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羨望のアトラス  作者: とっぴんぱらりのぷ〜
第1章 アトラスへの挑戦
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壁の向こう側

 小さな陸地を全員で捜すが、あっという間に周りきってしまう。荷物から毛布やカンテラなどの探索用の道具がなくなっていることから2人は洞窟の奥に進んだ可能性が高かった。


「洞窟に入っちまったんだろうなぁ」


 全員、洞窟の前に集合したところでウッズが呟く。


「マズイな。朝早く出たとすれば、もう半日ほど経っている。だいぶ先に進んでいるはずだ」


「で、どうする?兄ちゃん」


 全員の顔を見ると洞窟に興味津々の者、奇妙悪がっている者、迷惑そうにしている者と様々だ。あいつらの我が儘に巻き込んで危険な目に合わせるわけにはいかない。


「みんな悪いな。俺は2人を捜しに行く。ウッズ達は船の修理をしててくれ」


「兄ちゃん独りで行くのか?」


「あぁ。ガキの家出に巻き込むわけにはいかないさ。走ればすぐに追いつけるはずだ。それでも何日も帰って来ないようならフィーブスに戻って報告してくれ」


 船乗り達にそう告げてから戻って出発の準備に取りかかる。すぐに連れ戻せるつもりだからカンテラやロープ、少しの食料だけをバッグに詰め込み洞窟へと向かう。

 船乗りは全員戻っていたはずだが洞窟の前ではウッズが待っていた。


「よぉ」


「どうしたんだ?」


「いやな、俺も洞窟に入ってみたくてよ。安心しろ、足手まといにはならねぇさ」


 正直、独りで入るのは少し不安だったためウッズがいてくれれば心強い。


「一緒に行くのはいいが、船のほうは大丈夫なのか?」


「そっちは心配いらねぇ。全員優秀なやつらばかりだからな」


「そうか。じゃぁ、よろしく頼むよ」


「おぅ!」とウッズが返事をし、俺達は洞窟の中へと入って行く。


 通路として使われていたのか洞窟の中は障害物はなく比較的歩きやすい。入って間もなく入り口からの光は届かなくなり、ほとんど周りは見えなくなる。こんなときに魔法があれば便利なのにと思いつつ火打石を取り出し紙を燃やしてからカンテラに火を移す。

 慎重にはではあるが、できる限りの早足で奥へ奥へと進んで行く。緩やかに勾配がつき始め、洞窟が上へと登っているのが判る。


「兄ちゃん。これ見てみろよ」


 半日ほど歩いたところでウッズが何かに気づく。ウッズが指差す先に外で見たのと同じ白骨死体があった。


「ここでも戦闘があったのか……」


 簡素な衣類を身につけた小さな白骨死体には刃物で斬りつけられた痕が見られる。その後も同じような白骨死体が点々と散らばっていたが、人間と思われる物は見当たらない。


「陸地で親父達が暮らしていたと考えると、こいつらは上から下りて来たのか……」


 しかし未だに生きている生物に遭遇していない事を考えると今は自由に下りて来れない状況なのかもしれない。休憩もとらず歩き続け外では夜中になっているはずだ。しかし、一向にアリス達に追いつかず出口も見えない。


「兄ちゃん。少し休んだらどうだ?嬢ちゃん達の足だ。この速さならだいぶ追いついてきてるだろ」


「そうだな。少し休憩しようか……」


 普段から鍛練はしているつもりだったが、慣れない登り坂と焦りからかだいぶ疲れていた。申し出たウッズには全く疲労の色は見えず飄々としている。俺の事を気遣ってくれたのだろう。

 今日初めて腰を下ろし一息つく。ウッズが自分で持ってきた葡萄酒と保存食を取り出す。


「ほら、呑めよ」


「いや……」


 ウッズが酒を勧めてくるが、とても呑む気分になれなかった。


「少しくらいならいいだろ。落ち着くぞ」


「じゃぁ、少しだけ……」


 結局断ることは出来ず、渡された木のカップに口をつける。口の中に葡萄の香りが広がり渇いた喉を潤す。起きてから飲まず食わずだったことにようやっと気付いた。

 1度蘇った感覚は次を欲しがり、ついついおかわりを要求してしまう。


「お、いいねぇ」


 ウッズが嬉しそうに俺のカップに葡萄酒を注ぐ。2杯目は乾燥豆や干し肉などをつまみながら少しずつ口に含む。


「はぁ……」


 張り詰めていた緊張の糸が緩み大きなため息が出た。


「わるい……。迷惑かけちまって」


「嬢ちゃん達のことか?いいって、気にするな。実は俺も洞窟に入りたくてウズウズしてたんだ。嬢ちゃん達が先に行ってなきゃ行方不明になってたのは俺かもしれねぇぞ」


 カンテラの灯りに照らされた浅黒い肌のウッズが肌の色とは対称的な白い歯を見せて笑う。


「そんなに洞窟に入りたかったのか?」


「あぁ。昔の冒険者の血が騒ぐっつぅかよ。先が気になってしょうがねぇ」


 ウッズが冒険者だったということに驚く。1000年前にフィーブスにやってくる前の先祖達は壮大な冒険譚を遺している。男なら誰しも英雄に憧れ、今なお冒険者になろうとする者も少なくない。


「けどなぁ。冒険っつっても遺跡なんかは荒らされ尽くしてるか国が管理してるかでなぁ。用心棒なんてしてばっかだった……。結局やってけなくてよ、今は漁師だ」


 親父に似ている。俺の親父も昔は用心棒なんかしていた荒くれ者だった。


「まぁ、兄ちゃんは少し気楽にしたほうがいいんじゃねぇか?嬢ちゃん達だってまるっきりの素人じゃねぇだろうし、船乗り達の事は心配すんな。勝手に船を直して勝手に帰れるさ」


 冒険者だったからなのか、ウッズの落ち着いた雰囲気は焦る俺の気持ちを穏やかにしてくれる。


「ありがとう。そう言われると、なんだか肩の荷が降りた感じがするよ。でも、あいつらには説教してやらねぇとな!」


「んじゃ、また坂登りでもするか!こう寒くちゃゆっくり休んでもいられねぇ」


 洞窟の中はかなり冷える。湿気も多く、歩いていないと衣類もジメジメとして余計に体温が奪われる。カンテラの油も多くは残っていない。

 短い休憩を終え、俺達は再び歩き始める。ほぼ丸一日歩き続けると前方に光が見える。すでに体力のほとんどはなくなり、歩くのがやっとの状態だったが光に向かって走り出す。

 洞窟を抜け、1日ぶりの外に出た。眩しくてよくは見えないが、緑の匂いと肌に当たる風を感じることができた。ようやっと目が慣れて景色をみることができる。


「ここが壁の向こう側……」


「すげぇ……」


 その景色を目の当たりにして俺もウッズも言葉を失って呆然と立ち尽くす。

 見渡す限りの緑、先が見えないほど巨大な森、見たこともない大きな湖……。小高い丘に飛び出した俺達が目にした景色は、どれも想像を遥かに超えるほど雄大でフィーブスがいかにちっぽけな国だったのかを思い知らされた。










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