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聖夜の奇跡

作者: 神無月 タクト

クリスマス用に短編を書いてみました!


どうか今日という日が皆様にとって幸せな日でありますように。


 ~部活のハードスケジュールに潰されそうになりながら~

 2017/12/24

『___とのことから、今年のクリスマスは日本各地で雪が降る、いわゆるホワイトクリスマスになりそうです』


 聞き取りやすい発音が、やけに機械的に聞こえる女子アナウンサーの天気予報を見て俺は深いため息をついた。

「とうとう今年もこの日が来てしまったのか・・・」

 寂しがり屋な人間たちが、それぞれの大切な人と過ごす聖なる日。今日はその前夜である、いわゆるクリスマスイヴである。もちろん俺は愛を語り合うような恋人がいる訳でもなく、実家に帰れば”まだ仕事にはつかないのか”と聞き飽きた説教を喰らうだけだ。


 それなりの大学に入って、流されるまま卒業していたらもうこんな年になってしまった。


 大学時代に内定を取ることはできず、彼女を手に入れることさえできない26歳のフリーターが今の俺のステータスだ。

 今日はバイトの予定はない。ないというよりもシフトを入れさせてもらえなかったのだ。理由を聞いたところ「去年のクリスマスに葉月はづき君に店番頼んだらお客さんから”店員の目つきが怖い”というクレームが殺到してね。まぁ、今年はゆっくり休みなさい」と遠い目をして言われただけだった。確かに幸せそうなカップルや青春を謳歌しているような高校生たちを見ていたら途轍もない疲労感と虚無感に襲われたのは確かだが、まさかそんなことでシフトを入れられなくなるとは思ってもいなかった。

「さて、どうしたものか」

 何もしないで家にいてもよくわからない焦燥感に呑まれてしまいそうだし、だからと言って一人で外出すれば目に見えてわかる孤独感が僕を襲う。


 何かしなければ・・


❄ ❅ ❅ ❅ ❄


 それから十分ほど悩んだ俺は、思い付いた物の中で最も愚かな行為をすることにした。それは、携帯電話に登録された電話番号に片っ端から電話を掛けるという事だった。最初はただの遊び半分で、もし友人に繋がったら昔話でもして盛り上がろうと考えていたのだ。


 さて、その暇つぶしは結果を言えば大失敗だった。


 俺は失敗するとしても、通話の相手が忙しい時に電話をかけてしまって怒られるぐらいだと想定していたが、現実はそんな推測をはるかに上回って僕に絶望を与えた。

 それは、五十音順に並んでいる電話番号の一つずつに電話を掛けているときだった。最初はただの偶然だと思っていた。しかし、電話帳の3/4ほどに掛け終えたときに確信に変わった。


『おかけになった電話番号は、現在使われておりません』


 感情のない機械音が何度も僕に告げるのだ。”お前が友達だと思っていた奴らはみんなお前のことなんか忘れているんだぞ”と


「クソっ!」

 途轍もない虚しさは、徐々にやり場のない苛立ちに変わり、近くにあった本棚を蹴って八つ当たりをする。

 するとその本棚から落ちてきた一冊の本の角が俺の足に直撃する。

「っつ!」

 声にならない痛みに悶えながら、いったい何の本が落ちてきたのかを確認するべく落ちている本を手に取る。

 外見は絵本のように薄くて面積が広い。絵本と違うところは、表紙のどこにもイラストが描かれておらず、中央に大きく”未来”と書かれているだけだった。


「ああ、中学校の卒アルか」

 普段でもこれを見るだけで過去に縋りたくなるというのに、縋るための過去に裏切られた瞬間にこの本が落ちてくるとは、神様も粋な計らいをしてくれるではないか___久しぶりに神を心から殺したくなった。こんな殺意は、内定が一つも取れなかった時以来だ。


 衝動のままに手に持っているアルバムを投げ飛ばそうと思ったが、なぜか無性にその行為が愚かで、虚しいことに思えてきて、振り上げた腕を弱々しく床に降ろした。


❄ ❅ ❅ ❅ ❄


 それから俺はしばらく何も考えない事にした。別にこれはすべてを放棄したわけではない、少し落ち着かないと、心が壊されてしまいそうだからだ。

「俺ってこんなのに脆かったっけ?」

 自嘲気味に独り言を呟くと、自然とため息がこぼれてしまう。

 だいぶ気持ちも落ち着いてきたので、床に落ちたままの卒業アルバムを拾い上げ、ゆっくりとページをめくることにした。1ページ目からしばらくは思い出の写真が載せられている。そして、中間部に差し掛かると、行事ごとの思い出からクラスごとにまとめられた生徒写真が載っていた。仲の良かった友達、嫌いだった人、初恋の人、沢山の思い出が激流のように流れ始めた。

