慢心
戦術なんてものはない。剣術なんてものも無意味だ。ただひたすらに目の前のゴブリンを斬り伏せる。
すでに10を超えるゴブリンを屠ってはいるが、キリがないくらいにワラワラと沸いてくる。
「親父の稽古が役に立ったな」
ひたすら素振りをさせられた少年時代を思い出し、ニヤけた表情になってしまった。
「なんか言ったか?おっと!」
片手斧を巧みに操り数匹目のゴブリンを仕留めたウッズが俺の独り言に反応する。
「すまない。独り言だ」
「そうか。それにしても何匹いやがるんだ!?キリがねぇ。あのデカイのもいるしよ」
ゴブリン共は簡単に倒せるが、オーガとかいう化け物は、まだ一匹も倒せていない。攻めあぐねていると突然、背後から声が掛けられる。
「ふん。まだ生きていたのか?オーガの一匹も倒せないとはフィーブスとかいう国の騎士も底が知れているな」
毎度の事ながら気配を全く感じることができず、あっさりと背後を取られていた。
後ろから現れた銀髪のエルフであるファルガーは、両の手に大きなククリナイフを持ち立っていた。
後ろにいた少年達がファルガーに駆け寄る。ずっと少年達を護りながら戦ってきたが、信頼度が違うらしい。
「臆病者はそこで見ていろ……」
そう言うと、ファルガーは音もなく跳躍する。一体、どんな脚力があればあんなに高く跳べるのか、ファルガーは俺の頭を越え、木や屋根を足場にしながらオーガの巨体よりも高い位置まで跳んだ。
自分より高い位置からの攻撃など想像もしていないのか、全く気付く様子もなく一瞬にしてファルガーに首を斬り付けられる。。
斬り落とすまではいかないものの頸動脈を斬られたオーガの首からは大量の血が溢れ出す。
何が起こったのか理解できないオーガは、その巨体に見合った生命力でしばらくの間暴れまわるが、溢れ出す血がなくなると、地面を揺らすほどの音を立てて倒れる。
「ふん!雑魚が……」
オーガを仕留めたファルガーが、どうだと言わんばかりに俺を睨みつける。負けず嫌いなんだなコイツ……。
「あの方……。風の精霊が力を貸していますわ」
後ろにいたプリシラがそんな事を言う。確かによく見るとファルガーの周囲は淡い光が見える。
「それってどうなるんだ?」
「戦いに使ったことはないのでハッキリとはわかりませんが、おそらく身体を軽くしたり、風の力で跳躍力を高めたりするのでしょう……」
なるほど、超人的な跳躍力や無音の足音の原理はそういうカラクリがあったのか。
「何をボサッとしている。役に立てないなら、さっさと消えろ」
ファルガーの能力に感心していたが、やっぱりコイツはムカつくな。
エルフ達もゴブリン相手に奮戦しているようだが、未だにオーガも数匹いて被害も甚大だ。
「俺はあっちのオーガを殺る。悔しかったら一匹でも狩って見せろ!子供達に何かあったらタダじゃ済まさないからな!」
ファルガーはそう言うと数匹のオーガが密集している方向へ飛び去る。
「何なんだアイツは!?温厚な俺でもさすがに腹がたつぞ!」
士官学校でもバカにされることは日常だったが、全て受け流す事ができた。それは一重に剣術では優っているという自負があったからで“能ある鷹は爪を隠す”とでも言うのだろうか、バカにされながらもバカにしていた奴らを見下していた。
しかし、ファルガーに圧倒的な戦闘能力の差を見せつけられ、嫉妬にも近い感情を抱いてしまった。
「大丈夫、お前ならオーガくらい倒せる。子供達の事をよろしく頼む」
何の脈絡もなくリンが話し始める。
「は?」
「ファルガー様の言葉を翻訳したの……。ああいう人だから、本当はそう言いたかったの」
めんどくせぇぇぇ。
「だったら最初からそう言えってんだよ。やってやろうじゃねぇか!」
狙いを一匹のオーガに定める。周囲にはエルフ達もいるがゴブリンの相手で手一杯の様子だ。
「ウッズ、プリシラ。後ろを頼む!俺はアイツを殺る!」
プリシラが土の精霊を呼び出しゴブリン共の足を止める。それをウッズと少年達が仕留めていく。ウッズはなかなかの体捌きであり、少年達も戦闘慣れしているのか臆する事はない。
「おい!デカブツ!お前の相手は俺だ!」
