隊長は王女様
「本当にいいのか?」
「いえ。本当は行きたくな、クッ!」
目の前の男に聞かれ正直な気持ちを話すと横にいるアリスの肘打ちが脇腹に刺さる。
「宰相様。私達の覚悟はできていますので」
宰相と呼ばれた男が少しガッカリした表情で頷く。
「ふむ。確かに今期も調査隊を編成する予定ではあったのだが、少々困ったことがあってな……」
「隊長のことでしょうか?」
志願した騎士と魔術士は俺とアリスだけで、隊長となる上級騎士はいない。
「なぁ、ほら。隊長がいないんじゃ無理だって……」
なんとかアリスを思いとどまらせようとすると、小さな会議室の扉が勢いよく開きドレス姿の少女が現れる。
「そのことなら問題ありませんわ!」
ベリーショートの金髪碧眼の少女が宰相の前に仁王立ちする。宰相は大きなため息を吐き腹を押さえて苦悶の表情を浮かべる。
「プリシラ様……。なぜここに……」
宰相は苦悶の表情のまま絞り出すように少女の名前を口にする。俺も1度だけ遠くから見たことがある。確か第5とか第6王女だったはずだ。
「マルス。コソコソと私に内緒で調査隊の話を進めるとはどういうことかしら?」
宰相マルスは苦悶の表情に脂汗まで浮かべて今にも泣き出しそうだ。
「い、いえ、決してプリシラ様に内緒にしようなどとは……」
「ふん!まぁいいわ。それで、志願してきたのはあなた達ね?名前は?」
「はっ!5等騎士ランス・ウォーレンであります!」
俺は騎士の儀礼に習い胸に手を当て王女に敬礼する。
「宮廷魔術士アリス・エリスマンです」
アリスも同じように名乗り、深々と頭を下げる。
「あら!ウォーレンとエリスマンという事は先の調査隊の騎士達のご家族かしら?」
王女が調査隊のメンバーの名前を知っているということに驚く。戦争もないこの国では騎士も魔術士も余っている。調査隊などというものは生還率0パーセントで死ににいくだけの王国の暇つぶしの一つだと思っていたのだが……。
「はい。こっちの騎士はバルトス・ウォーレン3等騎士の子息で、私はシャーロット・エリスマン名誉1等騎士の長女です。母に代わりアトラスの壁の調査を完遂すべく志願いたしました」
アリスはすでに死んだ事になっている親父やシャーロット様の捜索とは言わずに意志を受け継ぐという理由にした。それを聞いた瞬間、プリシラの目が輝き興奮しながら話し出す。
「なんて素晴らしい心がけなの!安心しなさい。私が隊長になるのですから、必ずや良い成果をあげることができるでしょう」
「「はい!?」」
俺とアリスがシンクロする。今なんつった?私が隊長とか言わなかったか?
「はぁ……」
宰相マルスが深いため息を吐く。
「あら、マルス。何か不満でもあるのかしら?この事はお父様もお許しになられていますのよ?」
「プリシラ様。あれは、国王様が泥酔している時を狙って話したじゃないですか……。あれは反則ですよ」
「泥酔でもなんでも『あぁ、行ってこい行ってこい』と仰ったのは事実です。第一、私のような第6王女という中途半端な王女が国にいても何の役にも立てませんわ。それよりも私は、1000年ものあいだ誰の目にも触れることなく何があるかもわからないアトラスの壁の向こう側に行ってみたいのです」
そのほうが生きる気力が湧きます。と最後の方は聞き取れないくらい小さな声で話す。王女には王女なりの苦労でもあるのだろうか。
「はぁ……。わかりました。では、船と物資を用意しますので、出航は一週間ほど先となります。それまでにキチンと国王様の了解を頂いてください。ウォーレン5等騎士は一緒に乗り込む兵士を10名ほど選抜するように。船乗りはこちらで手配する」
「えぇ!?俺がですか?」
驚いてつい素が出てしまう。上級騎士ならまだしも5等騎士の俺が「一緒に死にに行きませんか?」なんて言ったら
ドン引きどころか袋叩きにあうかもしれない。
「仕方ないだろう。プリシラ様は隊長だが騎士ではないのだ。お前しかいない」
俺のタメ口を咎めることもなく宰相は事実だけを話す。確か平民から宰相まで出世したという人物だからその辺は寛容なのかもしれない。
「何とかしてみますが、集まらなかった場合は?」
「集まらなくても出航だ」
と言い、俺にしか聞こえないように「何日かしたら帰還しろ。少しでも冒険をすればプリシラ様も満足するだろう」と耳打ちする。
それには俺も賛成だった。親父達なら黙っていても、帰りたくなれば帰ってくるはずだからだ。俺は宰相に小さく頷き返す。
「何をコソコソと話しているの?」
俺たちのやり取りを見ていたプリシラが怪訝な顔して問いただす。
「いえ!この者がプリシラ様に対して不埒な行動を起こさないようにと戒めておりました」
「ちょっ、えぇ!?」
宰相がシレッとそのような事を言うとプリシラが「ふむ」と納得したように頷き、アリスは汚いものでも見るような視線を向けてくる。
えぇ!?なんで俺だけ……。