途中のあれは完全に偶然でしたので…」
「うん、偶然」
「いやいや、突然の事態にもかかわらず、その場で対応する。まだ十歳でその対応できる実力。素晴らしいという他ないよ」
「ど、どうも…」
母さんや、最近ではエル以外から、褒められることがなかっただけに、少々不愛想気味に返してしまったが、正直これが今できる精いっぱいだった。
「さて、着いたよ。ここが私の部屋だ」
そう言い、ゲンドゥさんが立ち止まったのは他とは少しばかり豪華な扉で、押して開けて中に一歩踏み入れた瞬間、部屋の中に待ち構えていたのか、何者かがゲンドゥさんの服の襟を掴み。
「せいやぁぁぁっ!」
「ぐふっ!?」
発声と同時にそのままゲンドゥさんを背負い投げにて床へと叩きつけ、咄嗟の事態に受け身を取れず、ゲンドゥさんはまるで全ての息を吐きだしたかのような声を出して伸び、その一方、一仕事終えたといった感じでゲンドゥさんを投げ飛ばした女性は一息ついていた。
「み、ミランダ…君、私は、君の上司だよ…?」
「ふぅ…あ、お客様でしたか。申し訳ございません、驚かせてしまいましたね」
「あ、い、いえ。お気になさらず」
ゲンドゥさんの言葉を無視しての、余りの自然に乱れた薄青色の髪を、そしてズレた眼鏡を整え、服の皺を伸ばし秘書への変わり身の速さに、思わずどういった反応をしたらいいのか、困惑していると、床に叩きつけられたゲンドゥさんが頭を押さえながら体を起こした。
「…いてて。ミランダ君。いきなり投げないでもらえないかな? 毎度毎度は老骨にこたえるんだが?」
「遅刻と仕事に手を付けられていない方に、容赦は必要ありませんよね?」
「とほほ、昔はあんなに優しい子だったのに…」
「それは、貴方が仕事をなされないからですよね?」
「‥‥はい」
何やら、仕事をさぼる夫を働くように矯正しようとする妻、そんな場面に、俺とエルは付いて行けず、ただただその様子を見ている事しか出来なかった。それから五分後。部屋の中に入るとまず目についたのは床に敷かれていた真っ赤な絨毯。そして。本棚の他に、書類を片付ける為に使うで母さんが使っているのと似た執務机があった。
「いや、情けないところを見せたね」
「あ、あははは」
ソファーに座り、ミランダさんが出したお茶を飲みつつ、笑顔でそんなことを言ってくるゲンドゥさんに俺は苦い笑いしか浮かばず、その隣でエルはお茶に口を付ける。
「…苦い」
「では、こちらを入れてみてください。砂糖と、農場で朝とれたミルクです」
ミランダさんはそう言うとエルのカップに砂糖とミルクを入れ、エルは恐る恐るといった感じで口にする。
「甘くて、美味しい…!」
エルの反応が嬉しかったのか、それとも世話焼きなのかはわからないが、ミランダさんは、お菓子を持ってきて、それをエルは美味しそうに食べて、その様子を嬉しそうに見ている様子から、先ほどゲンドゥさんを投げ飛ばしたとは思えないが、それは嘘でも幻ではなく、落ち着くために俺もお茶を口にすると、芳醇な香りがまず鼻を突き、口に含むとより香りが強くなり、紅茶に似た渋みがあった。
「独特ですが、とても美味しいですね」
「おや、君は何も入れずとも、飲めるんだね?」
「はい。時々半分ほど飲んだ所に、ミルクや砂糖を入れたりの味を変えたりしますが」
「ほう、面白いな。私も今度やってみよう」
「ギルドマスター?」
「っと、そ、そうだね。そろそろ本題を話さないと」
ミランダさんの尻に敷かれているな。内心でそんなことを思いながらも、本題という言葉に俺も姿勢を正し、ゲンドゥさんの雰囲気も先ほどとは一転して厳粛なものへと変わっていた。
「さて、まずは、これを見てくれ、今から話すことに関係するものじゃ」
ゲンドゥさんはミランダさんに視線を向け、ミランダさんが渡してきたのは、鉱山で働く者たちからの報告書といえるもので、その中に気になる文字があった。
「これは…」
「うむ。数日前に、この近くの坑道に、まだ幼い火竜が迷い込んだんだ」