近くに落ちていた石をオーガの頭めがけ思い切り投げつける。傷もつかず、怯んだ様子もないが、姿勢を変えて俺の方に向き直った。
間近で見るとデカい。俺も身長は高い方だが、頭4つ分は高い。
石をぶつけられ頭にきたのか、拳を振り上げ、たたき潰そうとしてくる。
まともに剣で受けたら耐えられそうにないため、軽くステップして避ける。それと同時に脚を斬りつけるが、恐ろしく硬い皮膚で浅くしか斬り付けられない。
「なんて皮膚してやがるんだ!」
叩きつけた拳を戻し、今度は前に突き出すような蹴りを繰り出してくる。俺はそれも軽くいなして、再度、脚を斬りつける。
同じ事を繰り返しているうちにお互いの攻撃がパターン化してきて、なんて単純な奴なんだと思ったその時だった。
振り下ろした右手を左側に避けた直後、オーガが身体を捻り後ろ回し蹴りを放ってきたのだ。
「ちょ、ヤバッ!」
バックステップで躱そうとするが間に合わず、巨大な足が俺の胸に突き刺さる。
ジャンプしたまま喰らった一撃はボギボギと嫌な音を立て俺を数メートル蹴り飛ばす。
肺に喰らった一撃は呼吸する事を忘れさせ、俺の意識を刈り取ろうとするが、胸に走った激痛で何とか意識を保つ。アバラが何本か折れたらしい。
剣を捜すが、目に付いた剣は折れてしまっていて全く使い物にならない。
ゆっくりとオーガが近づいてくる。勝者の歩みだ。
驕っていた。慢心していた。今から俺はコイツに喰われるんだ。いっそのこと意識が無くなっていればよかった。
「兄ちゃん!立て!」
「ランス!逃げて!」
ウッズとプリシラが叫ぶ。もう間に合わない。どうしたって勝ち目がない。
もったいぶるようにゆっくりと歩みを進めるオーガと俺の間の地面に真っ黒な剣が突き刺さる。
「この剣はっ!」
「ガッカリしたぞ少年……」
剣が飛んできた方向を見ると、ファルガーの姉である銀髪のエルフ、リースが立っていた。
「お前はあの男の息子なのだろう?さっきから見ていれば、なんだその戦い方は?ダンスでもしているのか?どこぞの赤毛騎士のようではないか?これでは赤毛少女を救うこともできまい」
この剣には見憶えがある。親父のコレクションの中の一本だ。両手剣かと思われる長さと重さがあるのに、握りは片手分しかない。黒曜石とかいうやたら重い鉱石を使って造られた剣を親父は木剣のように振り回していたな。
突き刺さった剣にしがみつくように立ち上がる。オーガはすでに俺に興味を失った様子で新たな獲物であるリースに向き直る。
「なんで、お前が親父達の事を知ってるんだよ……。アリスの助け方も隠してるんだろ」
絞り出すような声でリースに問う。
「ふん。それが聴きたければ目の前の肉ダルマを片付ける事だな」
「あぁ!そうさせてもらうぜ!」
剣から伝わってくる安心感。絶対に折れないという確信が持てる。
『そんな屁っ放り腰だと野菜も切れねぇ!』
「うるせぇ!」
無造作に、剣を横薙ぎに一閃する。刀身にばかり重心が偏った剣は暴力的なまでに剣速を増し、横を向いていたオーガの左腕の肘から下を斬り落とす。
「どこ見てやがる!こっちだ!肉ダルマ!」
グガァァァ!
腕を斬り落とされた事に怒り狂い、残った右手を振り回す。
『何処ぞの女騎士のような真似をするから反応できねぇんだ!読むな!見て対応しろ!』
「うるせぇって言ってんだろ!クソオヤジ!」
まるで剣から親父の声が聞こえてくるような気がした。
オーガが振り下ろした右腕を避けずに、左腕の小手と剣で受け止める。身体が沈むが、無駄に鍛えてきた身体が壊れる事はなかった。
そのまま身体を捻り、右腕に喰いこんだ刀身を滑らせるとあっさり右腕を斬り落とす事に成功する。
勢いを止めることなく、力任せに剣を振るう。
脚を切断し、倒れたオーガの首を切断して留めを刺す。
「ははっ……。やったぞ……」
既に満身創痍ではあったが、このまま倒れるわけにはいかない。
「やればできるではないか。バルトス様の片鱗を垣間見たぞ」
「兄ちゃんスゲーな!」
「ランス!やりましたわ!」
あらかたのゴブリンを片付けたウッズとプリシラが駆け寄って俺を支えてくれる。
「さぁ、訊かせてもらうぞ!アリスと親父達の事を!」