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羨望のアトラス  作者: とっぴんぱらりのぷ〜
第1章 アトラスへの挑戦
13/19

代償

 ピチャ


 ピチャ


 近くから等間隔で聴こえてくる音は水滴が床に落ちる音か?大した音ではないが、1度気になり始めたらもうダメだ。もう少し眠っていたいのに……。勉強も鍛練もしたくない……。気楽に過ごして何も起きない日常が1番に決まっている。

 ふと、脳裏に赤い髪の少女の事が浮かぶ。おてんば娘で、面倒ごとに自分から突っ込んでいく。母親に似て見た目こそいいが、恋心など抱いた事もない。関わるとろくな事にならないからだ。


 ピチャ


 ピチャ


 水滴の落ちる音は鳴り止む事はなく、いい加減目を閉じているのが辛く感じる。身体中が痛む。背中に感じる感触は硬くて冷たい。なんで俺は床に寝ているんだ?


「そうだ……。アリス……」


 目を開けると石造りの薄暗い空間にいた。地下なのだろうか、ずいぶんと高い位置に格子がはめられた小さな窓があり、そこから射し込む光が辛うじて辺りを確認できる程度の視界をつくっている。石の壁とは別に鉄格子があり、牢屋のような空間だと理解する。


「よぉ。起きたか」


 座ったままで壁に背をもたれたままの浅黒い肌の男に声をかけられる。一瞬誰だったかわからなくなったが、すぐに思い出す。船乗りのウッズだ。


「ウッズ……。ここは?俺はどうしたんだ?」


「俺にもわからねぇ。あのガキ共に何かされたんだろうけどよ。しかも、あいつらエルフとかいうやつ種族じゃねぇか?」


 そうだ。やっと壁を登って辿り着いたと思ったら、少年達に囲まれて吹矢のようなもので攻撃されたんだっけ……。


「エルフ……?」


「あぁ。吟遊詩人なんかがよく謳ってるじゃねぇか。色白で耳が尖った種族だってよ」


 聞いた事はある。確か、魔法や精霊術に長けた種族で寿命が何百年もあるっていう話だった。かつての英雄譚には必ずと言っていいほど登場する種族だ。で、俺達はそのエルフとやらに捕まったというわけだ。

 倒れる前に囲んでいた少年達とは別のエルフがアリス達を預かってると言っていた。しかし、人質のつもりではないのか交渉するわけでもなく、俺達まで捕まえてしまっては何が目的なのかさっぱりだ。と考えたところで不安がよぎる。まさか……。


「エルフの食べ物って人間じゃないよな?」


「お前らなんか食っても腹を壊すだけだ」


 ギョッとして声が聴こえた方を見る。ウッズに話しかけたつもりが、別の、鉄格子の外側から答えが返ってきたのだ。

 金髪を後ろに流した背の高い男のエルフが立っていた。音も気配もなく、いきなり現れたエルフは透き通るような白い肌で、幽霊は見た事がないが、そうであると思えるほど美しく儚げな印象を与える。少年達と一緒にいた男だ。


「もう一度訊く。お前らは帝国から来たのか?」


 やや片言で話す言葉は何の感情もなく、全くと言っていいほどに質問の意図がわからず恐怖さえ与える。無表情がそれをさらに助長させる。


「お、俺達は壁の下から来たんだ。帝国というのが何処にあるのかわからないし、女の子を見つけたら帰るつもりだったんだ。ホントだ!」


 この話は最初に会った時もした。この男がどんな答えを望んでいるのかはわからないが、この男の言う“帝国”は男にとっていいものではないという事は感じる。

 男は何かを考えているのか無表情のまま俺達をジッと見つめる。宝石のような緑色の瞳に見つめられ一瞬たじろぐ。すべてを見透かすような透き通った目をしている。


「信じよう……」


 しばらくの間、俺達を見つめて男は短く口にする。


「よかった!だったら、帰らせてくれ!」


 男は振り向きざまに「少し待て」と告げて鉄格子の外側の階段を登っていく。不思議な事に石でできた床をブーツのような靴で歩いているのに全く音が立たない。やはり幽霊なのでは?と逡巡する。


「はぁぁぁぁ」


 男がいなくなった途端にウッズが大きな溜息を吐く。見ると大量の汗をかいており顔色も悪い。


「どうしたんだ?」


 ウッズが俺を見て再度溜息を吐き話しだす。


「どうしただって?アレを目の前にして平然としてられる方がおかしいぜ?あんな殺気は感じた事ねぇぞ。喧嘩や決闘なんてレベルじゃねぇ。今にも殺してやるって目ぇしてやがった」


 気配がなさ過ぎて不気味だとは思ったが、ウッズが感じた殺気を俺は感じる事ができなかった。経験の差なのだろうか?

