脱出
父さん、母さん。さんざんあんたらに迷惑をかけておいて、あっさり死んだ親不孝のバカ息子は、異世界で救世主になりました。
そして今、その異世界という名の大海に飛び込みます。
「いやそういうのいいから」
俺の目の前にはそんな抽象的な意味でなく、ホントの意味で大海が広がっていた。
☆☆☆
「ウラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
腹の底から咆哮し、出入り口の大扉にライダーキックを敢行する。
後から考えるとこんな頑丈そうな大扉に蹴りで突撃とか、生前の俺なら脚が砕けるかもしれないとか色々考えて躊躇していただろうなと思う。
だが、この時の俺は色々とヤケッぱちで、テンションもおかしかったから何にも考えずにこんなことができていた。
まぁーそれが幸いして(?)大扉をぶち破ることができたんだけどな。ざまぁぁぁ。
扉がいきなりバラバラになりながらぶっ飛んだ衝撃で扉の左右に立っていたと思われる騎士2人が尻もちをついていた。
通路は三方向、左右と真っ直ぐ。ここで思考を迷わしたら負けだとなんとなく思った俺は、唯一覚えている順路である。さっき軟禁された部屋へと向かうべく駆けだす。
「お、追え!追ええぇえええええ!!」
後ろからそんな怒声が聞こえ、捕まったら何されるかわからんし、絶対に捕まるわけにはいかないぁと心の中でつぶやく。
無駄に身体能力が上がって言うことを聞かない自分の身体に四苦八苦しつつ、それでも元の世界の常人と比べると圧倒的なスピードで軟禁部屋の前に辿りついた。今度は喧嘩キックでドアを蹴破る。中々にでかい音が出たが、気にしてられない。
なんでここに来たかというと正直、何も考えていない。
出口がわからないことで、混乱し、あの場で少しでも行動が止まることが嫌だったから、とりあえずここ来たって感じだ。
部屋の中に入り、ベッドシーツをはぎ取る。それを右足にグルグル巻きにし、窓に向かう。
格子付きだけど、まぁーなんとかなるだろ。
自分のバカみたいな身体能力を信じ、力任せに思いっ切り窓へ蹴りを放つ。
思ったよりも少ない衝撃と共に、ガラスがバラバラに砕け散る独特の高音と、格子が彼方にぶっ飛ぶ低音が心地良い。
「ふぅ、とりあえず出口は作れたな」
少し心に余裕ができる。
さてさて、どうするか。
と思っていると、後ろから団体様でこちらに向かってくる足音が聞こえてくる。
全身甲冑でよくあんな動けるなぁ。この世界の奴らって化け物か?あ、俺には言われたくないか。
苦笑いをしつつ後ろを振り向く。
「アキツ様!!!」
先頭はフレアさんだった。フレアさん、フレアさんに戻ってるな。
さーて、どうするかなぁ。
「アキツ様!どうかお戻りください!!」
いやいやいや
「それは無理な相談ってものでしょーよ」
こうなると出口は窓しかないよなぁ。いくら俺の身体が化け物染みてると言っても結構な高さがあるからちょっと怖い。
「そ、それはやはり先ほどのことがあったからでございますか?」
まぁーそれだけじゃないんだけどさ。
「そりゃーね。あんなんされて、いいですよーなんて言えないわなぁ」
「ソ、ソルン様もあのようなことをするのは決して本意ではないのでございます。ですが、どうしてもアキツ様のお力が我々には必要で、御心を痛めながらアキツ様にその御業を向けておられました」
ヘーソーナンダーイイハナシダナー。
さて、もうここには完全に用は無いわけだし。とりあえず覚悟を決めよう。
と思った瞬間、何かが飛んできた。
「うおっ!?」
身体を捩じってそれを避けると、後ろでその何かが壁に当たったのか、「キンッ」という音が聞こえてくる。
が、その何かを確認する前に騎士が二人、飛び掛かってきた。
「まっ……!」
フレアさんが止めようとするが、もう手遅れだ。
振り向き様に窓の方へ一歩。
2歩目で窓枠に左足をかける。「トスン」と右肩に何かが当たったような衝撃を受け、よろけそうになるが、構わず左足を軸に思いっ切り窓の外へ向け踏み切った!
