西銀河物語 第三巻 アンドリューとリギル 第一章 血筋と運命 (2)
第一章 血筋と運命
(2)
WGC3042、01/12。
チェスター・アーサーはロベルト・カーライルと共にアンドリュー星系開発衛星の中でもトップシークレットの航宙軍開発センターの中にある会議室にいた。開発部長は、テーブルの上に映る3D映像の航宙戦艦を見ながら
「アーサー閣下。今回建造しましたシャルンホルスト級航宙戦艦は、リギル星系よりライセンス供与を受けて建造した新型航宙戦艦です。全長五五〇メートル、全幅一八〇メートル、全高一〇〇メートル、形状は曲面が緩やかな直方体に上部艦橋を持ち、艦先頭部分に一六メートルメガ粒子砲六門、艦両弦に長距離ミサイル発射管一六門、艦体下部に中距離ミサイル発射管一六門そして艦橋装甲の両側にアンチミサイル発射管一六門、パルスレーザー砲一〇門を装備し、艦後部に核融合推進エンジン四基を備えています。レーダー機能は半径四光時の走査範囲を持ち、防御力は、三〇万キロの至近からの一六メートルメガ粒子砲を受け止めるシールドを前部に備えています。連絡艇のハッチは舷側後方に付いています」
口早に説明する開発部長は、一呼吸置くとアーサーの顔を見た。
「オルデベルン級から比べると本体で一回り大きくなり、主砲が一二メートルから一六メートルになったというわけか。どうだロベルト。これを来月からの哨戒に使えるという事だ。もちろんその前に慣熟運転もしないといけないがな」うれしそうな顔見せながらも目が喜んでいない、いつもの通りの顔を見るとカーライルは、
「スペックはすばらしいですが、使いこなしてこその力です。早く閣下の艦隊運営に組み込めるようにしないといけないですね」アーサーの顔を見て優しい目をしながら、いつも少し辛口のカーライルは、開発部長の顔を見ると厳しい目で
「航宙戦艦以外にもリギル星系からライセンス供与を受けたクラスがいくつかあるはずですが」と聞いた。
「はい、他にテルマー級航宙巡航戦艦、ロックウッド級航宙重巡航艦があります。これらも来月から閣下の下で慣熟運転に入ります」開発部長の声をよそにアーサーは、
「リギル星系は、最初小型艦のライセンス供与しかしなかったのに、ここに来て大型艦まで我星系に提供してきたのはどうしてだ」
分かるはずもないと思いながら自分の頭に中にある言葉を開発部長の立場にぶつけて見たが、困惑するだけで下を向いてしまった。
「思惑があるのでしょう」カーライルは、最近のリギル星系の情報に心当たりがあることを思い出しながらアーサーに目で「そんなこと聞いても解らないですよ」と言うとアーサーは、含み笑いをしながら
「まあいい。せっかくの技術供与だ。それに我軍が強力になるのは良い事だ。開発部長、早速だが、実物を見たい」
その声に「ほっ」としたように横目で開発課長に案内を促した。
オフィーリア星系方面跳躍点まで三光時。アンドリュー星系の最外縁部を哨戒航宙中の第一艦隊旗艦「ヒアマリ」の艦橋でスコープビジョンを見ていたチェスター・アーサー少将は、主席参謀のロベルト・カーライル大佐に
「シャルンホルスト級は、オルデベルン級に比べると視覚範囲が広いな。艦隊の全体がよく見渡せる」
多元スペクトル解析により映し出されるスコープビジョン。艦橋前方と左右に大きく広がっている。縦一五メートル前方スクリーン横三〇メートル、左右スクリーンがそれぞれ三〇メートルと巨大なパノラマを見ているような感じだ。それだけに映像化される宇宙も先の戦闘艦オルデベルン級よりも広く見える。
「レーダー走査範囲も四光時と広いのでアンドリュー星系の岩礁帯手前まで入ります。光学映像もはるかに綺麗です」
満足そうな顔で話していると艦長ウイリアム・タフト大佐が、
