9話「どうして……!?」
「ルリアナ?」
そう言って私の顔を覗きこんだルーク様は確かに成長していた。最後にあったときは15歳、まだ少年の面影の残る顔立ちだったのが、綺麗なサラサラの髪と透き通った青い目だけ残して完璧に青年の顔になっていた。背だって前は私よりちょっと高いくらいだったのに今は見上げないと目を会わせられないくらい伸びている。ちょっと、ちょっと待って……!1年ぶりな上にこんなに格好よくなってたら私鼻血をだして死にます……!我が人生に一片の悔いなし……!それに、と私の頭の冷静な部分が考える。このルーク様は、まるでゲーム通り。このルークはゲームのスチルで見た姿そのまんま。どんなに格好いいことよりも、どんなに素敵なことよりもそれが私の心を踊らせた。あぁ、ここは本当にあの世界なのだと。私のいた、あの暗くて湿っていて、苦しかったあそこじゃない。よく知らなくても、あまり嬉しくなくても、私にはやっと私を見てくれる人が出来た。気にかけてくれる人が出来た。ここは確かに、私が主人公のゲームの世界のなのだと。
「ルリアナ、どうした?」
「はっ!」
危ない危ない。うっかり自分の世界に迷い混んでいたぜ。もう少しでルーク様に変人と思われるところだった。……すでに視線が訝しげなのは気にしない方向で。
「久しぶりですルーク様!お元気でしたか!?」
語尾にビックリマークとかビックリはてなとかをつけてはしゃぐ私にルーク様は一瞥をくれた後、隣にたっているグラスにも声をかけた。ちょ、スルーですか。
「グラス、元気だったか?」
「……はい。」
もう!グラス無愛想!昔からそうだけど!せっかくルーク様が話しかけてくれてるんだからもうちょい愛想よく!こらそっぽ向かない!私達がそんなことをしていると、突然後ろの方がざわついた。私達はルーク様モーゼの方々に、後で本人にお話を伺おう、何気にずっと注目の的だったのだけど後ろの方からどんどんざわめきが広がっていく。ん?何だろう。すると、私のすぐ隣にいたはずのルーク様が身を翻してそっちの方向に歩き始めた。なに!?なに!?
「嘘でしょ……」
次の瞬間、私は愕然とした。ルーク様に手をとられ、優雅にこちらに向かったて来た人物を私はよく知っている。ずっと見てきた。ルーク様と同じぐらい、彼女のことを見てきた。どうして。どうしてあなたがここにいるの。嫌、来ないで。あっちいって。これを夢だと思わせて。
「私、ユーグダズ公爵家が次女リオン・ユーグダズと申しますわ。ルリアナ様は一度お会いしたことが?」
私の目の前にたった彼女は、間違えようもなく悪役令嬢そのものでそれはあり得ないことだった。
「え……」
「ルリアナ、彼女は女性なのに非常に学力が高く、我々ともたまに実に有効な議論を交わしている。私の友人だ。」
友人だ、と言いながらも彼女に向けるルーク様も目は明らかに好きな女を見る男の目で、私はどうしようもなく動揺してしまう。何も返せず、ただただ呆然としていると目の前をスッ何かが遮った。え?
「俺、はヴィネフィセント公爵家が長男グラス・ヴィネフィセント・ラートと申します。……よろしくお願いします」
ああ、これはグラスの背中だ。目に飛び込んでくる紺色はきっと着なれない制服の色。きっと様子の可笑しい私に気づいてフォローしてくれたのだろう。情けない。グラスもこういうのは人一倍苦手なはずなのに。ごめんね、の意味と大丈夫だよの意味を込めて背中を引っ張ると、グラスは一瞬躊躇った後私を前に押し出すようにして退いた。
「私の生誕パーティーの時、ですよね。あのときはありがとうございました。改めまして、アムベーノ伯爵家が長女ルリアナ・フォン・アムベーノと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
ペコリと頭を下げると頭にクスリ、という蔑みを含んだ嘲笑とも言うべき笑いが降ってきた。
「どうぞ、よろしくお願いしますわ」
顔をあげると、リオンは口元を扇子で隠し、それでも隠しきれない嘲りの色を顔いっぱいにのせながら侮るようにこちらを見つめていた。
ギスギスした私達の雰囲気を感じ取ったのだろう。ルーク様はリオンの肩を抱き、まるで私と敵対するかのように私の正面に立った。
「ルリアナ、様子が可笑しいぞ。どうした」
言葉こそ私を心配するようなものだったかその声は固く、きっとここで私がリオンの悪口を喚きたてたら彼は庇ってくれない。私は負けているのだ。10年間来の付き合いと、たった1年の付き合いを天秤にかけられてそれでルーク様はリオンを選んだのだ。
「……申し訳ありません。無礼な態度をとってしまいました。」
だから私は、頭を下げた。嫌われたくないから。きっとリオンとは仲良くしておいた方が良いのだろうから。するとルーク様は安心したような顔になって、リオンに手を差し出すように促した。
「まぁ、そんなことありませんわ?どうぞこれから」
そこで一度言葉を区切り、私の方を挑戦的に見つめる。
「よろしくお願いしますわ」
放たれた言葉に、私はただただ呆然とすることしか出来なかった。