襲撃
リンの表情は固く冷たさの中に怯えも見られる。帝国というのはこの土地ではあまり評判が良くないのだろうと推測できる。そもそも帝国というのは知らないし俺達には関係のないことなので取り繕う必要もない。
「俺達は帝国というものが何か知らないし、海沿いにあるフィーブスという国から崖を登ってやってきたんだ」
「でも帝国と同じ言葉を使ってる……」
リンが疑いの目を向ける。
「そうなのか?なんで俺達の言葉が帝国とやらの言葉と一緒なのか、はっきり言ってわからない」
違う言葉で話しているのに他の少年達も雰囲気を悟ってか、表情が固い。
「そう……。信じてあげる……」
リンはそう言うと少年達にエルフの言葉で話しかける。
リンの言葉を聞き少年達は安堵の表情を浮かべる。
「どうしてリンは俺達と同じ言葉が話せるんだ?雰囲気からすると帝国っていうのは良い国じゃないんだろ?」
俺の質問にリンが表情に影を落とす。これは聞いてはいけない事だったのか……。
俯いて今にも泣きそうだと思っていたが、リンは顔を上げ真っ直ぐに俺達を見る。その表情は怒りにも近く青い眼には殺気すら込められていた。
「あたしとお母さんは帝国の奴隷だった。お母さんは玩具のように弄ばれ棄てられて、最期には帝国騎士団に殺されたわ。だからあたしはあいつらを許さない!」
帝国人と同じ言葉を話す俺達の事がよほど憎かったのか、真っ直ぐに俺達を見据える。
「すまない……。悪い事を訊いてしまったな……。だけど、誓って俺達は帝国の人間ではないし、俺達の国には奴隷制度なんてものもない」
俺の言葉にプリシラが所在なさげに動揺するのがわかった。
それもそのはずだ。確かに今のフィーブスには奴隷制度はないが、つい最近、先代の王。つまりはプリシラの祖父の時代までは奴隷制度が存在したのだ。王都に暮らしていたプリシラならば見た事くらいはあるだろう。
今にも掴みかかってきそうなリンの態度に他の少年達もどうしたものかと困惑していた。
「ご、ごめんなさい!あなた達には関係のない話を……。忘れてください」
忘れろと言われてもなかなか難しい事だが、取り敢えずはこの話を辞めて他の話題を振ることにした。
「いいんだ、気にしないでくれ。それより、仲間の魔術師が眠ったまま起きないんだ。お前たちは何か知らないか?知ってたらどんなことでもいいから教えてくれ。頼む!」
「お願いします!」
プリシラは今にも泣き出しそうな顔を少年達に頼み込む。
「あの女の人はアトラスの禁忌に触れたから……。食べられた」
「食べ……?」
「そう……。奇跡を起こすには贄が必要なの。彼女は多分だけど、自分を贄にした。アトラスはずる賢い。絶対に見逃さない」
「アトラスっていうのは怪物か何かなのか?食べられたってどういう……」
そこまで口にしたところで、勢いよく開けられた玄関扉の音で遮られる。
部屋の中に飛び込んできたのは女の老エルフだ。
「〜〜〜〜〜〜!〜〜〜〜〜〜!!」
老エルフは慌てた様子で捲したてるが言っている意味はサッパリわからない。
それを聞いた少年達の顔色が変わる。席を立ち、急いで部屋から剣、弓、槍などの武器を持ってくる。
「おい!どうしたんだ!?何かあったのか!?」
「村がゴブリンに襲撃されるかもしれないって……。あたしも行かなきゃ」
俺の質問に答えてくれたリンも武器を取りに席を立つ。俺はそれを呼び止める。
「敵なのか?だったら俺も戦える!武器を貸してくれ」
「兄ちゃんだけじゃねぇ。俺だって戦えるぜ?」
「私もお手伝いできます」
俺達の武器はリンが預かっていたらしく、それぞれの武器を受け取り、外へ出る。
村の中はあちこちに篝火が焚かれ、夜だというのにもかかわらず眩しいくらいであった。その中を何十人というエルフがせわしなく走り回っているが、そのほとんどが老人と子供だ。
「ここには大人はいないのか?」
近くにいたリンに尋ねる。
「大人のエルフは半年前に帝国騎士団に殺されるか攫われた」
騎士団などと名乗っている輩が虐殺行為をするとはどんでもない話だ。俺の騎士道精神なんてものはあってないようなものだが、帝国騎士団とやらに怒りを覚える。
「なぁ。ゴブリンってのはつえーのか?」
両刃のハンドアクスを両の手でクルクルと弄びながらウッズがリンに尋ねる。器用に操る様を見て少年達も興味津々だ。
「いえ。“ゴブリンだけ”ならあたし達でも戦えるわ」
「他のもいるってことかい?」
「たぶん……」
グォォォォォォォオオオオオ!
リンが言葉を続けようとするのを掻き消すように耳をつんざく様な雄叫びが聴こえてくる。
「な、なんなんだあれは!?」
ワラワラと森から現れるゴブリンと思しき生き物に加え、体長3メートルはあろうかというような怪物が目に見えるだけで3体現れる。
「“人喰い族”よ!」
現れたオーガはその巨躯をもって手当たり次第に建物を壊してまわる。目の前で逃げ遅れた老エルフがゴブリンに囲まれ剣やナイフで滅多刺しにされる。その絶命したエルフをオーガが拾い上げ喰らう。
「プリシラは俺とウッズの後ろにいろ!絶対に前にでるんじゃないぞ!リン!お前達も無理しないで生き残ることだけ考えろ!」
人外の化け物と戦った事はないが、この状況で逃げるなんていう選択肢はない。
俺は剣を抜き、ゴブリン共に斬りかかっていった。
ご無沙汰しています。死んだように生きていました。
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