自己紹介
「ふん!姉さんは甘い。人間なんて追い出してしまえばいいものを」
部屋から出るなり、ファルガーが悪態をつく。さっきまで自分の姉にビビってたくせに……。
「なぁ、どうしても教えてくれないのか?」
「嗅ぎ回るな。さっき姉さんが言った通りだ」
取りつく島もない。ファルガーにとって姉の方針は絶対のようだ。
「お願いします。ファルガーさん。アリスは大切な仲間で友達なんです。何か知っているのなら教えてください」
今度はプリシラが頼み込む。話す内容は俺と同じなはずなのに、ファルガーはチラッとプリシラを見て……。
「ダ、ダメなものはダメだ!もう2度と人間には関わらないし、助けてもやらない!」
明らかに動揺しているし、余計なことまで口にしている気がする。
「2度と?前に何かあったのか?」
「う、うるさい!お前ら人間のせいで姉さんは“あんな風”になってしまったんだ!人間は嘘つきばかりだ!信用できない!」
今までの幽霊エルフといった印象は全くなく、人間に対し怒りを露わにする。一体、人間と何があったんだ?
問い詰めればボロが出そうではあったが、ファルガーは俺達を残し、早足で家を出て行く。
「なんなんだアイツは……」
「悪い人ではないと思うんですが……。ここに連れて来られた時も無口でしたが、とても優しくしてくださいました」
「俺には殺気を向けてくるんだが……」
何故かウッズにだけ殺気を込めた目を向けているらしい。女は好きで男は嫌い。でも俺は大丈夫。判断基準がイマイチ掴めない。
家のホールのような空間に取り残された俺達だったが、すぐにファルガーが戻ってくる。牢屋から出してくれた子供達も一緒だ。
「お前らは別の家だ。その子らについていけ。少しでも妙な真似をしたら痛めつけるぞ!」
そう言うとファルガーはアリス達がいる部屋とは別の部屋に入っていく。
俺達は子供達について集落を歩く。すでに陽は落ち辺りは暗い。星明かりと家々から漏れだす明かりだけが夜道を照らす。
「見てください!」
急にプリシラが足を止め大きな声を出す。
「どうした!?」
何事かと思い、俺も足を止めプリシラを見る。ウッズも子供達もプリシラに注目する。声を出したプリシラは空を見上げている。
「星があんなにたくさん……。とても綺麗……」
なんだ、そんなことかと俺も空を見上げる。高い壁も厚い雲もない夜空には無数の星々が輝いている。フィーブスでも星は見れるが、ここでは随分と近くに感じられる。
「あの星一つ一つに神様がいるって話だよなぁ」
ウッズが顔に似合わないセリフを口にする。星一つに神様が1人ずついて、俺達の暮らす世界の神様はアトラスだというのがフィーブスでは定説になっている。
この星を見れば、全く馬鹿馬鹿しい話だと思う。人間よりも圧倒的に神様の数が多いじゃないか。
「神様なんかいない……。いるのは悪魔……」
1人の少女が呟く。星灯りに照らされた少女の髪は薄い青で宝石のような大きな瞳も同じ色をしている。少女の使う言葉は他のエルフが使う言葉ではなく、俺達と同じ言葉だ。
「俺達の言葉を話せるのか?」
「あたしは帝国から来たから……。腕……、痛くないの……?」
少女は俺の左腕を見てぼそりと呟く。そうだ、腕にナイフが刺さったんだっけ?刺さった場所を触ってみるが痛みは感じない。
「あれ?傷がないな……」
間違いなくナイフは俺の左腕に刺さったはずだ。傷がこんなに短時間で塞がるなんてありえない。袖をまくり確認してみるが、刺さったはずの箇所には傷口も見当たらない。少女が俺の左腕を見て目を丸くする。
「リース様よ……。あの方が治したんだわ……。あたしのお母さんは治療してくれなかったのに……」
少女の言葉にリーダー格の少年が顔をしかめて少女を肘で小突く。
少女は話すのを止め歩き始める。俺達もそれに従って歩く。集落のはずれなのか、森に近い一軒の家までやってきた。リーダー格の少年が扉を開け中に入る。後ろにいた少年達に押されるようなかたちで俺達も中に入った。
「〜〜〜〜〜〜〜。〜〜〜〜〜〜」
リーダー格の少年が俺達に何かを話すが、言っている意味が理解できずプリシラとウッズを見やる。
「何て言ってるんだ?」
「私にはわかりませんわ」
「俺にもわからねぇ」
少年はイライラした様子で頭を掻き、水色の髪の少女に何かを話す。
「この家はあたし達の家だけど、しばらくはここで暮らして……」
少女が俺達に伝えたのを確認すると、残り3人の少年達は別室へと消えていく。俺達と少女だけがその場に取り残された。どうしたものかと3人で顔を見合わせていると少女が部屋の棚から食器取り出し、テーブルに並べ始める。そう言えば腹が減っている。何か食べさせてくれるのか?