火竜。それはこの世界に存在する天災と呼ばれる数多の竜の中で、前世の龍のイメージが当てはまる存在で、その名の通り、火のように赤い鱗を持つ、最も火を得意とする龍だ。また鱗がない皮膚も鋼鉄より硬いと言われており、幼いという事から大人である成龍とそこまで頑丈ではないだろうが、脅威であることに変わりはなかった。
「なるほど、じゃあ、こういう事ですね。坑道に火龍をどうにかしてほしい、と」
「うむ。端的にいえば、そういう事じゃ」
「『天災』と呼ばれている龍を相手に、ですか?」
「うむ、お主はリリフィアの息子だ。大丈夫だろう」
同じく『天災』呼ばれるエルが居るとはいえ、二人で幼いも『天災』と呼ばれる火龍を相手にするのは、そもそもエルに同族と戦わせることになるのは、正直あまり気乗りがしない。そう思っていると、引っ掛かることがあった。
「えっと、戦ってもないのに、なんで母さんの息子である俺は大丈夫って、言えるんですか?」
「おや、教えてもらっていないのか? リリフィアはかつて、たった一人で町を襲う火龍を撃退したんだ」
「‥‥はい?」
一人で。『天災』と呼ばれる火龍を、撃退した。それを頭が処理し、理解できるまで三十秒ほどの時間を要した。
「大丈夫か?」
「…ええ。念のための確認ですが、嘘、という事はないんですよね?」
「? 嘘を言っても何にもならないだろ?」
「そう、ですよね…」
意図的に教えなかったのか、まあ、教えて自分はこんな凄い人の子供だから凄いんだ!って、勘違いする子供に育てないために教えなかった。それ自体はとても良い事だと俺も思う。けど、出来れば教えておいてほしかった。そのほうが、これほどの重圧を感じずに済んだと思えた、必死に頭を抱えたい衝動を我慢する。
「それに手紙には「もしもの時は息子を頼れ」と書いてあった。二つ名を与えられるほどの実力者である彼女の言葉は信じられる。しかし、本来、顔見せに来ただけの君達に、こんなことを頼むのは、本当に心苦しいが、火龍の撃退を、どうか、頼めないだろうか!」
この町のトップにして、この支部のギルドマスターでもあるゲンドゥさんが、圧倒的に年下の俺に恥も外聞も関係なく頭を下げてきて、それはゲンドゥさんの後ろに控える、ミランダさんも同じく頭を下げてきた。
確かに、この町は鍛治の町で、その為に必要な鉱石を採取できる坑道がなくなることで起きる損害、そして多方面への迷惑を必死になるのも理解できる。しかし、ゲンドゥさんが気にしているのは恐らくその根幹。この町の住民が恐怖を抱いて暮らしてほしくない。そんな願いのような思いが感じられた。
「シルヴァなら、大丈夫。私もいる」
「‥‥ああ、そうだな」
小さく声を掛けてくれたエルに、俺は小さくうなずく。俺一人だったら、申し訳ないが断ってしまっていたかもしれない。けど、今は一人じゃなく、信じてくれるエルが居てくれる。なら、俺の答えは決まっていた。
「分かりました。まだ正式に次期領主と決まっていませんが、リリフィア・シュトゥルムの息子、シルヴァ・シュトゥルムがその依頼を受けましょう」
「すまない、本当に、すまない…!」
ゲンドゥさんとミランダさんは、本当に申し訳なさそうに更に深く頭を下げ、その後、出来る限りの援助と準備をしてくれるというとの事で、それには少し時間がかかるとの事で、それじゃあという事で、俺はこの町を訪れた、顔見せとは別の用事を済ませるために、俺はあることを尋ねることにした。
「すみません。ゲンドゥさんは町長ですよね。という事は、この町の事は良く知っていますよね?」
「ああ、大抵の事なら、把握しているが。どうかしたのか?」
「実は、預かりモノをしてくれている所がありまして、その店の場所を教えてもらえませんか?」
次話ではいよいよこの町に来たついでというか主人公の武器を取りに行く予定‥‥です。まあ父親がスサノヲの時点で気が付いている方もいるかもしれないですが‥‥お楽しみにしていただけますと嬉しいです。
では次をお楽しみにいただけますと嬉しいです。




