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羨望のアトラス  作者: とっぴんぱらりのぷ〜
第1章 アトラスへの挑戦
6/19

道はある

 すでに、あの会議から1週間が過ぎていたが一緒に乗り込む兵士は集まらなかった。というか、集める努力すらしなかった。

 結局、騎士は俺だけで魔術士のアリスと隊長のプリシラ様、あとは宰相が集めた水夫10名を合わせて13名という小規模の調査隊となった。王女が参加するというのは極秘のため出発も公表されていない。


「プリシラ様。国王様から承諾は頂いたのでしょうね?」


 宰相マルスがプリシラ様に尋ねると、プリシラ様は羊皮紙のようなものを取り出し宰相に渡す。


「ちゃんと許可は頂きました。お父様のサインがあるでしょう?」


 宰相は羊皮紙をマジマジと見つめ青い顔をして腹を押さえる。


「こ、これは……。くっ、胃が痛い……」


 どれどれと横から盗み見ると羊皮紙にはサインらしきものがあるが、明らかに偽造であるのが俺にもわかった。クオリティが低すぎる。


「承諾書は承諾書です。今から確認している暇はありませんわ。もう、出航の準備は整っているのですから」


 プリシラ様が悪びれる様子もなく嘯く。宰相は腹を押さえながら俺に耳打ちをする。


「こうなってしまった以上、私にはどうすることもできん。いいか?すぐに帰還するのだぞ?バレれば全員の首がとぶ……」


 青い顔で話す宰相の目は本気だ。王女の我が儘で死ぬのはごめんなので俺もうなずき返す。

 俺達はすでに準備が整った船に乗り込む。見送りは宰相と数人の文官、後は船乗り達の家族だけだ。

 何処から調達してきたのかプリシラ様は豪華な装飾が施された白い鎧と、これまた装飾過多で実戦向きではないロングソードを身につけており、そのロングソードを抜き放つ。


「これより、アトラスの壁の調査に向け出航いたします!碇をあげろ!帆を張れ!」


 と、声高らかに宣言する。剣が重すぎるのか手がプルプルと震えているが気にする者はおらず、船乗り達から怒号のような掛け声が上がり、船は無情にも港から離れていった。


 俺はとんでもない事に巻き込まれたのかもしれない……。


「プリシラ様。船員達から何処に向かえばいいのかと質問がありましたが……」


 アリスがプリシラ様に話しかける。魔術士というのは魔法を使うだけでなく、まつりごとや戦闘時の参謀も努めなければならない。


「アリス。プリシラでいいですわ。私達はこれから一緒に冒険をする仲間でしょう?そうですわね……。ランス、何処に向かえばよろしいかしら?」


 急に話を振られる事に驚いたが、それよりもノープランだった事にもっと驚く。


「えーっとですね。親父達は潮の流れに逆らって進むと言っていました。まずは、壁沿いに西を目指すのはいかがでしょう?」


「わかりました。ではランスの言う通り西を目指しましょう。船員の方々にお伝えください」


「わかりました」とアリスが返答し、船員達に指示を伝えに行く。


「あのぉ……。プリシラ様……」


 色々と確認したい事があったので、遠慮気味に声をかける。


「プリシラでよろしいですわ。なんでしょう?」


「では、プリシラ……。どうして危険な調査隊に参加しようと思ったんですか?今まで生還者はいないのですよ?」


「あら、そんなこと。冒険をするために決まっていますでしょう?私は第6王女という王位継承からも国の政治からも全く関係の薄い立場で、生まれてから16年間、誰の目にも止まることなく、ただただ本ばかり読んで生きてきたのです。先祖がこの地に辿り着く前の冒険の物語やアトラスの壁の向こうにある国の空想の物語を読んでいくうちに私も物語の英雄のような冒険がしたいと思ったのです」


 熱く語るプリシラの目が輝いて興奮気味だ。


「それだけ?」


「えぇ。それだけですわ」


「その物語に出てくるような醜い化け物もいるかもしれませんよ?」


「えぇ。そうかもしれませんね。エリスマンの報告ではゴブリンらしき生き物が漂着したという話でしたわね」


「失礼ですが、戦闘の心得は?」


「全くありませんわ!」


 未だ目を輝かせるプリシラに今すぐ引き返そうとは言えない。なんだか疲れがどっと押し寄せてくる。宰相が胃痛に悩まされるのがわかった気がした。宰相の言う通り、数日だけ様子を見て引き返そう。