 とにかく、ここから出られそうなことに一安心する。アリス達も回収してさっさとフィーブスに戻りたい。親父達は放っておいても自力で帰ってくるはずだし、到着して速攻拘束されているような俺達がこの土地で上手くやっていけるなんて思えない。面倒ごとはごめんだ。

 そんな事を考えていると男が出ていって数分の後、階段を降りてくる複数の足音が聴こえてくる。

 4人の少年少女のエルフが現れ、鍵を開ける。


「よかった。出してくれるのか」


 嬉しさのあまり声が弾むが、少年達は目も合わさず言葉も発しない。俺はウッズを見やるが、肩をすくめておどけてみせる。

 縛られたりすることもなく、少年達に囲まれるようにして階段を登る。20段ほどの階段を登ると扉があり、前を歩く少年に続き、外へ出る。

 扉を出た先には、幾つかの木造りの家が建ち並び畑なども見られる小さな集落のようであった。周りは木々に囲まれており森の中であることがわかる。

 どのくらい気を失っていたのかわからないが、夕刻なのか、すでに辺りは薄暗い。数日という事はないだろうが、昼前に森に入ったはずなので、半日は経っているのだろう。

 少年達は無言のまま俺達を囲みつつ歩かせる。村人なのか農作業をしているエルフの老人や子供達を見かけるが、目が合うと露骨に嫌そうな表情になったり、視線を逸らす者が多い。

 前を歩く少年が一軒の家の前で立ち止まり扉を叩く。他の家に比べると幾分大きな家は集落の長でも住んでいるのだろうか?


「〜〜〜〜〜〜」


 初めて少年が言葉を口にするが、俺には全く理解出来ない。使用している言語が違うのだろう。

 扉が開き、中から男が姿を見せる。さっき話していた幽霊男だ。


「〜〜〜。〜〜〜〜〜〜」


 男が声をかけると、少年達は俺達から離れて何処かに行ってしまった。


「入れ」


 少年達が離れたのを見届けて男が短く言う。


 俺達は男に従い、家の中へと入る。育ちの良さからつい「おじゃまします」と口にしてしまう。


「ランス!それにウッズさんも!」


 入った途端に声がかけられる。金髪碧眼の少女はプリシラだ。ようやっと見つけたことに安堵する。


「プリシラ。お前ら……、心配かけさせやがって!」


 自分で“お前ら”と言った後に違和感を覚える。赤髪の少女が見当たらない。


「プリシラ。アリスは?」


「アリスは……」


 プリシラは俺の問いかけに俯き、確認するように幽霊エルフのほうを見やる。幽霊エルフは小さく頷き「いいだろう」と答える。


「ランス……。こちらに……」


 プリシラが広い部屋に幾つかある扉の一つを開ける。俺達もプリシラに続き、扉の中へと入る。

 寝室なのかそれほど広くはない部屋のベッドで赤髪の少女アリスが眠っていた。


「なんだ……。寝てるのかよ。おい!アリス!起きろ!迎えに来たぞ!」


 幼馴染みとはいえ許可なく女性の肌に触れるわけにはいかないので、見下ろす形でアリスに声をかける。しかし、アリスは目を覚ますどころか全くの無反応だ。几帳面な母親と神経質な兄を持つ家庭で育った割に、鉄砲玉のようなアリスは寝起きが悪い。


「起きろって!帰るぞ!」


 先程より大きな声で呼びかけるが全くの無反応で、よく見ると玉のような汗をかき、顔色が悪い。


「アリスは眠ったまま起きません。私のせいです。ごめんなさい……」


 プリシラが目に涙を浮かべ声を震わせる。


「寝てるだけじゃないのか?一体何があった?」


「身の丈に合わない力を使ったからさ。代償だよ」


 プリシラに訊いたつもりだったのだが、別の声が答える。幽霊エルフでもウッズでもない良く通る女の声だ。声の主を捜すと部屋の隅に銀髪のエルフを見つける。灰色の瞳をした目は、どこか眠たそうに細く開かれており膝を抱えるようにして椅子に座る姿は気怠げに見える。