「アーサー司令、左舷一一時方向に所属不明の艦船五隻がいます。今、照会中ですが応答がありません」
アーサーは、新型艦シャルンホルスト級航宙戦艦一〇隻、テルマー級航宙巡航戦艦一〇隻、エリザベート級航宙母艦一〇隻、ロックウッド級航宙重巡航艦二〇隻、ハインリヒ級航宙軽巡航艦三二隻、ヘーメラー級航宙駆逐艦六四隻、ビーンズ級哨戒艦六四隻、ライト級高速補給艦五隻を率いてアンドリュー星系、オフィーリア星系方面の哨戒を行っていた。
管制官フロアでは、通信管制官が、所属不明艦に対して呼びかけている。
アーサーは、ヘッドセットのコムを口元に置くと
「第二駆逐分艦隊「シャルナク」左舷一一時方向の所属不明艦五隻に急行して、推進エンジンの停止を命じろ」
「司令官閣下。了解しました」第二分艦隊司令官は、何代も前の言い回しをすると分艦隊一二隻を急行させた。
「シャルナクの司令は、今年定年だな。親父の頃からの部下らしいが、自分の将来をはばかっての言い回しか」自分の父親よりも年齢が上の分艦隊司令の顔を思い浮かべながらアーサーは、スクリーンビジョンを見ていた。
ヘーメラー級航宙駆逐艦は、全長二五〇メートル、全幅五〇メートル、全高五〇メートルと細身だが、艦本体前方にレールキャノン八門、艦本体両脇上部にパルスレーザ砲六門が装備され、パルスレーザ砲の下部には両舷側に少しはみ出た筒状の近距離ミサイルランチャーが六門ずつ一二門装備されている。搭載ミサイルは二〇〇発である。そして後部両脇に核融合エンジンが四基ずつある。投雷する指向性アクティブソナー型宇宙機雷は一〇〇〇基搭載する。
宙賊は、三光秒まで分艦隊が近づくと急に左舷九時方向に進路を変え逃げ始めた。
「おかしいですね。我々の存在は、三〇光分手前から気づいていたはずです。逃げるのならもっと早い段階で逃げたはずですが」不思議そうに右後方を振り返り司令官席に座るアーサーの顔を見ながら言った。
「確かに艦長の言う通りです。宙賊の艦速では、星系軍の航宙駆逐艦の追跡からは逃げれません」カーライル主席参謀の言葉にアーサーも疑問を感じながらスコープビジョンを見ていた。
「艦長、所属不明艦、更に左舷に回頭します。駆逐艦の射線軸から外れました」レーダー管制官に声に
「なんだと」と艦長が声をあげると
「所属不明艦、本艦隊に向かって直進します。距離三.五光秒」
「所属不明艦発砲しました」
「なに」言うが早いか、発砲されたレールキャノンの強力な磁力線が、
前方に位置するヘーメラー級航宙駆逐艦やハインリヒ級航宙軽巡航艦のシールドに激しく当たり光を放つ。同じ口径で決戦距離から打たれても破壊されないシールドは、宙賊のレールキャノンに耐え、その光はやがて小さく消えていった。
「何を考えているんだ。やつらは。戦える相手ではない事が解っているだろう」そう思いながらスクリーンビジョンを見続けていると
「敵艦、右舷一〇度回頭。逃げます」
「あいつら、我々をからかっているのか」少し、頭が熱くなってきたタフト艦長は、右後ろを振返りアーサーの顔を見た。アーサーはやれやれという顔をすると
「宙賊の顔が見たくなった。発砲したのだから破壊しても良いだろうが、今回は捕まえよう」そう言うとコムを口元にして
「カッツェル空戦隊長。面倒だが、左舷九時方向で逃げる艦船の推進エンジンのみを攻撃して足を止めてくれ」
アーサーの前に映るスクリーンの向こうでカッツェルは、「了解しました」と言って敬礼をすると少し含み笑いをして消えた。
やがて、後方に布陣しているエリザベート級航宙母艦から戦闘機「スパルタニアン」四八機が発進すると一瞬にして豆粒のようになって見えなくなった。