あ~~~~~い
きゃ~~~~ん
「ふらぁああああああああああああああああああい」
ぶっ飛ぶ景色。
吸い込む空気が変わった。
身体がバラバラになりそうなくらいの衝撃を常に受けているのに、それがなんだか心地よい。
テンションがおかしい。なんだか口元が緩む。
城壁のようなものを悠々と超える。
真っ青な空とそれよりも少し深い色をした海。燦々と輝く太陽。
異世界でも、こういうのは変わらないんだなぁ
うちの田舎も海沿いの町だったため、いつも見ていた海岸と同じような景色を見て、なんだか心が落ち着いた。
あぁ、帰りたいなぁ。母さんのメシを食いながら、父さんと酒を飲んでみたかったなぁ。
そんなセンチメンタルな気分に浸っていると、徐々にだが、身体にかかる衝撃が和らいでくるのを感じた。
そしてそれに比例して、海がどんどん近づいてくる
「あ、これ落ちてるな」
そりゃ当然そうなるよなぁ。
目を瞑り、息をいっぱいに吸う。
身体を丸めて、衝撃にそなえたと同時、水面に激突した。
ホントこの身体は丈夫にできているなぁーと思う。
確かに衝撃を感じ、身体が押しつぶされそうになる独特の感覚はあるのだが、痛みはそれほどでもなかった。
ただまぁーそこまで万能じゃないとも今は感じている。ハイスペックだが、結局は人体なのだ。脳が揺れたのか、意識が朦朧とし、身体が言うことを聞かない。
沈んでいく自分がわかるのに、何もできないでいる。不思議とそれほど怖くは感じていないんだが、不安が少しある。
このまま死んだとしたら、俺はどうなってしまうのだろうか。
どこぞのRPGの主人公のように復活させられて結局魔神と戦えとかなるのだろうか。それとも、このままあるべきカタチに収まって、俺の命を終えることができるのだろうか。
前者だとしたらものすごく怖い。あの時、なんで俺にあのクソ女神の力が効かなくなったのかはわからない。だけど、次はないんじゃないかなと思う。あいつがどんなにアホだとしても、対策ぐらいするだろ。
となると、俺はこの世界に、この身体に、救世主という立ち位置に閉じ込められるってことだ。俺にとってそれは地獄だ。
こんなにも帰りたい。
こんなにも会いたい。
いっそ狂わされて、自我がをなくしてくれたほうがマシだ。
だから、何か確信を得れるまで……
死ぬわけにはいかない。
「ごぼぉわ」
意識がはっきりする。
服を脱ぐか一瞬迷ったが、陸に上がった後のことを考えると服を捨てるわけにはいかない。それに、この身体は水を吸った服なんて物ともせずに泳いでくれた。
グングン海面に向かって進み、勢いよく海中から顔を出す。
「ぷはぁ……はぁ……はぁ……すぅ~~はぁ~~~」
あぁ~苦しかった。結構な時間沈んでたもんなぁ。
さてさて、この後はどうするかな?
辺りを見回してみると、幸いなことに陸地が見えた。街的なものと、大きくそびえる白亜の城。
あそこから鳥人間よろしくぶっ飛んできたんだろう。にしても結構飛んだな。
我ながら、わらけてくる。とりあえず、あの街の人間とはすぐには関わりたくない。
街から少し離れた方へ泳ぎ始める。
☆☆☆
水中に何かいる。これはいわゆるモンスター的なあれなんでしょうか?