「あんたは?力って何の話だ?」


 何処を見ていたのかわからない眠そうな目が俺に視線を向ける。万年やる気など欠片もない俺が言うのもおかしいが覇気のない目だ。無関心、無感情、無秩序……、何も感じ取ることの出来ない視線に俺はたじろぐ。世界の終わりがそこにあるような瞳だ……。


「まず、自分から名乗るのが礼儀ってもんじゃないか?親に教わらなかったのかい?どこかの野蛮人みたいだね」


 俺としたことが……。あいにくと親には教わらなかったが、自称常識人の道を踏み外してしまった。


「す、すみません。俺はランス・ウォーレン。フィーブスという国で騎士をしています」


「俺はウッズ。ただの船乗りだ」


 灰色の瞳が俺とウッズをチラッとだけ見やり、顎を膝に乗せたまま、興味なさげに何処か虚空を見つめる。


「私はリース……。そっちの幽霊みたいな男はファルガー」


 ……………………………………………………。


 それだけ……?


 リースと名乗るエルフはそれだけ口にして虚空を見つめている。充分に不気味に見えるリースに幽霊と言われたファルガーも無表情で立ったままだ。


「あの……。さっきの話の続きを……」


 ……………………………………………………。


「あぁ……、そうだったね。言った通りだよ。その赤毛の小娘は自分で制御できない力を使ったんだ。自然の理、この世の理を無視して力を振るうと“そう”なるのさ」


 話すのも億劫といった感じのリースの言っている事が全く理解できない。何があったのかという質問にも全く答えになっていない。すると、プリシラが口を開く。


「魔法を……。強力な魔法を使ったのです。私達はこちらに来て、すぐにゴブリンに遭遇してしまい、私の剣では全く太刀打ち出来ませんでした……。アリスが魔法を使って撃退してくれなければ今頃は……。そのまま倒れて起きないんです。だから私のせいなんです」


「1匹は俺が仕留めた」


 無表情のまま立っていたファルガーが俺の手柄だと言わんばかりに胸を張る。プライドたけぇな!


「そのうち起きるんじゃないのか?疲れて眠っているだけだろ?」


「それはない……。その小娘は目醒めない。加護を受けずに力を使った代償だ。数日もすれば衰弱して死ぬだけだ。諦めろ」


 リースが虚空を見つめたまま何の感情も表さずに告げる。


「諦めろってなんだよ!加護?力?何か知ってるんだろ!?教えてくれよ!」


 汗をかき、時折苦しそうな表情を浮かべるアリスを見ていると無関心なリースに腹が立って、つい語気が荒くなる。


「何も話すことはない……。私には関係ない」


 それでもリースは無関心、無感情を貫く。


「何を言っても無駄だ……。さっさとここから出て行け。今回は見逃してやる」


 ファルガーが諦めたように溜息を吐き、初めて人間らしさを表すが、出て行けという無情な内容であるが……。


「いや、お前らは何かを隠している。それを訊き出すまで俺はここから出て行く気はない」


「また眠らされたいのか?アトラスの禁忌を冒してまで使った力でゴブリンすらまともに倒せない連中が俺に逆らうのか?」


 アトラスの禁忌?


「ファルガー……。黙れ……」


 無感情な瞳で虚空を見つめていたリースが目を細めてファルガーを睨む。殺気が込められた視線がファルガーを射抜く。余裕ぶっていたファルガーが額に脂汗を滲ませたじろぐ。


「ご、ごめんなさい。姉さん……」


 姉さん!?姉弟なのかよ。しかも、アトラスの禁忌ってなんだ?言葉が違うはずなのにアトラスの呼び方が一緒なのは何故だ?この姉弟は絶対に何か隠している。


「人間達よ……。しばらくは里に滞在することを認めてやろう。変に嗅ぎ回るな。それが条件だ」


 リースはそう言うと、先程までと同じように虚空を見つめ動かなくなった。

 ファルガーが部屋から出るように促すため、俺達は眠るアリスとリースを残して渋々と部屋から出た。






間が空いてしまい申し訳ありません。いつもお読みいただきありがとうございます。評価や感想などいただけると更新頻度アップします!

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