第9話 「家族なんだろ」
「はあ。勝った…? あれ?」
ユアンの体が前に傾いていく。俺とサンは思わず駆け寄った。
「ユアン!」
「大丈夫か?」
「悪い。血を流しすぎた」
俺に支えられながらも笑みを浮かべるユアンの腕からは、血が絶え間なく流れている。
「バカ。無茶しやがって」
「お前が自分を犠牲にしても、私たちは誰も喜ばないんだぞ」
「悪かったって」
「全く。ガキどもが…」
師匠が、俺からユアンを奪い、担ぎ上げる。
「師匠!」
「ユアンは俺が手当しといてやるよ。お前らには、まだ戦う相手が残っているだろ」
「すいません、シークさん…。サン、シュラ、頑張れよ」
「もう黙れ、ユアン。無茶をしすぎだ。自分の力量も分からないようなバカには俺の説教が待っているからな」
「ワー、タノシミデス」
表情が凍り付いたユアンは、師匠に運ばれていった。
「さて、時間も限られてますし、さっさと始めましょうか」
「リュン…。サン、頑張れよ」
「分かってるよ。ユアンがあそこまでの覚悟を見せてくれたんだ。私が簡単に負けるわけにはいかない」
サンとリュンの視線が絡み合う。
「では、第2試合目。リュン・メナクス vs サン・メナクス。始め!」
「フィーテック!」
「イレ―フィット」
サンが出現させた3種類の魔法が組み合わさった玉を、リュンが霧散させる。
「ウォール・ウィン!」
「コールド・サイ」
サンから放たれた氷の竜巻が、リュンから放たれた氷の刃によって消え失せる。
「サンテック・コールド!」
「ウッデッド」
サンから放たれた電気をまとった氷を、リュンから放たれた木が貫く。
「お父様! ふざけてんのか!」
両者一歩も動いていない。サンが出した魔法を、リュンが淡々と相殺していくだけだ。
「ふざけているのは、お前だろう。私は力を見せろと言ったはずだ。お前の腰にある剣は飾りか?」
サンは魔法が得意だが、剣術だって学内トップクラスに匹敵する力を持っている。それでも今まで使わなかったのは、リュンが魔法しか使わないからだろう。
「これでも遠慮してたんだけど? お父様は剣が嫌いだし、使わない。お父様の得意な魔法に私の得意な魔法だけで打ち勝つことが出来たら、お父様を越えたってことになる。でも、もう遠慮しない!」
サンは剣を抜き、地面を蹴った。
「ケガしたって、知らないからな!」
リュンの前まで一瞬で移動したサンは、剣を振りかぶる。
「お前は親をなめすぎだ。スイッチ」
リュンの魔法によって変わった顔を見た途端、サンは動きを止めた。
リュンの顔に描かれた女性が誰なのか、俺は知らない。
「お母様…」
お母さん? そういえば、サンから母親の話は聞いたことない。
「ひ、卑怯だぞ! お父様! お母様に攻撃なんて出来るわけないだろ!」
サンは目に涙をため、手は震えている。それがどんな感情から来ているのか、俺は確かめる術を持たない。
「卑怯? サン。お前は何を見てたんだ。シークはユアンが剣術しか使えないからと剣を飛ばした。ユアンはシークに勝つために自らを犠牲にする魔法を使った。使えるものは何でも使う。それが勝負だ。勝負に卑怯も何もない。お前の甘い考え方では、ユアンもシュラ様も守れないぞ」
「そんなこと…」
「ユアンは自らを賭けるだけの覚悟を見せた。シュラ様は自らを貫き通すために城に戻ってきた。お前は何を賭ける? 何を貫く? お前は昔から強さを求めてきたが、信念のない者は誰よりも弱い」
リュンの言っていることは彼なりの正論かもしれない。だけど、それがサンのためになるかは分からない。
「うるさい! お父様なんて、昔から仕事ばっかりで私たちのことなんて見向きもしなかったくせに! お母様が死んでからも、私のことなんてシーク兄に預けるだけで、何も、知らないくせに……」
これが、リュンとサンの溝か。
ていうか、もしかしなくても、この原因の一端は俺にもあるよな。
「私は、お前たちのために…!」
「そこまで!」
審判をしていた兵士が、大変気まずい顔をしながらも声を上げた。
「すいません。時間です」
あそこで止めれるとは。すごいな、あの兵士。
「リュンさん。あなたたちに必要なのは、戦いではなく話し合いなんじゃないでしょうか?」
柔和な顔をしたミッヘルが、観客の群れから出てくる。
「俺も、そう思う。サン。お前、思い切りぶつかって来いよ。リュンと。リュン、お前もちゃんと聞いてやれ。受け止めてやれ。それが、父親だろ?」
俺は、涙をためているサンの震える肩を少しだけ前に押してやった。
「はあ。分かりました。私も少し、大人げなかったです。サン。行くぞ?」
サンは頷いて、リュンの後ろを付いて行った。