せっせと働く少女をジッと見ていると、少女が非難めいた口調で
「手伝ってくれると助かるんだけど……」
と口にする。
俺達は慌てて少女を手伝う。
「そっちの壺を持ってきて。引き出しにスプーンがあるからお皿の数だけ取り出して。あそこに果物と木の実があるから好きなものを持ってきて」
無口かと思いきや、なかなか人遣いが荒い。10分ほどで準備が整い、少女は少年達を呼んでくる。
それぞれが席に着き、俺達も空いた椅子に座る。最後に青髪の少女が7人分のスープを注ぎ、自らも席に着いた。すでに少年達は食べ始めていたが、これがまた行儀が悪い。スープはズルズルと音を立てる者もいれば、スプーンすら使わないで直接皿に口をつけたりもしている。俺は大して気にしないが、プリシラは眉を寄せて少年達を見ている。
「嬢ちゃん。酒はないのか?」
これまた、行儀など気にした様子もないウッズが、青髪の少女に尋ねる。子供しかいないのに酒はないと思うのだが……。
「お酒はないです。山葡萄の飲み物ならあります」
「お!いいね!それがあればなんとかなる。もらってもいいか?」
少女は棚に並べてあった小さめの水瓶を持ってきてウッズに渡す。
「これ、全部もらっても大丈夫か?」
「もうすぐ飲めなくなるから好きにして」
搾ってから日数が経つんだろう。容れ物に魔法をかけたり、凍らせたりしないとこの手の飲み物は日持ちしない。
「なんだ。ウッズでも子供が飲むようなものを飲むんだな」
意外だとウッズを見ると、意地の悪い笑みを浮かべ「まさか!まぁ見てろって」と水瓶の中に何やら小さな木の実を入れて手で蓋をして上下に振り出した。
「よし!こんなもんか」
数分の間振り続けた手を止め、ウッズが蓋にしていた手を外すとプシュという音とともに葡萄酒の匂いが漂う。
「嬢ちゃん。幾つかコップをくれ。お前達も飲んでみるか?」
少年達はウッズの行動に興味津々だ。
「どうなってるんだ?まさか、酒を造ったのか?」
「その、まさかだ。なに、簡単な事さ。この木の実はな、キュールの実って言って、食べれるんだがそれほど美味くはねぇ。だけど、果実の搾り汁に入れて振り回せば一気に発酵させて酒にしてくれるんだぜ。金がねぇ時はこいつに助けられたっけな」
酒が助けになってるのかどうかは不明だが、冒険者時代の知恵なんだろう。なかなか勉強になる。
「ウッズさん。子供にお酒は勧めるのはどうかと思いますわ……」
プリシラが呆れて言う。確かにエルフの少年達はどう見ても13か14歳だろう。
「俺達の国でも酒は15歳からだろ?なら大丈夫なはずだぜ?な!エルフの嬢ちゃん!」
「お酒が何歳からかはわからないけど、エルフはあまりお酒を飲まないから……。それと私達はそんなに子供ではない。みんな15歳は超えてる」
プリシラの子供というフレーズにムスッとしながら青髪の少女が人数分の木コップを並べる。少年達も目を輝かせている。
ウッズが人数分のコップに山葡萄の酒を注ぐと少年達は恐る恐るであるが、すぐに手を伸ばしてコップを掴む。俺もガキの頃、初めて酒を飲んだ時はなんだか大人になったような高揚感があったもんだ。
少年達は匂いを嗅いだりしながらコップを口に運ぶ。
「加減がきかねぇから、ちっとばかしキツいかもしれねぇぞ」
ウッズがそういった時には全員むせていた。俺も飲んでみる。喉の奥が熱くなり一気に身体が火照る。確かにキツめだ。
「だから言ったろ?慌てないで少しずつ飲め。こうやって木の実やらチーズなんかと一緒に少しずつだ」
ウッズがチーズを口に入れて酒を飲むのを見て、少年達も真似してみる。言葉が通じなくても意思疎通が出来ている。
「それにしても、この子達が私と同じくらいの歳なんて……」
「エルフは長命だって聞いた事ねぇか?見た目以上の年齢じゃねぇかと思ってよ。1000年くらい生きるって話だぜ?」
「「1000年!?」」
「そんなに生きないし……。1000年も生きれるのはファルガー様やリース様のような純血だけ……。普通は500年くらいだから」
ウッズの説明を青髪の少女が訂正する。
「リン……」
「はっ!?」
急に一言だけ口にしたため素っ頓狂な声が出てしまう。
「名前。私の名前はリン」
青髪の少女リンが名乗ると他の2人の少年と1人の少女も一言ずつ口にする。
1番体格のいいリーダー格であろう茶色の髪の少年が「マース」、小柄な金髪の少年が「カカ」、茶色の髪にそばかすの少女が「シエル」
「ランスだ。よろしくな」
「ウッズだ」
「プリシラ・アリエル・エリザベート・ラヴェンナ・フォン・フィーブスですわ」
長っ!プリシラの長ったらしい名前に少年達が唖然としている。こんなところでフルネーム名乗ってどうするんだよ……。静まり返ってしまったじゃねぇか。
「あなたたちは帝国から来たの?」
リンが冷たい口調で静寂を破る。