 何事もなく航海を続けて1週間ほど経った。潮の流れが速く船は思うように進んでいない。すでにフィーブスの国土は見えなくなっている。先を見渡しても延々と岩壁が続くばかりだが、同じかと思っていた岩壁は場所により大きく形が違うところがあったり、壁自体も緩やかにだがカーブを描いている感じもある。

 そろそろ引き返す相談をしようと思った矢先だった。大きな岩の陰から船が姿を現わす。何も変化のない航海で気が緩んでいたのもあった。俺達も船乗りですらその存在に気づけなかった。


「ぶつかるぞ!舵を取れ!面舵だ!」


 船乗りの誰かが叫ぶが、もう遅い。進行方向より僅かに右に船体を動かすが、視界に現れた船の後部にこちらの船体左側が衝突する。ぶつかった船はこちらより大型であり、俺達の船は木が裂ける音と共に大きく傾く。


「船底から浸水しているぞ!」


 別の船乗りが叫ぶ。すぐには沈まないだろうが、急がなければならない。


「アリス!ぶつかった船に乗り移るぞ!荷物をまとめて移動するように船乗りに指示してくれ!」


 俺はアリスに大声で指示をだす。アリスは「わかったわ」と応えすぐに船乗り達に伝えに走る。

 プリシラは「どうしましょう」「大変だわ」とオロオロするばかりで話にならない。


「プリシラ!しっかりしろ!お前が隊長なんだぞ!この船はもうすぐ沈む。その前に向こうの船に乗り移るんだ!」


 俺はプリシラの肩を掴み揺さぶると、幾らか冷静さを取り戻したプリシラが返事をする。


「はっ!そ、そうですわね!すぐに準備します!」


「頼む!」


 船乗り達は実に見事な手際で積荷の移動を行い、30分ほどで全ての乗組員と荷物の移動が完了する。

 俺達は移動した船の後部甲板から見下ろす形で自分達が乗ってきた船が沈んでいくのをじっと見守る。


「危なかったな……」


「申し訳ねぇ。気づくのが遅れちまった」


 最初に叫んだ船乗りが謝る。ベテランの船乗りで仲間にも慕われている。ウッズという名前だったはずだ。


「気にすることないさ。それでも見つけてくれたおかげでこうして乗り移ることができたんだ。あのまま正面からぶつかってたらもっと酷い事態になってたはずだ」


 そんな会話をしていると、とうとう船は渦を巻き完全に沈んでしまった。


「誰も出て来ないところを見るとこの船は無人だろう。一応、中を確かめておこう」


 周りに声掛けし、全員で船の中を探索する。マストは折れ自走は不可能な状態だ。俺とアリスとプリシラの3人は船体前側に移動する。最初に声をあげたのはプリシラだ。


「こ、これは!フィーブスの紋章です!」


 船体の前から振り向くと、壊れてなくなったと思われる船倉へと降りる扉の上に確かにフィーブスの紋章が刻まれていた。


「こっちに来てください!」


 船乗りの誰かが叫ぶ。船倉へと続く扉を抜けた先に人が集まっていた。


「どうしたんだ?」


 俺達が中に入ると船乗り達が避ける。その光景を見たアリスとプリシラが短く悲鳴をあげる。


「「ひっ!」」


 そこにあったのは10を超える白骨化した死体だ。綺麗に並んでいる様を見ると誰かが意図的に並べたのだと理解できる。

 よく見ると、衣服に赤茶色い文字で名前がついている。おそらくは血で書いたのだろう。


「こいつらは……」


 船乗りのウッズが何かに気づく。


「どうした?知っているやつなのか?」


 ウッズの他の船乗りが何かに気づいたようだ。


「こいつらは1年前に調査に出た俺達の仲間だ。間違いねぇ。知らない名前もあるが、そっちは兵士かもしんねぇ」


 親父達の船だったのか。聞いた話によると調査隊は30人ほどいたはずだ。ここにある骸骨では数が足りない。それに……。


「おそらく戦闘があったんだ。見てくれ。骨が切断されている遺体もある。これは剣か何かで刺された可能性があるぞ」


「こっちにも骸骨があります!」


 声をかけた船乗りの方に移動する。扉が開けられ掃除用具を入れるような狭い空間には先ほどの遺体とは違って乱雑に積み重なった白骨死体があった。その上の壁には赤茶色い汚い文字で何かが書かれていた。


 “道はある”


「この汚い字は親父の字だ……」


 文字の下にある白骨死体はどれも小さく人間とは形が異なる。戦闘になったであろう人外の何かの死体だ。

 マストも折れた船で、もはや引き返す事も海の意思に逆らう事もできない。





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