遅刻
僕、田中涼が駅に着いて時にはもう彼女、渡辺ゆかりはそこに居た。
腕を組み、しきりに辺りを見回してる。そして時々携帯電話を開いてる。恐らく携帯で時刻を確認しているのだと思われる。
遠くから見ていても縁がイライラにに満ち満ち溢れているのがわかる。
これ以上彼女に機嫌を損ねるとあとが怖いと思った僕は急いで彼女の元に走り寄った。
「ごめん! 待った?」
僕の姿を見た彼女は、まるで親の敵のような眼差しで僕を睨みつけてくるのであった。
彼女は携帯電話を取り出して文字を打ち込み始め、打ち込み終わった文面をそれを僕に見せてる。
『遅いよ、涼くん。2分と24秒の遅刻』
「ごめん、ごめん。駅に向かう途中にチュパカブラに襲われてしまって・・・」
『言い訳して、イイワケ?』
僕が言い終わると同時に彼女が画面を見せる。どうやら、最初から僕が言い訳をすることを分かっていたみたいだ。
「よくないですね、はい」
彼女が文字を打ち込み、僕に見せる。
ちなみに何故、彼女が喋らないで携帯に文字を書き起こしているかというと、それは彼女が聴覚障害だからだ。
聴覚障害といっても完全に耳が聞こえないわけではなく、補聴器などをしていれば余程の小さな音でもない限り聞き取ることは可能だ。
え? 耳が聴こえないからって喋れないわけじゃない?
確かに話せないことはないのだが、聴覚障害の人は自分の発音が聞こえないせいで、かなり曖昧な言葉になってしまうみたいだ。
彼女はそういうのが恥ずかしいのか、二人っきりになっても滅多に話してくれることはない。
と、そんなこと思っているうちに彼女が何かを打ち終えたみたいだ。
『で? 本当の遅刻理由は? ほら、優しいゆかりちゃんに打ち明けてごらん?』
彼女が満面の笑みで僕の答えを待っている。その笑顔は全てを許してくれる観音様を彷彿よさせる笑顔であった。
だが、素直に打ち明けてはいけないと言うことを僕は知っている。真実を打ち明けたら必ず僕が辛い目に合うと思うからだ。
でも、僕は打ち明けてしまう。もしかしたら許してくれるかも・・・・・・何て甘い希望を毎度毎度持ってしまうからだ。
なので僕は遅刻理由を話すことにした。
「じ、実はうっかりと寝坊を・・・」
「っ!!」
「OH!痛いっ!」
最後まで言い終わる前に彼女からの鞭のようにしなるタイキックが炸裂する。凄く・・・・・・痛いです・・・。
「っ!!」
彼女が画面を見せてくる。
『昨日、言っったよね!! あいたは絶対に遅刻したちゃダメだったって!?!』
怒り心頭で打ち込んだからか、文面が所々変になっている。それほど憤慨しているみたいだ。
「本当にごめんね、せっかくの卒業旅行だってのに・・・」
今日から僕らは卒業旅行として湯河原の温泉宿に一泊二日で旅行に行くことになっていたのだ。そしてそのために駅で待ち合わえていたのだ。
『私は待っても、電車は待ってくれないんだよ!!』
そうなのである。スーパービュー踊り子号さんは僕と違い時間厳守な方なのだ。偉いぞ踊り子号、カッコいいぞ踊り子号。本当に伊豆の踊り子は名作です。皆さんも読んで下さいね。
「はい、仰るとおりです。ゆかりさんは僕だけの可愛い天使です、はい」
「っ!!」
「OH! 苦痛!」
二度のタイキック。しかも、同じ場所を的確に当てて来た。もしかしたら彼女は格闘家の才能があるのかもしれない。
『バカなこと言ってないで、早く行こう。電車に遅れるよ!』
「・・・・・・こんな馬鹿なこと言い合ってないでさっさと乗ればよかったのでは・・・・・・」
彼女に聞こえない様に口元を隠し小声でポツリと呟く。
「っ!!」
だが、彼女はそんな僕の行動を見逃していなかったみたいだ。その証拠に。
『旅館に着いたら、遅刻の件と今何らかの文句を言ったことについてたっぷりとお仕置きするから!』
その文面を見て僕の心はビルの屋上から落としたスパーボールのように弾んだ。
なぜかだって? それは彼女のお仕置きというのは、まぁその・・・・・・ね。
恐らく僕は旅館に着いたら布団を敷かされるだろう。そして敷き終わったら僕は彼女に力任せに押し倒されるだろう。
そしてひとしきりアレなコレな事が終わった後でも彼女は僕を離してくれないだろう。甘えまくってくるだろう。
『急ぐよ!』
その言葉と共に彼女は僕に持っている荷物を預けて駅構内の方にどんどんと進んで行っていく。僕もその後を彼女の荷物を持たされ追いかけていく。
今日から2日、楽しい旅行になりそうだ。