ちょっと怖い。なので、急ぎめに、というかかなり本気でクロールした。小学生以来だこんなに必死に泳いだの。
んでまぁなんとか無事、どざえもんよろしく砂浜に到着。
さて、ホントは一休みしたいけど、どうせ追手とか出てるだろうし、スタコラサッサした方がよいよなぁ。
と、その前に右の肩甲骨のあたりを恐る恐る見てみる。
「うわぁ」
正直引いた。あいつらにも。そして俺自身にも。
「刺さっとる。おもっきし刺さっとる」
黒い棒状の何かが……。
泳いでる最中、なんか違和感あるなぁーと思ってたんだよなぁ。
「これどうしよ。抜いたら血がどぱぁーって感じかね?」
でもまぁーいいか。ずっと刺しっぱにしとくのもなんか嫌だしな。
「よいしょー」と間抜けな掛け声を上げながら左手で引き抜く。
そこまで深く刺さっていなかったようで簡単に抜けた。血もそれほど出てない。これならまぁー大丈夫だろ。
右肩の様子を確認し、手元を見る。
「なんか棒手裏剣みたいなだな。これどうするか。」
最初の装備品としては頼りないしなぁ。それになんか持ってたくないし。
「おいしょー!」
海の方へ投げる。
よし、さて逃げますか。
砂浜を出て、岩場をひょいひょいっと抜け、草地に出る。潮風が吹き抜け、ユラユラと揺れる草花がなんとも穏やかだ。
季節的に春なのか、ここら一体はずっとこんな気候なのかわからんけど、これなら道中なかなか快適かもなぁ。逃走中でなければだけども。
ため息が出そうになるのを、抑え、街道的なものを探す。
道とかあるかなぁ~?お、あった。土道だが、轍のような跡もあるし、ここは整備された使われてる街道なんだろうな。
国からの逃亡者がこんな普通の街道使っちゃまずいような気もするけど、変な道使って遭難したくもないしなぁ。体力もクソほどありそうだし、全速力で走っていけばなかなかのスピード出るだろうしでなんとかなるだろ。
んじゃま、街の反対方向へレッツ&ゴー!!
☆☆☆
途中、宿場町みたいなのが2か所くらいあったが、人には見つからないようにしてきた。んで、今はなんか道が4方向くらいに分岐しているところにいる。
腐りかけの木の看板みたいなのがあるが、全然読めやしない。なので、クラピカ理論を採用し、一番右の街道を進むことにする。
ここまでで1週間くらい。
水は宿場町の軒先にポンと置かれてたなんかの皮で出来た水筒をありがたく頂戴し、その中に井戸水を入れてある。食べ物も果物的なものをひょいひょいっとって感じだ。ついで酒瓶も頂いて、傷口にかけたりもしてみた。心の中では都度、ごめんなさいしといたからまぁー多分大丈夫だろ。
ただ寝てない。なんてったって異世界だ。都会はどうなのかわからんが、多分この辺は田舎だ。なので、基本、夜は当然暗い。まぁーここで問題なのは暗さそれ自体じゃないんだが……。
俺の眼は暗くても結構見えるようで、そこはそんなに大丈夫なんだが、夜は獣が出る。いや、向うも警戒して姿は現さないんだが、近くにずっと居て、こっちの隙を伺ってる気配がする。
正直めっさ怖い。多分、戦って負けることはないだろうけど、そういう問題じゃねぇんだよ!!ってな感じです。なので、小休憩はしつつも、基本ずっと走ってきた。
んでも、そろそろ限界かもしれん。4か所目の宿場町を超えたところで意識が朦朧としてきている。でかい街じゃないとダメなのだ。木を隠すのは森の中とか聞いたことがある。なるほどその通りだな。と思うわけです。
できればでかい街にたどり着きたい。俺の存在なんか気にしないでくれるくらいでかい街。道中、馬車とか旅人風の人間とかとすれ違いそうになると隠れてやり過ごすんだが、俺とは反対方向から来ているということはこの先に街があるってことなんだと思う。そのうっっすい希望だけを胸に16日間走り続けてやっとたどり着いたのが、自由都市オーウェンだった。