狡猾
数カ所に火を起こしそれを13名で囲む。船乗り達は酒を呑みながら談笑している。
既に陽は沈み、辺りは真っ暗になっている。波の音と笑い声だけが上陸するまで無人だった浜辺に響く。
「ランス!さっきの話、どういうこと!?」
俺は珍しく葡萄酒を呑みながら憤るアリスを見やる。酔っている訳ではない。ましてや怒っている訳でもない。
「それは私も聞きたいですわ」
プリシラは興奮こそしていないものの、納得がいかないといった感じだ。俺は申し訳ない気持ちと情けない気持ちになりながら、静かに話し始める。
「確かに洞窟はあった。ひょっとしたら壁の向こうに行けるかも知れないし、上に登れるかも知れない。だけど、先に進んでどうする?敵がいたらどうする?」
「お母様が戻ってきてないのよ。出口はきっとあるわ!敵が来たら倒せばいいじゃない!」
アリスの答えは俺の予想通りだ。その場しのぎで物事を解決する。俺の親父に似た考えだが、決定的に違う部分がある。
「アリスは敵が来たら迷わず殺せるのか?」
「そ、そんなの敵を見てからじゃないと決められないわよ……」
「すぐに殺せる魔法を撃つことができるのか?」
「誰かが時間を稼いでくれれば詠唱くらいできるわよ……」
「それは誰が稼ぐんだ?」
「そ、そんなの……」
アリスが言葉に詰まる。かなり意地悪い言い回しをする自分に自己嫌悪を覚える。
「つまり、ランスは私達では洞窟の先へは行けない。そうおっしゃりたいのですね」
「あぁ、そうだ。幸い、ここには船を直す木材も充分にある。帆もテントを繋ぎ合わせればなんとかなるだろう。くる時と違って帰りは海流に乗れる。帰還はそんなに大変ではないはずだ。1度フィーブスに戻って報告するのがベストだと思う」
「そんなの嫌よ!」
とうとうアリスが癇癪を起こし、談笑していた船乗り達も何事かとこちらに注目する。
「こんなに近くまで……。もうすぐお母様に会えるのに今更帰るなんて嫌!」
アリスが立ち上がり叫び出す。いつもこうだ。アリスが癇癪を起こすから、俺は我慢して冷静じゃなければならない。
「俺だけじゃお前達を守りきれない……。親父とは違うんだ……。わかってくれ」
それでもアリスの癇癪は治らず俺を責め立てる。見かねたウッズが助け舟をだす。
「兄ちゃんの気持ちもわかってやれ。なに、船は2日もありゃ直せる。帰りは1ヶ月とかからず戻れるだろうよ。しっかり準備してまた来ればいいじゃねぇか」
「嫌よ!絶対に嫌!」
駄々をこねる子供のように髪を振り乱しイヤイヤを連発する。
「漂う夢の精霊達よ。夜を支配するは汝らなり。その力をもって安らかな夢へと誘いたまえ」
謳うような語りが聞こえた。未だ駄々をこねるアリスの周りに小さな光が見えたかと思うとアリスは急に力を失い崩れる。俺は地面に倒れる前にアリスを受け止める。
「アリス、ごめんなさい……」
「プリシラがやったのか?魔法……なのか?」
見るとプリシラの両手の掌に小さな光が集まっている。プリシラがその光に「ありがとう」と話しかけると光は一瞬のうちに消えてしまう。
「魔法とは違いますわ。精霊術とでもいいましょうか……。とてもとても小さな名も無き精霊達にお願いして眠らせてもらいましたの」
精霊術……。聞いたことはあったが、実際に見るのは初めてだ。そもそも使える術士を見たことがない。
「1度お話いたしましたわね。私は本を読むのが大好きでしたの。古い物語に出てくる精霊術士の真似をしているうちに精霊達とお話ができるようになりましたの。力の強い精霊は呼び出せませんが、アリスさんを眠らせるくらいならできます」
無知な王女様だと思っていたが違ったようだ。
「すまない。助かったよ」
「いえ、それでどうするおつもりですか?出来れば私は先に進みたいと思っています。フィーブスに帰ったら、もう2度とここには来れないですから……」
そう言うプリシラは少し悲しげな笑顔をつくる。俺やアリスは志願すれば幾らでも機会があるだろう。だけどプリシラは……。
「船が直るまで考えさせてくれ……」
そう言葉にするのが精一杯だった……。
アリスとプリシラの姿がないことに気付いた頃にはすでに陽も昇り昼に差し掛かろうという時間だった。全員、プリシラの精霊術で眠らされていたのだ。