ジェームスという男
「なんで皆さん僕の名前を間違えるんですかっ!僕の名前はジェームス・ラクゥィルですよっ!」
なんとなくわかった……。ラクゥィル=発音しづらい→「あー苗字が特徴的な人だ。でも思い出せない」→でも印象が薄すぎ→名前すら出てこない。といった具合だろう。
「もぅ……。なんなんですか。プリシラ様まで……」
「おい、一体誰なんだ?なんでプリシラがこっちの人間の事を知ってるんだ?」
俺はプリシラに尋ねた。
「そんなの簡単ですわ!だって、ジェ……、彼はこちらの人間ではないのですから!」
「こっちの人間じゃない?どういうことだ?俺たちを追ってきたフィーブスの人間なのか?」
「半分当たりで半分外れです。ジェ……、彼は前宮廷魔術師長で、彼が追って来たのではなく、私達が彼らを追って来たのですから」
俺達が追って来た?どういう意味だ?
「私達の前にもいたでしょう?このアトラスの壁を登って来た人達が」
混乱する俺をからかうように、プリシラは悪戯な笑みを浮かべる。
「まさか!?親父達の隊か!?」
ようやく、ナゾナゾの答えがわかった。それを聞いて魔術師が訝しげに問いかける。
「オヤジですか?私達の隊に貴方の親御さんがいるのですか?」
「俺はランス・ウォーレン。フィーブスで5等騎士をしています。俺の父親はバルトス・ウォーレン3等騎士です」
「これは……、驚いた。いや、ほんとに驚きました。“王”の息子さんですか……」
「はい、私がウォーレン3等騎士の……、は!?王!?」
男の素性が明らかになったところばかりなのに、更に混乱する。王ってなんだ!?
「その話なのですが、少々込み入った事情がありまして……、大変申し上げにくいのですが……」
ジェームスは俺から視線を逸らして、「言ったら怒られるかな?」「でもいきなりは……」などとブツブツと独り言を始める。
「き、貴様は!あの時の魔法使い!貴様等のおかげで、私がどれだけ恥をかいたと思っている!」
中年騎士が声を震わせてジェームスを指差し騒ぎ出す。
ジェームスはそれを聞いて大きく溜息を吐き、ゴミでも見るような目で中年騎士を見据えながら口にし出す。
「恥ですか?あなた方、帝国騎士団が、いけしゃあしゃあと言って述べたものですね。罪のないエルフを殺し、挙げ句の果てには、そこで転がっているリッチまで使って、ゴブリンやオーガまで使役して、恥と仰いましたか?」
未だ消えない炎を消そうと転げ回るリッチは、ローブも焼けてなくなり、すでに骨だけが転がっているという、異様な状態だ。
「う、うるさい!これは皇帝の命なのだ。貴様等のようなわけのわからない人間が口を出すな!」
すでに兵士達は戦意喪失状態であるが、中年騎士はどこまでも強気の姿勢を崩さない。
「では、僕からも言っておきます。エルフを守ることと帝国を滅ぼすことは僕の“王”からの命です。あなた方がどこまでも戦うというのであれば、僕も応じましょう。まぁ、あなた方人間はそこのリッチに比べればすぐ燃えちゃいそうですけどねっ」
ジェームスはそう言うと、小型の杖を取り出し中年騎士に向ける。
「ひっ!や、やめろ!わかった!やめてくれ!頼みます。お願いします。命だけは……」
中年騎士は、自分に危機が迫った瞬間に命乞いを始める。なんとも醜い姿であり、周りの兵士達ですら呆れているくらいだ。
「ギヒッ!自分達だけ助かろうなどと甘い考えはやめてください。この私が、熱い!この私が、ついているのに勝手に命乞いなど!熱い!誰か火を消してください!」
骨っぽい何かが、ゴロゴロと転げながら助けを求めているが誰も近づかない。なんなんだこいつは?見た目の割に雑魚なのか?
「さて、どうしましょうかねぇ?見たところ、エルフの方々にもだいぶ被害が出ているようですしねぇ……」
「どんな罰でも受けよう。例え死ぬことになっても仕方がない。帝国はそれだけのことをエルフにしてしまったのだから……」
毅然として、死ぬことを怖れないといった態度は正に騎士の鏡だろう。シャーロットであっても同じ態度をとるだろう。親父は死ぬまで抵抗するだろうな。俺だったら逃げてるかもな……。
「貴様は黙っていろ!頼む!助けてくれ!金なら幾らでも払う!」
中年騎士が命乞いを続ける。こちらは小悪党の鏡といったところか……。
「指揮官は誰ですか?」
「そこの小娘だっ!私はそいつに命令されて仕方なく従っただけなんだ!」
「わかりました……。もう結構です」
ジェームスはそう言うと、ブツブツと話し始める。
「闇は全てを覆い無に還す。忘却の彼方より来たれし闇は全てを喰いつくし忘却の彼方へ還る。闇は死を呼び、生を呼ばず……」
聞いたことのない文言だった。辺りは真っ暗だが、それよりも濃い漆黒がジェームスの杖に収束し、一帯の温度が急激に下がった感覚になる。
「イレース……」
ジェームスが杖を中年騎士に向ける。深い闇が杖から飛び出し、中年騎士の顔面を覆う。一瞬で闇は消え去り、騎士は白目を剥いて力を失い倒れる。
「何をしたんですか!?」
士官学校で大体の魔法は見て来たが、こんな魔法は見たことがない。
「ん?殺しましたっ!」
なんとも爽やかに日曜大工を終えたような気軽さでジェームスが言う。
「だって、なんだか見苦しいじゃないですか?」
「焼いてくれた方が後処理が楽だったのだがな……」
リースが口にし、「あぁ!すみませんっ。今からでも焼きますか?」
などとお互いに軽口を叩き合う。
「ギヒッ!なんですかそれは!?この炎といい、なんなんですか貴方は!?」
転がって消火するのを諦めたのか全身炎に包まれた骨男が立ち上がり、ジェームスを指差し喚きだす。
「そのような姿になってまで魔法に固執する。貴方もアトラスに騙された被害者なのかもしれませんね。ですが、貴方にそれを訓える義理はありませんので、そろそろ消えてください」
「ギヒッ!?アトラスに騙される!?何を言っているんです、……」
骨男がピタリと動きを止める。何かを思い出したようにハッとして笑い出す。
「ああ!ギヒヒヒヒヒ。わかりましたよ!そう言う仕組みだったのですか!アトラスはそれが目的だったのですか……」
「理解したところでもう遅いですよっ!」
ジェームスが杖を向けると炎が飛び出し骨男に迫る。が、すんでのところで炎は骨男には当たらず、急に動き出した中年騎士を包む。激しい炎に包まれ、中年騎士は一瞬の後に灰塵と化す。
「ギヒッ!残念でしたね。ああ、いい事を聞きました。ジェームスさん、また何処かでお会いしましょう。ギヒヒヒヒヒ」
骨男は中年騎士を盾にして、近くにいた兵士の影に潜るように消えていく。
「おい、逃したぞ。何を笑っている?」
リースがジェームスを気味悪そうに見る。
「だって、ちゃんと名前言ってくれたじゃないですかっ!それにほら!死体の処理も済みましたよっ!」
嬉しそうに話すジェームスに、その場にいた全員が溜息を吐いた。