第7話 「俺が逃げるわけにはいかないよな」
ユアンとサンの敵情視察を見ておいて、さすがに元凶の俺がミッヘルの元に行かないわけにもいかない。
「ここが、ミッヘルの部屋か」
ニコラを母上の元に送り、俺は1人でミッヘルを訪ねていた。さすがに、こっちにまでニコラを付いて来させるわけにはいかない。
「失礼します」
「どうぞ?」
ノックをすると中から低い声が返ってきた。ミッヘルに睨まれたことはあるけど、声を聞くのは初めてだ。
俺は、扉を開けた。
「シュラ様?」
開けた先の真正面でお茶を飲んでいたミッヘルは、目線を細めて俺を見る。
この目だ。この赤く冷たい瞳に、俺は5歳の時寒気を感じた。
「どうしてこんな場所へ?」
ミッヘルはお茶を机に置いたが、変わらず目を細めたままだ。その目からは何の感情も読み取れない。
「ミッヘルに話しがあって来たんだけど…」
ここは、バリント国軍の詰所の隣にある軍隊長の部屋。城とは別の施設であり、わざわざ王家が訪れることはない。
「話し? まあ、どうぞ?」
ミッヘルは俺を正面の椅子に促した。
あれ? なんか、イメージと違うな。大人しいというか。表情と言葉が違うというか。
「僕に話しってなんですか?」
「今度の試合では俺がミッヘルの相手をすることになったから。一応、挨拶をしとこうかと……」
「試合? ……ああ。なぜか僕が巻き込まれた試合ね。わざわざ王子様直々にご挨拶に来てくださるとは、お心遣い痛み入ります」
「あ、いえ」
なんだ、こいつ。やりづらい。表情は全くの無表情のくせして、言葉づかいはやけに丁寧だ。
「それで、それだけですか?」
ミッヘルの赤い目が、俺の心の奥まで読んでくるような錯覚に陥る。
「あ、いや、あの、えっと…」
俺に、ユアンやサンのように相手を挑発するだけの技量はないのだが。
「フフッ。どうしたんですか? そんなに慌てなくても、僕は逃げませんよ」
怖い! 表情が動いていないのに、口だけで笑ったよ。何を考えてるの、こいつ。ホセにミッヘルの心の中を読んでほしい。
「そういえば、僕に初めて会った時も慌てたような顔をしていましたね」
「いや、だって睨んでくるから……」
「睨む?」
ミッヘルが赤い目を動かし俺を見つめる。
「あ…。いや、その……」
思わず声に出してしまった。
「ああ。そうでしたね。すいません。ちょっと待っていただけますか?」
「え?」
「スイッチ」
ミッヘルが顔に手を当て、魔法を唱えると顔を光が覆った。
「え? え?」
「これで、怖くないですか?」
ミッヘルの手をどけた場所に現れたのは、ニコニコと笑っているミッヘルだった。
「僕は元々この顔なんですが、軍隊長がいつも笑っていたら兵士はついてこないでしょう? だから、魔法で厳格な顔に変えていたんです。子どもに怖がられるのが、欠点ですけどね」
先ほどのミッヘルとは全く違う。本当に楽しそうに笑っている。その顔は全く怖くなかった。
「じゃあ、俺が5歳の時も…?」
「初めてお会いしたのって5歳の誕生日の時でしたっけ? あの時は、軍は演習の日でしてね。顔を変えずにシュラ様にご挨拶をしてしまったんです。怖がらせてしまって、申し訳ありませんでした」
ちゃんと謝られると、俺が子どもだと強調されているようでムカつくな。
「とはいえ。スイッチ」
ミッヘルの顔が、冷たいものへと変わる。
「試合の時はこちらの顔で挑ませていただきますね。軍隊長が笑顔で子どもを痛めつけていたら、イメージ悪くなりますから」
からくりを知れば、さすがにもう怖くはない。
「そうだな。負けているのに笑っている軍隊長なんて、兵士たちに示しがつかないしな」
「へえ?」
俺を真っ直ぐ見ていたミッヘルの目が細められる。
全言撤回。やっぱりちょっと怖いかも。だって、厳格な顔っていうよりは、笑ってないと本当に冷たい表情なんだもん。
「関係のない僕が巻き込まれるだけの甲斐はありそうですね」
表情の変わらないミッヘルは、どこか楽しそうに見えた。