アトラスの壁
えーと、浮気です。書いてみたくなってしまいました。
ゴツゴツとした岩肌がどこまでも続く。横を見渡しても視力の限界まで岩の壁が永遠と続く。
倒れたまま上を見上げても壁は天国まで延びているのではないかと思うほどの高さまで続き、最後には厚い雲に阻まれて、その先を知り得る手段はない。
「いつまで休んでいる!素振りを1000回追加するぞ!」
自分と同じ茶色い髪はボサボサできちんとした身なりならそれなりの色男なのだろうが、締まらないニヤけた表情とボロボロの騎士制服が台無しにしている。目の前の男は自分で叩きのめした俺に向かって非情な言葉を投げかける。
「オヤジさんよぉ。そんなに剣の修行をして何になるんだ?敵もいなけりゃ戦争もないじゃないか」
俺のやる気のない言葉に盛大にため息を吐く。毎度毎度のやり取りだ。
「戦争がなくても男は強くなくちゃならねぇ。これは、この家の家訓だ!諦めて精進しろ」
「諦めるのはそっちだっつぅの。大体そんな家訓聞いたことなかったぞ……」
「俺が今つくった家訓だ!」
このダメ親父には何を言っても通じないのだ。自分が決めたら他人も巻き込んでとことん突っ走る。
「はいはい。お偉い5等騎士様の言うこととあらばこの不肖の息子ランスが精一杯頑張りましょうかね」
俺は渋々と立ち上がり、身体に着いた土埃を払う。やる気になったわけではなく、いい加減に壁を見上げるのが疲れてきたというのが本音だ。
「貴様。俺を5等だと馬鹿にしたな?」
「いや?全然」
親父様がお怒りの様子だ。恐らく俺のにやけた顔が気に入らないのだろう。俺にはどうしてもこの国の理念というのが性に合わない。英雄ごっこをしたいガキと同じに思えるからだ。
それもこれも、この巨大な岩壁が悪い。アトラスの壁と名付けられたこの壁は果てが何処にあるのかもわからなければ上に続く道もない。頂上には神が住むなどと言われているが、その神様は隣国もなくいつ攻めてくるかも知れない敵襲に備えている哀れな小さな国を見下ろして美味い酒でも呑んでいるんだろうよ。
そんなことを考えていると可笑しくてついニヤけた顔になってしまう。そんな顔が気に入らないのか親父が容赦なく木剣を振るってくる。力任せに振るわれる剣は騎士のような華麗なものではなく、ただ目の前の敵を叩きのめすためだけの殺人剣だ。親父は王都で毎年行われる剣闘会で空気が読めずに運悪く?優勝してしまったがために5等という1代限りの最下級騎士に叙勲されてしまい小さな国の中でも最も辺境に位置するこの地方に赴任した。
「もっと腰を入れろ!そんな屁っ放り腰だと野菜も切れねぇ!」
いや、野菜くらいは切れるってばよ。
「仕方ないだろ!?親父の動きはめちゃくちゃで先がよめねぇんだって」
「何処ぞの女騎士のような真似をするから反応できねぇんだ!読むな!見て対応しろ!」
あぁぁ。自分の上司の悪口を言っちゃったよ。親父が口にした何処ぞの女騎士は10年前に剣闘会の決勝で哀れにも親父に負けてしまった騎士様だ。そのことが原因で親父と一緒に辺境に左遷されてしまったのだが……。
「ウォーレン。何処ぞの何某とは私の事か?」
鍔迫り合いをしている俺達の横から声がかかる。
「はっはっは!お前以外に誰がいる!よし!ここまでとしよう。シャーロット1等騎士殿の御成だ」
長い赤髪を後ろで一本に束ねた女性が腕組みをしてこちらを睨めている。騎士の制服を着ていなければ良家の貴婦人のような整った顔をしている。これで40歳を過ぎているのだから魔女といっても可笑しくはない。
「なんだ?それは嫌味か?それとお前にその名前で呼ばれる筋合いはない。呼ぶならエリスマン様だろう?」
ただでさえ険しい表情が一層に険しくなり殺気さえ含んでいる。俺は本気でビビるが、原因の親父は涼しい顔をしている。
目の前の女騎士は剣闘会で負けたものの準優勝ということで名目上は2等騎士から1等騎士に昇進したのだが、親父の汚い戦法で泥試合となったために左遷されてしまった。今でも伝説として語り継がれるほどの泥試合だったらしい。
「ふん!俺がお前の事をどう呼ぼうが俺の勝手だろう」
このダメ親父が……。そんなんだから母さんにも逃げられたんだろう……。
「お前というやつは……。まぁいい。それよりも例の件、正式に決まったぞ」
「お!さすがは仕事熱心なシャーロット1等騎士殿だ。これがうまくいけばお前は王都に戻れるし、俺は3等……、いや、2等まで昇進できるな!」
親父が昇進?戦闘しか能のない男がどうすれば戦争がない国で昇進できるんだ?
「おい、親父。なんの話だ?」
「まぁ、後で話すって」
親父の顔が悪巧みをしている子供のように見えた。これはろくなことを考えていない顔だ。
「早速だが、今夜はウチに来い。お前が副隊長になるのだから食事でもしながら会議する。ランスも一緒にくるといい。どうせろくなものを食べさせてもらってないのだろう?」
図星だ。親父は安くはない給金ほとんどを武器や防具に注ぎ込んでいるため、ほとんど自給自足のサバイバル生活をしている。獲物がない日はメシも食えない。
「ありがとうございます。エリスマン様」
親父と違って一般常識がある俺は丁寧に礼を述べる。
「ふむ。父親と違って礼儀正しくて結構。アリスと同じで16歳になったのだろう?そろそろ王都に行って騎士を目指すのも良いかもしれん。推薦するぞ?」
「もったないお言葉、ありがとうございます。ですが、まだ力不足ですので……」
「そうか。気が向いたらいつでも言ってくれ」
そう言うとエリスマンは踵を返し、この場から立ち去る。
「ふん!なぁにが『ありがとうございます』だよ!そんな気があったらもうちっとは根性見せろって」
「うるせぇ。社交辞令だよ!親父もちょっとは人付き合いを勉強しろ!」
「けっ!そんなもん馬に食わせろ!」
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