指揮官機に乗るヤン・カッツェル少佐は、強烈なダウンフォースで航宙母艦から切り離されるとヘッドアップディスプレイに映る自機の状態を映すパネルがオールグリーンであることを確認した。更に中隊全機が無事に発進したのを確認するとヘルメットの口元に装備されているコムに向かって「中隊全機、聞いているか。今回は、ダダをこねる小僧の尻を叩く。戦闘機同士の戦闘ではないが気を抜くな。我艦隊にちょっかいを出すほどの自信家だ。気をつけて掛かれ」口は悪いが、類まれな宙戦能力と部下思いのカッツェルは、アーサーからの信任も厚い。
スコープビジョンの前方中央に拡大映像された所属不明艦の姿が映っている。五分と経たずに追着くと艦上部や側舷についているパルスレーザを潰すと推進エンジンノズルの部分をあっという間に破壊した。一〇分とかからない早業であった。それを見ていたアーサーは、
「ヤンには、簡単すぎたか」と思いながら、ミッションが終わるとサッと拡大スクリーンから消え、艦隊に戻る「ミレニアン」の編隊に感心していた。
「司令官、所属不明艦行き足が止まりました」艦長の報告にアーサーは、先行させた第二駆逐分艦隊旗艦「シャルナク」の司令官を呼び出すと司令官が映るスクリーンに向かって
「機関を停止させて、降伏を呼びかけろ」と命じた。スクリーンの向こうに映る定年前の老人がアンドリュー航宙軍式敬礼を大業に行うとスクリーンが消えた。
やがてヘーメラー級航宙駆逐艦一二隻が所属不明艦五隻に近づき、降伏の呼びかけを行うと五隻の艦は艦首を回頭させて駆逐艦の方を向かせ降伏の意思表示をすると見せながら、いきなり前部に装備されているレールキャノンを斉射した。
拡大映像を映し出していた「ヒマリア」のスクリーンビジョンが一瞬真っ白になった。自動的に輝度を落とすと旗艦「シャルナク」の装甲は穴だらけになり内側から真っ白なガスを放出していた。
誰もが体をシートから乗り出して映像を見ていた。
「そんなばかな」
推進エンジンノズルは破壊したものの姿勢制御バーナーが生きていた所属不明艦は回頭後、相手に考えを与える暇なく一斉にレールキャノンを発射したのだ。一艦だけであれば至近でも何とか防げたであろう攻撃は、五隻同時攻撃で有った為、航宙駆逐艦の前面シールドを簡単に破壊し、各方向からの攻撃で装甲に穴を開けられたのであった。
この一射だけであればまだ、助かったかもしれない。しかし、その後
再び所属不明艦から至近による斉射が旗艦「シャルナク」に浴びせられた。既に輝度を落としているスコープビジョンに一隻の航宙駆逐艦が五方向から放たれたレールキャノンになすすべもなく装甲が溶かされ内部に浸透していく。やがて限界点を迎えたのか、一瞬膨らんだように見えた駆逐艦の装甲が内部から爆発し、完全なガスと変わった。
そして所属不明艦が艦首を変更しようとしたその時であった。
残った一一隻のヘーメラー級航宙駆逐艦、一隻あたり八門のレールキャノン八八本が一斉に五隻の艦に襲い掛かった。ろくにシールドも持たない艦は、強力なエネルギーに四方から浴び、装甲が溶け内部に浸透したかと思った瞬間内部から爆発した。
「何たる事だ」アーサーは、手で顔を覆い、つかの間自分自身の興味の為に、目の前に穏やかな人生を送れたであろう「シャルナク」の司令官を殺したのだという痛烈な思いが体の中を駆け巡った。
一瞬なのか長い時間か解らない頭の中に、長い間聞きなれている親友の声が入ってきた。
「アーサー司令」
アーサーは顔を覆っていた手を解き、目を正面に戻すとタフト艦長とカーライル主席参謀が心配そうな顔をして自分を見ているのが見えた。
「所属不明艦五隻。全艦消滅しました」その声に気を取り直すと
「シャルナクが爆発する前にシャトルが出た形跡・・」自分自身も見ていたあの状態でシャトルなど出る時間もなかったことを思い出すとアーサーは、
「主席参謀、第二駆逐分艦隊に戻るよう伝えてくれ」そう言って、目のやり場のない自分自身を持て余していた。
