召喚
週一回くらいのペースで更新していきたいと思います。読んでいただき、ありがとうございます。
その部屋の中心に突如魔法陣が浮かび上がり、光の柱が天井を突き破って上空に昇った。
爆音が轟く。周囲の空間が震え、舞い上がる噴煙。フと気が付いたらそんな慌ただしい空間の中で俺は立っていた。
口元を腕で押さえながら周囲に目を配るが煙でよく見えない。人の気配が多数あることは感じるから無人でないのはわかる。ってかなんか臭いんですけど、カビ臭い。
さて、どうするか……。
多分ここはあのクソ女神が言ってた世界だと思うんだが。あいつ結局送る先がどんなとこで俺に何をしてほしいかとかも何にも伝えず転送しやがったしなぁ。
しかもまさかの俺、救世主。
思い出したらイライラしてきた。
……。
逃げるか。あいつの思い通りにコトが進むのとか腹立つし。
そう決め、出口らしきものが見えた瞬間、いつでも走り出せるように身体を準備し、煙が晴れるのを待つ。
ザワつきが喧噪と化し始める室内。
「――逆巻く風よ――煙を晴らせ――」
水面で広がる波紋のように言葉が響き渡る。と同時に風に巻き込まれながら天井にある穴へ吸い込まれるように煙が抜けていく。
「おいおいマジかよ……」
目の前で起こっている現象に思わず茫然としてしまう。
今の自然現象じゃないよなぁ。つまり魔法とか超能力とかそんな力がこの世界にはあるってことですよねぇ。確かに神とか救世主とか召喚とか経てここに至ってるわけだからそんなんもあるかもなぁ~とか予想はしてたが……。この世界で生きるとして、こんな力が日常茶飯事で行使されてたりなんかしたら、なかなかに危険な世界な気がするんですが。そういうのはホント漫画とかアニメだけでいいタイプなんだよなぁー俺。うわぁーやる気がグングン削がれてく。
しかも……
「ようこそ救世主様」
ゆったりとした全身を包む祭服は寒気がするほどの純白。広い袖口と胸元にある紋章や襟元から裾までを縦断する2本の線は金糸によって織り込まれていて、清廉さと絢爛さが一体となり、濃厚な神聖さを醸し出していた。
しかし、その高そうな祭服も彼女の魅力を引き立てるものの1つでしかない。
柔らかく滑らかな触り心地を想像できる髪の色は白に近い金、澄み切った空色の瞳とシミ一つない肌は祭服とは違い、優しさの通った淡く輝く初雪のような白。鼻筋は通り微笑みを形作っている唇は小さくそして艶っぽい。
美しい造形の顔立ちと祭服が相まって同い年くらいであろう彼女が神聖で不可侵な存在だということを肌で感じてしまう。
っていうのはまぁ~結構どうでもいい情報で。
俺的には彼女の後ろに控えている光る銀色全身鎧と純白マントを纏ったえらくゴツい2人のデカ騎士にビビりまくっているわけです。
「……?救世主様?」
ぼぉーっと置物になっている俺を不思議に思ったのか、首を傾げながら覗き込むように俺を見つめてくる彼女。なかなかあざといな。
165㎝しかない俺よりも頭一つ分くらい小さい彼女は結構小柄だ。体型は……祭服に全身を包まれているからよくわからないが、線は細い。守ってあげたくなるような手のひら感……うん、正統派ヒロイン。
そしてだからでしょうか?さっきから剣の柄に手を置いてガシャガシャ言ってる奴らから思いっきり警戒の視線を叩き付けられまくってる。いっそ不快だ。
おい、一応救世主なんじゃねぇのかよ。
苦笑いしそうになる口元をキュッと引き結ぶ。
もう一度周囲に目を配る。煙が晴れたことによって先ほどよりもこの空間がどういうものかを把握できる。
部屋というにはいささか広すぎるだろここ……一応室内みたいだが。
生成色をした石の床と壁、四方の壁にはそれぞれぼんやり光る光源、四隅には大木を思わせる円柱。
窓はないが、天井に開いた穴から陽の光が入ってきていることから今が昼間だとわかる。
目の前の彼女と同じ祭服を着ている人がちらほら居て、その周りにやはり同じように騎士的な人たちがいる。
出口は目の前の彼女と騎士2人の後ろ30メートルくらい向うにある扉しか見当たらない。
さてさてどうするか……。
まぁーここは初志貫徹だな。
「きゅ……」
「あっ!!!」
三度、俺のことを呼ぼうとした彼女に対して咄嗟に右側を指さし、声を上げる。
「えっ!?」
彼女がそれにつられて視線を向けたのと同時に下半身を沈め、脇を通り抜けるために一気に駆けだす。
「って!?うおっ!?」
一瞬、何が起こったかわからなかった。
視界が急激に加速し、周りの景色が後ろにかっ飛ぶ。
気が付いた時にはすでに目の前は壁……ではなく、超硬そうな騎士の一人にまさかのタックルを敢行していた。
軽くぶっ飛ぶ俺と騎士。
縺れ合って床をゴロゴロ転がり、騎士のマントが床の何かに引っ掛かり急ブレーキ、ポーンと俺だけ投げ出され。緩やかな曲線を描いてから扉の上の壁にぶつかってポトンと落ちた。
降り立つ沈黙。
「いつつ……ってそんな痛くない……な」
ゆっくり起き上がりつつ全身を確かめると、どこも全然痛くない。
生身でデカめの事故を複数同時に喰らった気がするんだが。
これが救世主補正って奴ですかね。
「うわぁ、引くわ」
「きゅ、救世主様!!」
悲鳴のような大声で俺を呼びながらこちらに駆け寄ってくる彼女。
あぁ~焦ってる焦ってる。顔も蒼白くなっとる~。そこに転がってるあなたの騎士さんは良いのですかぃ?気絶して動かなくなってるようですが……ってあれ気絶だよね?
