第5話 「似たもの同士なんじゃないのか」
試合を控え、俺たちは今日、それぞれ敵情視察をすることになった。ユアンは師匠の元に。サンはリュンの元に。俺はミッヘルの元に。
だが、今俺が何をしているかと言うと、ユアンの後ろを付いて行っている。隠れながら。
「あ! あにう……」
急に後ろに表れたニコラの口を思わず塞ぐ。
大声を出されたら、ユアンに気付かれる。
「ニコラ。しー!」
「しー!」
俺が口に人差し指を立てたのを真似して、ニコラも同じポーズをした。かわいい弟だ。
「お前、こんなところで1人でどうした?」
「マーラが母上とおままごとしてたから暇になって。リュンは仕事中だし。だから僕は探険中!」
8歳なら、男の子と女の子の遊びが分かれる頃か。
「ニコラ。兄上は今大事な任務中なんだ。あれ。見えるか?」
「あ。ユアン兄さん」
この前散々遊んでもらい、ニコラはユアンに懐いているらしい。
「そう。ユアンは今から俺の師匠、シーク・シュナイザーの元に行く。それを探るのが俺の任務だ」
ミッヘルはこの国の軍を統括する軍隊長。そう簡単に暇にはならない。今も仕事中だろう。だから俺は敵情視察を昼休みにすることに決め、午前中はユアンの後をつけて師匠を見に行くことにした。
決して、昔ミッヘルに睨まれたことがトラウマとなって怖いから逃げているわけではない。決して、面白そうだからという理由でユアンの後をつけているのではない。
「なんで、そんなことしてるの?」
純粋な瞳が、俺を射抜く。弟に嘘は吐けないな。
「だって、2人がどんな話をするか、気になるだろう? 面白そうだろう? 静かに出来るなら、付いて来るか? ニコラ」
俺は今、最高に意地の悪い笑顔を浮かべていると思う。
「うん!」
俺の理由を聞いても純粋に頷くこいつは、確かに俺の弟だな。
「あ、兄上。ユアン兄さん、どっか入るよ」
「ああ。あれが師匠の部屋だ。ユアンが入ったら覗くぞ。喋るなよ、ニコラ」
「うん!」
俺はユアンが完全に部屋に入ったのを確認し、静かにドアを少し開ける。ニコラは俺の下から、部屋の中を覗いた。
部屋の中には相変わらず酒瓶が転がっている。
「初めまして。シーク・シュナイザーさん?」
こちらからユアンの表情は見えないが、おそらく苦笑いを浮かべているだろう。
俺の正面に見える師匠は、髪をぼさぼさに伸ばし、酒を煽っている。師匠に剣術を教えてもらっていた俺にとってはいつものことでも、意外と常識人のユアンにとっては信じられない光景だろう。
「誰だ? お前」
「ユアン・メイスンと申します」
「メイスン? ていうことは、ロトさんの血筋か?」
「ええ。俺はロト・メイスンの三男です。よろしくお願いします」
ロトさんのことを連想できたということは、師匠はしらふらしい。
「それで? ロトさんの息子が何の用だ?」
師匠はなおもお酒を煽りながら聞く。
「今度の試合、俺があなたの相手をさせていただきます」
「わざわざご挨拶に来たのか。さすが、領主を代々行う家のお坊ちゃまだ」
師匠が鼻で笑うと、ユアンの空気がピリッとしたのを感じた。
そういえば、師匠は俺の時も平和ボケした父上と母上をバカにしたようなことを言っていた気がする。もしかして、権力が嫌いなユアンと気が合うんじゃないのか。
「俺は三男ですから。兄たちのように、領主の家としての教育は受けていません」
「だからお坊ちゃまじゃないって? あのな、お坊ちゃま…」
師匠が剣を抜くところまでは、俺にも見えた。だが、気づいたら剣先がユアンの目の前まで来ていた。
「世界は広いんだぜ?」
「分かってますよ。だから、旅に出るんです」
「目を逸らさないのか」
「これくらいで目を逸らしていたら、世界で戦えないでしょう。それにシュラが言っていましたよ。シークさんは大酒飲みでよくリュンさんに怒られているけど、強くて優しいって」
師匠が俺たちの方を見てかすかに笑った気がした。
「そうか。それで、お前がここに来た目的は果たされたのか?」
「……やっぱり、気が付いてましたか」
ユアンの雰囲気が軽くなる。
「大方、俺の実力でもはかりに来たんだろう?」
「その通りです」
「分かったのか? 俺の実力は」
ユアンは師匠の問いには答えず、師匠が飲んでいたお酒を取った。
「試合の時までには、お酒を抜いておいてくださいね。酔っていたから負けた、なんて言い訳をされたくありませんから」
「ククッ。良い度胸だ」
師匠はユアンからお酒を奪い、一気に飲み干した。
「リュンが勝手に巻き込んだから乗り気ではなかったが、お前と戦うのは楽しみだよ。ユアン」
「俺も、あなたみたいな人が相手で良かったです」
師匠のバラメーターが見えているだろうユアンの言葉の意味は、俺には分からなかった。