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別れ

 夕方になり、俺と親父は約束通りにエリスマンの屋敷にやってきた。1等騎士といえば貴族でも王位継承権すら持っている家も多いらしいが、残念ながら辺境の領主に与えられた屋敷には門番もおらず使用人ですら近所のおばさん連中だ。


「うめぇな!おい!もっと酒も持ってこい!ランス!おめぇももっと食っとけ!こんなの滅多に食えねぇぞ」


 親父……。ここは酒場じゃねぇぞ。


「なんて野蛮な……。それでもあなたは騎士ですか?」


 同席している赤髪の若い男が親父の態度に顔をしかめる。この男はリスリーと言ってエリスマン家の長男だ。確か3等騎士なので親父の上司にあたる。いつもキザったらしい物言いをする男で、歳は近く俺の2つ上だが一緒に遊んだりした記憶はない。妹のアリスとは遊んでいたが……。


「うるへぇ。食える時に食う。出せる時に出す。これができなきゃ立派な男になれねぇ」


 クチャクチャと口に食べ物を詰め込みながら親父はどうでもいい男論を口にする。というか口から飛ばしている。我が父ながら情けなく思う。


「出す……。食事中に……」


 リスリーが呆れて俺の方を見る。俺はちゃんとしてるよ!一緒にしないで!


 ん、ん!とエリスマンが咳払いをする。「なんだ?風邪か?」と親父が言うが、それを無視して話し始める。流石は長い付き合いだ。親父は無視するのが一番なのだ。


「明日、私とウォーレン5等騎士は王都に向け出発する。国王様からの勅命でアトラスの壁の調査に向かうためだ」


 これには驚いた。親父は教えてくれなかったが、アトラスの壁の調査とは……。漂流民だった祖先がこの地にフィーブスを建国して1000年ほどだったと思うが、これまで何度も調査のために壁を登ろうとしたり、海沿いに果てを探そうとした記録がある。しかし、出発の記録しかなく誰一人として帰還した者はいないのだ。


「そんなの自殺行為だ……」


 つい思っていたことが口に出てしまった。


「貴様!騎士でもないのに国王様の勅命に意を唱えるつもりか!?」


 待ってましたと言わんばかりにリスリーが俺に食ってかかる。こいつは昔から俺に難癖つけてくるんだった。


「いや、俺は事実を言ったまでで……」


「まだ言うか!」


 リスリーが殴りかかりそうな勢いで席を立つ。親父は「おー。やれやれ」と囃し立てるがそんなリスリーを母親のエリスマンが手で制す。


「ランス……。私やウォーレンが簡単に死ぬと思っているのか?」


 確かに親父が簡単に死ぬとは思えないが、一体どんな策で調査しようというのだ?


「い、いえ……。でも、今までに帰ってきた人はいないと言うし……、今更調査に出て何を探すのかと思って……」


「先日、港町に漂着物があってな。正確に言うと死体が上がったのだ」


「死体ですか?それは地元の漁師などではないのですか?」


「うむ。私も聞いたときはそう思ったよ。だがな、私は見てきたのだ。流れ着いた死体はどう見ても人間ではなかったのだよ。禍々しい色の体躯は伝説にあるゴブリンと酷似していた」


 ゴブリンは吟遊詩人が謳う物語に出てくる魔物のことで、かつては大きな大陸に住んでいた先祖達と敵対していた野蛮な生き物の代名詞だったはずだ。


「しかも、そいつぁ腐ってなかったうえに傷もなかったんだぜ?病気か何かで死んで間もない状態だったんだよ。で、こりゃぁ近くに住処があるか壁の入り口でもあるかって話になってなぁ」


 今まで食ってばかりだった親父が話に割り込んでくる。


「今までも漂着物ならあっただろ?そいつがゴブリンかどうかなんて大昔の人じゃないとわからないじゃないか。ただの海の生物かもしれないし」


「おいおい、息子よ。ロマンがねぇぞ?大体だなアレを見たら『海からやってきたかもー』なんて言えねぇぞ?もちろんお手手繋いで仲良くってのも無理だ。あんなのが近くにいたら問答無用でぶった切るしかねぇ」


「ウォーレン……。お前は『中身が気になる』とか言ってぶった切ったではないか」


「あん?切ったからわかったんだろうが。あいつらの食い物が人間だってことがよ」


 エリスマンは頭を抱えため息をつきながら話す。


「確かにそうだが、おかげで王都の役人に提出する書類が増えたのだぞ」


「ちょっと待て。その生き物の腹から人間が出てきたのか?」


「まぁ、人間っていうか一部な?千切れた指やら目玉やらゴロゴロとでてきたぜ?」


 親父の言葉にリスリーが吐き気を催したのか「ウッ」っと口に手を当て退室する。ウチの食卓ではいつもの会話なので気にしないが……。


「だからよ。そんな極悪な生き物が俺達のすぐそばにいるかも知れないんだぜ?どっから来たって言えば壁しか考えらんねぇ。向こうは俺達の存在に気づいてるかも知れねぇんだ。何もしないでエサになる訳にはいかねぇだろ?」


「ウォーレンの言い方は極端かも知れないが、敵を知る事には私も賛成だ。侵略するものがいれば、平和なこの国はあっという間に蹂躙されるだろう」


 エリスマンの言う通り、この国に侵略者が来ようものなら数日の内に王都は陥落し一週間と経たずして辺境も壊滅させられるだろう。そのくらいこの国は平和呆けしている。


「別に反対するつもりはないんです。ただ、今まで帰ってきた人がいないのに何処をどう調査するんですか?」


「うむ。さっきウォーレンも言っていたが、漂着した死体には傷がなかったのだ。とすれば、アトラスの壁から落ちてきたとは考えにくい。恐らくは海沿いにこの国のような土地があるのか、壁を上り下りできる道があるかのどちらかと私は推測している。まずは漂着した港町から船で出発し潮の流れに逆らって進んで行くのが無難だと考えている」


「わかりました。エリスマン様が指揮を執られるのでしたら、きっと上手くいくでしょう。ウチのダメ親父の事をよろしくお願いします」


「あぁ。必ず成果を挙げて帰還すると約束する。この戦闘馬鹿のことも任せておくといい。ホントにお前はこいつの息子にしておくのが勿体無い。明日、出発前に士官学校への推薦状を書いてやろう。要らなければ棄てればいいし好きにしていいからな」


 そして、ダメ親父はエリスマン邸の酒という酒を飲み尽くし勝手に酔い潰れた。リスリーはその場に戻ってきたが顔面蒼白で立っているのもやっとの状況だ。母親がいない間は領主代行に就くようだが、大丈夫なのだろうか……。

 翌朝、エリスマンは俺に士官学校への推薦状を渡して親父と2人で旅立った。別れ際は「じゃぁ、またな」という短い挨拶だけだった。


 それから1ヶ月……。親父達が帰還したとの連絡はなく、俺は王都の士官学校へ入学していた。





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