そんなわけはないと思うがでも結構な勢いでぶつかった気もする。だって多分音を置き去りにしてたもの。
俺は彼女を一旦、放置して、騎士の方に向かう。
「あ、え?」
すれ違い様になんとも可愛らしく声を出す彼女。そりゃまぁ~色々と困惑するだろうねこの状況。
心の中で溜息をこぼしつつ、倒れた騎士の側でしゃがみ込んで口元に耳を近づけると呼吸をしているようで一安心。
「ふぅ~まぁ~そりゃそうだよなぁ」
何気にテンパってたためか、息が深めに出る。
んで気が付いたらひんやり冷たい気配が左の首筋の近くに……。
目だけを動かして確認すると
「動くな」
刀身にぼやけて見える自分の表情が引き攣っている。
鳥肌が立ち、圧迫感に襲われる。
こ、これが伝説の殺気ってやつなんでしょうか……。
「フリードさん!なんてことしてるんですか!?今すぐ剣を納めてください!!」
さすが正統派ヒロイィィィィィィィン!せめてこの剣だけでもなんとかしてくださいお願いします!!
確かに逃げようとはしました。だけど悪気はなかったんだ!ただめんどくさかっただけなんだ!!
「しかしフレア様、この者はジャックを襲いました。救世主ではなく、敵かもしれませぬ」
兜で顔を覆っているためくぐもっているが、渋めで低い男性の声が聞こえてくる。
これ今俺が話に割って入ったら多分首チョンパですよね?
俺を残して何やら後ろで漂う緊張感。しかも俺を庇ってくれている彼女がたじろいでいるご様子。俺にだって沸き立つ若干の罪悪感……。
「そ、それは……でも、この方が救世主様なのは間違いありません!!我らが母、ソルン様の召喚術を貴方も見ていたはずです!!それに神託も下っています!!」
彼女の主張は幾分かの正当性があるようで、騎士は「確かにそうですが……」と呟き、何かを考えるように少しの間、沈黙する。
その間、呼吸を忘れた。俺の心臓はバクバク鳴りっ放しで冷も汗出まくりだ。
そしてやっとこさっと「……わかりました」というセリフと不承不承という感じで剣が引かれ、騎士の気配が俺から離れたことで、俺の口から風船が萎むように空気が抜ける。
さすが異世界……魔法に続き、剣、鎧、殺気……俺にとっては非日常なものばっか溢れてるじゃないですか。
いやホント死ぬほど帰りたい。いやもう死んだのか。いやいやそこはどうでもいいんだよ。そんなことより帰りたい。今や懐かしきあの六畳一間に帰りたい……。
「どなたか、ジャックさんの手当てをお願いします」
彼女の指示により、複数の人がジャックさんに駆け寄ってくる。
俺は入れ替わりに彼から離れ、彼女の近くに向かう。俺に剣を向けた騎士はすでに彼女の後ろの定位置に居た。
さすがにここから逃げるのは無理だな。全員俺から目を離してない感じだもの。回り込まれた!っていうより最初から取り囲まれてるもの。
「きゅ、救世主様、我らの騎士が無礼を働き大変申し訳ございませんでした。教皇庁を代表してお詫び申し上げます。何卒、何卒お許しいただけないでしょうか」
若干の涙声と直角に深々と頭を下げる彼女の姿は俺の少な目の良心に響く。
後ろで騎士も一応頭を下げてる。やっぱ彼女の方が偉い立場に居るのかなぁ。
さてさてさてどうするか。
第一候補の“逃げる”は無理なわけだしここは敵対せず様子見だな。いくら強制されたとはいえ、生き返った以上また死ぬのはなんとなく嫌だし。ただ、めんどくさいのも嫌だからそのへんはなんとか回避の方向でいきたいんだが……。
その恰好やら「教皇庁」っていう単語からも薄々どころかかなり濃いめにここは宗教国だと感じるわけだけど、これいきなり異世界の宗教問題に首突っ込むこととかになんないよね?そんなんマジ勘弁だぞ。
とかなんとか逡巡していると
「で、出来る限りのお詫びはさせていただきます!!」
かなりの慌てようでさらに謝罪の言葉が続きそうになる。
いやそりゃそうだよな。こりゃ失敬。
「い、いやいや、そんな謝らないでください!俺の方こそすみません。騎士の方に怪我までさせちゃって……。なんか色々いきなり起こったんで、混乱してたというか……。とりあえず逃げとけとか思っちゃいまして……今も若干呆けてる感じになっちゃってまして。全然大丈夫なので頭を上げてください」
善人感がでるような感じで謝罪を返す俺。
それでやっと顔を上げた彼女の顔は目尻に涙が溜まり、かなり無防備な感じの安堵感で表情がふやけていた。
無表情であれば精巧なお人形のような印象を与える彼女のそんな表情は思わず俺の心をキュンとさせる。
……わけはなく、「泣くほど!?」と俺を若干引かせた。
もう一つの連載の方ですが、執筆が全然進みません。続きを書きたい気持ちはありますので、大変申し訳ありませんが気長にお待ちいただければと思います。