第8話 「ユアンがいたから」
時間は30分。相手に「参った」と言わせた方の勝ち。時間が過ぎた場合は、ドロー。
それが、父上の決めたルールだった。
「それでは、第1試合目。シーク・シュナイザー vs ユアン・メイスン。始め!」
軍の詰め所の隣にある訓練場で、兵士が高らかに叫んだ。
「はっ。暇人だな。この訓練場にここまで人が集まるなんて、初めてじゃないか?」
訓練場の中央に立つ師匠が、周りに連なる連中を見渡す。
ほとんどが城に勤務しているはずの人間で。父上や母上がいるのは当たり前にしても、こんなに城から人がいなくなって大丈夫なのかな。
「よそ見していたら、危ないですよ?」
足を蹴って前進したユアンが、そのまま師匠に剣を振りかぶる。
「おっと」
師匠はそれを易々と止めた。
「あぶねえなあ」
「酒は抜いてこいと言ったはずですが。まだ酔っているんですか? 試合は開始してるんですけど。それとも、古巣にまだ未練があるってことですか?」
ユアンのニヤッとした顔を見て、師匠は思い切り剣を振った。
師匠の剣と重なっていたユアンの剣が、ユアンごと吹き飛ぶ。ユアンは膝をついて何とか態勢を保った。
「図星ですか?」
「そんなに嫌味なガキだとはなあ。礼儀も知らねえ領家の坊ちゃんだな」
ユアンの挑発が師匠の逆鱗に触れたかは分からないが、師匠の言葉は確実にユアンの逆鱗に触れた。
「俺、言いましたよね? 領家としての教育は受けてないと!」
ユアンが剣を横に振るう。師匠はそれをいなして、下から剣を突き上げる。
「俺も言ったよな? 世界は広いって!」
師匠の剣が、ユアンの剣を突き飛ばした。
「魔法が使えないお前は、剣がないと戦えないだろ。さっさと降参しとけ」
鼻で笑う師匠に、ユアンは俺と同じ表情を浮かべた。
「なぜ、魔法が使えないことを…」
「なんだ、俺のバラメーター見えてんだろ? 知ってるんじゃないのか?」
「何を…?」
あの敵情視察の時、ユアンは師匠に自分のことは言ってないはずだ。
「少ない確率で、何もしなくてもバラメーターが見えるやつが生まれる。ただ、そいつには法力は与えられない。俺のバラメーターが見えてるなら、分かるだろ?」
「つまり、あなたも俺のバラメーターが見えてるってことですか」
「そういうことだな」
師匠は肩をすくめて笑った。
今まで師匠にそんな素振りが見られなかったのは、わざとなのだろうか。
「魔法が使えないお前が、これから広い世界なんか出ても出来ることなんて限られてる。剣はそこそこ出来るらしいが。諦めて大人しく家に帰るんだな。それが、お前の生まれ持った性質なんだから」
黙って聞いていたユアンは、剣を突き飛ばされた時についた腕の傷に触れた。
「世界は広いと、あなたは言いましたよね。だったら、俺の生きる道を勝手に決めないでいただきたい」
「おいおい。俺はお前と同じ性質を持ってんだぜ? 先輩の言うことは聞いておくものだ。お前がシュラたちに付いていったって、何も出来ないさ」
「それは違う!」
師匠とユアンが一斉に俺の方を向く。
「ユアンは、確かに魔法は使えないけど、その分剣術を誰よりも頑張ってきた! それに、いつも落ち着いて冷静に戦況を分析できる。いつでも安心させてくれる。持たないユアンだからこそ、持っているものがあるんだ!」
「シュラ…」
ここで俺が噛み付くのは違う気がするけど。もう、止まらないんだ。
「ユアンだったから、俺は仲間になりたいと思った! 一緒に旅したいと思った! 力なんて関係ない。ユアンがユアンだから、俺は…!」
上手い言葉なんて出てこない。でも、ユアンにいて欲しい。ユアンは、俺のことを一番最初に分かってくれた親友なんだ。
「ああ、そうだよな。ありがとう、シュラ」
ユアンが、師匠の方を向き直る。
「俺は、諦めませんよ。そのために、ここまで来たんですから」
ユアンは自らから流れる血を握る。
「ブラット」
その血は、剣の形へと変化した。それはまるで、キャメルの魔法みたいで。
でもキャメルは不死身だから。法力があったから。なんで、ユアンが魔法を。
「お前、それ…」
「友達に魔法に詳しい奴と尽力が無限の奴がいましてね。そいつらに協力してもらって開発したんです。法力ではなく、尽力を使う魔法。俺の命を削る俺だけの“尽”魔法」
“尽”魔法。でも、それって…。
「ユアン。尽力なんて使ったら…!」
「お前、正気か?」
「ええ。正気だし、本気です。俺を望んでくれてる人がいる。俺を頼りにしてくれる人がいる。だから、俺はそいつらが前を向けるように、俺も出来る限りのことをやろうと決めたんです。それが、俺の生きる道です」
覚悟を決めたユアンの目が、師匠と対峙する。
「…はぁ。参った。俺の降参だ」
「え? いいんですか? シーク・シュナイザー」
審判をしていた兵士の呆気にとられた言葉は、ほぼ全員の気持ちを示していた。
「ああ。こいつがこれ以上戦うなら、俺はこいつに降参させる術を持ち合わせていない。これ以上やると、殺しかねないからな」
キャメルと戦った時に言ったユアンの言葉と、同じ意味を含んだ言葉を放った師匠は、やっぱりユアンと似ているのかもしれない。
大変遅くなり、すいません。いつも読んでくださり、ありがとうございます。
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