「アーサー少将、報告書は読んだ。お前の判断ミスによってミハイル准将は、死んだと言うのだな」
「はっ」
「しかし、今回の件は、所属不明艦が予想もしない暴挙に出たのであって少将自信に問題があった訳ではないという他の士官からの報告が多い。ミハイル准将は、私の艦隊時代でも確実な駆逐艦運用してくれた男だ。今年定年と聞いていた。今回が最後の航宙とも聞いている。その面では確かに責任は感じる。しかし自身そこまで律することはない。司令官は艦隊全体の運用責任があるが、個別戦闘まで配慮できるものではない。そこまですると疎まれてしまう。そういう意味では、ミハイル准将のスキを着けこんだのではないか。いやそういう言い方はミハイルにかわいそうだな。とにかく、これからの任務に影響が出るのではないか。お前はまだ若い。少し休みなさい」
軍事統括アルフレッド・アーサー大将は、我が子であり、今回の哨戒活動の責任者でもあるチェスター・アーサー少将にそう言いながら優しい顔をすると
「ミハイル准将は、殉職として少将へ昇進させると共に家族には手厚い支援をしよう」
「ありがとうございます。閣下」
頭の中で「死んだ人間を昇進させても残った家族にどんなに手厚い支援をしようが、ミハイル准将とともに幸せな生活を過ごすはずであった時間はなくなってしまった。俺があの時、つまらない事を考えなければ」その思いが抜けきれないままチェスターは軍事統括のオフィスを後にした。
「チェスターは大丈夫か。若いが故に自分の判断ミスによっていらぬ犠牲を出してしまった事をずいぶん悔やんでいるようだが」チェスターが出て行ってから直ぐに、入り口の反対側にあるドアから出てきたウイリアム・アーサー軍事顧問は、子であるアルフレッドに聞くと
「経験しなければいけないことです。司令官とは、皮肉は仕事です。戦いになれば死とは向かい合わせです。如何に効率的に部下を死なせるかです。覚えてもらわなければなりません」厳しい目になったアルフレッドは、ウイリアムを見ながら小さな声で言った。
チェスター・アーサーは、自分のオフィスに戻ると少将付武官に
「哨戒活動の報告は終わった。私は、一週間ほど休みをとる。「オリオン」に降りる。お前も一週間の休みを取りなさい」そう言って自走エアカーで一緒に帰ってきたアンリ・オベロン中尉に伝えた。
アーサーは、自分のオフィスのデスクにあるスクリーンパネルにタッチして「ロベルト・カーライルにつないでくれ」と言うと少し経ってから、ロベルトがスクリーンパネルの前に映像となって現れた。
「閣下、お呼びですか」
「二人の時は、閣下は止めてくれ。ところで俺は、一週間休みを取る事にした。軍事統括が休めといったんでな。直ぐに出動はないだろう。ところでロベルトはどうする。一緒に降りるか」
「オリオンにか。止めとくよ。一週間あれば本も読めるし、眠る事もできる。そっちを選ぶよ」少し真顔になってカーライルは、
「チェスター、今回の件は、お前の判断ミスだ。はっきり言う。だがな、それで落ち込んで先が見えなくなったら死んだミハイル准将に悪いと思わないか。准将は先代からアーサー家の艦隊で働いていた士官だ。お子さんも我々の艦隊の駆逐艦の大尉だ。お前が情けない顔していると、それこそ死んだ准将や、お子さんに更には「シャルナク」で一緒に逝った兵士に恨まれるぞ。今回の事を乗り越えてこそ、そういう人たちの犠牲に報いれるのではないか。一週間とはそう言う意味で君のお父上が与えた時間ではないのか」
解っていながら、心の中のどこか蓋の下に突っ込んでいたものを取り出されたようにアーサーは動揺した。
「まあいい、チェスター、下に降りて少し休め。そうすればいつものお前に戻る。じゃあな」心の癒しにすがろうとした親友に見透かされたように突き放された自分が、スクリーンパネルの上に映っていた。