第23話 「———!」
「まおう、さま?」
男性が言った言葉が理解できないようで、“ナニカ”はコテンと首を横に傾げた。
言葉を発した男性は大して気にした表情を見せずに歩みを進める。
俺もサンもユアンも誰一人として動けず、男性が“ナニカ”に近づくのを止めることすら出来ない。その言葉の意味を知っているはずなのに。
「さて」
“ナニカ”の元まで行った彼は、初めて俺たちを認識したかのように振り返った。まるで、この場で唯一事態を把握しているかのような笑みを浮かべている。
「初めまして。神の子どもによって転生された者たち」
「・・・! なぜそれを!」
この男性は、本当に全てを把握しているのかもしれない。
「何も知らない君たちに自己紹介をしてあげよう。俺は魔王様の忠実なるしもべ、ルナ・キュリー。そしてこのお方こそが、魔王様が転生させた次期魔王様。名前は未定だ」
ルナは、何が面白いのか、笑顔で自己紹介を締めくくった。
「つまりこいつらは・・・」
「私たちの敵」
「・・・だな」
俺たちが転生させられた理由、目的は聞いている。どれほどの力があるかは分からないが、敵を見過ごすわけにはいかない。
俺たちは一斉に剣を構えた。
「おっと。俺たちはまだ戦う気はないんだ」
おどけたように口にするルナに疑問を呈したのは、名前がまだない“ナニカ”だった。
「え? でも排除しろって聞こえた・・・」
魔王の意味も知らないくせに、排除が何を示すのかは知っているのか。
「まあまあ、待ってください。次期魔王様。あなたはまだ目覚める時期ではないんですよ」
「えっ・・・」
ルナが“ナニカ”の頭に手を触れた途端、“ナニカ”が膝から崩れ落ちた。
「おっと」
地に着く直前に、ルナが抱える。そう軽くもないだろうに、易々と肩に持ち上げた。
「お前、何をした・・・」
「そう睨むなよ。俺はお前たちを助けたのに。お前たちが今3人でこいつに挑んでも、勝つどころか、この2人すら守れないぞ」
ルナが手を鳴らした途端、彼の目の前にマリアとアルパが現れた。
「マリア! アルパ!」
俺の声にも反応しないほど、彼らはまだ眠っている。サンの魔法が簡単に解けるはずはない。どうやってあの2人をここに。
「あれが、界力・・・。私の魔法ごときでは敵わないのか」
サンが悔しそうに呟いた。界力というのは、つまりあいつらが使う不思議な力のことか。
「おい。その2人になにかしたら・・・」
「威勢が良いのは評価するが、それ以上近づくなよ。こいつらがどうなるか分からないぞ」
俺が一歩踏み出しただけで、ルナの手が2人の頭に向けられる。
「さっきも言った通り、ここで次期魔王様が目覚めたのはこちらも想定外なんだよ。だから俺たちはここで戦うつもりはない。ただ、まあ、俺が出動するはめになったのは君たちのせいとも言えるからな。代償はもらおうか」
「どういうことだ」
怒気をはらんだユアンの声がルナに向けられる。それを飄々と受け止め、彼は俺に目を向けた。
「さっきの威勢の良いおチビくん。君に選ばせてあげよう。君の大切なやつはどちらだ? 選ばなかった方を人質としてもらっていく」
「なっ・・・!」
人質・・・。
「そんなに絶望的な顔をしなさんな。何も殺すと言っているわけではない。まあ、無事な姿で返せるかは分からないけどな」
「ふざけるな! どっちも連れて行かせるわけないだろう! 右手にフィアム! 左手にサイ! 合成魔法フィアム・サイ!」
俺の剣から炎をまとった風の刃が放たれる。
「へえ。珍しい魔法だ。おもしろい」
それをルナは何もせずに身体で受け止めた。確かに刃はルナの身体を貫いたはずなのに、傷一つ付いていない。
「ただのおチビくんではなさそうだな。だが、俺の相手ではない。さて、どうする? このまま2人をこの場で殺されるか。1人を犠牲に1人を助けるか」
俺たちの魔法は全く効かないらしい。目の前で起こる現実が、その事実を突きつけてくる。
飄々と笑みを崩さないその姿は、悪魔のようにも見えてくる。
「どうする・・・」
誰に問いかけるもなく、ユアンが呟いた。誰にも、この現状を打開する手立てはない。
考えろ。このチームのリーダーとして。この国の王子として。犠牲を少なくするにはどうするべきか。
「その2人の代わりに俺を・・・」
「ダメだ」
俺の提案はユアンに却下された。
「王子であるお前が行って、その後のことを考えろ。お前が行くなら、何も背負っていない俺が行くべきだ」
「だけど!」
「おいおい。勝手に争うな。俺はお前たちを人質にするつもりはない。選ぶのは、この2人のどちらかだ。早くしないと、どちらも殺すぞ」
ルナの鋭い目つきが俺を貫いた途端、背筋に寒気がひた走る。
「俺は・・・」
「待て、シュラ!」
ユアンもサンも俺の答えは分かっている。だけど、もうこうするしかない。王子として失格の回答だとしても。
「俺は・・・。頼む。マリアを助けてくれ」
一瞬、静寂が支配した。
「なるほど。おチビくんの大事な人はこっちの女の子か。なら、このマリアちゃんを貰っていくな」
「はっ!?」
ルナはマリアを空いている方の手で抱え、勢いよくジャンプした。
「じゃあな! 神の子どもによって転生された者たち。また会おう」
「待て!」
ユアンがルナの後を追って飛び立つ。
「マリア!」
俺の声は、遥か彼方に消えていった。