 その生徒写真のエリアも最後のページに差し掛かろうとしたとき、ある一人の生徒の存在によって俺は手を止めることになった。

「___こうちゃん」

 自然と口からこぼれた名前は、とても長い時間を過ごした唯一無二の親友だ。なぜ先程まで忘れていたのだろうか?結局俺も他の奴らと同じように、彼のことを忘れていたのだろうか?いや、同じなんかじゃない、俺は大切な親友を忘れていたのだ。他の奴ら以上に屑ではないか。


 彼とは小学校の頃からの友人で、高校を卒業するまではよく会ったりしていたのだが、いつの間にかお互いに連絡を取ることをやめ現在ではほとんど交流がないのだ。


 しかし、せっかく見つけたのだ。俺はほぼ無意識に電話帳の中から親友の名前を探す。電話帳の中でもだいぶ下の方に彼の名前はあった。おそらく先程やっていた無差別電話をもう少し続けていたらここまで辿り着いたのだろう。

 とりあえず俺は、渡辺わたなべ晃太こうたの名前を開き、コールボタンを押す。


❄ ❅ ❅ ❅ ❄


「久しぶり、あきくん!」

 待ち合わせの公園に少し遅れて来た優男は、糊のきいたスーツで身を包んでいた。

「久しぶり、晃ちゃん!ごめんね、仕事だったのにわざわざ」


 この数時間前に彼に掛けた電話は無事通じ、色々と昔の話をして盛り上がっている間に、今晩一緒に飲みに行こうということになって今に至る。

「全然大丈夫だよ。丁度僕も今日は仕事が早く終わるから時間が余ってたんだよ。どうせ家に帰っても一人だし」

 そう爽やかに笑う親友は、いかにも"できる男"のオーラを漂わせている。その姿は今の落ちぶれた俺にとっては、直視できないほどに眩しかった。

「取り敢えずここで話してても寒いし、店に行くか?」

 そう言って俺達は寒空の下を早足に歩き出した。


 唯一の親友に嘘をついたまま


❄ ❅ ❅ ❅ ❄


「へぇ~エリート様も大変だな」

 寒さから逃げるように俺と晃ちゃんは居酒屋へと入り、もう既に3本目の瓶ビールを空にしていた。

「やめてくれよ、そういう秋くんの方はどうなんだよ~」

 その一言で、今までの酔いが夢であったかのように冷めてしまった。

「俺はまぁ、その、ぼちぼち、な」

 無駄な見栄を張って今の自分を偽っている俺は、急激に歯切れが悪くなる。

「どうしたんだよ。会社・・で何かあったの?」

 心から心配そうに彼は俺に問いかける。今ではその気配りさえも俺の罪悪感と劣等感を刺激する。

「いや、本当に大丈夫だよ。そんな事より次行こうぜ!すいませーん店員さん。瓶ビール一本追加で!」

 少し気を抜いてしまえば簡単に漏れ出てしまいそうな感情を空元気で心の奥へと無理やり押しやる。しかし、流石にこれはあからさますぎたのか、余計彼は俺を心配する。

「別に、無理にとは言わないけど、何かあったなら相談してくれよ。解決はできないかもしれないけど、楽にはなると思うよ」

「いや、だから、だ…いじょ……」

 ”大丈夫だよ”と、言うつもりだった。さっきまでと同じように軽いノリで流すつもりだった。


 だけど、彼の、晃ちゃんの心配する声と表情が、昔の彼に重なって見えてしまった。


 そして心から理解してしまった


 たとえどれだけの年月会わなかったとしても


 たとえ思い出すことがなかったとしても


 どうしようもなく彼が、彼だけが俺の親友であるのだと。彼だけが、俺を一番心配してくれる他人なのだと理解してしまった。


 そう認識してしまったら、嘘をついていた自分や、自分の事をごまかしていた、とても情けなくなってきた。


 改めて彼の目を覗いてみる。するとそこには俺のことを見て目を丸くしている親友の姿があった。


「おい、本当に大丈夫か!?」

 こちらを見ている親友は呆気にとられたような表情をしている。

「え、どうかしたか?」

「いや、だっていきなり泣き始めるから…」

「は?」

 指摘されて俺は、慌てて目に指をあてる。すると大粒のしずくがその指を伝って流れ落ちてきた。


 __ああ、俺は今こんなところで泣いてしまっているのか


 大の大人が、酒を飲みながら涙を流している。普段ならば、恥ずかしさで死にたくなるが、今は不思議とそのような感情は湧かなかった。


 きっとそんな事よりもやるべきことが分かったからだろう。

「ねぇ、晃ちゃん」

 もう俺は嘘をつくことはやめることにした。恥ずかしい経歴に恥ずかしい人生、それをごまかそうとした恥ずかしい嘘。そのすべてを彼に伝えることにした。


「全部、嘘なんだ……仕事のことも、晃ちゃんに久しぶりに会いたくて電話したことも」


 呆れられるかもしれない、蔑まれるかもしれない。それでも彼は最後まで俺の話を聞いてくれのるだろう。


 不思議とそんな確信が心にあった。


❄ ❅ ❅ ❅ ❄


「___でことなんだ。ごめん、騙してて」

 まともに仕事に就かずに、いまだにフリーターをしていること。寂しさに耐えられなくなり片っ端から電話をかけていたこと。晃ちゃんに電話を掛けたのは偶然見つけたアルバムのおかげであり、今まで忘れていたこと。


