NINJAと言う存在
俺達が初めてNINJAの存在を知ったのは七歳の時だった。
祖国では長く続く紛争が泥沼化し、隣国へ逃げ延びた者達は隣国の人との間に漂う一触即発の緊張に苛まれていた。
隣国――つまり俺達の亡命先の国では難民を祖国へ送り返そうと言う意見が大きな支持を得始めていて、それに対して難民は祖国より安寧な今の環境を手放すまいと人権を根拠に大きな声をあげていた。
大人になった今なら隣国の考えも納得出来るのだが、大人達の言論に大きく影響されていた当時の俺達にとって隣国の考え方は理不尽な脅威でしかなかった。
折しも世界では難民を元の国へと戻す動きが加速していて、それに対する大人達の危機感が俺達にぼんやりとしていながら明瞭な焦燥感を植え付けていたのだ。
隣国の移民排斥派と移民の人権派は激しく対立していて、それぞれの中から派生した武力行使を厭わない過激派が現実的な脅威を俺達にも齎した。
直接的な行動を起こしていたのは全体から見れば極少数だったが、その少数の過激な奴等をその他大半は無責任に煽った。
結果隣国は武装警察を頻繁に出動させて、自国民だろうが移民だろうが武装蜂起する輩を取り締まり始めた。
これも大人になってから知ったのだが、隣国はかなり小さな規模の国で、俺達が軍隊だと思っていたのは警察だったらしい。
軍隊の役割は本来先進国が請負う手筈だったのだが、その先進国が方々で下手を打って起こしていた紛争――俺の祖国の事だ――の対応に追われていて、実質軍隊不在の状態だったらしい。
結局どうなったかと言うと、軍隊――実際には警察は武装集団に結構負けていた。
移民が多い地域では銃声の聞こえない日は無いし、都市部では数日置きに何かが爆発していた。
俺達がNINJAの存在を知ったのはそんな時期だった。
俺達の一人が手に入れたとある島国の漫画で見たのが最初だった。
最初はイスラム教徒の女性だと思った。
真っ黒で眼だけ露出する服装としてニカーブを思い浮かべたのだ。
だから中身は女性だと思った。
NINJAはニカーブの様な服装でKATANAを背負っていた。
NINJAは三メートルの壁を軽々と飛び越える超人的な体術を持っている。
NINJAはその姿を影に隠す事が出来て音も無く標的に忍び寄る暗殺者である。
NINJAは増える。一人見たら百人、千人みたなら万人いる。
NINJAは一人でも大隊か連隊に相当する武力を秘めている。
NINJAは巨大な蛙を召喚する。
俺達はその漫画を見た日からNINJAの虜になった。
NINJAは俺達のヒーローだったんだ。
隣国の軍隊が――くどい様だが警察なので負け続けなのは当たり前なのだが――RPGに蹂躙されて武装集団に蹴散らされる日常において、戦車を素手でひっくり返してミサイルをKUNAIで打ち落とせるNINJAは俺達のヒーロー像にぴったりだった訳だ。
もちろんNINJAってのは実在しないし、実在した忍者はNINJAとは似て非なる者達だってのを今の俺達は知っている。
でも、NINJAこそが当時の俺達にとって唯一のNINJAであり希望だったんだ。
いつか祖国や隣国で蔓延る武装集団共をNINJAが一掃してくれる。
そんな風に俺達は考えていた。