ジョバンニ
「その話は後だ。お客さんが来たぞ」
客?
リースが俺から目を離し、近くの茂みを凝視する。
「えぇ!?なんで見つかっちゃったのぉ?“おんみつ”の意味ないじゃなぁい」
ひどく間の抜けた女の声が聞こえ、さっきまで人の気配など感じなかったはずの茂みからワザとらしいくらいにガサガサと音を立て、1人の少女が現れる。
少女は露出度の高い全身真っ黒な装束を身に纏っており、フィーブスでは見たことのない黒髪黒眼であった。そして、動物のような三角の耳と、忙しなく動く尻尾が付いていた。
「なんだ、“ネコ”か。こんなところで何をしている?貴様も帝国の手の者か?」
少女を見てリースが高圧的な態度をとる。
「ちょ、ちょっと、待ってくださいよぉ。確かにサクヤは帝国のネコですけどぉ。エルフの方々の避難をお手伝いしてたんですよぉ?」
「なんなんだ?なんで人間に動物の耳やら尻尾が付いてんだ?」
「説明は後だ。少年、そいつを殺せ。逃げられると厄介な事になる」
「え!?え!?えぇぇ!?セシリーさまぁ!」
ネコと呼ばれた少女が狼狽える。ゴブリンやオーガならまだしも女の子を殺す?
「待ってくれ!」
少女が現れた茂みの奥から声が聞こえ、金髪の女性が現れる。抜いている剣は血に塗れ、返り血なのかあちこちに血が付着しているが、それでも白銀の鎧を纏った姿は美しいとさえ思わせる。
「帝国騎士か。やはり、貴様等の仕業だったのか。ゴブリンやオーガを使役して村を襲うなど帝国も腐りきったな」
「反論はしない。この村を襲ったのは帝国騎士団に間違いない」
「え?えぇ!?反論しましょうよぉ!?あたし達がゴブリンに襲われていたエルフさんを救けてきたじゃないですかぁ!?」
少女の言う通り、返り血はドス黒いゴブリン共の血に見えた。エルフの血の色は知らないが……。
「ふんっ!どうだか……。貴様が指揮官か?」
「いえ、私はセシリー・サーストン。帝国騎士ですが、指揮官は別にいます。騎士としてこのような卑劣な行為を許す訳にはいかず、出頭しました。処分はエルフの長に委ねたいと思っております」
そう言うと、セシリーと名乗る騎士は持っていた剣を棄てる。
なんてクソ真面目な騎士なんだ……。俺だったら、そもそも戦いに来ないか逃げてる。
「サーストン卿!これは一体どういうことだ!?戦闘が終わったのかと思って来てみれば、何故エルフ共が生きている!?貴卿は剣を棄て何をしている!」
ヒステリックに叫びながら、騎士と思しき中年の男が数人の兵士を連れ現れる。
「ウェズリー卿。私達は敗北しました。諦めて罰を受けましょう」
「き、貴様!何を言っているのかわかっているのか!?まだ終わってはおらぬ!目の前の銀髪のエルフを捕えれば我々の勝ちだ!剣を取れ!戦え!」
女騎士は叫ぶ中年騎士を哀れむような表情で見つめるだけで、武器を拾おうとはしない。
「小娘がっ!サーストン卿は乱心した!銀髪のエルフ以外は皆殺しにしろ!」
ウェズリーと呼ばれた騎士が吐き捨てるように言うと、周りにいた兵士が一斉に剣を抜き放つ。
「ウェズリー卿……。あなたという人は何処までも愚かな……」
「愚かは貴様だ!かかれ!」
女騎士の言葉を遮り、中年騎士が号令をかける。オーガの一撃で身体中が悲鳴をあげていたが、俺はなんとか剣を構えて迎え討とうとする。
10人程の兵士が斬りかかろうと動き出すが、すぐに動きを止める。
突然、先頭にいた兵士の首がなくなり、勢いよく血が噴き出したのだ。
目の前で見ていた俺も何が起こったのかわからなかった。
「おい……」
「何が起きたんだ?」
「俺に聞くなよ」
兵士達も同じのようで、完全に浮き足立ってしまった。
そこへ、間の抜けた女の声が聞こえてくる。
「ダメですよぉ。セシリー様はサクヤのご主人様なんですからぁ。傷つけようとしたら、みーんな殺しちゃいますよぉ?」
いつの間に中年騎士の背後に回り込んだのか、ネコと呼ばれていた少女が見たことのない剣を中年騎士の首筋に当てがっている。あれで兵士の首を飛ばしたのか?早技すぎて全く見えなかった。
「ひっ!」
中年騎士が情けない悲鳴を上げる。
「ネ、ネコの分際でこんなことしてタダで済むと思っているのか!?」
「だってぇ、みんな殺しちゃえば“しょうこ”って残らないじゃないですかぁ?」
ニコニコと笑みを浮かべながら残酷な事を口にする少女に背筋が凍るような感覚を覚える。中年騎士や兵士達も顔面蒼白だ。
絶対的有利な立場にいた少女が、跳躍し中年騎士から離れ、こちら側に移動して来た。
中年騎士の足下に、自身の剣を握ったままの右腕を残して……。
「“ゆだんたいてき”ってこういう事をいうんですねぇ。サクヤ、勉強になりましたぁ」
二の腕から下を無くした部分から大量の血を流し、それでも尚、少女は笑っていた。
「ギヒッ、惜しかった。勘のいいネコですねぇ」
中年騎士の影、つまりは地面から黒いローブの何かが沸いて来た。見た目から魔術師のようではあるが、ローブから覗く手足は骨だけに見え、チラッと見える顔も髑髏のような面様である。女騎士がその姿を見て舌打ちするのが聞こえた。
「サマトス!貴様、何をしていた!?」
「ギヒッ、あんまり面白い余興が始まったので観賞していただけですよ。ギッヒヒヒヒ」
サマトスと呼ばれたローブの化け物は肩を揺らして嗤う。
「見ろ!銀髪のエルフだぞ!早く捕まえて、他の奴らを殺せ!」
「貴様、リッチだな?」
今まで黙って見ていたリースがサマトスに問い、「あれは分が悪い。逃げるぞ」と小声で話す。
「ギヒッ、よくご存知で、私がリッチのサマトスです。お見知り置きを……」
名乗りをあげたサマトスの身体が突如として炎に包まれる。凄まじい勢いの炎に、近くにいた中年騎士や兵士達も後ずさる。魔法の類いなのか激しい炎をあげている。
「な、なんだアイツは!?急に燃えだしたぞ!?」
「少年、逃げる必要はなさそうだ。我々の勝利だ」
何を言っているんだ!?凄まじい炎じゃないか!あんなのとまともに戦って勝てるわけがない。
「ギヒヒヒヒヒ、熱い!燃えてます!熱い!」
サマトスが地面を転げ、火を消そうとする。
何が起こってるんだ?自分の魔法じゃないのか?
「あれ?燃え尽きませんね?流石はリッチといったところでしょうか?」
森の暗闇から「丸焦げにするのは得意なんですけどねぇ」とまるで緊張感のない男の声が聞こえて、ローブ姿の若い男が現れる。
意外にもプリシラがその人物を見て声を上げる。
「あなたは……!ジョバンニさん!」
「ジェームスですよっ!」