 きっとこの中には言わない方がよかった事も沢山あっただろう。それでも、全てを告げることが彼絵のせめてもの誠意だと思ったのだ。もしかしたら、俺自身が罪悪感から救われるためだったのかもしれない。


 どのみち後は彼の反応を待つのみだ。俺は叱られる前の子供のように俯いて彼の言葉を待つ。

「それは許せないな。流石に僕も傷ついたよ」

「ああ、そうだろうな、本当にごめん」

 わかっていたことではあるが、いざ面と向かって言われると自分の犯した過ちを改めて確かめさせられてしまう。

 二人の空間に冷たい時間が流れる。俺はまだ晃ちゃんの顔を見ることができなかった。


 そんな沈黙を最初に破ったのは、晃ちゃんの方だった

「もし悪いって思ってるなら、今日の食費は全部秋くんのおごりね」


 そのたった一言を理解するのに俺はかなりの時間をかけてしまったような気がした。そして思考が追い付いた後も、彼の考えを理解することはできなかった。

「おい、そんな事でいいのか?俺はお前に嘘をついてたんだぞ!」

 その言葉はまるで、彼に怒られることでこの罪悪感から救われようとしているようで、自分でも呆れるほど情けない内容だった。しかし彼は、その瞳を濁らせることなく微笑むだけだった。

「そんな事って何さ、フリーターの君にこんな量の食費を払わせるんだよ?もうこれ以上ないほどの罰じゃないか」

 そう彼は冗談めかして笑う。

「いや、だって・・・」

 その声は幼い子供のように情けなく震えていた。そんな俺に彼は一呼吸おいて諭すような声で語りかける。

「もし俺が秋くんの立場でも同じように隠すと思うよ。大学まで行ってフリーターなんて例え君にでも言えないね。それに僕の方も君から電話をもらうまですっかり忘れてたよ。__それでも秋くんはちゃんと俺に本当のことを言ってくれた。それはすごく大変なことで僕にはできない事だ。だから…秋くんは僕なんかよりすごいよ」

「そんな……」

 「そんな慰めはやめてくれ」と、言うつもりだった。しかし彼の瞳に嘘偽りはなく、その言葉が憐みからくるものではないとすぐに分かった。

「まぁ、就職しない限りは社会的にはかなりの弱者だけどね!」

 彼は先程までの重い空気を消し飛ばすように無邪気に笑う。こんなところでも俺は彼に救われてしまった。しかし__


「今それを言うか!?」

「言われたくなかったら働きたまえ!秋くんならできるよ!たぶん…」

 最後の方は声が小さくてよく聞こえなかったが、こうやって笑いながら励ましてもらえるのはとても心強い。内容は無責任な事この上ないが…


「まぁ、努力はしてみるよ」

「頑張ってね!とりあえずタウン〇ークあたりを読むことから始めようか」

「道のりは長そうだな」

「秋くんの場合スタート地点に立つまでが長いだけだけどね」

「やっぱりまだ怒ってるよね」

「許した覚えもないけどね」


 いつの間にか俺の中には罪悪感も劣等感も消えていた。すべては彼の言葉に救われたおかげだろう。



 もしかしたらこれがクリスマスの奇跡とでもいうのだろうか?なんて、柄にもないことを考えてしまう程に、俺は救われていた。


※ ※ ※ ※ ※


「合わせて12,600円になります」

 店を後にしようとした俺たちは、レジスターに表示されている額に言葉を失っていた。

「居酒屋ってこんなに高いのか?」

「知らないよ!僕も今日初めて入るんだから。足りないんだったら少しぐらい出すよ?」

「いや、男に二言はねぇ!たとえ今月もやしだけで生活することになろうとも支払って見せる」

 幸い今日は見栄を張るためにかなりの大金を所持している。

「そんな変な所でかっこつけるかな」

 晃ちゃんがボソッと呟くが俺は聞こえないふりをして財布の中身を確認する。


「よし、ギリギリ足りた・・」

 財布から札束を取り出して店員に手渡し、わずかな釣りをもらい俺たちは外へと出た。


「あ、雪降ってるよ」

 隣で晃ちゃんが小さく完成を上げている。

「ああ、ホントだな」



 店の外はたくさんの人で賑わい、その世界を彩るように白銀の粉が空から降り注いでいた。街には笑顔の人もいれば、虚ろな目で下を向いて歩いている人もいる。


 そんな世界を俺は歩く


 隣に立つ親友とともに歩く


 ”きっと変われるはず”と信じて

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